古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:ポピュリズム

 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
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『トランプの電撃作戦』←青い部分をクリックするとアマゾンのページに行きます。

 今回は、興味深い論稿をご紹介する。民主党系のストラティジストが書いた文章で、内容は、イーロン・マスクが行っている政府効率化(連邦政府職員の削減、連邦政府機関の一部の閉鎖、予算の削減)がトランプと支持者たちを離間させるというものだ。 

論稿の著者ブラッド・バノンは「マスクはトランプのスケープゴートにされる可能性がある。民主党は、トランプを弱体化させることが最終目標であり、マスクを攻撃することではないと認識すべきである」と主張している。失業保険や生活保護など、連邦政府の予算が入っている福祉制度や労働対策制度を利用している低所得者層にとって、連邦政府の予算削減は生活に直結する大問題だ。

これまでにブログで何度も書いているが、トランプは、アメリカの貧乏白人、白人労働者たちの支持を受けて、彼らの代表として、既存の政治を壊すためにワシントンにやって来ている。貧しい白人、白人労働者たちが望んでいるのは、雇用であり、働かせてくれさえすれば、そして、生活できるだけの給料を保証してくれれば、福祉に頼ることなく、自分で生活を立て直すという考えを持っている。

 彼らの考えはもっともで素晴らしい。しかし、実態は厳しいだろう。トランプ政権下の4年間でどれだけの雇用が、一度、製造業が去ってしまった地域に戻るだろうか。しかも、彼らが望むだけの賃金となると、どうしても競争力は限定されてしまう。そうなると、彼らもまた我慢を強いられる。自分たちの思い通りにはいかないし、福祉に頼るということも続くことになるだろう。

 以下の論稿で重要なのは、後半の以下の記述だ。「マスクを嫌うバノンは私だけではない。トランプの大統領顧問を務めたスティーヴ・バノン(私とは血縁関係はない)は、長年の堅固なトランプ支持ポピュリスト勢力(the old diehard Trump populists)と、マスクを中心とするトランプ・ワールドの新たな有力企業勢力(the new dominant corporate wing of Trump World)との間で、MAGA内戦が勃発すると警告している。バノンはこれを、トランプ連合内の億万長者と労働者階級の勢力間の戦い(a battle between the billionaire and working-class elements within the Trump coalition)だと表現した」。

 既に、日本でも報道されているように、政権内部には不協和音が起きつつある。最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)でも、政権内の不協和音、衝突については触れているが、より鮮明になっているようだ。私は違和感を覚えていたが、それが「長年の堅固なトランプ支持ポピュリスト勢力(the old diehard Trump populists)と、マスクを中心とするトランプ・ワールドの新たな有力企業勢力(the new dominant corporate wing of Trump World)」という形で言語化されている。トランプ政権はポピュリズム政権であるが、大富豪であるイーロン・マスク、そして、ピーター・ティールが支えていることの違和感はあった。これが顕在化しつつある。

 トランプという巨大な存在によって、そうした不協和音を抑えることができるだろうが、それがいつまで続くだろうかということは私の最新の興味関心ということになる。

(貼り付けはじめ)

マスクは民主党がトランプを労働者階級の支持層から引き離すために必要な楔となるかもしれない(Musk may be the wedge Democrats need to separate Trump from his working-class base

ブラッド・バノン筆

2025年2月23日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/opinion/5158364-elons-musk-vs-trump-division/

イーロン・マスクはメディアの注目を独占している。この状況が続く限り、彼にはそれを楽しんでいて欲しい。マスクはトランプ大統領の影を薄くし始めており、トランプのようなナルシストが長く我慢するはずがない。

木曜日、クールなサングラスをかけ、チェーンソーを振り回すマスクは、今年のCPAC保守派会議の主役だった。FOXニューズのショーン・ハニティとの共同インタヴューでは、トランプを圧倒した。トランプが脇役に甘んじていた最近の大統領執務室での会合の報道では、マスクと息子が中心人物だった。カルヴィン・クーリッジがネイティヴ・アメリカンの頭飾りを身につけて以来、最悪の大統領写真撮影の機会だった(意識が高ぶっていることを許して欲しい)。

マスクはフレッド・アステアの真似を精一杯やっている。重力に逆らって天井で踊っている。この綱渡りは、彼の失墜が更に悲惨なものになることを意味するだけだ。

2週間前に『エコノミスト』誌が実施した全国世論調査によれば、トランプ大統領は既に不人気であり、人命が失われる数が増えるにつれ、事態はさらに悪化するだろうことは間違いない。

トランプの支持率も、2度目の就任以来低下している。彼に対するネガティヴな評価が警戒すべきレヴェルにまで達すれば(そして必ずそうなるだろう)、脚光を浴びることを好むこの大企業経営者であるマスクは大統領のスケープゴート(scapegoat)にされるだろう。トランプの元側近の多くと同様に、彼も使い捨てられる存在だ(He is disposable like so many of Trump’s former associates)。民主党は、私たちの最終目標は大統領を弱体化させることであり、マスクを弱体化させることではないことを忘れてはならない(Democrats must remember that weakening the president, not Musk, is our ultimate goal)。マスクがトランプの意のままに動いているのであって、その逆ではないことを明確にすべきだ(We should make it clear that Musk is doing Trump’s bidding and not the other way around)。

国民の60%以上は、マスクがトランプに大きな影響力を持っていると考えているものの、マスクにそう望んでいるのはアメリカ人の5人に1人だけだ。共和党員の3人に1人でさえ、この大企業経営者マスクは大統領に過大な影響力を持っていると考えている。

トランプは、マスク、Metaのマーク・ザッカーバーグ、Amazonの『ワシントン・ポスト』紙のジェフ・ベゾスといった超富裕層のテック業界の巨人たちと肩を並べている。ワシントン・ポストで最近起きた騒動は、トランプの企業カルテルがいかに集中的な権力を持っているかを如実に示している。公益団体コモン・コーズは、マスクを批判するラップアラウンド広告を一面、裏面、そして中面1ページに掲載することを提案した。しかし、注文を受けた後、ワシントン・ポストは尻込みして広告掲載を断った。ワシントン・ポストのモットーは、「ワシントン・ポストで民主政治体制は闇の中で死ぬ(Democracy Dies in Darkness at the Washington Post)」に変更されるべきだ。

ワシントン・ポストが広告掲載を拒否したことは、言論の自由に対する明白かつ差し迫った脅威だ。また、トランプ、マスク、ベゾスが、機能不全に陥ったアメリカ民主政治体制の心臓部に血液を送り込む情報動脈(the information arteries)を、いかに強大に締め上げているかを如実に示している。

マスクは世界で最も富裕な人物の1人、いや、最も裕福な人物と言えるだろう。彼は政府効率化省をリードする頭脳(the brain behind the Department of Government Efficiency)だ。彼の冷酷な指揮下で在宅医療や学校給食を失う貧しいアメリカ国民のことを、彼には気遣う理由など存在しない。効率化をあえて追求するあまり、彼は大切なものを駄目にし()throw the baby out with the bathwater、何百万人もの人々に奉仕する連邦政府機関を丸ごと潰そうとしている。彼の執拗な追求には、政府撲滅省(the Department of Government Eradication)というより適切な名称がふさわしいだろう。そして、彼が直属する大統領の真の目的はまさに政府の撲滅なのだ。

最近、政府効率化省(DOGE)は移民・関税執行局(the Immigration and Customs Enforcement Agency)で80億ドルの無駄遣いを発見したと主張した。『ニューヨーク・タイムズ』紙が調査したところ、実際の数字は800万ドルだったことが判明した。マスクが80億ドルと800万ドルの違いも分からないのであれば、他に何を間違っているだろうか? 彼は政府支出の効率化(efficiency in government spending)を担うべき人物ではない。

彼はまた、行動と言動において利益相反(conflict of interest)そのものだ。彼の巨大な企業的利益は、彼が担う重要な政府責任と真っ向から衝突している。彼のロケット会社スペースX社は連邦政府の請負業者である。

マスクを嫌うバノンは私だけではない。トランプの大統領顧問を務めたスティーヴ・バノン(私とは血縁関係はない)は、長年の堅固なトランプ支持ポピュリスト勢力(the old diehard Trump populists)と、マスクを中心とするトランプ・ワールドの新たな有力企業勢力(the new dominant corporate wing of Trump World)との間で、MAGA内戦が勃発すると警告している。バノンはこれを、トランプ連合内の億万長者と労働者階級の勢力間の戦い(a battle between the billionaire and working-class elements within the Trump coalition)だと表現した。

民主党と進歩主義派は、この分裂につけ込むことができる。苦境に立たされた労働者世帯を支援するという自らの関与を強調することで、こうした分裂をうまく利用することができる。彼らは、トランプが新政権発足初日に物価を引き下げるという、今や放棄された選挙公約を実行してくれることを期待していた。

分断統治(divide and conquer)は常に敵を倒す効果的な手段だった。私たちはMAGA内の分裂につけ込まなければならない。マスクは、トランプを労働者階級の支持層から引き離すために必要な楔(wedge)となるかもしれない。

※ブラッド・バノン:民主党の全国規模担当ストラティジストであり、民主党、労働組合、そして進歩主義的な問題団体のための世論調査を行うバノン・コミュニケーションズ・リサーチCEO。彼は、権力、政治、政策に関する人気の進歩主義派ポッドキャスト「デッドライン・DC・ウィズ・ブラッド・バノン(Deadline D.C. with Brad Bannon)」の司会者を務めている。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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『トランプの電撃作戦』
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 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になります。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
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 ドナルド・トランプには大統領としては残り4年間弱しか時間がない。そのうち、最終年はレイムダック化と呼ばれる、次はないのだからということで、人々が離れて実質的に力を失う時期があるとなると、3年間ほどしかない。2026年11月には中間選挙(連邦上院議席の一部と連邦下院の全議席の選挙)が実施され、だいたい与党側が議席を減らすので、連邦上下両院での優位も崩れるかもしれない。そうなれば、政権運営は難しくなるので、最初の2年間で勝負を決しておかねばならない。

トランプは、アメリカの抱える財政赤字と貿易赤字を何とかしようと、電撃作戦を仕掛けた。巨大な連邦政府(職員は約200万人)と巨額の連邦政府予算(約7兆ドル、約1000兆円に達する)の削減を行うために、イーロン・マスクを政府効率化省のトップに据えた。私たちは新自由主義全盛の頃に、アメリカは小さい政府で効率が良い、決定スピードが速いなどと嘘を教えられてきたが、共和党と民主党の大統領、連邦議会は、アメリカ連邦政府を巨大化させてきた。そのくせ、日本は国家予算を削り、人員を減らすことを、アメリカの手先にして売国奴、買弁の小泉純一郎や竹中平蔵に強要されてきた。話が逸れたので元に戻す。

 貿易赤字に対しては、高関税を課すことになった。関税を支払うのは、輸入する業者たちだ。そして、関税が上がった分で業者や取引業者が吸収できない分は消費者が価格の上昇ということで支払うことになる。物価上昇については、トランプ大統領はエネルギーの増産で対処しようとしているが、アメリカ政府の輸出増加を狙う、ドル安誘導で物価上昇は避けられない。アメリカ国民は、強いドルのおかげで世界中から製品を比較的安価に手に入れることができた。そして、外国に支払ったドルは、「世界で最も安全な資産」である米国債購入で、アメリカに戻るというシステムを作り上げ、借金漬けの生活を送ることが可能になった。

 トランプはそのような戦後のシステムとそれが生んだひずみを解消しようとしている。もちろん、それはうまくいかないだろう。はっきり言って、アメリカの製造業が復活するなんてことはないし、アメリカの借金が全てチャラになることはない。多少の延命になるかどうかだ。しかし、これまでの政治家たちが先送りにしてきたことを何とかしようという姿勢を見せているだけでも、アメリカ国民の評価を得るだろう。

 以下の論稿にあるように、これまでの常識で見ていけば、トランプはすぐに失敗することになるだろう。しかし、現状はこれまでとは大きく異なっている。戦後の世界構造、いや、近代600年の世界構造が大きく動揺している。その中で、時代精神、心性を体現する人物としてトランプは出現した。このことを分からなければ、右往左往するだけのことになってしまう。

(貼り付けはじめ)

これは「トランプのピーク」になるかもしれない(This Could Be ‘Peak Trump’

-彼の権力への復帰は印象的なものだが、これから困難な仕事が始まる。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2025年1月27日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/01/27/peak-trump-war-diplomacy-tariffs-economy/

トランプ政権の発表だけを聞いたり、これまでに業績を上げてきたジャーナリストたちによる、まるで目の前の出来事に戸惑うような(the deer-in-the-headlights)説明だけを読んだりすれば、トランプ新政権は既に抗えないほどの勢いを増大させているという結論を皆さんは持つかもしれない。トランプの君主的な野心(Trump’s monarchical pretensions)を考えると、彼は間違いなく、自分には制限がなく、抵抗は無駄だと皆に思わせたいと思っているだろう。しかし、それは事実ではない。トランプの華々しい復帰と初期の広範な取り組みを、止められない勢いだと誤解すべきではない。むしろ、後になって、この時期を振り返ったえら、トランプ的傲慢さの頂点(the highwater mark of Trumpian hubris)だったということになるだろう。大袈裟な約束をするのは簡単だが、実際に成果を上げるのは非常に困難なのだ。

もちろん、トランプの手腕を過小評価すべきではない。彼は、疑わしい事業に銀行から融資を取り付け、騙されやすい顧客に、決して実現しないものに金を支払わせることに大いに長けている。彼は、事実がどうであろうと、アメリカは絶望的な状況にあり、自分だけがそれを解決できると有権者を説得することに驚くほど長けていることを証明してきた。これは、様々な問題の責任を負わせる架空の敵(fictitious enemies)を見つけることにも同様に長けているからだ。過去の犯罪に対する処罰を逃れることにかけては並外れた技能を持っており、自身、家族、そして仲間に利益をもたらすことにも長けている。そして正直に言って、彼は疑問視されるべき正統性(orthodoxies that deserved to be questioned)、特にアメリカを不必要で失敗に終わる戦争に引きずり込む外交政策エスタブリッシュメントの傾向に、果敢に挑戦してきたことでも恩恵を受けている。

トランプが才能を発揮できていないのは、政府を運営し、首尾一貫した政策を立案し、一般のアメリカ国民に広範かつ具体的な利益をもたらすことにおいてだ。彼の最初の任期における実績は忘れてはならない。貿易赤字は改善するどころか悪化し、不法移民は大幅に減少せず、パンデミックへの対応の失敗で何千人ものアメリカ人が不必要な死を遂げ、北朝鮮は核兵器を増強し、イランはウラン濃縮を再開し、大々的に宣伝されたアブラハム合意は、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃の布石となった。彼はアメリカ・メキシコ国境に壁を建設することはなく、メキシコは費用を負担しなかった。中国は、トランプが交渉した大規模貿易協定で約束した2000億ドル相当のアメリカ製品を購入しなかった。まさに多くの勝利を得た!

今回はもっと良い結果になるだろうか? もしかしたらその可能性はある。2017年とは異なり、今回は彼には要職に忠実な側近が就いており、ホワイトハウスには有能で有能な首席補佐官(chief of staff)がいると誰もが認めるだろう。しかし、こうした強みをもってしても、トランプの政治政策に潜む深刻な矛盾(deep contradictions)や、彼が直面するであろう障害(obstacles)を解消することはできない。

それらの点を列挙してみよう。

第一に、偉大な平和調停者(a great peacemaker)として歴史に名を残したいというトランプ氏の願望と、自分の思い通りにするために相手を威圧し、武力行使で脅すという彼の根強い特長との間には、明らかな緊張関係がある。巧みな強制外交の使用(the adroit use of coercive diplomacy)は和平努力を促進することもあるが、あらゆる方向に大きな棒を振り回すトランプの特長は、どこでも通用する訳ではない。遅かれ早かれ、彼のブラフは見破られ、彼は引き下がるか、行動を起こさなければならないだろう。彼の怒りの矛先となっている相手の中には、「泥沼(quagmire)」に陥っている存在もおり、武力行使の脅しは、従わせるどころか、抵抗を強める傾向がある。彼はまた、ロシアによるウクライナ戦争と、ほぼ確実に崩壊するイスラエルとハマスの停戦という、特に厄介な2つの紛争を引き継いだ。そして、後者については24時間以内に解決できると選挙運動中に自慢していたことを、既に撤回している。

第二に、トランプの経済政策は到底納得のいくものではなく、彼は自らが表明した目標の一部を犠牲にするか、経済破綻の危機(a potential economic trainwreck)に直面することになるだろう。減税(tax cuts)の延長、関税(tariffs)の導入、そして労働者の国外追放(deporting)は、いずれも財政赤字の拡大とインフレの再燃を招く恐れがあり、トランプが得意とする予測不可能性(unpredictability)によって生じる不確実性(uncertainty)は、企業の足かせにもなるだろう。トランプと支持者たちは、規制緩和(deregulation)と「無駄な(wasteful)」支出の削減でこの矛盾は解消されると主張しているが、国防総省への支出を増やすのであれば、多くのアメリカ人が依存し支持している社会保障制度を大幅に削減しない限り、大した節約にはならない。トランプ大統領は、ジョー・バイデン前大統領から極めて健全な経済を引き継いだ。更に重要なのは、トランプ大統領が実施すると約束した政策が、この落ち込みをより悪化させるということだ。

第三に、トランプが他国(特にメキシコ)を罰すると脅すことと、反移民政策の間には明らかな矛盾がある。メキシコへの関税は、多くのアメリカの製造業が依存するサプライチェインを混乱させるだけでなく、メキシコ経済に打撃を与え、より多くの人々がリスクを無視してアメリカへの移住を試みるようになるだろう。不法移民を阻止する最良の方法は、近隣諸国を不況に陥れるのではなく、経済的に繁栄させることだが、トランプはこのことを理解しているのだろうか?

第四に、政府機関を骨抜きにし、公務員にリトマス試験を課し、不適格者や深刻な問題を抱えた人物を主要な政府機関の責任者に据えることは、不可欠な公共サーヴィスの低下を確実に招く。政府機関は政治の格好の標的だが、億万長者ではないアメリカ人は、特に緊急事態において、それらの機関が円滑に機能することを頼りにしている。公共サーヴィスが低下した場合、一般のアメリカ人は憤慨するだろうし、トランプには他に責める相手はいないはずだ。

第五に、大学やその他の知識生産組織を攻撃することは、アメリカを愚かにし、人的資本を減退させ、他の国々の追い上げを助長することになる。大学を標的にするなら、技術革新を推進し、効果的な公共政策の策定に貢献し、社会全体の幸福に貢献する将来の科学者、エンジニア、医師、芸術家、社会科学者、弁護士、その他の専門家を誰が教育することになるのだろうか? 大学、非政府組織、シンクタンクにMAGAアジェンダを押し付けることで、各国が致命的な過ちを避けるための健全な議論が阻害されてしまう。これは、アメリカのような開かれた社会が、権威主義的なライヴァル国よりも一般的に豊かで、強く、過ちを犯しにくい理由を説明するものだ。賢明な大統領なら、この優位性を手放したいと思うだろうか?

第六に、トランプ氏が政府の腐敗を全く新しいレヴェルに引き上げると信じるに足る理由は十分にある。彼は既に、金持ちでテクノロジー業界の大富豪たちからの金銭と譲歩を強要している。彼らは金銭の授受に躍起になっている。関税やその他の貿易制限を課すことで、企業は例外を求め、それを得るために金銭を投じるため、腐敗が蔓延する新たな機会が生まれる。腐敗が蔓延すると、資源は人材買収に浪費され、投資は最も優秀なイノベーターや最も有望な事業ではなく、独裁者の言いなりになる忠誠心の高い層に流れていく。開発専門家たちは、腐敗の削減と法の支配の強化が経済成長を促進すると強調しているが、トランプはアメリカを逆の方向に導こうとしているようだ。彼と彼の仲間はより豊かになるだろうが、あなたはそうならないだろう。

第七に、トランプの二期目は、ある意味で、共和党が長年追求してきたいわゆる統一された行政権の実現に向けた集大成と言えるだろう。行政権の集中(the concentration of executive power)は1世紀以上にわたり着実に進んできたが、近年の最高裁判決はこの傾向を加速させ、トランプの君主制的な本能(Trump’s monarchical instincts)を強めている。抑制されない権力の問題は、独裁者の過ちを正す術がないことだ。特に、情報環境も掌握し、自らの失策を指摘する者を排除したり、沈黙させたりできる場合、猶更だ。人間は誤りを犯す生き物であり、過ちは避けられないが、抑制されない権力を持つ指導者は、大きな過ちを犯しがちだ。ヨシフ・スターリン、毛沢東、アドルフ・ヒトラー、ベニート・ムッソリーニ、サダム・フセイン、ムアンマル・カダフィ、そして北朝鮮の金王朝が、権力を掌握し、やりたい放題になった時にどれほどの損害を与えたかを考えてみて欲しい。中国の習近平国家主席の最近の一連の失策もまた、警告となる具体例となる。

就任演説でトランプは、アメリカ合衆国を新たな「黄金時代(golden age)」へと導くと宣言した。しかし、寡頭政治家たち(oligarchs)が政治を支配し、縁故資本主義(crony capitalism)が蔓延し、政府が市民社会(civil society)の独立した機関を威圧し、嘘が政治言説の常套手段となり、宗教的教義が公共政策の主要要素を左右し、問題は常に変化する内外の「敵(enemy)」のせいにされるような国のヴィジョンとは、到底合致しない。これはアメリカ合衆国というより、ロシア、中国、あるいはイランに近い。そして、大多数のアメリカ人が本当に望んでいるのは、そのような状況ではないだろう。

良いニューズなのは、そこに到達するにはまだ道のりが長く、独裁政治(autocracy)への道には落とし穴がたくさんあるということだ。22024年11月5日のアメリカ大統領選挙以来、トランプが続けてきた勝利のラップソングは終わりを迎え、彼の突飛な公約を全て実現するという困難な仕事が始まる。特に誠実さや清廉さといった基本的規範を軽蔑する人物には嫌悪感を抱いているものの、もしトランプが私の予想を覆し、専門家の予想を覆し、アメリカをより豊かで、より団結し、より安全で、より尊敬され、より平穏な国にしてくれるなら、嬉しい驚きを感じるだろう。しかし、私はそれに賭けるつもりはない。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Bluesky: @stephenwalt.bsky.socialXアカウント:@stephenwalt

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『トランプの電撃作戦』
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 最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)では、JD・ヴァンス副大統領が次の2028年米大統領選挙でトランプ大統領の後継者として共和党候補者となると書いた。そして、ヴァンスとシリコンヴァレーの大立者で、2016年の大統領選挙でトランプを支持し続けた、ピーター・ティールが、ヴァンスを見出したことを紹介した。ヴァンスはティールの弟子ということになる。今回は、『トランプの電撃作戦』では使わなかったが、ヴァンスとシリコンヴァレーの大物たちとの関係を詳しく分析している論稿を紹介する。内容を要約すると次のようになる。
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盟友同士のヴィヴェック・ラマスワミ(青いネクタイ)とJ・D・ヴァンス

ドナルド・トランプの副大統領候補にJD・ヴァンスが浮上する数週間前、テクノロジー業界の著名な人物たちが彼を推す動きが始まった。特に、テクノロジー起業家や資本家たちからヴァンスを副大統領候補にするように強く求めた。

ティールの投資会社の共同経営者デリアン・アスパロウホフは、ヴァンスがホワイトハウスの職に就くことが自分たちの代表がホワイトハウスに入ることを意味すると述べた。また、ヴァンスはその背景からシリコンヴァレーのエリートと将来の連携を生み出す人材として注目されている。

一方で、ヴァンスの過去の社会問題に対する姿勢や商業界とのつながりから批判も受けており、彼とティールの関係がビジネス上の駆け引きになる可能性が指摘されている。さらに、彼はシリコンヴァレーにおけるエリート主義と、一般市民を置き去りにする姿勢を意識し、影響を持とうとしていることがある。

ティールは過去のトランプの選挙に対して、巨額の寄付をしたものの、政権の混乱に失望しつつも、ヴァンスへの支援を続けている。トランプは最近、電気自動車や人工知能に対する積極的な姿勢を示している。テクノロジー業界の不満を受けて、トランプとヴァンスの最近の集まりには多くのテクノロジー企業の幹部が集まり、大規模な資金集めの場となった。

ヴァンスはより小規模なスタートアップ企業を支援する意義を持つことで支持を広げ、テクノロジー業界の変革を目指している。また、彼は過去の経歴を活かし、地域経済の問題にも取り組んできた。

最後に、ヴァンスがテクノロジー業界の影響力の高まりを象徴する存在となっていることが指摘されている。彼は新たなデジタル社会への対応を模索しながらも、政治的なロビー活動に関しては複雑な立場に立たされている。彼の副大統領候補への道筋は、アメリカの今後に向けての新たな枠組みを指し示すものとなるだろう。

 ヴァンスはトランプのポピュリズムを体現する人物である。詳しくは『トランプの電撃作戦』に書いたが、シングルマザーの貧しい家庭から身を起こし、副大統領にまで上り詰めた。彼はトランプを支持する貧しい白人労働者の代表という面がある。同時に、シリコンヴァレーでの経験や知識から、テック産業の代表という側面を持つ。彼はその点でハイブリッドということになる。アメリカ政治の大きな潮流を示し、体現する人物がヴァンスということになる。

(貼り付けはじめ)

JD・ヴァンスを指名した強力なピーター・ティールのネットワークの内部(Inside the powerful Peter Thiel network that anointed JD Vance

-右派の技術者による小規模で影響力のあるネットワークが、シリコンヴァレーでのヴァンスの台頭、そして共和党での台頭を画策した。彼がホワイトハウスを勝ち取れば、業界は利益を得る立場にある。

エリザベス・ドゥオスキン、キャット・ザクロウスキー、ニターシャ・ティク、ジョシュ・ダウジー筆

2024年7月28日

『ワシントン・ポスト』紙

https://www.washingtonpost.com/technology/2024/07/28/jd-vance-peter-thiel-donors-big-tech-trump-vp/

ドナルド・トランプ前大統領が副大統領候補を発表する数週間前、テクノロジー業界の大物たちが、自分たちの仲間であるオハイオ州選出の連邦上院議員JD・ヴァンスを推す静かなキャンペーンを開始した。

トランプ元大統領は、テクノロジー起業家のデイヴィッド・サックス、パランティア社顧問のジェイコブ・ヘルバーグ、そして、ヴァンスの元雇用主で師(mentor)でもある億万長者のヴェンチャー・キャピタリストであるピーター・ティールから、かつてのシリコンヴァレーにいる投資家を候補に加えるよう何度も懇願をうけたと、懇願に詳しい3人が匿名を条件にプライベートな会話について語った。

ヴァンスの最も強力なシリコンヴァレーにいる支持者たちは、元ネヴァー・トランプ派の人物であるヴァンスが共和党内で台頭していることに大喜びしている。彼らは、ヴァンスをワシントンにいる自分たちの使者と見なしており、政府やグーグルからロッキード・マーティンに至るまでの定着した大企業が技術革新(innovation、イノヴェーション)を阻害し、機敏で大胆な考えを持つスタートアップ企業、特に自分たちのスタートアップ企業が国益を推進できるという教義を広めている。ハリス副大統領の大統領就任は多くの左派テクノロジーリーダーを活気づけたが、ティールのネットワークの一部は、ヴァンスがホワイトハウスに入ることで恩恵を受ける立場にある。ヴァンスは最近までワシントンを避けていたヴェンチャー・キャピタリストにとって新たな資産だ。

ティールの投資会社ファウンダーズ・ファンド社の共同経営者であるデリアン・アスパロウホフはXに「地球上で最も偉大な国のホワイトハウスに元テックヴェンチャーキャピタルにはいることになるんだぜ(WE HAVE A FORMER TECH VC IN THE WHITE HOUSE GREATEST COUNTRY ON EARTH BABY)」と投稿した。

ティールにとって、ヴァンスが共和党候補に名を連ねるのは、ラストベルト出身のイェール大学法科大学院(ロースクール)卒業生を弟子(protégé)として迎え入れた10年前の先見の明のある賭けの成果であり(the payoff on a prescient bet placed a decade ago)、Meta社のCEOのマーク・ザッカーバーグやOpenAI創設者のサム・アルトマンを含むメンバーに加わった。

特に2016年に自叙伝『ヒルビリー・エレジー』を出版した後、ヴァンスは多岐にわたる知性、温厚な物腰でありながら、実はオハイオ州の労働者階級で育ったアウトサイダーの物語を通じて、シリコンヴァレーのティールの高尚な仲間たちに強い印象を与えた。この物語は2016年の大統領選挙後、テクノロジー界のエリートたちが、未来を築くことへの執着がいかに多くのアメリカ人を置き去りにしているのかを理解しようとしたときに共感を呼んだ。

ティールは彼自身を裕福にし、MAGA層に人気となった企業に投資する環境を整えた。彼は他のシリコンヴァレーの寄付者とともに、ヴァンスの政界進出を後押しし、2022年の米連邦上院選挙で彼の出馬を成功させた。

ティールの考えを知るある人物は「ピーターにとって、ヴァンスは一世一代の賭け(a generational bet)だ」と語った。

しかし、ヴァンスのビジネス界での人脈、そして中絶や同性婚などの社会問題に対するスタンスは、批判にもさらされている。批判者たちはヴァンスを「シリビリー(shillbilly 訳者註:シリコンヴァレーとヒルビリーの合成語)」と呼び、ティールのネットワークとの関係が金銭授受のシナリオ(a pay-to-play scenario)になる可能性があると主張している。

投資家のデル・ジョンソンはXに次のように投稿した。「彼らがエリート主義的な計画と反動的な見解を[導入する]ための最良の方法は、規制の捕捉だ(regulatory capture)」。これは民間セクターによる規制プロセスのコントロール(private sector’s control of the regulatory process)を表す用語を使っての投稿だ。続けて「ヴェンチャー・キャピタル階級に大統領職を任せても何も起きない」と書いた。

この記事は、シリコンヴァレーでのヴァンスの台頭、ティールとの関係、そして彼がアメリカで2番目に高い政治職に就いた場合のテクノロジー業界の野望に詳しい17人の人物へのインタヴューに基づいており、その多くは関係を保護するために匿名を条件に話してくれた。

ティールはコメントを拒否した。ヴァンスはコメントの要請に応じなかった。

ティールは2016年の選挙運動においてトランプに対して巨額の寄付を行ったが、彼の考えを知る複数の人物によると、最終的には政権の混乱と科学と技術革新への焦点の欠如に失望したという。

しかし、ヴァンスの指名は、ティールがトランプに好意的になるのに役立っている。また、トランプの共和党大統領候補指名は、テクノロジー業界にとって極めて重要な問題に新たに焦点を絞ったことと一致する。トランプ元大統領は、電気自動車、仮想通貨(cryptocurrency)、人工知能に関する業界に好意的なメッセージを受け入れてきた。トランプは先月、サックスのポッドキャスト「オールイン(All-In)」に出演し、シリコンヴァレーの寄付者たちを「天才たち(“geniuses)」と呼んだ。また、最近の選挙集会では、電気自動車のパイオニアであるイーロン・マスクを称賛し、「私たちは賢い人々の生活を良くしなければならない(We have to make life good for our smart people)」と発言した。

『ワシントン・ポスト』紙が確認した出席者リストによると、サックスが6月にトランプとヴァンスをサンフランシスコの自宅に招いて開催した、高額な資金集めパーティーの場で、2人は50人以上のテクノロジー企業の幹部や他の裕福な寄付者たちと会った。

共和党全国委員会で、サックスがトランプの専用ボックスでヴァンスと話している姿が見られた。出席者たちは、寄付者やロビイスト、テクノロジー業界の関係者らがこれほど集まったイヴェントは見たことがないと語った。

対照的に、バイデン政権は、暗号通貨業界を妨害し、人工知能を規制しようとし、スタートアップ創業者が金儲けするための重要な道である企業買収に異議を唱えることで、テクノロジー業界のリーダーたちを激怒させている。サックス、マスク、パランティア社共同創業者のジョー・ロンズデール、セコイア・キャピタル社のダグ・レオーネ、著名なヴェンチャー・キャピタル企業アンドリーセン・ホロウィッツ者の創業者たちは、トランプに同調し、トランプ支持のPACに多額の寄付を行っている。

トランプがホワイトハウスを奪還すれば、ヴァンスは、イデオロギー的に一致した技術面のリーダーたちを政府要職に就かせ、テクノロジー業界を政治的サンドバッグから資本主義の原動力へと変える一助となるかもしれない。ヴァンス自身の防衛スタートアップ企業アンドゥリルへの名ばかりの投資を含め、ティールと関係のあるスタートアップ企業のネットワークは、数十億ドル規模の契約をめぐって競争している。

一方、ヴァンスを指名する際のトランプへの売り込みは非介入主義外交政策(noninterventionist foreign policy)だったサックスの友人たちは、ヴァンスは国務長官を狙っているのだとよく冗談を言っていた。

ヴァンスの支持者たちは、ビッグテック企業の独占的慣行(Big Tech’s monopolistic practices)を非難する一方で、より機敏なスタートアップ企業(「リトルテック(Little Tech)」と名付けられている)を支援する姿勢が、ヴァンスを説得力のある特使(persuasive envoy)にしていると語った。

アリゾナ州で連邦下院議員選挙に立候補しているティール・キャピタル社の元上級幹部ブレイク・マスターズは、ヴァンスとシリコンヴァレーとのつながりが、技術革新の新時代を先導するのに役立つだろうと語った。

マスターズは「金儲けが目的ではない」と述べている。マスターズは、ティールがヴァンスに『ヒルビリー・エレジー』の宣伝文をレビューするよう依頼したことで、ヴァンスと友人になった。「マンハッタン計画のような大きな取り組みをかつて行っていた政府が、もはや作ることができないようになっている、新しい技術を作ることが目的だ。これから起こる問題をほとんど直感的に理解している人物のようだ」。

●「私たちのネットワークに欲しい人」(‘Someone we want in our network’

トランプが当選する2カ月前、ヴァンスはサンフランシスコで、テクノロジー業界で最も裕福で影響力のある人々とサロンディナーに出席した。出席者にはティール、アンドリーセン、アルトマン、セールスフォースのCEOマーク・ベニオフ、当時スタンフォード大学ビジネススクールの学部長だったジョン・レヴィンが含まれ、新たに重要なテーマ「アメリカの労働者階級の困難と仕事の未来(The difficulties of working class America and the future of work)」について話し合うために集まっていた。

幅広い会話はすぐに政治の話になった。当時はネヴァー・トランプ派だった若き回想録作家は、トランプの見込みのない選挙運動と民主社会主義者のバーニー・サンダース連邦上院議員(ヴァーモント州選出、無所属)の選挙運動を牽引したポピュリストの怒りを翻訳し、自分の言葉で主張した。

「そこにいた誰もがその瞬間を理解しようとしていた」と、その夜のことを知る人物は、プライベートな集まりだったため匿名を条件に語った。当時32歳だったヴァンスは「これらの素晴らしい知性に負けず、自分の力を発揮した・・・。彼はその場にいた全員の尊敬を集めていた」ということだ。

ティールがヴァンスのために道を切り開いたのは、約10年前、ヴァンスがこの億万長者にシリコンヴァレーでの機会を模索するようメールを送った後だった。ヴァンスは、2011年にティールがイェール大学法科大学院で行ったスピーチに触発された。そのスピーチは、技術の停滞を嘆き、競争の激しい仕事に対するエリートの執着が技術革新を潰していると主張した内容だった。ヴァンスは、そのスピーチをイェール大学在学中の「最も重要な瞬間(the most significant moment)」と表現した。

ヴァンスはティールに強い印象を残したとティールの投資会社ミスリル社の元マネージングディレクターのコリン・グリーンスポンは語っている。

グリーンスポンは後にヴァンスと共にヴェンチャー企業ナリヤを創設している。グリーンスポンは次のように述べている。「この男は、私たちのネットワークに100%欲しい人物だと分かっていた。ピーター・ティールの世界の利益は、常に興味深い人物が出入りすることであり、JDは私たちが親しくしたいと望む人物だと分かっていた」。

ティールの仲間が、ヴァンスがバイオテクノロジー企業サーキット・セラピューティクスに就職するのを支援した。ヴァンスはサーキット・セラピューティクスの専門分野であるオプトジェネティクスについては全く知らなかったが、勉強熱心な学生だった。彼はすぐに、スタートアップ企業への投資についてミスリルにアプローチした。

ミスリルはアプローチを断った。しかし、ヴァンスのアプローチ、つまり「適切なタイミングで連絡を取る才覚(knack for checking in at the right time)」はグリーンスポンに非常に感銘を与え、グループは「彼を雇う必要がある(we needed to hire him)」と結論付けた。

2016年にミスリルに入社したヴァンスは、投資家たちが企業を評価する方法を吸収し、技術革新が社会進歩の原動力として尊重される環境に身を置いた。オハイオ州ミドルタウン出身のヴァンスは、回想録の中で、白ワインが1種類以上あることを知らなかったと書いていて、そんな彼が億万長者とのディナーに出席するようになった。現在は新興企業と政府との連携を支援しているヴェンチャー・キャピタリストのキャサリン・ボイルは、サンフランシスコの自宅アパートでヴァンスのためにピザを用意して本の出版パーティーを開いた。

専門家たちは既に「ヒルビリー・エレジー」を選挙のための本と呼んでいたが、ワシントンに懐疑的なシリコンヴァレーでヴァンスが政治的野心について語ることはほぼなかった。

2016年にサロンディナーを企画してヴァンスを社交界に紹介したことで友人になったスタートアップ企業セーフグラフのCEO、オーレン・ホフマンは「彼は脚光を浴びよう(trying to get the limelight)としているようには見えなかった。彼の政治についての考えは知らなかった」と語った。

ヴァンスをもっと打算的な(calculating)人物と見る人たちもいた。ティールの仲間と交流していたある人物は、ヴァンスは同じような経歴を持つ人々と知り合う努力をせず、自分のキャリアに役立つ影響力のある人々に引き寄せられるだけだったと述べている。

クライナー・パーキンスの元投資家で非営利団体プロジェクト・インクルードの共同創設者のエレン・パオは「ヴァンスは、シリコンヴァレーで注目を集める、ホレイショ・アルジャー(Horatio Alger)のような、自力で起業する気骨のある白人男性創業者(bootstrap-pulling White male founder)の典型に当てはまるようだ」と語った。パオはヴァンスを直接知らないとしながらも、「彼の成功は、風に合わせて変化する意志、つまり、資金提供した新興企業を軌道に乗せるために政府の支援を求める場合に役立つ柔軟性と結びついているのではないか」と疑問を呈した。

ミスリルに入社してから1年後、ヴァンスはオハイオ州に戻った。2017年の『ニューヨーク・タイムズ』紙の「なぜ故郷に戻るのか(Why I’m moving home)」という見出しの論説で、ヴァンスはシリコンヴァレーでの時間を「高学歴の移住者たちに囲まれて(surrounded by other highly educated transplants)」「不快だった(jarring)」と表現した。別のインタヴューでは、西海岸の人々は「政治的・経済的権力とある種の恩着せがましさを併せ持っている(wield political-financial power in combination with a certain condescension)」と述べ、エリートのテクノロジー集団を冷笑したように見えた。

論説が掲載された数日後、ヴァンスは新しい仕事に就いたことも発表した。それは、前回の選挙でヒラリー・クリントンを支持した無所属のAOL共同創設者スティーヴ・ケースとともに、沿岸部のテクノロジー首都(シリコンヴァレー)以外のスタートアップの人材育成に重点を置いた取り組みである「ライズ・オブ・ザ・レスト(Rise of the Rest)」に取り組むことだった。

2018年、ヴァンスはオハイオ州ヤングスタウンで高級バスに乗り込み、政治家が主催する同様の取り組みであるカムバック・シティーズ・ツアーに参加した。ヴィーガン・ドーナツ、コンブチャ(昆布茶)、そして西海岸のヴェンチャー・キャピタリストに囲まれながら、ヴァンスは地元のスタートアップシーンと、オピオイド危機によるこの地域の課題について語った。ヴァンスは成人してからの人生の大半を、衰退する鉄鋼の町(the declining steel town)から遠く離れた場所で過ごしたが、訪問者たちは彼を、サンフランシスコの洗練されたオフィスとオハイオの間の溝を埋めるのに適した大使(as an ambassador well-positioned to close the gulf between their sleek San Francisco offices and Ohio)とみなした。

バスに乗っていた投資家の1人だったパトリック・マッケナは「この状況で、JDと会って人々が気づいたのは、シリコンヴァレーには賢い人がいっぱいいるが、賢い人が全員シリコンヴァレーにいる訳ではないということだった」と語った。

翌年、グリーンスポンとヴァンスはオハイオ州を拠点とする自分たちのファンドであるナリヤを立ち上げた。ナリヤは『ロード・オブ・ザ・リング』に登場する火の輪(a ring of ire)にちなんで名付けられた。(ティールの「ミスリル」と「パランティア」もJRR・トールキンの叙事詩に由来する)。ティールは資本金の少なくとも15%を提供し、密接に関与し続けた。

ヴァンスは、シリコンヴァレーは「駐車場のUberUber for parking)」のような、模倣的な、その時々の流行に乗った企業(flavor-of-the-moment companies)で「飽和状態(oversaturated)」だと潜在的な支援者に語った。ヴァンスは、ナリヤは大きなアイデアと、ロボット工学やバイオテクノロジーなどの「ディープ・テクノロジー(deep technology)」の調達に注力すると語った。(AIや暗号は誇張されすぎていると当時彼は言っていた)。

ナリヤ・キャピタルの投資が全て利益を上げた訳ではなかった。ナリヤ・キャピタルは、昨年破産申請した農業新興企業AppHarvestに2800万ドルの投資を行った。

匿名を条件に取材に応じた人物は「ディープテック(deep tech)」の売り文句に飛びついた初期の投資家たちは、ナリヤのイデオロギーに基づいた賭けとみなして驚いたと語った。この人物はこの投資について公に議論する権限がなかったため匿名で語った。

ナリヤはティールとともに、右派の視聴者に人気のYouTubeの競合企業ランブルの大口投資家となった。ナリヤとティールはカトリックの祈祷アプリ「ハロウ」にも資金提供している。

2021年のナリヤの会合に、オハイオ州副知事ジョン・アレン・ハステッド(共和党)と、当時は製薬会社の元幹部で「意識高い(woke)」資本主義を攻撃するベストセラー本の著者だったヴィヴェック・ラマスワミが出席した。ハロウの創設者は「タブーな夕食の話題(taboo dinner topics)」をテーマとしたセッションで政治と宗教について語った。

ナリヤの共同創設者グリーンスポンは、ナリヤの目標は「投資家に可能な限り最高の利益をもたらすこと」だと述べた。

2021年に米連邦上院議員選挙への出馬を発表した頃には、ヴァンスはネヴァー・トランプ派からMAGA共和党員に変貌していた。これはティールやマスターズらとの長年の対話の結果だ。

マスターズによると、2021年、長年連邦上院議員を務めたロブ・ポートマン(オハイオ州選出、共和党)が引退を発表した日に、彼とヴァンスは電話で話したということだ。マスターズはポートマンから聞いた、「私はすぐにJDに電話し、おい、君はオハイオ州で立候補する必要があると思うと言ってやった。・・・私たちは2人とも、このためにビジネスキャリアを捨てる必要があると感じていた」という話を紹介した。

2022年の中間選挙の期間、ティールは彼の弟子である候補者2人に3000万ドル以上を投入した。これはティールにとって過去最大の寄付であり、その選挙期間の唯一の大口寄付だった。

1つの賭けは失敗した。もう1つは彼の予想を上回るものだった。

●彼らの仲間の1人(One of their own

ヴァンスは、主要政党の大統領候補に選ばれた最初の著名なテクノロジー・ヴェンチャーキャピタリストであり、テック業界の影響力が高まっている兆候である。

シリコンヴァレーは1950年代にまで遡る政府の支援の上に築かれたが、その指導者たちはここ数十年、ワシントン、特に防衛契約(defense contracts)を避けてきた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大以降、財務収益(financial returns)が減少し、中国と世界の不安定さがより大きな脅威となったため、政府は引く手あまたの顧客(a sought-after customer)となった。

ヴァンスは、グーグルの分割を主張する一方で、暗号通貨などの新興技術には介入しない姿勢を主張してきた。彼は、シリコンヴァレーが一枚岩としてロビー活動を行っていないことを理解している数少ない政治家の1人として、テクノロジー業界内で広く見られている。

第1次トランプ政権の連邦通信委員会委員長アジット・パイの下で働いた経験を持つ、アメリカ技術革新財団の上級フェローであるエヴァン・シュワルツトラウバーは、ヴァンスが副大統領に当選すれば、「リトルテックとミディアムテックに誰かが入ることになる」と述べ、この議論は「最大手企業群に支配されすぎている」とも述べた。

いくつかの著名な「小規模」および「中規模」の防衛技術企業(several prominent “little” and “medium” defense tech companies)は、偶然にもティールの緊密な関係にある企業から資金提供を受けている。アメリカの兵器システムに人工知能を組み込むことを目指すアンドゥリル社は、ティールのネットワークであるアンドリーセンの支援を受けており、ヴァンスの寄付者であるパルマー・ラッキーが共同設立者となっている。パランティア社はヘルバーグが代表を務め、ティールとロンズデールが共同設立した。ロンズデールは投資家であり、ヴァンスとマスクの友人で、シリコンヴァレーの企業を結集してトランプ支持のPACに寄付するよう支援した。ヴァンスについて楽観的な投稿をしたティールのファウンダーズ・ファンド社の共同経営者であるアスパロウホフは、政府からの資金提供を求めているヴァルダ・スペース・インダストリーズ社の共同設立者でもある。

ポッドキャスト「オールイン」の最近のエピソードで、共同司会者のジェイソン・カラカニスは、民主党が献金者に虜(とりこ)になっていると批判したサックスをからかい、ヴァンス指名の「事業計画者(architect)」と呼んだ。

サックスはポッドキャストで、自身の関与を過小評価した。サックスは「私はおそらく、(トランプに)意見を述べた1000人、いや少なくとも数百人のうちの1人だった」と語った。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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『トランプの電撃作戦』
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世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 今回は、「ドナルド・トランプを生み出したポピュリズムを促進したのはロナルド・レーガンだ」という内容の論稿をご紹介する。3月25日発売の最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)でも触れているが、トランプが目指しているのはレーガン政権である。以下の論稿の内容を簡単にまとめると以下のようになる。
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ロナルド・レーガンとドナルド・トランプ

ドナルド・トランプの返り咲きでの大統領就任、第二次政権の発足には、ロナルド・レーガン大統領が提唱した政策が基礎にあるという主張がある。まず、トランプの勝利の背景には、民主党政権の失策が挙げられ、バイデン大統領は労働者階級への対応が不十分だったとの主張がある。

実際、民主政体と資本主義の中で、過去45年間の成長の停滞や不平等の拡大、社会の分極化が影響を及ぼしていると指摘されている。レーガン政権下での新自由主義は、ポピュリズムを育む条件を生み出した。当時、経済成長は過去のピークを迎え不平等は縮小していたが、レーガン以降は、巧みに福祉モデルが変更され、市場の自由が重視されるようになった。

これにより富裕層が重要な利益を享受し始め、所得と資産の格差は急激に拡大していった。また、経済成長の鈍化に伴い、低賃金労働者の生活は困窮し、特に住宅市場でも厳しい状況が続いている。トランプが選挙で勝利するまでの間、大卒でないアメリカ人の実質賃金は減少し続け、低成長がこれに拍車をかけている。

このような経済的な背景が、政治における矛盾を浮き彫りにし、なぜ貧困や不平等が拡大しながらも、人々がそれを支持するリーダーに投票するのかという疑問が出てくる。この疑問に対する答えは、政治的分極化が影響を及ぼしていることにある。政治家たちは、支持を得るために対立を煽り、しばしば恐れを煽る話題に焦点を絞る。この結果、右派と左派の間での激しい分極化が進行し、急進的なポピュリズムが政治に浸透する余地を生んでいる。

トランプはこうした政治システムの脆弱性を利用し、初めてのポピュリスト的な権力掌握を実現した。実のところ、トランプのような人物が過去に現れなかったこと自体が驚きであり、2008年のオバマ対マケインの大統領選挙戦中に適切な候補者が現れるチャンスは十分にあった。彼らが成長の鈍化、不平等、そして分極化といった課題を武器として用いることで、情勢は大きく変わった可能性がある。このような分析が、トランプ大統領の台頭の背景とアメリカの民主的文化に挑戦する要因を示している。

 アメリカは政治的分裂、格差拡大が続いている。トランプを押し上げたのはこうした現状に対する異議申し立てとしてのポピュリズムだ。自分たちの生活を何とかして欲しいという切実な声だ。しかし、人々の生活が劇的に良くなることはないし、それは元々不可能なことだ。トランプはその点では幻影を見せているということもできる。しかし同時に、トランプは人々の声を結集して、ワシントンの政治の大掃除を行おうとしている。トランプの存在こそが大いなる矛盾であるが、彼にしかできないことを今やろうとしている。

(貼り付けはじめ)

ロナルド・レーガンがトランプ2.0のための道筋を整えた(Ronald Reagan paved the way for Trump 2.0

ジラッド・テネイ筆

2025年1月19日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/opinion/campaign/5092139-trump-reagan-populism-crisis/

2021年1月6日に連邦議会議事堂でドナルド・トランプ支持者たちによる暴動が起きた直後、トランプが2期目の大統領に就任する可能性があるという考えは事実上消え去ってしまった。しかし、彼の政権復帰を可能にする条件は、ロナルド・レーガン大統領が最初に導入した政策から始まり、数十年かけて整えられた。

催涙ガス(tear gas)が消え、2021年1月に連邦議事堂の事件が片付いた後、FBIは責任者を逮捕するためにアメリカ史上最大の連邦捜査を開始した。デモ参加者たちに「地獄のように戦え(fight like hell)」と促していたトランプは、後にこの混乱に関与した罪で連邦起訴されることになる。確かに、これではどんな新しい大統領選挙キャンペーンも笑い話にしかならないだろう。 

では、トランプはいったいどうやって勝利したのだろうか?

コメンテーターたちはすぐに民主党の政権時代の責任にした。ジョー・バイデン大統領は労働者階級に背を向けたのか? たしかにそうだが、だからと言って、ほとんど全ての投票グループがトランプにシフトした理由を説明することはできない。トランプは1期目にして、大恐慌以来初めて、就任時よりも雇用を減らして退任した大統領となったのだ。

バイデンが選挙戦から脱落するのが遅すぎたという意見もある。しかし、彼は悲惨な討論会に参加する前から世論調査でリードしていた。また、カマラ・ハリスの選挙運動が「ウォーク(woke)」しすぎていた、もしくは、バイデンとは違うことをしたはずだと特定できなかったことが致命的なダメージを与えたと言う人もいる。また、記録的なインフレやその他の経済的圧力を指摘する人もいる。

これらの理論は積み重なるが、どれもここでの本当の疑問には答えていない。その疑問とは、 「民主的価値観が国民精神に深く根付いているこの国が、公然とそれに背く大統領を選ぶことができるだろうか?」というものだ。

実際のところ、民主政体資本主義は過去45年間、予見可能な危機(foreseeable crisis)に向けて着実に構築されており、レーガン政権時代に始まった成長の停滞、不平等の拡大、分極化の進行という3つの相互に強化し合う傾向から構成されているということである。

確かに、トランプとレーガンの比較は行き過ぎだ。しかし、見落とされているのは、レーガンの政策がどのようにしてポピュリズムによる権力掌握の条件を作り出したかということだ。レーガンは産業革命以来最高の成長率を誇った時期に政権を握った。不平等は縮小傾向にあり、ほぼ全員が進歩の成果を共有するようになっていた。

しかしレーガン政権は、前任者たちが確立した福祉モデルに背を向け、新自由主義の政治経済理論とイデオロギー(political-economic theory and ideology of neo-liberalism)を支持した。新自由主義者たちは税金で賄われる政府プログラムが生活を向上させる最善の方法であるという考えを否定した。彼らは、むしろ、市場が繁栄すれば誰もが繁栄するという確信を持った(Rather, they believed that when the market prospers, everyone prospers)。そして市場が繁栄するのは、政府がその邪魔をしなくなったときだ。富裕層に対する税率が大幅に引き下げられ、所得格差が急速に拡大した。

1980年代にいわゆるレーガノミクスが導入されて以来、所得と富における上位1%と上位10%の割合は、他の全ての人々の犠牲の上に劇的に増加している。これは世界的な傾向であるが、アメリカで最も顕著である。

これは情報革命(information revolution)によってさらに深刻化し、巨大なスキル・プレミアム(熟練労働者と非熟練労働者の賃金差)を生み出した。サーヴィス経済へのシフトと脱工業化(shift to a service-based economy with increasing de-industrialization)の進行が相まって、すでに広がっていた貧富の格差が更に拡大した。ラストベルト一帯の製造拠点は閉鎖され、あるいは閉鎖されつつあり、ブルーカラー労働者の雇用喪失を加速させた。その結果、格差は20年代最後の水準に近づいている。

1980年代はまた、高度成長時代(era of rapid growth)の終わりを意味した。1960年代、アメリカ経済は年平均4%以上の成長を遂げていた。過去10年間では、この数字はおよそ2%である。急速な格差拡大と経済成長の鈍化が意味するのは、貧困ライン以下(below the breadline)の人々を深く傷つけることである。

低成長は、経済が格差拡大(rising inequality)の影響を緩和するのを妨げる。パイが均等に分配されないまま成長が鈍化することで、親よりも貧しい世代が生まれることになる。

トランプが選挙で初勝利するまでの40年間で、人口の64%を占める大卒の学位を持たないアメリカ人の実質時給は実際に減少した。高卒の労働者の賃金は19.25ドルから 18.57ドルに下がり、高校を卒業していない労働者の賃金は15.50ドルから13.66ドルに下がった。

この影響は住宅市場にもはっきりと表れている。2016年には、平均的な労働者が中央値の家を買うために必要な労働時間は1976年よりも40%長くなった。

これは資本主義民主政治体制の根幹にある深い矛盾(deep contradiction)を白日の下に曝している。不平等が拡大し、大多数の人々の生活が更に悪化しているとしたら、どうやって多数派が自分たちに利益をもたらさない制度を永続させる政党や大統領に投票し続けることができるだろうか?

答えは三番目の原動力である政治的分極化(political polarization)にある。政治家たちは有権者たちに対して反対票を投じさせるため、分裂を煽る選挙戦術に訴える。これらはしばしば、アメリカにとって増大し続ける脅威であるかのように仕立て上げられる。

政治家の取り上げる話題は変化する。テロとの戦争、移民、批判的な人種理論、ジェンダーがそうだ。しかし、戦略は同じだ。怒りの焦点を他の問題に集中させることで、システムの主要な矛盾、つまり主にエリートに奉仕する民主政治体制から目を逸らすことになる。

その結果、右派と左派の両方で分極化と急進化(polarization and radicalization)がますます進む政治文化が生まれた。この二極化により、極端なポピュリスト的立場の政治領域への参入が可能になる。また、権威主義的な権力掌握のために体制への信頼を失った多くの有権者が存在する分断された政治システム(divided political system)を悪用する機会も生み出す。その機会を最初に掴んだのはトランプだった。

実を言うと、別の「ドナルド・トランプ」がもっと早く起こらなかったのは驚くべきことだ。必要だったのは、2008年のオバマ対マケインの大統領選挙戦中に適切な大統領候補者が登場することだけだった。彼らは、成長の鈍化、不平等の拡大、二極化の進行など、1980年代に始まった状況を武器化すればよいだけのことだ。これがドナルド・トランプ大統領のポピュリズム的な権力掌握のレシピであり、アメリカの民主的な文化の根幹を揺るがしている。

※ジラッド・テネイ:ERI研究所の創設者兼会長。ERI研究所は社会に与えるインパクトと慈善活動に特化したリサーチ会社である。

(貼り付け終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカ国民の間で、「アメリカで内戦が起きる」「アメリカで第二次南北戦争が起きる」という不安感が漂っている。このブログでも既に紹介したが、今年の4月に全米で「シヴィル・ウォー(Civil War)」(アレックス・ガーランド監督作品)という映画が公開され、ヒットした。「そんな馬鹿な」という思いもありつつも、「アメリカ国内の内戦はもしかして本当になるかもしれない」という不安が存在する。

 世界の内戦の研究を専門にしている政治学者(カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)バーバラ・F・ウォルターの著作『アメリカは内戦に向かうのか(How Civil Wars StartAnd How to Stop Them)』(井坂康志訳、東洋経済新報社、2023年)が日本でも刊行された。アメリカでは2022年に刊行されている。

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バーバラ・F・ウォルター

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アメリカは内戦に向かうのか

 ウォルターはアメリカ国内で内戦が勃発する可能性に警鐘を鳴らしている。ウォルターによれば、内戦が発生するのは、「完全に民主政体でもなく、完全に独裁政体でもない」アノクラシー(anocracy)状態にある時だと述べている。そして、人種、民族、宗教の線で分断が起きるアイデンティティ政治(identity politics)に戻っている場合に、2つ以上のアイデンティティ(例えば、経済各社と人種)が結びついて発生したグループである「超派閥(super faction)」が政治的暴力を主導するということになる。こうした場合に、元々支配的な地位にあったグループがその地位を失い(「格下げ[downgrade]」と呼ばれる)、その憤激によって暴力に走るということになる。総体的には、「希望」が失われて、最後に武器を取るということになる。

 アメリカは民主政体の総本山である。民主政体の素晴らしさをアメリカの価値観とし、世界中に拡散しようとしてきた(そして、失敗してきた)。アメリカの観点からすれば、近代化とは民主化と資本主義化である。しかし、アメリカ国内で、民主政治、民主政体に対する疑義が出ている。2020年の選挙では、トランプ陣営と支持者たちは、「選挙は盗まれた」と主張した。彼らからすれば、アメリカの民主政体は傷つけられ、機能しないようになっている。「国の状態を良くしよう」という思いで、選挙という手段を使っても、選挙結果が不正であれば、どうしようもないではないかということになる。「希望」は失われ、「憤激」が生じる。ここに、内戦ぼっ発の可能性が生まれる。また、経済各社と人種が結びつき(トランプを支持した、貧しい白人[経済格差と人種])、暴力を主導するグループである超派閥が生まれる。

 私は、もしアメリカが内戦状態になるとするならば、選挙後だと思う。選挙までは、まだ希望があると考える人たちは多いだろう。しかし、ジョー・バイデン、ドナルド・トランプのどちらが勝利しても、負けた方は不満を持つ。これまでだって、負けた方は不満を持ってきた訳だが、暴力に至るまでの怒りや悲しみ、絶望の程度がかなり上がると私は考える。アメリカで内戦まで進まなくても、政治的暴力は各地で起きるだろう。それだけでも、アメリカの民主政治体制を毀損するものになるし、アメリカ経済にも悪影響が出るだろう。アメリカ国債の金利は上昇し、ドル安に振れるだろう。そうなれば、アメリカ国内の人々の生活は厳しいものとなる。そうなれば、益々不安、不満が募るということになる。アメリカ政治の見通しは暗いものとなる。アメリカ国債の世界第債の保有国は日本だ。このような不安な米国債については、保有量を減らすこと、「貸したお金を返してもらう(現金化)」ことをして、国内に還流する方が良いのではないか。

(貼り付けはじめ)

アメリカは本当に第二次内戦に向かっているのか?(Is the US really heading for a second civil war?

-国内が分極化し、共和党が権威主義(authoritarianism)を支持する中、一部の専門家は北アイルランド型の反乱(Northern Ireland-style insurgency)を懸念しているが、他の専門家たちは、武力衝突(armed conflict)は依然としてありそうにないと主張している。

デイヴィッド・スミス筆

2022年1月9日

『ザ・ガーディアン』紙

https://www.theguardian.com/us-news/2022/jan/09/is-the-us-really-heading-for-a-second-civil-war

ジョー・バイデンは、アメリカが正常に戻ることを願って1年を過ごした。しかし、先週の木曜日、連邦議会議事堂での暴動から1周年を迎えたこの日、大統領はついにアメリカの民主政治体制(American democracy)に対する現在の脅威の規模を認識した。

バイデンは、1年前に暴徒が群がったスタチュアリーホールで次のように語った。「この瞬間、私たちは決断しなければならない。私たちの国は、どのような国家になるだろうか? 政治的暴力を規範として受け入れる国になるのか?」。

アメリカ国内外を問わず、多くの人々が今、この問いを投げかけている。1月6日のような国家的な悲劇でさえも、人々を更に分裂させるだけであるような、深く分断された社会では、あの日が不安(unrest)、紛争(conflict)、国内テロ(domestic terrorism)の波の始まりに過ぎないのではないかという恐れがある。

最近の複数の世論調査の結果を見ると、政府に対する暴力という考えを堅持しているアメリカ人はかなり少数派であることが分かる。第二次アメリカ内戦(第二次南北戦争)の話さえ、フリンジ・ファンタジーからメディアの主流になりつつある。

今週、『ニューヨーカー』誌に掲載された記事の見出しは、「南北戦争が目前に迫っている?(Is a Civil War ahead?)」だった。金曜日の『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムのタイトルは「私たちは本当に第二次南北戦争(内戦)に直面しているのか?(Are We Really Facing a Second Civil War?)」だった。『ワシントン・ポスト』紙の最近のコラムでは、3人の退役したアメリカ軍将軍が、もう1回クーデターの試み(coup attempt)が起きれば「内戦に発展しかねない」と警告している。

そのような概念が、公の場での話題になりつつあるという単なる事実は、たとえそれが依然としてあり得ないと主張する人もいるとしても、かつては考えられなかったことが考えられるようになったということを示している。

バイデンの超党派協力への願望(Biden’s desire for bipartisanship)が、共和党の急進的な反対によって衝突している。そうした状況の中で、ワシントンでのわだかまりによって、内戦が起きるのではないかという懸念が大きくなっている。木曜日のバイデン大統領の発言は、「私は誰に対しても、民主政体の喉元に短剣を突き立てるような行為をすることを許さない(I will allow no one to place a dagger at the throat of our democracy)」というもので、アメリカの主要政党の1つが権威主義を受け入れている以上、通常通りにはいかないことを認めているように見えた。

この点を例示すると、共和党はトランプ大統領の選挙敗北を覆そうとした暴徒を民主政体のために戦った殉教者(martyrs fighting for democracy)に仕立て直し、歴史を書き換えようとしているため、記念式典に出席した共和党議員はほとんどいなかった。保守的なフォックス・ニューズネットワークで最も注目されている司会者であるタッカー・カールソンは、バイデンの演説の映像を再生することを拒否し、2021年1月6日は歴史的に「脚注の程度にすぎない(barely rates as a footnote)」のは「その日は本当に多くのことが起きなかった(really not a lot happened that day)」からだと主張した。

共和党内ではトランプ崇拝がかつてないほど優勢であり、オース・キーパーズやプラウド・ボーイズといった過激な右翼グループが台頭していることから、民主政治体制に対する脅威は1年前よりも大きくなっていると見ている人たちもいる。そうした人々の中に、カリフォルニア大学サンディエゴ校の政治学者で、新著『アメリカは内戦に向かうのか(How Civil Wars StartAnd How to Stop Them)』という新著の著者であるバーバラ・ウォルターがいる。

ウォルターは以前、CIAの諮問委員会である「政治的不安定性タスクフォース(political instability taskforce)」の委員を務めていたが、このタスクフォースは、アメリカ本国を除く、世界中の国々での政治的暴力(political violence)を予測するモデルを持っていた。しかし、トランプ大統領の人種差別的煽動が台頭する中、30年間内戦を研究してきたウォルターは、自宅の玄関先(doorstep)のすぐそばに、証拠となる兆候があることに気づいた。

1つは、完全に民主的でも完全に独裁的でもない政府、つまり「アノクラシー(anocracy)」の出現である。もう1つは、政党がイデオロギーや特定の政策(ideology or specific policies)を中心に組織されるのではなく、人種や民族、宗教の線(racial, ethnic or religious lines)に沿ったアイデンティティ政治(identity politics)に戻っていく光景である。

ウォルターは『ジ・オブザーバー』紙に次のように語っている。「2020年の選挙までには、共和党員の90%が白人になっている。もし、二大政党制(two-party system)を採用している他の多民族・多宗教の国(multiethnic, multi-religious country)でこのような現象が起きるとしたら、これは超派閥(super faction)と呼ばれるもので、超派閥は特に危険である」。

最も悲観的な人でさえ、北軍と南軍が激戦を繰り広げた1861年から1865年の内戦(南北戦争)の再現を予測してはいない。ウォルターは続けて次のように語った。「それは北アイルランドやイギリスが経験したような、より反乱(insurgency)のようなものになるだろう。私たち国アメリカは非常に大きな国であり、国中に非常に多くの民兵組織(militias)が存在するため、おそらく北アイルランドよりも拡散化(decentralized)が進むことになるだろう」。

ウォルターは次のように述べている。「反乱を起こす人々は、連邦政府の建物、シナゴーグ、大勢の人が集まる場所を標的とする、通常では考えられない戦​​術、特にテロ戦術、場合によっては、小規模のゲリラ戦に目を向けるだろう。この戦略は脅迫の一形態であり、連邦政府が彼らに対処する能力がないとアメリカ国民に恐怖を感じさせることになるだろう」。

2020年、民主党所属のミシガン州知事グレッチェン・ウィットマーを誘拐する計画が、起きる可能性の高い事態の兆しかもしれない。ウォルターは、野党の有力者、穏健な共和党の政治家、反乱を考える人々に対して同情的ではないと見なされる裁判官などが、暗殺のターゲットになる可能性があることを示唆している。

ウォルターは次のように語った。「ここアメリカでは、権力が分断されているため、民兵組織がその地域の法執行機関(law enforcement)と連携して、それが可能な地域で小さな白人の民族国家を作る状況も想像できる。それは確かに1860年代に起こった内戦とはまったく似ていないものとなるだろう」。

ウォルターは、内戦(civil wars)は貧しい人や虐げられた人が起こすものだと考えられやすいと指摘する。しかし、そうではない。アメリカの場合は、2008年のバラク・オバマの当選に象徴されるように、2045年頃にはマイノリティになる運命にある白人マジョリティからの反動なのだ。

ウォルターは次のように説明している。「内戦を起こす傾向を持つグループがあるのは、かつて政治的に支配的であったが、衰退しているグループである。彼らは政治権力を失ったか、政治権力を失いつつあり、国が自分たちのものは自分たちの正当な権利であり、体制がもはや自分たちのために機能しないため、支配権を取り戻すために武力を行使することが正当化されると本気で信じている」。

1月6日の暴動から1年が経った今も、礼儀正しさ、信頼、共有規範が崩壊し、連邦議事堂の雰囲気は有害なままだ。共和党所属の連邦議員の中からは、トランプ大統領が反対した超党派のインフラ法案に賛成票を投じた後、殺害の脅迫を含む脅迫的なメッセージを受け取った人たちが出た。

1月6日のテロを調査する連邦下院特別委員会の2人の共和党議員、リズ・チェイニーとアダム・キンジンガ―は、共和党からの追放を求められている。ソマリア出身のイスラム教徒であるミネソタ州選出の民主党所属の連邦下院議員イルハン・オマルは、イスラム嫌悪な嫌がらせに苦しんでいる。

しかし、トランプ大統領の支持者たちは、民主政治体制を救うために戦っているのは自分たちだと主張している。ノースカロライナ州のマディソン・コーソーン連邦下院議員は昨年、「選挙制度が不正操作(rigged)され続け、盗まれ(stolen)続ければ、ある1つの場所に行きつくことになるだろう。それは流血の惨事(bloodshed)だ」と語った。

先月、ジョージア州選出のマージョリー・テイラー・グリーン連邦下院議員は、テロに関与したとして収監された1月6日事件の被告6人の処遇について嘆き、ブルーステイト(blue states、共和党優勢州)とレッドステイト(red states、共和党優勢州)の間の「国家的別離(national divorce)」を呼びかけた。民主党所属のルーベン・ガレゴ連邦下院議員は力強く次のように反論した。「『国家間の離婚』などありえない。内戦に賛成か反対かだ。内戦を望むならば、そう言って、正式に自分たちは裏切り者だと宣言せよ(There is no ‘National Divorce’. Either you are for civil war or not. Just say it if you want a civil war and officially declare yourself a traitor)」。

トランプが2024年の大統領選に再出馬する可能性もある。共和党が主導する各州は、共和党に有利になるよう計算された有権者制限法(voter restriction laws)を課す一方、トランプ支持者たちは、選挙運営の主導権を握ろうとしている。大統領選挙が紛糾すれば、煽動的なカクテル(incendiary cocktail)になりかねない。

ヴァージニア工科大学平和研究・暴力防止センター所長ジェイムズ・ホウドンは、「私は人騒がせな人(alarmist)になるのは好きではないが、この国は暴力から遠ざかるどころか、ますます暴力に向かっている。再び争点となった選挙は悲惨な結果をもたらす可能性がある」と述べている。

ほとんどのアメリカ人は安定した民主政治体制を当然のことだと思って育ってきたが、アメリカ先住民の大量虐殺(genocide of Native Americans)から奴隷制度、内戦(南北戦争)から4度の大統領暗殺、そして、アメリカ国内で銃による暴力によって年間4万人が殺害されていることから海外で数百万人の命を奪っている軍産複合体(military-industrial complex)まで、アメリカは、暴力が例外なく常態化している社会でもある

ミネソタ大学政治・ガヴァナンス研究センターのラリー・ジェイコブス所長は次のように述べている。「アメリカは暴力に慣れていない訳ではない。非常に暴力的な社会であり、私たちが話しているのは、暴力に明確な政治的意図が与えられている(violence being given an explicit political agenda)ということだ。これはアメリカにおける恐ろしい新しい方向性だ」。

現在のところ、政治的暴力が風土病(endemic)になるとは予見していないが、ジェイコブスは、そのような崩壊はまた、北アイルランドの紛争に似ている可能性が高いことに同意している。

ジェイコブスは続けて次のように述べている。「このような物語的で、散発的なテロ攻撃を私たちは目撃することになるだろう」。彼は加えて、「北アイルランドモデルは、率直に言って最も恐れられているモデルだ。なぜなら、これを行うのに膨大な数の人員が必要ではなく、現在、こうした反乱を実行するのに、非常に意欲的で、十分な武装をしたグループが存在するからだ。問題は、彼らがテロ活動を開始する前に、FBIが彼らをノックアウトできるほど十分に潜入できるのかということだ」と述べた。

ジェイコブスは更に「もちろん、アメリカでは銃が蔓延していて、FBIの捜査も役に立たない。誰でも銃を手に入れることができ、爆発物にもすぐにアクセスできる。これら全てが、私たちが今置かれている不安定な立場を更に悪化させている」と述べた。

しかし、避けられないものなど何もない。

バイデンはまた、2020年の選挙について、新型コロナウイルス感染拡大にもかかわらず、過去最高の1億5000万人以上が投票し、アメリカ史上最大の民主政治体制のデモンストレーションになったと賞賛した。この結果に対するトランプ大統領の偽りの異議申し立ては、依然として強固な裁判制度によって退けられ、依然として活気のある市民社会やメディアによって精査された。

ハーヴァード大学の政治学者ジョシュ・カーツァーは、現実を確認して、「内戦を研究している学者をたくさん知っているが、アメリカが内戦勃発の瀬戸際にいると考えている人はほとんどいない」とツイートした。

しかし、「ここでは起こりえない」という思い込みは、政治そのものと同じくらい古い。ウォルターは、内戦に至るまでについて多くの生存者にインタヴューしてきた。ウォルターは次のように述べている。「バグダッドにいた人も、サラエヴォにいた人も、キエフにいた人も、みんな口をそろえて言ったのは、こんなことになるとは思わなかった、ということだった。実際、丘の中腹で機銃掃射を聞くまで、私たちは何かが間違っていることを受け入れようとはしなかった。その時にはもう遅かったのだ」。

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南北戦争が目前に迫っている?(Is a Civil War Ahead?

-連邦議事堂襲撃事件から1年経過し、アメリカは民主政治体制(democracy)と独裁政治(autocracy)の間で宙ぶらりんの状態にある。

デイヴィッド・レムニック筆

2022年1月5日

『ニューヨーカー』誌

https://www.newyorker.com/news/daily-comment/is-a-civil-war-ahead

アメリカ例外主義(American exceptionalism)の体系は、自己幻想(self-delusion)という粗末な基盤の上で常にぐらつき続けてきたが、それでもほとんどのアメリカ人は、アメリカが世界最古の継続的な民主政治体制国家(the world’s oldest continuous democracy)であるという常識を疑わずに受け入れてきた。その冷静な主張は今や崩れ去った。

2021年1月6日、白人至上主義者(white supremacists)、民兵、MAGA信者たちがトランプ大統領からインスピレーションを得て、2020年大統領選挙の結果を覆すために連邦議事堂を襲撃し、議員たちと副大統領が実質的に人質になった状態で、私たちは完全な民主政治体制国家としての活動を中止した。その代わりに、私たちは現在、学者たちが「アノクラシー」と呼ぶ限界的な状況に住んでいる。つまり、この200年で初めて、私たちは民主政治と専制政治の間で板挟みになっている。そして、その不確実性(uncertainty)の感覚は、アメリカでの突発的な流血の可能性を根本的に高め、さらには内戦の危険さえも高めている。

これが、カリフォルニア大学サンディエゴ校の政治学者バーバラ・F・ウォルターの新著『アメリカは内戦に向かうのか(How Civil Wars Start)』の説得力ある主張である。ウォルターは、スリランカから旧ユーゴスラビアまでの国々における政治的暴力の根源を研究する「政治的不安定性タスクフォース」と呼ばれるCIAの諮問委員会の委員を務めた。ウォルターは、このタスクフォースが外国の政治力学を分析するために使用している「センター・フォ・システミック・ピース(Center for Systemic Peace、システム平和センター)」がまとめたデータを引用しながら、民主政体が最も古くから続いているという「栄誉(honor)」は、現在スイスが持ち、ニュージーランドがそれに続いていると説明している。アメリカでは、侵食されつつある不安定さ(instability)と非自由主義的な流れ(illiberal currents)が悲しい状況を呈している。ウォルターが書いているように、「私たちはもはやカナダ、コスタリカ、日本のような国々と肩を並べる存在ではない」のである。

ウォルターは著書と今週の「ニューヨーカー・ラジオ・アワー」での対談の中で、「恐怖を煽る行為(an exercise in fear-mongering)」は避けたいと明言した。彼女は扇情主義者(センセーショナリスト、sensationalist)だと思われることを警戒している。実際、彼女は過熱する憶測を避けるために苦労しており、臨床的な観点から内戦の可能性について警告を伝えている。しかし、数十年前に地球温暖化の危険性について明確に声を上げた人々と同様に、ウォルターは重大なメッセージを伝えているが、それを無視すると危険が伴う。依然として、多くのことが流動的だ(So much remains in flux)。ウォルターは、21世紀のアメリカの内戦は、1860年代の戦場で繰り広げられた、消耗的で対称的な紛争(symmetric warfare)とは似ても似つかないだろう、と注意深く言っている。むしろ、最悪の事態が起こった場合、爆弾テロ、政治的暗殺、ソーシャルメディアを介して結集した過激派グループによって実行される非対称戦争(asymmetric warfare)の不安定化行為など、散在的かつ持続的な暴力行為の時代が到来すると彼女は予想している。これらは比較的小規模で、緩やかに連携した、自己拡大を目指す戦士の集まりであり、「加速主義者(accelerationists、アクセレイショニスツ)」と呼ぶこともある。彼らは、救いようのない非白人社会主義共和国(non-white, socialist republic)の崩壊を早める唯一の方法は、暴力やその他の超政治的手段によるものだと自分たちに確信させている。

ウォルターは、この国が民主的制度を強化しない限り、冒頭のような脅威に耐えることになるだろうと主張する。2020年、ミシガン州の民兵組織「ウルヴァリン・ウォッチメン」がグレッチェン・ウィットマー知事を誘拐しようとした事件である。ウルヴァリン・ウォッチメンは、ウィットマー知事がミシガン州で新型コロナウイルス感染対策(公衆衛生を守るためではなく、自分たちの自由を侵害する耐えがたい行為と見なした規制)を実施したことを軽蔑していた。トランプが公言したウィットマーへの軽蔑は、こうした狂人たちを思いとどまらせることはできなかっただろう。FBIは幸いにもウルヴァリン・ウォッチメン一味を阻止したが、必然的に、このような企てが十分な数存在し、十分な武器があれば、標的を見つける組織が複数出てくるだろう。

アメリカは常に政治的暴力行為、つまりKKKのテロ行為に悩まされてきた。1921年のタルサの黒人コミュニティで虐殺が起きた。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの暗殺は、全てのアメリカ人にとって民主政体が決して定着し、完全に安定した状態ではなかったが、それでもトランプ時代は、移民に「取って代わられる」ことを恐れた多くの右翼の田舎の白人たちの激しい憤りによって特徴づけられている。有色人種だけでなく、最も独裁的な扇動者に屈し、もはや民主主義の価値観や制度を擁護するつもりはないようである共和党指導部も同様である。他の学者と同様、ウォルターも、168人が死亡した1995年のオクラホマシティのアルフレッド・P・ムラー記念連邦ビル爆破事件など、現在の反乱の初期の兆候があったと指摘している。しかし、多民族民主政体(multiracial democracy)の台頭を最も鮮明に浮き彫りにしたのはバラク・オバマの選挙であり、過半数の地位を失うことを恐れた多くの白人アメリカ人にとって脅威と受け止められた。ウォルターは、オバマが当選した2008年当時、アメリカではおよそ43の民兵組織が活動していた、と書いている。 3年後、その数は300以上に増加した。

ウォルターは世界中の内紛の前提条件(preconditions)を研究してきた。そして。ウォルターは、自己満足と7月4日の神話を取り去り、現実的なチェックリストを見直し、「内戦の可能性を高める各条件を評価(assessing each of the conditions that make civil war likely)」すれば、アメリカは「非常に危険な領域に入った(has entered very dangerous territory)」と結論づけざるを得ないと言う。この結論は彼女だけではない。ストックホルムの民主政体・選挙支援国際研究所は最近、アメリカを「後退している」民主政体国家(“backsliding” democracy)としてリストアップした。

1月6日以降の数週間ほど、後退が憂鬱にはっきりと表れたことはなかった。ミッチ・マコーネルは当初、反乱におけるドナルド・トランプの役割を批判した後、2024年の大統領選挙で党の候補者になれば、トランプを支持すると述べた。深淵を見つめながら、彼は闇を追い求めた(Having stared into the abyss, he pursued the darkness)。

少し前までは、ウォルターは人騒がせな人物だと思われていたかもしれない。2018年、スティーヴン・レビツキーとダニエル・ジブラットは、トランプ時代の研究『民主主義はいかにして滅びるか(How Democracies Die)』を出版した。この本は、アメリカの読者に法の支配が、アメリカの多くの時代と同様に攻撃に晒されているという現実を目覚めさせようとした数多くの本の1つである。しかし、レヴィツキーが私に語ったように、「私たちでさえ1月6日を想像することはできなかった。」レヴィツキーは、ウォルターやこのテーマに関する他の高く評価されている学者の著書を読むまでは、内戦の警告は行き過ぎだと思っていただろうと語った。

ロシアやトルコとは異なり、アメリカは、たとえどれほど欠陥があったとしても、民主政体統治の深い経験に恵まれている。裁判所、民主党、両党の地方選挙管理者、アメリカ軍、メディアは、たとえどれほど重大な欠陥があったとしても、独裁的な大統領の最も暗い野望に抵抗することが可能であることを2020年に証明した。民主政体と安定のガードレールは決して突破できないものではないが、ウラジーミル・プーティン大統領やレジェプ・タイイップ・エルドアン大統領が立ち向かわなければならないものよりも強力である。実際、トランプは再選を目指して共和党史上最大の票を集めたが、それでも700万票の差で落選した。それも諦観が支配する運命論(fatalism)を阻害することになる。

レヴィツキーは私に次のように語った。「私たちは、ファシズムやプーチニズムに向かうわけではない。しかし、憲法上の危機が繰り返され、権威主義的な、もしくは少数派による支配が拮抗し、爆弾テロや暗殺、集会で人々が殺されるなど、かなり重大な暴力のエピソードが起こる可能性はあると思う。2020年には、政治的な理由で人々が路上で殺された。これは黙示録(apocalypse)ではないが、恐ろしいことが起きたのだ」。

アメリカの民主政治体制を守るための戦いは、対称的(symmetrical)ではない。一方の政党である共和党は現在、反主流主義(anti-majoritarian)、反民主的を装っている。そして、伝統的な政策的価値観にはあまり焦点を当てず、部族的所属(tribal affiliation)や怨恨(resentments)を重視する党になっている。リズ・チェイニーやミット・ロムニーをはじめとする少数の人物は、これが権威主義的な党のレシピであることを知っているが、最も憂慮すべき傾向を逆転させるために必要なこと、すなわち、共和党指導者たちが立ち上がり、民主的価値の再認識に基づく連合に民主党や無党派層とともに参加するための広範な努力の兆候は見られない。

反乱の記念日を迎えるにあたり、より大きなドラマが起こっていることは明らかだ。私たちはバラク・オバマを、そしてその8年後にはドナルド・トランプを選出することができる国だ。私たちは、ジョージア州がアフリカ系アメリカ人とユダヤ人の2人の連邦上院議員を選出した1月5日と、馬鹿馬鹿しい陰謀論の名のもとに数千人が連邦議事堂を襲撃した1月6日のことを思い浮かべることができる。

レヴィツキーは次のように語っている。「同じ国で2つの全く異なる運動が同時に起きている。この国は初めて多民族民主政体(multiracial democracy)に向かって進んでいる。21世紀において、私たちは多様な社会と平等の権利を保証する法律を持つことを支持する多民族の民主的な多数派(multiracial democratic majority)を持っている。多民族による民主的な多数派が存在しており、それが普通選挙で勝利する可能性がある。そして少数派の共和党員もいるが、危険な過激派が共和党員のために行動しているのを見て見ぬふりをすることがあまりにも多い。新しい種類の内戦についての警告が無駄になり、ウォルターのような本が警鐘を鳴らしたものとして振り返ることができることを祈ろう。しかし、私たちが気候の危機的な状況で学んだように、願うだけではそれは叶うことはない」。

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私たちは本当に第二次南北戦争(内戦)に直面しているのか?(Are We Really Facing a Second Civil War?

ミッシェル・ゴールドバーグ筆

2022年1月6日

『ニューヨーク・タイムズ』紙

https://www.nytimes.com/2022/01/06/opinion/america-civil-war.html

カリフォルニア大学サンディエゴ校の政治学者バーバラ・F・ウォルターは、内戦を経験した多くの人々にインタヴューしてきたが、内戦が起こるとは誰もが思っていなかったと言っていると語った。ウォルターは「彼らは全員、驚いたと述べている。それを研究している人にとっては、何年も前からそれが明らかだったとしても、実際に経験した人たちには驚きだった」と述べた。

アメリカが再び内戦に陥るかもしれない、という考えを否定したい衝動に駆られるなら、このことは心に留めておく価値がある。今でも、この国の、殴られ過ぎてフラフラな状態になっている、崩壊に常に恐怖を感じているにもかかわらず、私は完全なメルトダウン(meltdown)という考えにはなかなか納得がいかない。しかし、ウォルターのように内戦を研究している一部の人々にとっては、アメリカの崩壊は、明白ではないにせよ、1月6日の事件以降は、可能性ははるかに低い状態ではないということである。

今月発売された2冊の本は、ほとんどのアメリカ人が理解している以上にこの国は内戦に近づいていると警告している。ウォルターは、『アメリカは内戦に向かうのか』の中で次のように書いている。「私は内戦がどのように始まるかを見てきた。私は人々が見過ごす兆候について知っている。そして、その兆候がここでは驚くほどの速さで現れているのを目撃している」。カナダの小説家で評論家のスティーヴン・マルシェは、著書『次の南北戦争:アメリカの未来からの警告(The Next Civil War: Dispatches From the American Future)』の中でより率直に述べている。マルシェは「アメリカは終わりに近づいている。問題はそれがどのように実現するかである」と書いている。

トロントの『グローブ・アンド・メール』紙において、暴力紛争を研究する研究者トーマス・ホーマー=ディクソンは最近、カナダ政府にアメリカの崩壊に備えるよう促した。ホーマー・ディクソンは次のように書いている。「2025年までにアメリカの民主政体は崩壊し、広範な市民暴力を含む極度の国内政治的不安定を引き起こす可能性がある。早ければ2030年までに、アメリカは右翼の独裁政権に支配されるかもしれない」。ジョン・ハリスが『ポリティコ』誌で書いているように、「真剣に考えてエイル人々は今、比喩としてではなく、文字通りの前例として『南北戦争(Civil War)』を持ち出している」。

もちろん、全員が真剣に懸念している人ばかりではない。ハーヴァード大学の政治学者ジョシュ・ケルツァーは、多くの内戦研究をしている学者を知っているが、「アメリカが内戦の瀬戸際にあると考えている学者はほとんどいない」とツイッターに書いた。しかし、内戦の話に抵抗する人たちでさえ、アメリカがどれほど危険な状況にあるのかを認識する傾向がある。『ジ・アトランティック』誌でフィンタン・オトゥールは、マルシェの本について書いて、内戦の予言は自己実現(self-fulfilling)する可能性があると警告している。アイルランドでの長い紛争中、双方は相手が動員している(mobilizing)のではないかという恐怖に駆られていた、とオトゥールは述べている。オトゥールは続けて、「アメリカが分裂し、暴力的に分裂する可能性があるという現実の可能性を認めることは1つのことだ」と書いている。その可能性を必然性として捉えるのはまったく別のことだ(It is quite another to frame that possibility as an inevitability)」と書いている。

内戦を当然の結論として扱うのは馬鹿げているというオトゥールの意見に私も同意するが、内戦発生の可能性が明らかにあるように見えるのは、やはりかなり酷い状態にあるということだ。内戦に関する憶測が偏屈な末端から主流に移ったという事実自体が、市民の持つ危機感の兆候であり、我が国がいかに崩壊しているかを示している。

ウォルターやマルシェが懸念しているような内戦は、北軍と南軍が戦場で対峙するようなものではないだろう。もし起こるとすれば、ゲリラの反乱(guerrilla insurgency)ということになるだろう。ウォルターが私に語ったように、彼女はマルシェと同様、年間少なくとも1000人の死者を出す紛争を「大規模な武力紛争(major armed conflict)」と学術的に定義している。「小規模な武力紛争(minor armed conflict)」とは、年間25人以上の死者を出す紛争である。この定義によれば、マルシェが主張するように、「アメリカは既に内紛状態にある(America is already in a state of civil strife)」ということになる。名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation LeagueADL)によれば、過激派(その多くは右翼)は2018年に54人、2019年に45人を殺害した。(2020年には17人を殺害したが、これは新型コロナウイルス感染拡大のためか、過激派の銃乱射事件がなかったため低い数字となった)

ウォルターは、内戦には予測可能なパターンがあると主張し、著書の半分以上を費やして、そうしたパターンが他の国々でどのように展開したかを整理している。内戦は、ウォルターや他の学者たちが「アノクラシー(anocracy)」と呼ぶ、「完全な独裁国家でも民主主義国家でもない、その中間のような国(neither full autocracies nor democracies but something in between)」においてよく起こる。警告の兆候としては、イデオロギー(ideology)よりもむしろアイデンティティ(identity)に基づく激しい政治的分極化の台頭(the rise of intense political polarization)、特に、それぞれが他方に押しつぶされることを恐れる、ほぼ同規模の2つの派閥間の分極化が挙げられる。

内乱を引き起こすのは、自分たちの地位が失墜していくのを目の当たりにした、以前は支配的だった集団である。戦争を始める民族は、その国が「自分たちのものである、あるいはそうあるべきだと主張する集団だ」とウォルターは書く。左翼にも暴力的な行為者はいるが、彼女もマルシェも左翼が内戦を起こすとは考えていない。マルシェが書いているように、「左翼の急進主義(left-wing radicalism)が重要なのは、それが右翼の急進化(right-wing radicalization)の条件を作り出すからである」ということである。

右派の多くが内戦を空想し、計画していることは周知の事実だ。1年前に連邦議事堂に押し寄せた人々の中には、「MAGA内戦・南北戦争(MAGA Civil War)」と書かれた黒いトレーナーを着ていた人もいた。超現実的で暴力的、ミームに取り憑かれた反政府運動「ブーガルー・ボワ」は、南北戦争の続編についてのジョークからその名を得た。共和党はますます武力衝突のアイデアを投げかけている。8月、ノースカロライナ州選出のマディソン・コーソーン連邦下院議員は、「選挙システムが不正に操作され、盗まれ続ければ、行き着く先は1つ、それは流血の惨事だ」と述べ、消極的ではあるが、武装する意向を示唆した。

ウォルターは、ミシガン州のグレッチェン・ホイットマー知事の誘拐を計画した男たちを引き合いに出して、現代の内戦は「こうした自警団(vigilantes)、つまり国民に直接暴力を振るう武装好戦派から始まる」と書いている。

ウォルターの議論には、私が完全に納得できない部分がある。たとえば、アノクラシーとしてのアメリカの状況を考えてみよう。アメリカの民主政体の後退の憂慮すべき範囲を示すために彼女が依存している政治学の尺度に私は異論を唱えない。しかし、彼女は権威主義から民主政体に向かう国々と、その逆の道を進む国々の違いを過小評価していると考える。ユーゴスラビアのような国が、国をまとめていた独裁体制が消滅したときになぜ爆発するのかが分かるだろう。新たな自由と民主的競争により、ウォルターが「民族主義仕掛人(ethnic entrepreneurs)」と呼ぶ人々の出現が可能になる。

しかし、民主政体から権威主義への移行が同じように不安定化するかどうかは分からない。ウォルターも認めているように、「自由民主政体国家の衰退は新しい現象であり、全面的な内戦に陥った国はまだない」ということだ。私にとっては、アメリカが共和党大統領のもとでハンガリー型の右翼独裁政治国家(Hungarian-style right-wing autocracy)へと硬化する脅威の方が、大規模な内戦よりも差し迫っているように思える。彼女の理論は、権力を失った右派が反旗を翻すというものだ。しかし、右派はますます、有権者が望むと望まざるとにかかわらず権力を維持できるよう、硬直化したシステムを不正に操作している。

内戦の可能性がまだ低いとすれば、多くのアメリカ人が慣れ親しんだ民主的な安定に戻るよりは可能性が高いように私には思える。

マルシェの本では、アメリカがどのように崩壊するかについて、現在の動きや傾向から推測した5つのシナリオが示されている。そのうちのいくつかは、完全にもっともらしいとは私にはとても思えない。例えば、ウェーコ、ルビー・リッジ、マルヒア国立野生生物保護区での極右勢力との連邦政府の対立の歴史を考えると、主権市民の野営地を壊滅させようと決意したアメリカ大統領は、対反乱ドクトリンに頼る陸軍大将ではなく、FBIを派遣するであろう。

※ミッシェル・ゴールドバーグ:2017年から論説コラムニストを務めている。政治、宗教、女性の権利に関する数冊の著書を持ち、2018年には職場のセクシャルハラスメントに関する報道でピューリッツァー賞(公共サービス部門)を受賞したティームの一員でもある。ツイッターアカウント:@michelleinbklyn

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