古村治彦です。
今回は、スティーヴン・M・ウォルトによるノーム・チョムスキーを評価する内容の論稿をご紹介する。ウォルトはリアリスト、チョムスキーは左翼という立場の違いはあるが、アメリカの介入主義的な外交政策について厳しく批判しているという点では共通している。
ノーム・チョムスキーは、言語学者として知られているが、半世紀以上にわたりアメリカの外交政策に対する批判者としてもまた知られている。チョムスキーはアメリカの介入主義的な外交政策を手厳しく批判してきた。彼は最新刊『アメリカの理想主義の神話』(共著)を刊行し、その中で「アメリカの外交政策が高尚な理想に基づいている」という主張に対する批判を行っている。チョムスキーとネイサン・J・ロビンソンはこの考え方を否定している。彼らは、アメリカが歴史的に多くの残虐行為を行ってきたことを指摘し、国際法を無視する行動が常態化していると述べている。
また、チョムスキーとロビンソンは、アメリカの外交政策が少数の特権的なグループによって決定されていると主張し、これらのグループが企業の利益を優先することが多いと指摘している。彼らは、アメリカの高官たちが自らの行動を正当化するために道徳的な理由を持ち出す一方で、実際には自己利益に基づいて行動していると批判している。
さらに、一般市民が不正義な政策を容認する理由について、著者たちは政治的メカニズムの欠如や政府による情報操作を挙げている。彼らは、国民が政府の行動を理解し、変化を求めることが重要であると考えているが、情報を得た市民が必ずしもより良い政策を支持するとは限らないとも警告している。
最後に、アメリカの外交政策が世界に与える影響について、他国がそれを止めようとしない理由についての疑問も提起されている。著者たちは、アメリカの行動が国際的な力のダイナミクスに影響を与えていることを示唆し、他国の反応や同盟関係の複雑さについても考察している。世界各国はアメリカの力の減退に懸念を持っているが、同時に、アメリカの押しつけがましい、介入主義的な外交政策の減退は歓迎するだろう。
以下の論稿を読むと、アメリカ外交について理解を深めることができる。
(貼り付けはじめ)
ノーム・チョムスキーの正しさが証明されている(Noam Chomsky Has
Been Proved Right)
-左翼的な外交政策に対するこの著述家の新たな主張は主流派の関心を引いている
スティーヴン・M・ウォルト筆
2024年11月15日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2024/11/15/chomsky-foreign-policy-book-review-american-idealism/
ドイツのカールスルーエで講演するノーム・チョムスキー(2014年5月30日)
半世紀以上にわたって、ノーム・チョムスキーは間違いなく、世界で最も首尾一貫して、妥協を許さず、知的尊敬を集める現代アメリカの外交政策に対する批判者であり続けた。著書、記事、インタビュー、スピーチにおいての着実な流れの中で、彼はワシントンの進める多くの予算が必要で、非人道的なアプローチを繰り返し暴露してきた。共著者のネイサン・J・ロビンソンが序文で書いているように、『アメリカの理想主義の神話(The Myth
of American Idealism)』は、「(チョムスキーの)仕事全体から洞察(insights)を引き出し、アメリカの外交政策に対する彼の中心的な批判を紹介できる一冊にする」ために書かれた。その目的は見事に達成されている。
本のタイトルが示しているように、本書の中心的なターゲットは、アメリカの外交政策は民主政治体制、自由、法の支配、人権などの高尚な理想によって導かれているという主張である。この考え方に賛同する人々にとって、アメリカが他国に与えた損害は、素晴らしい意志が伴う目的と善意(noble purposes and with the best of intentions)によって取られた行動の意図しない、非常に残念な結果(unintended and much regretted result)である。アメリカ人は指導者たちから、自分たちが「なくてはならない国(indispensable nation)」であり、「世界が知る自由のための最大の力(the
greatest force for freedom the world has ever known)」であることを常に思い起こさせられ、道徳的原則(moral principles)が「アメリカ外交の中心(center of U.S.
foreign policy)」であることが保証される。このような自己満足的な正当化(self-congratulatory
justifications)は、政治家やエスタブリッシュメント派知識人の大合唱によって延々と繰り返される。
チョムスキーとロビンソンにとって、これらの主張はナンセンスだ。建国したてのアメリカ共和国は、先住民族に対する大量虐殺キャンペーンを展開することで「明白な運命(マニフェスト・デスティニー、Manifest Destiny)」を達成しただけでなく、それ以来、数多くの残忍な独裁政権を支援し、多くの国で民主化プロセスを妨害するために介入し、インドシナ、ラテンアメリカ、中東で何百万人もの人々を殺害する戦争を行ったり支援したりしてきた。アメリカの高官たちは、他国が国際法に違反するとすぐに非難するが、国際刑事裁判所や海洋法条約、その他多くの国際条約への加盟は拒否する。また、1999年にビル・クリントン大統領がセルビアに戦争を仕掛けたときや、2003年にジョージ・W・ブッシュ大統領がイラクに侵攻したときのように、自ら国連憲章に違反することをためらうこともない。
ソンミ村虐殺事件、アブグレイブ刑務所での虐待、CIAの拷問プログラムなど、紛れもない悪行が暴かれたときでさえ、処罰されるのは下級の職員たちであり、その一方で、こうした政策の立案者は依然としてエスタブリッシュメント派側の尊敬を集めている。
チョムスキーとロビンソンが語る偽善の記録は、悲痛で説得力がある。心の広い読者であれば、この本を読んで、アメリカの指導者たちが自分たちのむき出しの行動を正当化するために持ち出す敬虔な根拠を信じ続けることはできないだろう。
しかし、なぜアメリカの高官たちがこのような行動をとるのかを説明しようとすると、本書は説得力を欠く。 チョムスキーとロビンソンは、「意思決定における国民の役割は限定的(the public’s role in decision-making is limited)」であり、「外交政策は、国内から権力を得ている小さなグループによって立案され実行される(foreign policy is designed and implemented by small groups who
derive their power from domestic sources)」と主張する。これらの小さなグループとは、「軍産複合体、エネルギー企業、大企業、銀行、投資会社など、そして、私たちの生活のほとんどの側面を支配している私的帝国(private empires)を所有し、管理している人々の言いなりになっている政策志向の知識人たち」である。
特別な利害関係者の重要性は疑う余地がないし、より広範な国民の役割も限られている。まず、企業の利益と国家の安全保障上の利益が衝突した場合、前者が損をすることが多い。たとえば、ディック・チェイニーが1990年代に石油サーヴィス会社ハリバートンを経営していたとき、彼はイランでの金儲けを妨げる「制裁好き(sanction-happy)」な外交政策に苦言を呈した。他のアメリカの石油会社もイランでの投資を望んでいただろうが、アメリカの制裁は強固なままだった。同様に、アップルのようなハイテク企業は、中国の先端技術へのアクセスを制限する最近のアメリカの取り組みに反対している。規制は確かに見当違いかもしれないが、重要なのは、企業の利害が常に主導権を握っている訳ではないということだ。
チョムスキーとロビンソンはまた、他の大国がアメリカとほぼ同じような行動を取り、これらの国もまた、自分たちの残虐な行為を白紙に戻すために、「白人の責務(white man’s burden)」、「文民主義的使命(la mission
civilisatrice)」、つまり、「社会主義を守る必要性(the need to protect
socialism)」といった手の込んだ道徳的正当化理由を作り出したことを認めている。このような行動が、(軍産複合体はおろか)近代的な企業資本主義の出現に先行していたことを考えると、これらの政策は、アメリカという企業の特定の要求というよりも、大国間競争の論理と関係が深いことが示唆される。また、資本主義以外の大国が同じような行動をとったのであれば、ライヴァルに優位に立つため、あるいはライヴァルが自分たちと同じような優位に立つのを防ぐために、国家が自分たちの価値観を捨てるよう促しているのは、何か別のものだということになる。リアリストにとって、その別の何かとは、他の国家がより強くなり、有害な方法で権力を行使することを決めたらどうなるかという恐怖である。
このような政策を実行する人々についての彼らの描写も、読者によっては単純だと感じるだろう。彼らに言わせれば、アメリカの高官たちは皮肉屋である。彼らは、自分たちが純粋に利己的な理由で悪いことをしていることを理解しており、他者への影響などあまり気にしていない。しかし、彼らの多くは、自分たちのしていることはアメリカにとっても世界にとっても良いことであり、外交政策には痛みを伴うトレードオフが必然的に伴うと信じているに違いない。彼らは自分自身を欺いているかもしれないが、ハンス・モーゲンソーのような思慮深いアメリカ外交政策批評家たちは、政治の領域で自分の道徳的純度を保つことの不可能性を認めていた。チョムスキーとロビンソンは、自分たちが好む政策の潜在的なコストや否定的な結果についてほとんど語らない。彼らの世界では、道徳的なことと有利なことの間のトレードオフはほとんどなくなっている。
『アメリカ理想主義の神話』は更に2つの疑問を提起しているが、詳細に扱われているのは1つだけである。最初の疑問は次の通りだ。なぜアメリカ人は、コストがかかり、しばしば失敗し、道徳的に恐ろしい政策を容認するのか?
一般市民は、過剰な軍備に費やされた数兆ドルや、不必要で失敗した戦争で浪費された数兆ドルから、数え切れないほどの恩恵を受けることができたはずなのに、有権者は同じことを繰り返す政治家を選び続けている。それはなぜだろうか?
一般的に説得力のある彼らの答えは2つある。 第一に、一般市民には政策を形成する政治的メカニズムが欠けている。その理由の1つは、米連邦議会が戦争宣言に関する憲法上の権限を大統領に簒奪させ、あらゆる怪しげな行動を深い秘密のベールに包むことを許しているからである。第二に、政府機関は、情報を分類し、リークした人間を訴追し、国民に嘘をつき、物事がうまくいかなかったり、不正行為が露見したりしても、責任を問われることを拒否することによって、「同意を捏造(manufacture consent)」するために非常な努力をしている。彼らの努力は、政府の主張を無批判に繰り返し、公式のシナリオに疑問を呈することはほとんどない、一般的に従順なメディアによって助けられている。
私自身、これらの現象について書いたことがあるが、外交政策のエスタブリッシュメント派がその世界観をどのように追求し、擁護しているかについての彼らの描写は、おおむね正確であると感じた。しかしながら、国民の認識が高まればアメリカの政策が改善されるかと言えば、そうとは言い切れない。チョムスキーとロビンソンは、もしもっと多くのアメリカ人が自分たちの政府が何をしているかを理解すれば、声を上げて変化を求めるようになるだろうと考えている。そう思いたいが、よりよく情報を得た国民が、より利己的で、近視眼的で、不道徳な外交政策を支持する可能性はある。特に、チョムスキーとロビンソンの処方箋が、費用のかかる、あるいは痛みを伴う調整を必要とすると考えた場合には。ドナルド・トランプ前大統領は、裸の私利私欲以外の理想に関与することを微塵も表明したことがないにもかかわらず、アメリカの有権者の半数以上の忠誠心を集めている。
また、ニューズソースが増え、主流メディアへの不信感が増すにつれ、従来のエリートが同意を捏造する能力が衰えているのではないかという疑問もあるだろう。問題は同意の捏造なのか、それとも過去に国民の同意を得た具体的な政策なのか?
イーロン・マスク、ピーター・ティール、ジェフ・ベゾスのような人々が新たなエリートの中核として登場した場合、彼らはチョムスキーやロビンソンが望むものに近い(同一ではないが)、より介入度の低い外交政策を支持する可能性が高い。もしそうなったとしても、チョムスキーとロビンソンは、この新しいエリートが自分たちの支持する政策への同意を捏造する能力を批判するだろうか?
第二の疑問は、詳細には触れられていないが、世界の他の国々に関するものである。もしアメリカの外交政策が(本書の副題にあるように)「世界を危険に晒す(“endangers the world)」のであれば、なぜもっと多くの国がそれを止めようとしないのだろうか? ワシントンは現在、いくつかの厳しい敵対諸国に直面しているが、それでもまだ多くの本物の熱狂的な同盟諸国を持っている。同盟諸国のなかには日和見主義的な(opportunistic)国や、アメリカの巨大なパワーに怯えている国もあるかもしれないが、親米的な指導者の全てが飼いならされたカモや私利私欲にまみれた傭兵という訳ではない。世界的な調査によれば、一部の地域(中東など)では、アメリカが行っていることに深く、正当な怒りを抱いているにもかかわらず、アメリカに対する支持と称賛は驚くほど高い。アメリカの世界的なイメージも、過去には驚くべき回復力を見せたことがある。ジョージ・W・ブッシュが大統領だったときに急落し、有権者がバラク・オバマを選んだとたんに急回復した。
世界の多くの地域で懸念されているのは、アメリカの力の抑圧的な性質(oppressive
nature)であることではなく、むしろその力が後退する可能性である。チョムスキーとロビンソンは、アメリカが過去100年にわたって多くの悪いことをしてきたことは間違いないが、正しいこともいくつか行ってきたはずだ。本書では、アメリカの外交政策の肯定的な側面はほとんど扱われておらず、その省略が本書の最大の限界である。
このような留保はあるものの、『アメリカ理想主義の神話』はチョムスキーの考え方を知るための入門書として貴重な著作である。実際、学生がこの本を読むのと、『フォーリン・アフェアーズ』誌や『アトランティック』誌といった、現職や元米政府高官が時折寄稿する論稿集を読むのとでは、どちらがアメリカの外交政策について学べるかと問われれば、チョムスキーとロビンソンの圧勝だろう。
私が40年前にキャリアをスタートさせたときには、この最後の文章は書かなかっただろう。しかし、私はずっと注目してきたし、証拠が積み重なるにつれて私の考え方も進化してきた。かつてはアメリカの左翼的な言説の片隅にとどまっていたアメリカの外交政策に対する視点が、今や多くのアメリカ政府高官が自らの行動を擁護するために拠り所にしている、使い古された決まり文句よりも信頼できるものとなっていることは、残念ではあるが明らかになった。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。「X」アカウント:@stephenwalt
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(終わり)

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