古村治彦です。
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下記論稿の著者であるスティーヴン・M・ウォルトは2020年の大統領選挙ではジョー・バイデン、2024年の選挙ではカマラ・ハリスに投票した。トランプ支持ではない。そうした人物(しかも、国際関係論の大物学者である)から見た、ジョー・バイデン政権の外交はどうだったかということは興味をそそる話題である。論稿の中で、ウォルトはバイデン政権の外交は、「成功ではなかった」という評価をしている。
バイデン政権の外交は、エスタブリッシュメントの意向に沿った外交となり、よく言えば、国際協調主義、悪く言えば、事なかれ主義となった。バイデン政権下における、世界の重要な出来事・事件は、やはり、ロシアによるウクライナ侵攻・ウクライナ戦争だ。ウォルトも指摘している通り、ウクライナ戦争は、アメリカと西側諸国によるロシアへの挑発が原因で、NATOの拡大とウクライナへの軍事に偏った支援(火遊び)をロシアが安全保障上の脅威に感じ、最終的に侵攻を誘発した。
バイデン政権は、戦争を短期間で終結させるための努力をせず、重要な武器、具体的には制空権を確保するための戦闘機をウクライナに供給しなかった。もっとも、アメリカがウクライナに戦闘機を供給していたら、ロシアの対アメリカ、対ヨーロッパへの出方は厳しいものとなっていただろうことは容易に推測できる。戦争がウクライナを超えてヨーロッパに拡大し、アメリカが米軍派遣にまで追い込まれ、戦争は泥沼化するということになった可能性もある。そうなれば、アメリカは大きく傷つき、中国の世界覇権国化を早めることになっただろう。結局、バイデン政権はウクライナ戦争に対処する意図も能力も持たずに、事なかれ主義で時間を経過させるだけで、ウクライナとロシアの国民の被害を拡大し、アメリカ国民の税金を無駄に注ぎ込むだけになってしまった。
ウクライナ戦争に次いで、世界的な出来事・事件となったのは、イスラエルとハマス間の戦争だ。イスラエルのガザ地区への攻撃になって、民間人に多数の死者が出て、地区が大きく破壊されることで、国際的な批判を招いた。バイデン政権がそうした批判に応えることなく、イスラエル支持を貫き、攻撃を継続させた。結果として、アメリカは人道を叫びながら、イスラエルには好き勝手させている、という「二枚舌」だという批判がなされ、アメリカに対する信頼を損なうことになった。
バイデン政権のウクライナや中東での政策は、アメリカの国際的地位やルールに対する信頼性に打撃となった。バイデン政権の外交は「成功ではなかった」ということになる。しかし、これは、バイデン政権だけの責任ではない。そもそも、アメリカの国力が落ちたこと、アメリカ国内政治の混乱、アメリカ国民の自分たちの生活に対する不満と不安と言ったことも要因として挙げられる。アメリカが世界の覇権国・超大国として行動することができなくなっている。これをバイデン政権だけで何とかしようとしてできるということではない。大きな構造転換に即した大きな変化が必要であり、アメリカ国民はそのためにトランプを大統領に選んだということになる。
(貼り付けはじめ)
ジョー・バイデンの外交政策最終報告書(Joe Biden’s Final
Foreign-Policy Report Card)
-退任するアメリカ大統領の国際的な功績を容赦なく検証する。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2025年1月14日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2025/01/14/joe-biden-final-foreign-policy-report-card-ukraine-israel-gaza-afghanistan/
私は2020年にジョー・バイデン米大統領に投票した。そして、ここの読者の皆さんもご存知の通り、昨年11月には、バイデン政権の外交政策への対応に懸念を抱きながらも、カマラ・ハリス副大統領を支持した。バイデンが国際舞台での最後の退任を迎えるにあたり、彼と彼のティームはどれほどの成果を上げたのだろうか?
当然のことながら、バイデンの最後の外交政策演説では、素晴らしい成果を挙げたと述べられていた。しかし、私の評価は大きく異なる。
最も大まかに言えば、バイデン政権は、かつてのアメリカの穏健な国際的リーダーシップの時代へと時計の針を戻そうとした。「アメリカ・ファースト」ではなく、アメリカは、台頭する独裁政治(autocracy)の波に対抗するため、他の仲間の民主政体諸国と連携し、いわゆる自由世界のリーダーを自称する、役割を再開しようとした。
大西洋を越えた友好関係(trans-Atlantic amity)は回復され、アジアにおける同盟関係は強化され、アメリカは人権といった自由主義的価値観を外交政策の「中心(center)」に据えるだろう。ワシントンは主要な国際機関を支援し、気候変動を阻止するための取り組みを主導し、イランの核開発計画の撤回に成功した合意に復帰し、中国やロシアといった大国によるライヴァルを封じ込めるために多くの同盟諸国を動員するだろう。軍事費の増額(increased military spending)と技術優位性を維持する(preserve
technological supremacy)ための積極的な措置は、アメリカの優位性(U.S.
primacy)を将来にわたって長期化させるだろう。
確かに、バイデンは、冷戦終結から2017年に当時のドナルド・トランプ大統領がホワイトハウスに就任するまでアメリカの外交政策を導いてきた「自由主義的な覇権(liberal hegemony)」の青写真を完全に受け入れた訳ではない。それどころか、バイデンはトランプのグローバライゼーションからの撤退を継続した。トランプの関税をそのまま維持し、輸出規制やその他の経済制裁を更に積極的に行使し、製造業の雇用を復活させる(これは実現しなかった)とともに、半導体、人工知能、その他の先端技術におけるアメリカの支配(U.S. dominance)を確保するために国家産業政策(national
industrial policies)を採用した。
しかし、全体として見ると、バイデンのアプローチは、数十年にわたってアメリカの外交政策を導いてきた主流派エリートのコンセンサスにすんなりと収まっていた。それは、同じ世界観を共有する経験豊富なティームによって運営され、進歩主義派や外交政策のリアリストたちは脇に追いやられていた。
彼らはどれほどうまくやったか? 公平を期すために言えば、実績には確かにいくつかの重要な成功が含まれている。
2021年のバイデンの就任を、ヨーロッパにおけるアメリカの同盟諸国の多くは明らかに安堵感を持って迎えた。バイデンとアントニー・ブリンケン国務長官は共に筋金入りの大西洋主義者(die-hard Atlanticists)であり、彼らは迅速に行動して、アメリカがヨーロッパの同盟諸国の安全保障に引き続き確固たる関与を維持することをヨーロッパの同盟国に保証した。
もちろん、ヨーロッパの好意的な反応は驚くべきことではなかった。アメリカを事実上の第一対応国(first responder 訳者註:現場に第一に到着して対応する人)とすることは、ヨーロッパにとって非常に有利な取引だからだ。この立場は2つの点で成果を上げた。1つは、2022年にロシアがウクライナに侵攻した際に、政権が迅速な対応を調整するのに役立ったこと(下記参照)。もう1つは、インフレ抑制法やCHIPS・科学技術法といった保護主義的な側面、そして中国に対する様々な輸出規制を、これらの措置に伴うコストを承知の上で、一部の主要同盟国に受け入れるよう説得できたことだ。
バイデン政権はまた、中国の台頭に対抗するための幅広い取り組みの一環として、アジアにおけるアメリカのパートナーシップを強化したことでも評価に値する。これらの措置には、フィリピンの基地へのアクセス拡大、キャンプ・デイヴィッドでの韓国と日本の首脳の接遇(新たな三国間安全保障協定の締結につながった)、そしてオーストラリア、イギリス、アメリカ間のAUKUSイニシアティヴを通じたオーストラリアとの安全保障関係の強化などが含まれる。
バイデン政権は、いくつかの主要技術分野における中国の進出を阻止するためのアメリカの取り組みも改善したが、この取り組みの長期的な影響は依然として不透明である。また、米中関係は依然として激しい競争状態にあるものの、あからさまな対立に発展することはなく、政権は米中関係の大幅な悪化を招くことなくこれらの目標を達成したとも言える。
確かに、バイデン政権の取り組みは、中国の不利な人口動態と経済の失策(これらは北京に緊張を抑制する十分な理由を与えた)と、中国の修正主義(Chinese revisionism)に対する地域的な懸念に後押しされた。バイデン政権はアジアに向けて有意義な経済戦略を実行できなかったことで非難されるかもしれないが、国内で超党派が保護主義(protectionism)に傾倒していたことを考えると、戦略を策定するのは困難な道のりだっただろう。
最後に、バイデンは、アフガニスタンにおけるアメリカの無益な戦争を終わらせるという、勇気ある、そして私の考えでは正しい決断をしたにもかかわらず、不当に批判された。アフガニスタン政府は、アメリカが撤退を選べばいつ崩壊するか分からない、いわば砂上の楼閣(a house of cards)のような存在だったため、撤退は悲惨な結果に終わる運命にあった。更に言えば、駐留期間が長引いたとしても、結果は大きく変わらなかっただろう。
バイデンは短期的には政治的な代償を払ったが、彼の決断は2024年までにほぼ忘れ去られ、先の選挙ではほとんど影響を与えられなかった。アメリカが撤退して以来、アフガニスタンで起きた出来事を喜ぶべき人は誰もいないが、アメリカは自らの行動を全く理解しておらず、決して勝利するつもりはなかったことはますます明らかになっている。この事実を認識し、それに基づいて行動する勇気を持ったバイデンには、十分な評価を与えるべきだ。
残念ながら、これらの成果は、より深刻ないくつかの失敗と比較検討されなければならない。
最初の失敗はウクライナ戦争である。バイデン政権はウクライナへの支援とロシアに課したコストをことごとく誇示したがるが、この主張を支持する人々は、ウクライナが払った莫大な代償と、この戦争がヨーロッパ諸国に与えた損害を無視しがちである。
ここで重要なのは、この戦争が突如としてどこからともなく現れたのではなく、ワシントン自身の行動が生み出した問題であることを認識することである。もちろん、ロシアは違法な戦争を開始したことに全責任を負っているが、バイデンとそのティームに非難の余地がない訳ではない。特に、彼らは自らの政策がこの戦争を不可避なものにしていることに気づかなかった。具体的には、彼らはNATOの無制限拡大(open-ended NATO enlargement)と、ウクライナを西側諸国との緊密な安全保障パートナーシップに、そして最終的にはNATOに加盟させることに固執し続けた。
ウラジーミル・プーティン大統領だけでないロシアの指導者たちが、この事態の進展を存亡の危機と捉え、武力行使による排除も辞さない姿勢を明確に示していたにもかかわらず、彼らはこの危険な行動方針を固守した。戦争の脅威が迫る中、政権は外交的解決を模索し衝突を回避するための努力を中途半端なものにとどめた。
戦争が勃発すると、バイデン政権は可能な限り速やかに戦争を終結させようとしなかったという過ちを犯した。バイデン政権はロシア軍がどうしようもなく無能であり、「前例のない(unprecedented)」制裁を課せばロシア経済が破綻し、プーティン大統領に方針転換を迫られると確信していたが、これは後に過度に楽観的な想定であったことが判明した。
こうした誤った判断の結果、政権は戦争終結に向けた初期の取り組みをほとんど支援せず、むしろ頓挫させてしまった可能性さえある。また、2022年秋にウクライナ情勢の見通しが一時的に改善した際にも(マーク・ミリー統合参謀本部議長が助言したように)、停戦の見通しを探ることもなかったし、ロシアの防衛網の正面に大規模な攻勢をかけることは失敗する運命にあるとウクライナの指導者に伝えることもなかった。
残念ながら、この戦争はウクライナとその西側諸国にとって重大な敗北に終わる可能性が高い。アメリカとNATOの当局者たちは同盟の結束はかつてないほど強固だと主張しているが、彼らの楽観的なレトリックは、この戦争がヨーロッパの安全保障と政治に及ぼした甚大な損害を無視している。この紛争は、ほとんどのヨーロッパ諸国政府(その多くは今や手に負えない財政的圧力に直面している)に多大な経済的負担を強い、エネルギーコストの上昇はヨーロッパの競争力を更に低下させ、右翼過激派の復活を助長し、ヨーロッパ内部の分裂を深刻化させた。また、中国との均衡を保つために投入できたはずの関心と資源を逸らした。
確かに、ロシアも莫大な犠牲を払ったが、モスクワが北京とより緊密に結びつき、西側諸国を弱体化させる、更なる機会を模索することは、アメリカやヨーロッパにとって決して利益にならない。この戦争が起こらなかった方が、ヨーロッパ、アメリカ、そして特にウクライナにとってはるかに良い状況になっていただろう。そして、戦争の可能性を高めた政策に対して、バイデン政権は大きな責任を負っている。
二つ目の災難は、言うまでもなく中東情勢だ。あらゆる大統領の夢がここで潰えてしまうかのようだ。バイデンの最大の失策は、選挙公約を放棄し、トランプから引き継いだ誤った政策を継続したことだった。彼はイラン核合意に復帰すると公約していたにもかかわらず、復帰しなかった。その結果、テヘランは爆弾級に近いレヴェルの核濃縮(nuclear enrichment)を再開し、強硬派の影響力を強化した。
また、政権はトランプと同様にパレスティナ人の将来に関する問題を無視し、サウジアラビアとイスラエルの関係正常化に向けた努力に注力したが、その試みは失敗に終わった。このアプローチは、パレスティナ人が永久に疎外されるのではないかという恐怖を強め、ハマスの指導者たちが2023年10月7日にイスラエルに対する残虐な攻撃を開始するきっかけとなった。
バイデン政権の状況判断の誤りは、ジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官が、ハマスの攻撃のわずか8日前に、この地域は「ここ20年で最も静かだ(quieter than it had been in two decades)」と宣言したことで、痛ましいほど露呈した。
それ以来、バイデンと彼のティームは、イスラエルが最低限の自制を求める要請を無視し、少なくとも4万6000人、おそらくははるかに多くのパレスティナ人を殺害した容赦ない無差別軍事作戦を遂行したにもかかわらず、あらゆる場面でイスラエルを支持してきた。この猛攻撃はガザ地区の大部分を居住不能にし、全ての大学とほぼ全ての病院を破壊し、数百人のジャーナリストを殺害し、200万人以上の民間人に甚大な苦しみと永続的なトラウマを与えた。
イスラエルが10月7日以降に対応したことが正当であったことを否定する良識ある人はいないが、イスラエルの報復キャンペーンは戦略的、道徳的な理由から弁解の余地のないものであった。とりわけ、この容赦ない暴力の行使は、ハマスを壊滅させ、残りの人質を解放するという公約を達成することができなかった。そして、バイデン政権は、それを可能にした爆弾投下と外交的保護を提供したのだ。
少し立ち止まって、これが何を意味するのか考えてみて欲しい。アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、国際司法裁判所(ICJ)、国際刑事裁判所(ICC)、複数の独立救援機関、そしてジェノサイドに関する著名な専門家たちは皆、イスラエルが重大な戦争犯罪を行い、「おそらく(plausibly)」アメリカの全面的な支援を受けてジェノサイドを行っていると結論付けている。国連事務総長のアントニオ・グテーレスは、ガザ地区の状況を「道徳的な暴挙(moral outrage)」と称した。虐殺の様子を捉えた動画はソーシャルメディアで容易に見ることができる。
これらの自称「ルールに基づく秩序(rules-based order)」の擁護者たちは、イスラエルを遮断し、その不均衡な対応を非難するどころか、停戦と残りの人質の解放を求める国連安全保障理事会の決議を複数回拒否し、ICJとICCへの攻撃を開始した。また、ヨルダン川西岸の占領下で暮らすパレスティナ人に対する暴力の増大を阻止するための真剣な努力も行っていない。これらの行動は、複数の政府高官が抗議の辞任に追い込まれ、国務省をはじめとする関係機関の士気を著しく低下させたとみられる。
22025年1月13日に国務省で行った退任演説で、バイデンはこれらの政策が功を奏したと示唆したようだ。ハマスとヒズボラは大幅に弱体化し、シリアのバシャール・アル=アサド大統領は失脚し、イランは深刻な打撃を受け、イランの核インフラを破壊するための空爆作戦を実施するリスクは減少した。この観点からすれば、これらの目的は手段を正当化すると言えるだろう。
この弁明は道徳的に空虚(vacuous)であり、戦略的にも近視眼的(shortsighted)だ。イスラエルとサウジアラビアの関係正常化は先送りされ、ジハード主義的なテロリズムの新たな波が目前に迫っているかもしれない。ハマスとヒズボラは弱体化したものの壊滅した訳ではない。イエメンのフーシ派は依然として抵抗を続けている。パレスティナ人が自らの国家、あるいは「大イスラエル(greater Israel)」における政治的権利を求める願望は消えることはないだろう。イランの指導者たちは、ムアンマル・アル=カダフィとアサドに降りかかった運命を回避するには、核兵器開発こそが最善の方法だと結論付ける可能性が高い。もしそうすれば、中東は再び不必要な戦争に見舞われ、原油価格は上昇し、アメリカは莫大な損失を伴う破綻に巻き込まれることになるだろう。たとえ消えることのない道徳的汚点を無視したとしても、これらの展開はどれもアメリカの利益にはならない。
バイデン政権によるイスラエル・ハマス戦争への対応は、差し迫った戦略的必要性によって強いられたのではないことを忘れてはならない。それは意識的な政治的選択だった。政府は存亡の危機に直面した際に、時に道徳的原則を妥協することがあるのは誰もが認めるところだが、ガザ地区の状況はアメリカにとってほとんど、あるいは全く危険をもたらすものではなかった。ワシントンはイスラエルによるジェノサイドへの支持を拒否しても、自国の安全や繁栄を少しでも危険に晒すことなく、行動できたはずだ。
バイデンとブリンケンがそうしなかったのは、選挙の年にイスラエル・ロビー(Israel
lobby)の政治的影響力を恐れたか、イスラエルは通常のルールから除外される特別なケースだと考えていたからだろう。こうした露骨な二重基準(double standard)は、既存の秩序の正当性を必然的に損ない、アメリカの衰退しつつある道徳的権威(moral authority)を浪費した。今後、中国の外交官たちが他国に対し、西側諸国の人権観は偽善的な戯言だと説得しようとする時、イスラエルとハマスとの戦争はまさにその好例となるだろう。バイデンは、アメリカは「模範を示す力によって(by the power of our example)」主導するとよく言うが、今回の場合、他国が拒否することを願うべき模範を示したことになる。
バイデンは自称シオニストだが、ネタニヤフ首相の行動を無条件に支持したことはイスラエルにとっても良いことではなかった。イスラエルの首相と元国防大臣は、現在、国際刑事裁判所(the International Criminal Court)から逮捕状が出されている。これはプーティンと共通の問題であり、その汚点は消えることはないだろう。イスラエルのメシアニック過激派(Messianic extremists)は懲らしめられるどころか、むしろ強化され、世俗派と宗教派のイスラエル人の間の溝を深め、ヨルダン川西岸併合への圧力を強めている。
イスラエルがこの目標を推し進めれば、第二次世界大戦後の領土獲得を禁じる規範は更に弱まり、他の指導者たちは自らが切望する土地を奪取するよう促されるだろう。また、このような措置はヨルダン川西岸地区とイスラエル本土との区別を消し去り、イスラエルがアパルトヘイト国家であるか否かをめぐる議論に終止符を打つことになるだろう。これは容易に新たな民族浄化(ethnic cleansing)につながり、ヨルダンなどの近隣諸国に恐ろしい人道的被害と危険な影響を及ぼす可能性がある。私には、これらがイスラエルの利益となるとは到底考えられない。
最後に、ウクライナと中東における戦争(バイデン政権の政策が一因となって引き起こされた戦争)は、膨大な時間と関心を費やし、長期的に見てより重要な問題に十分な重みを与えることを困難にした。将来のパンデミックへの備えは停滞し、気候変動対策の進展は必要な水準を大きく下回った。そして、政権が信頼できる移民政策を打ち出せなかったことは、昨年11月にハリスに大きな痛手を与えた。
アフリカは重要性が増しているにもかかわらず、非常に軽視されてきた。過去4年間で、ブリンケンはイスラエル(人口1000万人弱)を16回、ウクライナ(人口3560万人)を7回訪問したが、人口約15億人のアフリカ大陸を訪問したのはわずか4回だった。
バイデン政権発足時の最重要目標は、「ルールに基づく秩序(rules-based
order)」を強化し、独裁政治(autocracy)に対する民主政治体制(democracy)の優位性を示すことだった。しかし、バイデンとブリンケン国務長官は、都合の良い場合には躊躇なくルールを破り、ルールの執行を試みていた複数の機関(世界貿易機関、国際司法裁判所、国際刑事裁判所など)を積極的に弱体化させた。
他国はもはや、このような行動をトランプのような異端者(a rouge outlier)のせいにすることはできない。彼らは、これをアメリカの対外姿勢の本質的な要素として正しく認識するだろう。一方、バイデン政権が大々的に宣伝した「民主政治体制サミット(democracy summits)」にもかかわらず、世界中で民主政治体制は後退し続けており、強固な民主政治体制への関与が紙一重の人物が来週ホワイトハウスに復帰することになる。
ここに悲しい皮肉がある。確かにいくつかの成果はあったものの、バイデンのウクライナと中東情勢への対応の誤りは、彼が強化したいと述べていた「ルールに基づく秩序(rules-based order)」に甚大な、そしておそらくは致命的なダメージを与えた。バイデンとそのティームは、いくつかの重要な国際規範を一貫して遵守しなかったことで、次期政権(第2次トランプ政権)がそれらを完全に放棄することを容易にし、多くの国々が喜んでそれに追随するだろう。
こうなる必要はなかったが、ジョー・バイデンの外交政策の遺産は、ルールに縛られなくなり、繁栄が失われ、そして非常に、より危険な世界となるだろう。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Bluesky:@stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt
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(終わり)

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』