古村治彦です。
2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
電気自動車分野の動きに関して、ここ数回、このブログでもご紹介している。アメリカは中国製の電気自動車に対して、関税100%を課す決定を下した。この措置は、アメリカの国内市場で、中国製の電気自動車がシェアを広げており、アメリカ政府としては、経済問題と安全保障上の問題として、懸念を持っていることを示している。世界最大の電気自動車メーカーであるテスラにしてれば、ありがた迷惑な措置であることは前回の記事で書いた。
アメリカは、電気自動車に必要不可欠なバッテリー分野で重要な存在となっているインドネシアとの間での自由貿易協定を結ぶことを躊躇している。インドネシア政府が、精錬されていないニッケル(バッテリーにとって必要な鉱物資源)の輸出を禁止したことで、インドネシアにニッケル精錬工場や、バッテリー製造工場を建設するために、各国が投資を行っているが、その中心は中国である。中国が関連しているニッケル精錬工場からのニッケルや、バッテリー製造工場からのバッテリーを、アメリカ国内に入れることに、バイデン政権は躊躇しているようだ。「インドネシアはいつまでもはアメリカを待っていられないよ」とルフット・ビンサル・パンジャイタン海洋・投資調整担当大臣名で『フォーリン・ポリシー』誌に掲載した論稿についてもこのブログで既にご紹介している。
そうした中で、イーロン・マスクがインドネシアを訪問し、ジョコ大統領とルフット大臣と会談を持ったということ、インドネシア国内にバッテリー製造工場を作ると発言したことは重要だ。イーロン・マスクはアメリカ政府の意向に反するような動きをしているが、これはマスクからすれば当然の動きだ。テスラは、中国市場が最大の得意先であり、中国の上海で製造している。中国が既に進出しているインドネシアに進出して、バッテリー工場を作るというのは、これもまた当然のことだ(中国資本の精錬工場からのニッケルを使うだろう)。アメリカが中国とインドネシアを排除している中で、テスラが入って、電気自動車分野に関して、三角形を形成している。そこにアメリカが入れないというのは、アメリカにとって大きな痛手である。
インドネシア政府の海洋・投資調整府(Coordinating Ministry
for Maritime and Investment Affairs)が、インドネシアにおける電気自動車関連、最終的な電気自動車の生産と輸出を担当している重要な部署となっている。ジョコ・ウィドド大統領就任直後の2014年10月27日に設置された(ジョコ大統領就任は10月20日)。ジョコ政権下、海洋・投資調整大臣はルフット・ビンサル・パンジャイタンが一貫して務めてきた。大統領交代のため、ルフット大臣が退任し、エリック・トヒル国有企業大臣が後任大臣に就任するという予測が出ている。大きな政策変更はないということのようだ。以下に紹介している論稿では、東南アジア地域では、タイが最大の電気自動車市場になっており、輸出量も地域で最大になっているということだ。これは世界の巨大自動車メーカーがタイに進出しているということもあるだろうが、インドネシアにとっては手強い競争相手になる。また、ヴェトナムもヴィンファスト社という会社があって、既に電気自動車を輸出しているとのことだ。これは、おそらく、中国からの支援や協力があってのことだろう。こうやって、アメリカの影響力を削いでいる。
電気自動車分野は、国際政治の最前線ということになる。ここでも、米中対立が起きているが、アメリカは中国に対して、既に劣勢に立っている。最先端分野でのアメリカの衰退は、アメリカの世界帝国としての終わりを告げている。
(貼り付けはじめ)
マスク氏、インドネシア大統領と会談 EV電池工場の建設検討へ
By Stefanno Sulaiman
ロイター通信 2024年5月20日午後 3:04 GMT+92時間前更新
インドネシアのルフット海洋・投資担当調整大臣は20日、ジョコ大統領とこの日面会した米電気自動車(EV)大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が同国にEV電池工場を建設する案を検討すると明らかにした。
[デンパサール(インドネシア 20日 ロイター] - インドネシアのルフット海洋・投資担当調整大臣は20日、ジョコ大統領とこの日面会した米電気自動車(EV)大手テスラ(TSLA.O), opens new tabのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が同国にEV電池工場を建設する案を検討すると明らかにした。
マスク氏からコメントは得られていない。
同氏とジョコ大統領は20日にインドネシアのバリ島で開催された世界水フォーラムに出席後、会談を開いた。
また、ジョコ大統領はマスク氏にインドネシアの人工知能(AI)センターへの投資を検討するよう求めたほか、マスク氏の宇宙開発企業スペースXがパプア州ビアク島にロケット発射場を建設することを改めて提案した。
インドネシア政府は同国の豊富なニッケル資源を活用してEV産業を振興しようとしており、何年もテスラの工場誘致に力を入れてきた。
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インドネシアは電気自動車に大きく賭けている(Indonesia Bets Big on
Electric Vehicles)
-ジャカルタの最新の開発ギャンブルはグリーン転換にかかっている。
ジョセフ・ラックマン筆
2024年5月8日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2024/05/08/indonesia-electric-vehicle-green-transition-china-tariffs/
ジャカルタで開催されたインドネシア国際モーターショーで、ヴェトナムの電気自動車ブランド「ヴィンファスト(VinFast)」が電気自動車VF7を展示(2024年2月24日)。
インドネシアの投資・海事担当調整担当(coordinating minister
for investment and maritime affairs)副大臣ラフマト・カイムディンは、「中国は工業化するには40年から50年かかった。私たちはもっと速くする必要があるかもしれない」と述べた。インドネシア政府は、2045年までに先進国になるという野心的な目標を設定している。その一環として、電気自動車生産の世界的なハブ(global hub)となるという大きな賭けが行われている。
ジャカルタは、世界的なグリーン転換の中で、国内に埋蔵している莫大なニッケルとコバルトを成長の原動力にするチャンスに目をつけた。これらの鉱物はバッテリー生産に不可欠であり、鉱山から自動車ユーザーまでの国内サプライチェーン構築の基盤として利用できる。
今のところ、この賭けはうまくいっているようだ。インドネシアは現在、世界のニッケル生産の51%を占めており、コスト競争を圧倒し、コンゴ民主共和国に次ぐ世界第2位のコバルト生産国となっている。韓国のヒュンダイ、日本の三菱自動車、中国の五菱、奇瑞、DFSKの5社がインドネシア国内で既に、少数ではあるが、電気自動車を生産しており、今後更に多くの電気自動車が生産することが期待されている。大手電池メーカーや電池材料メーカーもこれらの企業と一緒にインドネシアに進出している。
この電気自動車という新興産業分野は、国内問題、地政学的保護主義、環境問題、技術革新など、無数の仕掛け線(tripwire)に直面しているが、楽観できる理由もある。ビジネス情報会社「ベンチマーク・ミネラル・インテリジェンス」のバッテリー・電気自動車担当主任アナリストのルーク・ギアは、「控えめに見積もっても、インドネシアは2030年までに年間50万台の電気自動車を生産できるようになるだろう」と述べている。
インドネシアの開発アジェンダ全体が電気自動車に懸かっており、その前途は険しいからだ。2045年までに政府の開発目標を達成するためには、インドネシアの成長率を平均5%前後から6~7%に引き上げる必要がある。最も基本的なレヴェルでは、インドネシアが望ましい商品を生産し、労働者が生産性の高い仕事に従事できるような産業からこれらの商品が生まれるようにし、これらの産業を構築するために必要な大規模な海外直接投資(foreign direct investment、FDI)を誘致できるようにする必要がある。もしそれができなければ、若い労働者と消費者からなるインドネシアの現在の人口ボーナスは、足かせに変わるだろう。希望は、今垣間見えるチャンスの窓がいつ閉じるのかという静かな不安と混ざり合っている。
電気自動車産業は、これらの条件を全て満たしているように見える。電気自動車市場は今後、猛烈な勢いで拡大すると予想されている。国際エネルギー機関(International Energy Agency、IEA)は、2035年までに販売される全ての自動車が電気自動車になると予測している。生産の大幅な増加によって生み出される雇用の多くは工場での仕事であり、工業化は労働者を農業や小規模サーヴィスなどの生産性の低い部門から生産性の高い部門に移動させる典型的な方法となる。これがインドネシアで起きることになる。
インドネシアは、莫大な重要鉱物資源を活用することで、海外企業にインドネシアへの投資を促し、鉱業に必要な直接投資を確保することを惜しまない。ニッケル鉱石の輸出禁止により、多くの中国企業がインドネシアでの精錬を開始した。2023年、中国企業はインドネシアの金属・鉱業プロジェクトに42億ドルを投じた。
現在、焦点はバッテリーと電気自動車生産の詳細を構築することに移っている。ここでインドネシア政府はムチよりもアメを投入している。補助金の対象となるには、インドネシアで製造された電気自動車が一定レヴェルの現地コンテンツ要件を満たす必要があり、この要件は時間の経過とともに増加している。しかし、その代わりに、これらの
電気自動車に対する付加価値税はわずか1% だ。この分野の主要投資家たちも10年間の納税猶予を受けている。インドネシアで生産を展開する際に、出荷する電気自動車には輸入税や奢侈税が課されない。
アメリカやヨーロッパの大手メーカーの多くはまだ参入を表明していないが、これは必ずしも問題になる訳ではない。その多くは世界的な電気自動車移行を呆然と見つめるだけで(caught flat-footed)、中国や新たな生産拠点の新興企業がチャンスを得ている。
しかし、この移行の裏返しとして、象徴的(totemic)な国家産業を保護したいという願望が、インドネシアの輸出への期待を台無しにする可能性のある先進国の保護主義を生み出しているということだ。ジョー・バイデン政権の電気自動車補助金には多くの条件が付けられており、インドネシアで組み立てられた電気自動車は排除されている。ヨーロッパ連合もまた、安価な中国製電気自動車が市場に流入することにパニックを起こし、ますます保護主義的な方向に進んでいる。インドネシアでは大量の石炭が燃焼されているため、同国の電気自動車は比較的炭素集約的である。
問題の1つは、グリーン・サプライチェーンにおける中国の支配に対する恐れである。しかし、これはほとんどの西側諸国の自動車メーカーが技術シフトについていけなかったことと表裏一体の関係にある。ステランティスはそれなりの業績を上げている。しかし、GM、フォード、フォルクスワーゲンは後塵を拝している。
競争力はないが政治的に重要な産業に対する保護主義について、長年にわたり発展途上国に説教してきた、西側諸国は、逆の立場になるとその姿勢を変えようとしている。保護主義や西側メーカーが採算の取れない電気自動車の撤退を遅らせていること、加えて、世界経済が不安定であることが、電気自動車の販売台数は伸び続けているものの、その伸び率は鈍化しており、下方修正されているとUBSの電気自動車バッテリー調査担当エグゼクティブ・ディレクターのティモシー・ブッシュは指摘する。
インドネシアの計画に対するもう一つの脅威は、更なる技術革新である。インドネシアの魅力の多くは、NCM電池に必要なニッケルとコバルトの豊富さにかかっている。しかし、過去5年間で、ニッケルもコバルトも使用しないLFP電池は、ニッチな製品から、電気自動車電池市場の40%以上を供給するまでになった。皮肉なことに、高価だが航続距離が長いNCM電池は、消費者が豊かで、世界的に見ても大変長距離を走る米国市場に最適かもしれない。しかし、インドネシアはその市場から締め出されている。
インドネシアはまた、電気自動車製造ブームに乗ろうとする他の国々との厳しい競争にも直面する可能性がある。ブルームバーグNEFのアナリスト、コマル・カレールは、「電気自動車に対する強い国内需要の欠如は、より多くの現地生産を誘致するためのハードルとなり得る。通常、バッテリーメーカーや自動車メーカーは、エンドユーザー層が厚い市場を好むものだ」と言う。実際、インドネシアは既にタイとの競争に直面している。タイは東南アジア諸国連合(ASEAN)最大の自動車輸出国であり、この地域最大の電気自動車市場を持っている。
この文脈では、インドネシアが長い間苦労してきた電気自動車分野に特化しない問題が特に重要になる。最近の改革は、外国人投資家の生活をより容易にしようとしている。しかし、非関税障壁は依然として大きな問題である。また、多くの企業にとって、この国の不透明な規制をナビゲートするための権力ブローカーとの関係が必要なのは、まさに生活の現実である。ニッケル部門における中国の主要投資は、海事・投資担当調整大臣であるルフート・ビンサール・パンジャイタン(インドネシアの便利屋[Mr. Fix It.])が指導している。
また、インドネシアの教育制度にはまだ多くの課題が残っており、競争相手の国々と比較しても一貫して悪い成績が続いている。電気自動車企業にとって、有能な労働者を見つけることは難題かもしれない。この問題をより深刻にしているのは、技術開発によって製造業の技能や資本集約度が高まり、労働吸収力が低下するという明らかな傾向である。電気自動車製造が熟練度の低い労働者の雇用を生み出す代わりに、インドネシアは少数の専門職のために適切な訓練を受けた労働力を提供するのに苦労することになるかもしれない。
それでも、こうした潜在的な問題が死刑宣告となる必然性はない。電気自動車の販売台数の伸び率が鈍化しているにもかかわらず、アナリストの多くは依然として強気で、世界市場は依然として力強く拡大していると指摘している。前述のベンチマーク社のギアは、インドネシアが魅力的なのは、その鉱物資源だけでなく、ASEAN最大の巨大な国内自動車市場があるからだ、と述べている。現在、国内の電気自動車普及率は低いが、需要は急速に伸びると予想される。強力な国内市場は、輸出に移行する企業をサポートするのに役立つだろう。
自動車メーカーが代替拠点としてインドネシアに目を向ければ、反中の保護主義がインドネシアに有利に働く可能性さえある。メイバンク・インベストメント・バンキング・グループの持続可能性調査責任者であるジガー・シャーは、「このような状況では、中国の自動車メーカーが採用する可能性のある最善の政策は、多くの拠点で現地に根ざした事業を立ち上げることだ」と語る。
有力な有力者たちとの関係が必要なため、物事が厄介になることもあるが、適切なコネクションを築いた企業にはレッドカーペットが敷かれる可能性がある。電気自動車メーカーに対する様々な優遇措置は、メーカーとの協議の上で決定されたものであり、投資を行う企業は、インドネシア政府が直面する問題を解決しようとしていることを期待できるだろう。また、プラヴウォ新大統領が誕生する一方で、ジョコ・ウィドド政権の主要人物が新政権で活躍することが期待されている。その中には、ルフット海洋・投資調整相の後任として一部で期待されている、大富豪のエリック・トヒル国有企業相も含まれている。
技術面では、LFPバッテリーの台頭が問題となる可能性があるが、対処可能な問題である。BMIの自動車アナリスト、コケッツォ・ツォアイは「LFPバッテリーはかなり大きなリスクだ」と述べている。しかし、ニッケルリッチ電池の市場シェアは、一時的な縮小の後、2026年に向けて回復すると予想している。エネルギー密度に関して、ニッケル電池の優位性は、様々な用途でニッケル電池が存在し続けることを保証するはずだ。また、先駆的なLFPブレード・バッテリーをほぼ独占的に使用するBYDによるインドネシアへの大規模な投資計画も、インドネシアがニッケル資源だけではない魅力を持っていることを示唆している。
また、製造における技術的な方向性も明確に定められたものではない。最近の研究では、電気自動車の労働集約性が低いかどうかが再評価され、ほぼ同じであるか、実際にはより多くの労働者が必要である可能性が示唆されている。特に市場シェアを拡大させている、BYDは労働集約的な生産モデルを開発しており、創業者は実際に自動車の製造には特に複雑な技術の習得が必要であることをきっぱりと否定している。
技術、市場、地政学がますます急速に変化する中、インドネシアが行う政策的な賭けは確実なものではない。ラフマット副調整相は次のように述べている。「私たちは成功するだろうか?
その答えは時間が出してくれるだろう。私たちが知っているのは、立ち止まってはいられないということだ」。
※ジョセフ・ラックマン:インドネシアと東南アジアをカヴァーするフリーランス・ジャーナリスト。ツイッターアカウント:@rachman_joseph
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(終わり)
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