古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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タグ:ヴェトナム戦争

 古村治彦です。

 第二次世界大戦後のアメリカの「お家芸」は、戦争の泥沼(quagmire)にはまることである。朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争、イラン戦争と泥沼にはまることを続けている。湾岸戦争は自制的に進めたことで泥沼にはまることはなかった。アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンは、退任演説で外国との恒久的な同盟構築を回避するように訴えた。対外戦争を非常に危惧した。それは、泥沼にはまる状況を危惧してのことだったのだろうと私は考えている。

 戦争が泥沼にはまる際の要素として、下記論考のスティーヴン・M・ウォルトは以下を挙げている。「無知(Ignorance)、誤った助言(Bad advice)、集団思考(Groupthink)=偏った意思決定プロセス(a biased decision-making process)、過信(Overconfidence)、信頼できない現地のパートナー(Unreliable local partners)、信認について懸念(Credibility concerns)」ということになる。

これらを使って、イラン戦争に当てはめて考えてみたい。まず、無知であるが、これはイランについての情報や知識が欠けているということになる。専門部署はきちんと機能して、報告を上層部に伝達しても、それを活かせるかどうかということになる。最終決定を行うドナルド・トランプ大統領がまともに報告書(日本で言えばA4用紙一枚程度)を読んでいたとは考えにくい。アメリカ軍制服組の上層部は戦争に反対していたが、トランプの無知の前には効果を持たなかった。誤った助言は、このブログでも紹介したし、『ザ・フナイ』に掲載した論考にも書いたが、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が2025年に複数回、ホワイトハウスを訪問し、トランプにイラン攻撃を働きかけた。ネタニヤフは真実を伝えず、楽観論を伝え続けた。トランプの決定はネタニヤフの誤った助言に影響を受けることになった。意思決定プロセスの問題であるが、アメリカ軍、政権幹部(ピート・ヘグセス国防長官以外)は反対していた。しかし、トランプの決定を変更させることはできなかった。過信については、言わずもがなであろう。世界最強のアメリカ軍と、中東地域で精強を誇るイスラエル軍が攻撃すれば、イランはもろくも崩れ去るということは多くの人が考えることだろう。トランプもネタニヤフもそう考えていたことだろう。信頼できない現地のパートナーとしてはイスラエルが筆頭であろう。また、アメリカに亡命しているイランの王太子も含まれる。どちらにしてもイランを攻撃し、体制転換を迫る上で役立つパートナーではなかった。最後に、信任について懸念であるが、これは、「アメリカはパートナー、同盟国として信頼できない」「アメリカ軍は強くない」ということである。これを避けるためには、何とか「勝利」と呼べる状態を出現させたい。そのために、戦争が長引いてしまう。トランプもこの状況に陥っている。

 泥沼にはまらないためには何が必要か。対外戦争をしないことだ。自国から遠く離れて戦争をしないことだ。今回のイラン戦争を通じて、中国は改めてそのことを学んでいることだろう。

(貼り付けはじめ)

泥沼の事態に陥る兆候(Top Signs You’re Heading for a Quagmire)

-何を見るべきかを知っていれば失敗に終わる戦争は予測可能だ。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2026年9月10日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/09/10/top-signs-quagmire-war-global-military-conflict/

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イギリスのボルドン近郊の演習場で横転した戦車を回収する兵士たち(2022年3月14日)

大国間の競争(great-power competition)が激化する世界において、ある国の外交手腕が真に問われるのは、資源を浪費し、注意を逸らし、最終的には国力を強化するどころか弱体化させるような、高くつく紛争や無益な事態を回避できるかどうかという点にある。言い換えれば、「泥沼(quagmires)」のような事態に陥るのを避けられるかということだ。大国は往々にして、ライヴァル国が戦略的な「流砂(quicksand)」にはまり込むのを歓迎し、時にはそうした事態を助長することさえあるが、賢明な指導者はこうした厄介事に関わらないよう努めるものだ。

ここ数十年の間、中国はアメリカやロシアに比べて、泥沼のような事態を回避する点で、はるかに巧みな立ち回りを見せてきた。冷戦後の慢心から、アメリカの指導者たちは多岐にわたる世界的責務を背負い込んだが、その中には理にかなったものもあれば、そうでないものも数多くあった。イラクやアフガニスタンでの「終わりのない戦争(forever wars)」は、もちろん後者の最も明白な例だが、アメリカは「対テロ世界戦争(global war on terror)」の一環として、リビア、イエメン、シリア、そしてアフリカ各地における小規模な紛争にも深入りし、泥沼化させてきた。

さらに、イスラエルとパレスチナの和平仲介に向けた長きにわたる稚拙かつ実りのない取り組みも挙げられるだろう。この取り組みは大統領の多大な時間と関心を費やしたものの、最終的には失敗に終わった。その大きな要因は、ワシントンが公平な仲介者(a fair-minded mediator)としてではなく、「イスラエルの弁護人(Israel’s lawyer)」のように振る舞ったことにある。そして今、ドナルド・トランプ米大統領は、自ら招いたイランとの泥沼の対立に、その危険性を承知の上で足を踏み入れた。この対立は、利益は皆無か、あってもごくわずかな一方、コストの増大は明らかであり、屈辱的な撤退(a humiliating retreat)以外に出口が見当たらない状況にある。

同様に、ロシアも2000年以降、近隣諸国との間で一連の「凍結された紛争(a series of frozen conflicts 訳者註:解決に至らない対立状態)」を抱え込み、ウクライナのヴィクトル・ヤヌコヴィッチ元大統領やシリアのバッシャール・アル=アサド指導者といった友好勢力を支えきれず、現在はウクライナでの戦争という「存在し続ける傷口(the running sore 訳者註:深刻な泥沼)」に足を取られています。こうした行動は、ロシア経済や国民に多大な犠牲を強いただけでなく、ヨーロッパ諸国の大部分との関係を悪化させ、ロシアを中国への依存度を強める方向へと追い込んだ。ワシントンとモスクワの双方に、そうした行動に出たなりの理由はあった。しかし、それら一連の冒険的行動によって、どちらかの国が世界的な地位を強化できたと主張するのは難しい。

ワシントンとモスクワの双方に、それぞれの行動を取った理由はあった。しかし、こうした一連の冒険的行動によって、どちらかの国の世界的な地位が強化されたと主張するのは難しいだろう。

対照的に、中国は、多大なコストを要する泥沼の事態を避け、国内での国力増強に注力してきた。南シナ海での人工島建設、対外的な外交プレゼンスと影響力の拡大、備蓄や準備金の積み増しによる対外圧力への耐性強化、そしてレアアースやグローバル・サプライチェインの要所を支配することによる交渉力の確保といった取り組みである。確かに、軍事力の増大やますます強硬さを増す外交政策は近隣諸国に警戒心を抱かせ、それらの国々が北京に対抗する動きを促す結果にもなった。しかし、ロシアやアメリカとの関係において、中国の全体的な地位は著しく向上している。中国のアプローチは、対外的なトラブルに深入りしないことが極めて賢明な戦略であることを示唆している。

それでは、なぜ国家は泥沼の事態に陥ってしまうのか。そして、将来それを回避するにはどうすればよいのだろうか。ここでは、いくつかの危険信号(the warning signs)を挙げてみたい。

無知(Ignorance)。長期化し、多大なコストを要し、あまつさえ敗北に終わるかもしれないと予想される戦争を、自ら始めようとする人間はいない。つまり、事態がどう展開するかを事前に知っていれば、ほとんどの指導者は別の道を選んでいただろうということだ。

このことは、泥沼の事態が往々にして、対峙する相手国や直面する困難、あるいは他の行動主体の反応に対する「無知」から生じることを示唆している。教訓は次のようになる。ほとんど知識のない国に介入しようとする際は十分に警戒すべきだ。

誤った助言(Bad advice)。介入の決定は、何もないところから突然生まれるということはない。誰かがその案を考案し、決定権を持つ人々にそれを採用するよう説得する必要があるからだ。したがって、泥沼の事態を避けたいのであれば、介入を望む独自の動機を持つ利害関係者たち(self-interested parties)からの助言に対して、極めて懐疑的な姿勢をとるべきだ。

アメリカ軍の力を利用して権力の座に就こうと画策していたアフメド・チャラビのような、開戦を主張するイラクの亡命者たちの言葉に耳を傾けたことは、ジョージ・W・ブッシュ政権にとって誤りだった。同様に、イランとの戦争を説くイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の主張を信じたり、米国内の好戦派による甘い言葉に注意を向けたりしたトランプ大統領の行動も極めて愚かなことだった。

この問題は何も新しいものではない。ニコロ・マキャヴェッリは著書『ディスコルシ 「ローマ史」論 (Discourses on Livy)』の中で、指導者たちに対し、利害関係者(彼の場合は亡命者[exiles])の証言を真に受けすぎないよう特に警告している。

「祖国を追われた者たちの言葉や約束ほど無駄なもの(vain)ははない。・・・彼らは故郷へ戻りたいというあまりに強い願望を抱いているため、事実ではないことを信じ込んでしまったり、意図的に話に付け加えたりしがちである。その結果、彼らが本気で信じていることと口先だけで言っていることが混ざり合い、指導者たちに過度な期待を抱かせることになる。もしその言葉を信じて行動を起こせば、無駄な出費を強いられるか、あるいは破滅を招くような事業に巻き込まれることになるだろう」。

ここで注目すべきは、最初の2つの問題が互いに悪影響を及ぼし合っているという点だ。無知であればあるほど、事態を熟知していると主張する人々の助言を鵜呑みにしやすくなるからだ。

集団思考(Groupthink)。選択肢について明確かつ公平な議論が行われない場合、国家は泥沼の事態に陥りやすくなる。追従者や忠実な側近に囲まれた自信過剰な独裁者(ロシアのウラジーミル・プーティン大統領やトランプなどがその具体例となる)は、こうした過ちを犯しがちだが、異論を聞くことを拒絶し、自身の先入観に合わない情報を無視する傾向がある指導者たちも同様だ。

誰もが、自分の望む行動を裏付ける証拠を過大評価し、自分が間違っていることを示す証拠を軽視する傾向を持っている。だからこそ、泥沼の事態を避けようとする指導者たちは、積極的に代替案に耳を傾け、開戦の根拠となっている前提条件について徹底的にストレステストする(stress-test)よう助言者たちに促すべきだ。指導者がこうした行動を怠ると、「無知(ignorance)」「誤った助言(bad advice)」「偏った意思決定プロセス(a biased decision-making process)」が組み合わさり、事態は直ちに・・・。

過信(Overconfidence)。無知と誤った助言が重なると、意思決定者は「成功は容易だ」と信じ込まされがちだ。その根拠とされるのは、相手の軍事力が劣っている、相手国政府が脆弱で即座に崩壊する、現地住民が不満を抱いており侵略者を歓迎するだろう、あるいはそれらの複合的な要因などだ。こうした見方が実際に正しいこともあるが、それは稀だ。また、軍事的に劣る敵を打ち負かすという純粋な軍事的任務以上に、勝利後の事態を収拾することの方がはるかに困難な場合もある。

したがって、泥沼の事態を避けたいのであれば、勝利した後にどうするのかを慎重に検討しておく必要がある。さらに重要なのは、「勝利に至る最良のケースセオリー」が誤りであり、長期戦を強いられることになった場合に備えて、「プランB」を用意しておくことだ。

信頼できない現地のパートナー(Unreliable local partners)。ヴェトナム、アフガニスタン、イラク、そしてイランにおけるアメリカの経験は、同様の教訓を物語っている。有能かつ信頼できる現地のパートナーがいなければ、泥沼の事態を避けるのは困難になる。アメリカは最初の3つの事例において、国家建設(nation-build)に巨額の資金を投じたが、現地の協力者たちは内部分裂し、腐敗しており、それぞれ独自の思惑で動いていた。トランプは、政権中枢の指導者さえ排除されれば、不満を抱くイラン国民(多数存在する)が蜂起するだろうと考えていたようだが、それは、政権側の組織化された治安部隊の存在や、組織化された反体制派の不在という現実を完全に無視した空想に過ぎなかった。

プーティンも同様の誤算を犯した。彼は、自軍が国境を越えた途端にウクライナ政府が崩壊する(あるいは侵攻部隊がキーウに到達すれば、親露派の傀儡政権に容易に取って代わられる)と考えていた。しかし、それはウクライナ国民の強烈な愛国心を理解していなかったことを露呈する、根拠のない期待に過ぎなかった。

開戦前の楽観的な見通しが誤りであり、戦争が長期化し困難なものになると明らかになった時点で、新たな問題が生じる。たとえ損切りをして撤退するのが賢明な判断だとしても、指導者たちが多大な犠牲を伴う泥沼の状況から抜け出すのを難しくする、少なくとも2つの明白な理由が存在する。

信認について懸念(Credibility concerns)。政府は多くの場合、揺るぎない姿勢や信頼性を維持するためには「方針を堅持(stay the course)」しなければならないと考えがちだ。例えば、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官は、アメリカがヴェトナム戦争に勝利できないことを理解しており、そもそも参戦すべきではなかったかもしれないと認めてさえいた。しかし彼は、50万人のアメリカ軍を投入した以上、ヴェトナムの「重要性という問題は決着済み(settled the issue of the importance of)」だと主張した。なぜなら、撤退すればアメリカの信認が損なわれ、同盟諸国がアメリカを見限るだろうと(誤って)信じていたからだ。キッシンジャーは戦争に勝ち目がないことや、ヴェトナムの戦略的重要性が低いことを知っていたが、信認への執着が戦争をさらに6年間長引かせる一因となった。

また、ダニエル・エルズバーグが有名な論考で論じたように、これには国内政治上の類似した側面もある。指導者たちは、明白な失敗が招く国内政治的な結果を恐れるあまり、泥沼化した状況から抜け出すことをためらいがちになる。勝利の可能性が低いと分かっていても、問題を先送りし、後任者に押し付ける道を選んでしまう。リンドン・ジョンソン大統領はヴェトナム問題をリチャード・ニクソンに引き継ぎ、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ、ドナルド・トランプも、それぞれアフガニスタン問題を後任者に委ねた。ジョー・バイデン大統領は、勝利の可能性が低いと理解していた戦争を終わらせる勇気を示したが、アメリカ軍撤退に伴う(避けようのない)混乱した結末に対しては、激しい批判を浴びることになった。

トランプがイランとの戦争において、単に損切りをして戦争を終わらせようとしないのも、こうした理由からかもしれない。彼は依然として、「勝利(victory)」として宣伝できるような成果を何とか得られないかと期待している。幸運を祈るだけだ。

皮肉なことに、こうした国内政治的な結果への恐れは、見当違いなものかもしれない。サダム・フセインは、自ら始めたイランとの愚かな戦争を8年間の戦闘の末に終わらせたが、権力の座を追われることはなかった。また、第一次湾岸戦争で屈辱的な敗北を喫した後も、イラクの指導者の地位にとどまり続けた。ロナルド・レーガン大統領は、テロ爆撃で240人以上のアメリカ軍兵士が犠牲になった後、レバノンから撤退したが、それでもなお、強硬な姿勢を持つタカ派の大統領として広く認識された。バイデンでさえ、就任1年目に行ったアフガニスタンからの撤退による長期的なダメージはほとんど受けなかった。あの初期の決断は、2024年の選挙戦や、その後のカマラ・ハリスの敗北において、ほとんど何の影響も及ぼさなかった。

「勝利はもうすぐそこだ(Victory is just around the corner)」。強大な国家は、戦い続けるだけの余力があり、新たな手法を試すための資源も持ち合わせているがゆえに、泥沼の紛争から抜け出せなくなることがある。

アダム・スミスは「一国が破綻に至るまでにはかなりの余力(ruin)があるものだ」と記したが、この言葉は特に、人口が多く経済規模の大きい国に当てはまる。たとえ利害がそれほど大きくなく、勝利の見込みが薄い場合でも、大国は愚かな戦争を長期間続けることができる。特に、志願制の軍隊に頼り、増税ではなく財政赤字で戦費を賄い、勝利への鍵となることを期待して新たな戦略や兵器を次々と試すことができる状況であればなおさらだ。過去4年間にロシア(およびウクライナ)が試みてきた数々の手段や、アメリカが過去に陥った泥沼の紛争の中で試みた様々な選択肢や戦略的革新を思い起こせば、そのことは明らかだろう。

実際、ヴェトナム戦争においてアメリカ人は「転換点を迎えた(turn the corner)」と繰り返し聞かされていたが、この決まり文句は後にイラクやアフガニスタンの紛争でも再び持ち出され、繰り返されることとなった。ヴェトナム戦争において、ワシントンは威圧的な爆撃、カンボジア侵攻、北ヴェトナムの港湾への機雷敷設、エイジェント・オレンジのような「枯葉剤(defoliants)」の広範な使用、現地住民を保護するための「戦略村(strategic hamlets)」建設、「ヴェトナム化(訳者註:南ヴェトナム軍への権限委譲)」など、あらゆる手を尽くしたが、どれも徒労に終わった。2007年にイラクで行われた増派(surge)は、軍事的には短期的な成果をもたらしたものの、イラクのより広範な政治的問題を解決するには至らなかった。また、2009年に国防総省がバラク・オバマ大統領に押し付けたアフガニスタンへの同様の増派も、同じく失敗に終わった。富裕な国家は長期間にわたって様々な選択肢を試し続けることができ、あと少し努力すれば成功するかもしれないという可能性が、常にわずかながら残されている。そうした希望こそが、泥沼の紛争を長引かせる要因となる。

結局のところ、泥沼の紛争が生じるのは、戦争を始めることよりも終わらせることの方が困難だからである。したがって、泥沼の紛争を避けたいと望むなら、外国の戦争に関与することに対して辛抱強い慎重さを抱くことこそが、最善の防衛策となるだろう。国家には依然として、真に死活的な国益を守るために戦う意欲を持つ国民と、有能な軍事力が必要だ。しかし、安易に勝てると見込んで、希薄な理由や些末な動機のために「選択的な戦争(wars of choice)」を仕掛ければ、勝利も容易な終結も望めない紛争に深入りすることになる。これまでのところ、中国の習近平国家主席とその側近たちは、トランプやその歴代の多くの大統領よりも、この原則をよく理解しているようだ。その状況が続く限り、優位に立つのは北京ということになる。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。彼は、現代世界を理解・展望する上で不可欠な主要概念を解説する5部構成のニューズレター・シリーズ『新しい地政学(The New Geopolitics)』著者。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.social Xアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)


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 古村治彦です。

 第二次世界大戦でアメリカは、現在の国連安全保障理事会常任理事国(米英仏中露)で連合国(Allied Powers)を形成し勝利を収めた。その後の冷戦(the Cold War)もソ連を倒して勝利を収めた。しかし、個別的な戦争では良い結果を収めていない。朝鮮戦争は引き分け、ヴェトナム戦争は敗北(撤退)、湾岸戦争は多国籍軍を率いて勝利を収めたが、アフガニスタン戦争やイラク戦争は泥沼の果てに撤退、現在のイラン戦争はイランの反撃(ホルムズ海峡封鎖やドローン攻撃)によって不利な状況に置かれている。アメリカ軍は世界最強であることは誰もが認めているところだ。そのアメリカ軍が戦闘(battle)では勝利を収めることができるが、アメリカとして戦争(war)で勝利を収めることができなのはどうしてか?

 アメリカの国益と戦争の目的がうまく合致していなかった場合に戦争に負けている。簡単に言えば、そこまで必死にならない、必死になれない戦争の場合には勝利を収めることができない。相手は必死だ。そして、各戦闘で負けても、戦争を引き延ばし、アメリカ側に多大の犠牲を強いることで、アメリカ国内に厭戦ムードを生み出し、アメリカが撤退に追い込まれるように仕向けるということになる。アメリカの国益という言葉は非常に曖昧で、使う人の考えが大きく反映される。国益ということを考えると、国家の安全と存続が最低限の内容になると考えられるが、アメリカは地理的に非常に恵まれている。敵対している国家と隣接しておらず、また、大西洋と太平洋に囲まれているのも大きい。国家の安全と存続を守りやすい。

しかし、超大国ということで、世界の平和にも責任があるという主張が出てくると、途端に事態が難しくなる。また、世界を平和に保つために、民主政治体制を拡散することを使命と考える一部エリートたちのために、積極的な海外介入が行われることで、かえって恨みや反感を買うということも起き、それが安全を脅かすということにもなっている。

 問題は、失敗する戦争が繰り返されることだ。どうして、戦闘で勝てても、戦争に勝てないのかということをアメリカのエリートたちが真剣に反省することが何よりも重要だ。

(貼り付けはじめ)

なぜアメリカは戦争に負け続けるのか(Why the United States Keeps Losing Wars)

-ワシントンは誤った目的のために誤った戦争を戦ってきた長い歴史がある。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2026年8月5日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/08/05/iran-trump-lost-wars-us-military-history-strategy-geopolitics/

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ジョージ・W・ブッシュ米大統領が空母エイブラハム・リンカーン艦上でイラクにおける主要な戦闘作戦の終了を宣言した(2003年5月1日)

この記事を読んでいるあなたがアメリカ人であれば、戦争に負け続けることにうんざりしているかもしれない。私自身もそうだ。「なぜこんなことが繰り返されるのか?」と自問することもあるだろう。これは興味深くも、同時に落胆させられる謎だ。アメリカは何十年にもわたって世界最強の国であり続け、その軍事予算や純粋な軍事力は他国の追随を許さないものだが、近年の戦績は敗北続きだからだ。これには、ドナルド・トランプ政権が掲げた目標を何一つ達成できていないばかりか、イランを戦略的により有利な立場に立たせて終わる可能性が高い、現在のイランとの戦争も含まれる。

敗北した戦争のリストを見てみよう。朝鮮戦争は引き分けでした(これについては後述する)。ヴェトナム戦争は明白な敗北であり、2003年のイラク戦争やアフガニスタンでの「終わりのない戦争(forever war)」も同様だ。1999年のコソヴォ紛争も、決して勝利とは言えない。セルビアは、戦闘開始前に提示された条件よりも有利な条件で終戦を迎えたからだ。1983年の小さな島国グレナダへの侵攻(圧倒的な戦力差があり、戦争と呼ぶのもはばかられるような事案だ)を含めない限り、この数十年間でアメリカが収めた唯一の明白な勝利は、1991年の湾岸戦争だけだ。もちろん、アメリカと同盟諸国が冷戦に「勝利(win)」したことは承知している。しかし、それは例外と言えるでしょう。なぜなら、冷戦はソビエト連邦との直接的な武力衝突を伴わない「戦争(war)」だったからだ。

なぜアメリカはこれほどうまくいかないのか? 資金不足が原因でないことは明らかだ。アメリカの国防予算は巨額であり、連邦議会も求められればいつでも追加予算を承認してきたからだ。火力不足でもない。アメリカは、自国の領土から遠く離れた場所であっても、標的を破壊することにかけては依然として驚異的な能力を発揮するからだ。ドナルド・トランプ大統領とピート・ヘグセス国防長官が、イランとの愚かな戦争で高性能ミサイルの備蓄を浪費してしまったため、その能力は現在いくぶん低下しているかもしれない。しかし、勝利を収められない理由を説明する要因としては不十分だ。アメリカ軍の勇気が足りない訳でもない。アメリカ軍は、しばしば英雄的な行動をもって、自らを危険に晒すことを厭わない姿勢を持ち続けている。そして、あの「負ける」戦争担当長官(secretary of (losing a) war)がどう考えていようとも、アメリカ軍に十分なテストステロンが欠けているからなどでは決してない。

実際のところ、アメリカが戦争に負け続けている真の理由は、戦略的かつ構造的なところにある。アメリカはこれまで、自国のささやかな国益と、外国の社会をアメリカ流に作り変えるといった極めて野心的な目標とを組み合わせた「選択の戦争(war of choice)」を遂行してきた。その結果、敵対勢力はワシントンよりもはるかに強い決意で臨むことになる。彼らにとっては、自らの存続や、少なくとも独立と自律(independence and autonomy)の維持がかかっているからだ。一方、アメリカの場合は、望ましい目標ではあるものの、究極的には「死活的に重要」とまでは言えない目的のために戦っていることがほとんどだ。こうした状況下では、アメリカ以上に敵対勢力の方が、進んで犠牲を払う覚悟を持つのは当然のことと言える。非対称な紛争(asymmetric conflicts)の多くあるいは全てに見られるように、弱者が勝利するのは、戦場での決定的な勝利によってではなく、負けずに、強大国が泥沼(a quagmire)の状況に兵士や資金を投入し続けることの無意味さに気づくのを待つことによってだ。

この単純な構図は、近年の戦争の全てについて多くのことを物語っている。朝鮮半島において、アメリカは重要な国益を守ろうとしていた。もし共産主義勢力が朝鮮半島で完全な勝利を収めれば、アジアにおける冷戦の情勢に重大な影響が及ぶ恐れがあったからだ。しかし中国は、アメリカによる朝鮮半島統一の動きを自国の存亡に関わる脅威と見なし、その事態を阻止するために、最終的に少なくとも20万人の兵士(実際にはそれ以上だった可能性が高い)を犠牲にした。3年に及ぶ激しい戦闘の末、結果は実質的に引き分けに終わった。

ヴェトナムにおいてアメリカが直面したのは、ヴェトナム共産主義運動の激しいナショナリズムだった。それは、かつてフランスの植民地支配を打ち破り、決して根絶やしにできないことが証明されていた勢力だ。アメリカの指導者たちは、共産主義の勝利を阻止することが死活的に重要であると国民に説得することに、一時は成功した(主に「ドミノ倒し(falling dominos)」や「失われた信用(lost credibility)」といった誇張された恐怖を煽った)。しかし最終的には、終わりの見えない戦争に対して国民の反発が高まり、アメリカ軍の撤退を余儀なくさせ、ハノイの最終的な勝利への道を開くことになった。

イラクやアフガニスタンでの悲惨な結末も、同様の経緯をたどったものだった。サダム・フセインは絶えず問題を起こす人物だったが、2003年の時点ではすでに封じ込められており、兵器開発計画も雲散霧消し、911テロ攻撃への関与も皆無だった。したがって、中東地域を親米民主政治体制国家の海に変えようと夢見ていたアメリカのネオコンたちが何と言おうと、フセインを打倒することはアメリカの死活的な国益にはかなっていなかった。サダム・フセインの排除は容易だったが(これは彼が実際には大した脅威ではなかったことを明らかにした)、占領軍はすぐに強力な反乱勢力(a powerful insurgency)に直面することになった。この勢力は外国による支配に反対し、イランやシリアの支援を受けていた。両国とも、ワシントンの次の標的になることだけは避けたかったからだ。こうして、野心的に開始された選択の戦争は、多大な犠牲を伴う大失敗に終わった。似た話は他にもあったのではないか?

アフガニスタンにおいても、無知、理想主義、そして戦略的重要性の低さが相まって、アメリカの戦争努力は最終的に破綻した。ワシントンがオサマ・ビン・ラディンとその庇護者であるタリバンを追撃したことには正当な理由があったが、アフガニスタンを西側式の民主政体国家に変えようと居座り続けたことが、「帝国の墓場(graveyard of empires)」という悪名にふさわしい社会からの激しい抵抗を招いた。結局のところ、反乱勢力にとっては「アメリカを追い出すこと」の方が、アメリカ側にとっての「反乱勢力を打ち負かすこと」(そもそもそれが可能だったとしても)よりも重要だった。そして最終的に、トランプ大統領(当時)とそれに続くジョー・バイデン大統領が、長らく無意味なものとなっていた紛争に終止符を打った。

ワシントンの芳しくない実績の中で、1991年の湾岸戦争は明白な例外と言える。厳密に言えば、この戦争も「選択の戦争(war of choice)」だった。アメリカ自身の安全保障に対する差し迫った脅威に直面することなく、イラクによるクウェート占有を容認することも可能だったからだ。しかし、イラクがクウェートとその石油収入を支配し続ければ、湾岸地域の勢力均衡(the balance of power)が懸念すべき形で変化する恐れがあった。また、ジョージ・H・W・ブッシュ政権は、こうした無抵抗のまま行われる侵略を成功させてしまえば、危険な前例を作りかねないと懸念していた。しかし極めて重要なのは、このケースではアメリカの目標がアメリカの国益と完全に合致していたという点だ。アメリカと同盟諸国はイラクをクウェートから排除し、イラクの軍事力を壊滅させ、さらに国連による徹底的な査察を課して兵器開発計画を解体させた。しかし、ブッシュは賢明にも「バグダッドへ進軍(go to Baghdad)」して政権を打倒する道を選ばなかった。そうすることは国連安全保障理事会による承認の範囲を超えるものであり、また、分断され反感を抱く社会を占領・統治することをアメリカに強いることになったからだ。アメリカの目的は国益と合致しており、ブッシュが戦争を迅速に終結させたことから、この戦争は極めて大きな成功を収めたものと正当に評価されている。

しかし、超大国が自国の利益と目標を整合させることは容易ではない。アメリカは圧倒的な力を持ち、客観的に見ても安全が保障されているため、国家の存亡に関わるような極めて重大な利益が脅かされる事態や、第二次世界大戦時にアメリカ国民が払ったような多大な犠牲を正当化できる事態は、そう多くは生じないからだ。同時に、アメリカの力と技術的優位性は、あらゆる場所への介入を容易にし、政策立案者たちに「紛争には容易に勝利できる」と思い込ませる要因にもなっている。まとめると、問題はアメリカが戦争に弱いということではない。問題は、アメリカが往々にして「間違った目的のために間違った戦争(fighting the wrong wars for the wrong objectives)」を行っていることにある。そうした行動は、アメリカの判断に対する同盟諸国の信頼を損ない、中国のような真のライヴァルとの競争をより困難にしている。

「終わりのない戦争」への反対を掲げ、自らを「平和の候補者(peace candidate)」と称した大統領の下でさえ、なぜこうした事態が繰り返されるのか? 理由は数多くがあるが、その1つとして、アメリカの外交政策エリート層が、自らの責任を認めたり過去の過ちから学んだりすることに依然として躊躇していることが挙げられる。この問題を如実に物語っているのが、ロバート・ケーガンが『レスポンシブル・ステイトクラフト』誌のインタヴューで語った内容だ。ケーガンは、トランプがイランとの戦争に踏み切ろうとした動きを公然と批判した点では評価されるべきだが、一貫してアメリカの外交政策における強硬姿勢を支持しており、2003年のイラク戦争を公に強く主張した人物の一人でもあった。イラク戦争が過ちだったかどうかを問われた際、彼は次のように答えた。「それが過ちだったと認めることに、どんな意味があるのか​​分からない。死者が生き返ることもないのだから」。さらに彼は、自身の最大の心残りは、あの戦争によって、彼が好むような「介入主義的な外交政策(interventionist foreign policy)」に対する国民の支持が低下してしまったことだと付け加えた。

外交政策に関わる人々の間で、現時点ではMAGA支持層の多くを含め)、過ちを認め責任を取ることへの消極的な姿勢が蔓延している限り、アメリカ人は失望を味わうことに慣れざるを得ないだろう。

訂正(2026年8月10日):本記事の以前のヴァージョンには写真のキャプションに不正確な日時が含まれていた。写真は2023年ではなく、2003年に撮影された。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ウォルトは現代世界を読み解くために不可欠な主要概念を解説する5つのパートを持つニューズレター・マスタークラス『新しい地政学(The New Geopolitics)』の著者。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)

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『世界は「宗教戦争」に突入した 「神に選ばれた」支配者の使命と論理』

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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
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『トランプの電撃作戦』
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『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 以下のスティーヴン・M・ウォルト教授の論考は、是非多くの方々に読んでいただきたい内容だ。タイトルの通り、「戦争は無意味(pointless)になってきている」という内容だ。冷戦期から現在まで、アメリカは多くの戦争を戦ってきた。大きな戦争で言えば、朝鮮戦争やヴェトナム戦争であるが、これらの戦争は多額の戦費を支出し、多くの人命を失いながら、勝利することはできなかった。最近で言えば、アフガニスタン戦争やイラク戦争、イラン戦争について評価をすると、敗北となる。アメリカは自分が必ず勝てると「事前評価」をしている国に対してのみ軍事行動を取っている。それなのに失敗続きである。例外は、ジョージ・H・W・ブッシュ政権下での第一次湾岸戦争である。この時はイラクをクウェートから排除するという目的を堅持し、それ以上に拡大しなかったこともあり、戦争を無駄に拡大せずに成功を収めた。アメリカは多くの戦争を戦いながら、目的を達成できず、かえって外交での方が成功を収めている。米中国交正常化やオスロ合意、イランとの核開発に関する合意などである。

 今回のイラン戦争について考えてみると、軍事力の面で言えば、アメリカが圧倒している。イランは中東地域に限れば、軍事大国であるが、それでもアメリカには遠く及ばない。しかし、世界にとって重要なチョークポイントであるホルムズ海峡を確保し、レバノンのヒズボラ、ガザ地区のハマス、イエメンのフーシ派といった新イラン勢力を支援しながら、アメリカとイスラエル、ペルシア同盟諸国に揺さぶりをかけ、こちらも紅海の出入り口として重要なチョークポイントであるバブ・エル・マンデブ海峡にも影響を与えるという戦術で、アメリカとイスラエルに対抗し、成功している。イランも国内数千カ所を攻撃され、最高指導者アリ・ハメネイ師をはじめとする最高指導層を殺害され、また、子供を含む多くの民間人にも犠牲が出ているが、崩れることなく、対抗している。ナショナリズムと宗教の強靭さとドローンやAIなどのテクノロジーの低コストがイランに味方をしている。まさに「アメリカは戦闘(battle)には勝っているが、戦争(war)には負けている」ということになる。
 アメリカや日本でも米中戦争を懸念するふりをして、使嗾している勢力がいる。しかし、米中戦争は最も無意味な戦争になるだろう。そして、日本がそれに巻き込まれて、唆されて、中国と軍事衝突するなどということも無意味である。

 19世紀のアメリカ、そして、現在の中国は戦争から遠ざかることで国力の充実に成功した。このことを私たちは教訓として拳拳服膺すべきである。そして、日本が日本国憲法で定めている「戦争放棄」、専守防衛こそはこの教訓に当てはまるものであるということを再認識したい。

(貼り付けはじめ)

戦争は無意味なものとなってきている(War Has Become Pointless)

-軍事紛争(miliary conflict)はこれまで常に存在してきた。それがもはや意味をなさなくなってきている。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2026年7月6日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/07/06/war-iran-ukraine-israel-united-states-russia-pointless/

vladimirputinbenjaminnetanyahudonaldtrump2025001

アラスカ州アンカレッジでのロシアのウラジーミル・プーティン大統領(2025年8月15日);ワシントンでのイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相(2025年4月7日);ワシントンでのドナルド・トランプ大統領(2025年8月14日)

『戦争論(On War)』を読んだことがなくても、カール・フォン・クラウゼヴィッツの有名な格言「戦争とは他の手段による政治の延長である(war is the continuation of politics by other means)」は知っているかもしれない。彼の主張しているポイントは、戦争には常に明確な政治的目的が必要であり、その目的こそが戦略の選択や軍事力の行使のあり方を導くべきだということだ。望ましい政治的成果をもたらさない限り、戦場での華々しい戦果も無意味なものとなる。

私は最近この問題についてよく考えているが、現代世界における戦争はますます無意味なものになりつつあるのではないかと考え始めている。その様に述べるのにはかなりの躊躇がある。それは、戦争はコストが増大し、発生頻度は減るだろうという過去の予測は、ことごとく外れてきたからだ。例えば、1849年、ラルフ・ワルド・エマーソンは「戦争はもはや末期状態にあり、文明が野蛮に打ち勝つことが確実であるのと同様に、普遍的な平和もまた確実である(War is on its last legs, and universal peace is as sure as is the prevalence of civilization over barbarism)」と書いた。第一次世界大戦前には、ポーランドの銀行家ジャン・ド・ブロッホが、軍事技術の進歩によって戦争はあまりに危険なものとなり、「自滅という代償を払う以外には」不可能になりつつあると論じた。

同様の文脈で、1909年に初版が出版されたノーマン・エンジェルの『大いなる幻想(The Great Illusion)』は、相互依存関係(interdependence)にある以上、大国間戦争(great power war)がもたらすコストは、得られるいかなる利益をも上回るだろうと警告した。より最近では、ジョン・ミューラーやスティーヴン・ピンカーといった学者たちが、戦争は「時代遅れ(obsolete)」とまではいかなくとも「廃れつつある(obsolescent)」と論じたが、彼らの予想をはるかに超える規模の新たな紛争が勃発するのを目の当たりにすることになった。軍事史家の故マイケル・ハワードは、ミューラーの著書『破滅からの後退(Retreat from Doomsday)』の書評の中で、戦争が消滅しつつあるという記述を読んだ慎重な人物なら、「自分の防空壕がきちんと整備されているか確認するだろう」と皮肉を込めて述べている。

従って、戦争が消滅しつつあるとは私は言わない。戦争がなくなることはない。ただ、その無意味さが増しているだけだ。近年の歴史について考えてみよう。

第二次世界大戦以降、アメリカは数多くの戦争を行ってきたが、対等なライヴァルや他の大国を相手にした戦争はなかった。その代わり、強力な同盟国を持たない弱小国を相手に戦うことがほとんどだった。それにもかかわらず、1991年の第一次湾岸戦争や、1983年の強力なグレナダへの取るに足らない侵攻を除けば、その戦績は芳しいものではない。朝鮮戦争は引き分けに終わり、ヴェトナム戦争は明らかな敗北だった。湾岸戦争で勝利できたのは、アメリカが戦争を始めたのではなく、多くの同盟諸国の支援があり、そしてジョージ・H・W・ブッシュ大統領が「イラクをクウェートから追い出し、その軍事力を大幅に解体する」という限定的な政治目標を堅持するという賢明な判断を下したことが大きな要因だった。ソマリアへの介入は屈辱的な撤退に終わり、コソヴォ紛争は実質的に引き分け、そして現在「終わりのない戦争(forever war)」として知られるイラクやアフガニスタンでの紛争は、多大な犠牲を伴う敗北となった。ドナルド・トランプによるイランへの愚かな攻撃は戦略的な大失敗であり、支持者たちは必死になって(しかし説得力に欠ける形で)それを否定しようとしている。

これらの戦争のほとんどは、アメリカをより安全にしたり繁栄させたりするどころか、むしろ戦わなかった場合よりも悪い状況を招いた。このリストには、ピート・ヘグセス国防長官による、ラテンアメリカからの麻薬密輸容疑者を標的とした殺人を伴う作戦も加えられるだろう。この作戦は数十億ドルの費用を費やし、罪のない人々を殺害し、国際法に違反しているにもかかわらず、違法薬物の供給にはほとんど、あるいは全く効果を上げていない。一言で言えば、これらの戦争は無意味なのだ。

それでは、旧ソ連や今日のロシアはどうだろうか? 1979年のアフガニスタン侵攻は、ソ連の経済問題を悪化させ、最終的な崩壊の可能性を高めることになった大きな失策だった。2022年のウクライナ侵攻も同様に、多大な犠牲を伴う泥沼の戦いとなっている。4年にわたる戦争と数十万人の死傷者を出した末にウラジーミル・プーティンが得たものといえば、ウクライナの当初の領土の約20%に過ぎない。ロシアがこの戦争を始めた主な狙いは、ウクライナが西側諸国に接近するのを阻止することにあったかもしれないが、プーティンは自軍の能力、ウクライナ側の抵抗の粘り強さ、そしてキエフが他国から支援を取り付ける能力を明らかに読み違えていた。たとえこの戦争が、ロシア側の切実な安全保障上の懸念に一部起因していたとしても、今となってはその意義はますます失われているように見える。さらに忘れてはならないのは、シリアのバシャール・アサド政権を支えようとしたロシアの試みが結局は失敗に終わったこと、そしてアフリカ各地の独裁者への支援も、最近になって考えると、決して得策とは言えない状況にあるということだ。

イスラエルについて考えてみよう。イスラエルは数多くの戦術的勝利を収めてきたが、それらが永続的な戦略的利益をもたらすことはないようだ。ガザ地区でのジェノサイドはハマスを壊滅させていないし、幾度となく繰り返される爆撃やレバノン南部への再占領も、ヒズボラを排除するには至っていない。爆撃によって勝利を手にできるという信念は、イスラエルを安全にするどころか、むしろ「ならず者国家(a pariah state)」へと変貌させ、アメリカとの特別な関係を危うくしている。ヨルダン川西岸地区におけるパレスティナ人への継続的な不当な扱いに加え、イスラエルの戦争中毒(Israel’s addiction to war)は、近隣諸国の多くとの関係正常化を阻んでいる。本来なら、こうした国々との終わりのない戦争よりも、関係正常化こそがイスラエルの長期的な未来にとって遥かに有益なはずなのだ。(ちなみに、ハマスについても同様のことが言える。2023年10月7日にイスラエルに対して行った殺戮を伴う攻撃は戦争犯罪であり、パレスティナ独立国家の樹立という目標を前進させることには何も貢献しなかった。)

実際、どこを見ても、無意味な紛争の例ばかりを目にする。サダム・フセインは2つの戦争、イランへの侵攻と1990年のクウェート占領を始めたが、そのどちらも完全な失敗に終わった。スーダンやリビアの内戦における各勢力は、自国を疲弊させただけであり、最終的に勝利を収める側にとっても、それは「ピュロスの勝利(a pyrrhic victory、訳者註:損害ばかりが大きく割に合わない勝利)」となるだろう。サウジアラビアのイエメン介入は、数万人もの不必要な死者を出した以外には何の結果ももたらさなかったし、インドとパキスタンが時折繰り広げる国境衝突も、成功や決定的な成果とは程遠いものだ。長引くコンゴ紛争に至っては語り始めるのも嫌なほどだ。

その一方で、誰がうまくやっているだろうか? それは中国だ。それは、中国はこうした戦争の全てに関与せず、国内での国力増強(building power at home)に専念してきたからだ。科学と技術における支配の追求(pursuing scientific and technological dominance)、貿易、投資、多国間外交の場での関与、そしてグリーン技術の提供を通じて、世界的な影響力を築き上げてきた(building global influence through trade, investment, diplomatic engagement at multiple forums, and the provision of green technologies)。19世紀の大半を通じてアメリカがそうであったように、他の大国が破滅的な戦争で互いに消耗し合う間に、距離を置いて関与を避けるというのは賢明な戦略である(remaining aloof while the other major powers punch themselves out in ruinous wars turns out to be a smart strategy)ことが証明されている。

今は何が起きているだろうか? なぜ、クラウゼヴィッツの基準である、開戦者が明確な政治的目標を掲げ、それを妥当なコストで達成できたという基準を満たす戦争を見つけるのはこれほど難しいのだろうか? 考えられる理由は少なくとも4つある。

第一に、核兵器の存在が理由として挙げられる。主要大国(および一部の他の国々)にとって、核兵器を保有していることは、他国が自国に対して行える行動に明確な制約を課すことになる。核兵器は実際の戦争遂行にはあまり役に立たないが、他国による征服の試みを抑止する上では極めて有効だ。確かに、核保有国が攻撃を受けた例はある(1973年10月のエジプト・シリアによるイスラエル攻撃や、インド・パキスタン間の深刻な国境紛争など)。しかし、こうしたケースで攻撃を仕掛けた側は限定的な目標しか持っておらず、相手国を征服しようとは考えていなかった。核兵器の影が「決定的な勝利(decisive victories)」を不可能にするため、戦争の政治的目標は必然的に限定的なものとならざるを得ない。しかし、戦争で達成できる目標が限定的であれば、その目標達成のために国家が費やそうとするコストもまた、自ずと制限されることになる。

第二に、決定的な政治目標の達成をさらに困難にしているのが、現代のナショナリズムの力だ。ナショナリズムは、外国からの侵略者に対して社会が猛然と戦うよう駆り立てるからだ。アメリカはこのことをヴェトナム戦争で思い知らされたが、その教訓をすぐに忘れ、イラクやアフガニスタンで再び思い知らされることになった。プーティンもウクライナで同様の過ちを犯した。イスラエルのシオニストとパレスティナのナショナリストは互いに、相手側の国民的アイデンティティの強靭さや、自らの共同体を守るために戦う意志の強さを過小評価してきた。これこそが、あの紛争が最終的な解決を見ないまま続いている理由の1つだ。

第三に、戦争はますます無意味なものとなっているのは、グローバライゼイションと相互依存(globalization and interdependence)によって、国家は領土を拡大しなくても豊かになれるようになったからだ。アメリカは、グリーンランドのような地域を支配しなくても、そこに存在する資源や資産から利益を得ることができる。真に有望な機会があればアメリカ企業が投資を行えばよいし、あるいはそうした投資を行う外国企業とアメリカが貿易を行えばよい。また、アンドリュー・コーやジョナサン・マーコウィッツが示したように、たとえ(豊富な油田のような)極めて価値の高い領土を征服したとしても、すでに大規模かつ多様な経済を持つ国家にとって、そこから得られる経済的利益は比較的小さいものだ。極端な例を挙げれば、もし中国が台湾を円滑に併合したとしても、中国のGDP全体に上乗せされるのはわずか5%に過ぎない。これは決して無視できない数字ではあるが、それ単独で情勢を一変させるようなものではない。しかも台湾は、すでに高度に発展した経済を持っている。小規模な経済圏を持つ国では計算が異なるが、そうした国々にとっても、経済的利益のために領土を奪取するより、国内の発展を通じて豊かになる方がはるかに賢明な選択と言える。

注意:私は経済的な相互依存によって戦争が不可能になったと言わないし、ホルムズ海峡のような重要な地理的チョークポイント(chokepoints)を支配することが、一部の国家に強力な交渉力を与えるという事実を否定することもない。私が指摘したいのは、単に、国家にとって戦争よりも貿易を通じて目的を達成する方が一般的に容易だということだ。さらに、他国が「相互依存を武器化(weaponize interdependence)」できるという事実は、戦闘のコストを増大させ、大国を含むあらゆる国家にとって野心的な政治目標の達成を困難にする可能性がある。国家は今後も戦争を行うだろうが、だからといってそれが賢明な選択であるとはならない。

そして、テクノロジーとそれが現代の戦場に与える影響についても考える必要がある。F-35が誇る驚異的な技術力や、アメリカやイスラエルなどが実施する複雑な諸兵科連合(combined arms、訳者註:歩兵、戦車、航空機など異なる兵科を連携させ効果を向上させる戦術)作戦の能力に目を奪われるあまり、戦争の様相が、一見して圧倒的に優勢な敵を相手にする場合であっても、徐々に地元の防衛側に有利な方向へと変化していることを見落としてしまいがちだ。アメリカはイラクやアフガニスタンにおいて、制空権を確保し、複雑な戦場をリアルタイムで監視する能力を持ち、圧倒的な火力を誇っていたが、それでも敗北した。ロシア軍はウクライナ軍を数で圧倒しており、2022年以降、その軍事的な遂行能力も大幅に向上させているが、それでも領土を1平方キロ獲得するたびに甚大な損害を被っている。

こうした傾向は、安価でありながら高度化が進むドローンの登場(もちろんそれらも重要だが)だけが原因ではない。小火器の拡散、標的捕捉・監視能力の向上、即席爆発装置(IED)の開発、そして自爆攻撃の利用といった要因も関係しており、これら全てが敵対的な地域の占領や維持を困難にしている。言い換えれば、こうした事態の進展は、かつてアメリカが支配していた「グローバル・コモンズ(the global commons)」の範囲を縮小させ、MITのバリー・ポーゼンが「係争地帯(contested zone)」と呼んだ領域を拡大させた。この領域では、より弱い敵対勢力であっても、強大な力を持つ大国に対して甚大なコストを強いることが可能だ。アメリカ海軍は依然として強力な戦力だが、今日、ペルシア湾内を自由に航行していないのには理由がある。こうした戦争の様相の変化は、強力なナショナリズムと相まって、外国政府に圧力をかけたり、不穏な動きを見せる住民を鎮圧したりすることを、より困難なものにしている。

誤解しないで欲しいのだが、私は各国が安全保障への懸念を捨て、剣を鋤に持ち替えて軍備を放棄すべきだと言っているのではない。結局のところ、ある国が自衛のための備えを固めているからこそ、他国は費やすコストに見合うだけの利益を得ることが難しくなる。つまり、有利な勢力均衡(a favorable balance of power)を維持し、信頼に足る抑止力(a credible deterrent)を備えておくことは、依然として重要だということだ。しかし、私たちはこの状況が何を意味するのかを認識する必要がある。それは、自衛(self-defense)は容易になる一方で、侵略戦争(aggressive wars)はますます無意味になりつつある。侵略戦争は、アメリカにとっても、その他のどの国にとっても、うまくいっていない。よって、ある国について、「直ちに阻止しなければならない致命的な脅威(mortal danger that must be stopped immediately)」と「容易に崩れ去る砂上の楼閣(a fragile house of cards that will be easy to topple)」ということを同時に主張する、言葉巧みなシンクタンクの研究員やロビイスト、あるいは私利私欲に走る外国の指導者が説いてきたときは、このことを思い出して欲しい。彼らの主張は間違っているということを。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ウォルトは現代世界を読み解くために不可欠な主要概念を解説する5つのパートを持つニューズレター・マスタークラス『新しい地政学(The New Geopolitics)』の著者。Blueskyアカウント:@stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt

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 古村治彦です。

 イラン戦争は停戦状態となって二週間以上が経過した。その間に和平交渉が行われたが、合意には至らなかった。現在は動きが見えない状況にある。アメリカのドナルド・トランプ大統領は暴言を発したり、引いてみたりと尻尾を掴ませないように、世界を煙に巻いている。和平交渉はいきなり代表同士が会って話すものではない。双方の事務当局、外務担当の職員たちが条件を話し合いながら、叩き台を作っていく。現在はその作業が進められているのだろうが、双方の最高幹部クラスの意向が全く嚙み合わなければ、叩き台作り作業も難航するだろう。

 アメリカとしてはイランの核兵器製造能力を完全に除去したいというところだ。イランは体制の継続保証が欲しいところだ。ここにイスラエルの意向も絡んでくるので、話が複雑になる。また、現状では、イランのほうが有利な立場を保持しているという感じになっている。総合格闘技の試合を見た人は多いだろうが、体格が大きくて強い選手が相手を打撃で倒して上から覆いかぶさったところで、倒された選手が下から関節技や首の絞め技(チョークスリーパーなど)でかえって相手からギヴアップを奪うということがあるが、現状はそれに近い。アメリカとイスラエルの大規模空爆で、イランは大きな被害を受けた(最高指導者アリ・ハメネイ師まで殺害された)が、世界にとって重要なチョークポイントであるホルムズ海峡を封鎖する(絞め上げる)ことで、世界経済とアメリカ経済に悪影響を与え、対抗している。アメリカは戦闘(battle)で勝っているが、戦争(war)には負けているという状態になっている。

このような状況で、イランは簡単に妥協しない。そして、アメリカに消耗を強いて、嫌気がさすまで長引かせることによって、かえってアメリカから妥協や良い条件を引き出すという目論見を持っている。これは、大国と小国の間や宗主国と植民地の間などの、非対称的な戦争において採用されてきた戦略である。事態を打開しようとして、更に強硬な作戦、核兵器の使用や地上軍の投入を行えば、泥沼(quagmire)にはまり、事態は悪化してしまう。そのこともヴェトナム戦争が示している。イラン戦争は開始されるべき戦争ではなかった。そのことはトランプ以外のトランプ政権とアメリカ政府の最高幹部クラスは分かっていたが止められなかった。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の懐柔策と操縦が見事にはまり、トランプ大統領はイラン攻撃を決定した。この経緯については、このブログでもすでにご紹介した。

 トランプは長所である、自分の言葉や過去の行動に縛られない、無反省と定見のなさで、ピート・へぐセス国防長官当たりに開戦の責任を押し付けて更迭し、和平合意にゴーを出すべきだ。そして、外交政策はJ・D・ヴァンス副大統領に任せるようになって欲しい。その代わり、アメリカと世界は、トランプをあやすために、最高の栄誉や賞賛を与えるということはやるべきかもしれない。ノーベル平和賞を与えるのもその一つの方策かもしれない。

(貼り付けはじめ)

今、イランが主導権を握っている(Iran Is Calling the Shots Now)

―テヘランはヴェトナムにおけるホー・チ・ミンの戦略に従っている。

マイケル・ハーシュ筆

2026年4月23日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/04/23/iran-united-states-vietnam-trump-oil-war/

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テヘランで行われた式典で、故アリ・ハメネイ師(左上)と新最高指導者モジタバ・ハメネイ師の肖像画の下で敬礼しているイランの男子生徒(2026年4月1日)

イランはまだ「もう一つのヴェトナム(another Vietnam)」ではない。アメリカ軍地上部隊が耐え難いほどの犠牲者を出している訳でもなく、週ごとの死者数を報じる見出しもなく、アメリカ国内の街頭で大規模な反戦デモが起きている訳でもない。そしてもちろん、打ちのめされたリンドン・ベインズ・ジョンソンではなく、現アメリカ大統領ドナルド・J・トランプは、この戦争に参戦してまだ数カ月しか経っていないと誇らしげに語っている。ちなみにヴェトナム戦争については「即座に(very quickly)」勝利できたはずだと豪語している。

しかし、テヘランがドナルド・トランプ大統領にかけている圧力は、ヴェトナム戦争でジョンソン大統領を困惑させた圧力と非常によく似ているように感じられる。具体的に言えば、それは北ヴェトナムの象徴的指導者ホー・チ・ミンが執拗に追求した勝利戦略(the winning strategy)に酷似している。

戦争の早期終結に向けた協議を拒否し、トランプ大統領に停戦を無期限に延長するよう迫ることで(大統領は数日前までは延長しないと断言していた)、イラン指導部(それが誰であれ)はホー・チ・ミンの戦略を踏襲しているように見える。

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クアンチ省近郊のある地域で、ヴェトナム戦争でこの地域で戦死した兵士たちを追悼するアメリカ第一騎兵師団の兵士たちが礼拝を行う野外礼拝堂として利用されている

ホー・チ・ミンと、1960年代に彼の後継者となったレ・ズアンは、西側帝国主義国家であるフランス、そしてアメリカという二つの勢力を打ち破った。彼らは、テヘランが理解していると思われる事実、すなわち、どれほど強力な侵略者であっても、遠く離れた地からの侵略者は、自分たちよりもずっと早く戦争に飽きるということ(Aggressors from far away, no matter how powerful, will tire of war well before you do)を理解していた。ホーは1946年、フランスの植民地主義者たちにこう言い放った。「私たちがあなた方の兵士を一人殺すごとに、あなた方は私たちの兵士を一人殺すかもしれない。しかし、たとえそのような不利な状況でも、あなた方は負け、私たちは勝つだろう」。

そして、テヘランが今トランプ大統領を屈辱に陥れているように、ジョンソン大統領のますます切迫した交渉要請を繰り返し拒否したのも、ホーとレ・ズアンだった。 1967年にジョンソン大統領に宛てた書簡の中で、ホー・チ・ミンは「アメリカの爆撃およびその他のあらゆる戦争行為の無条件停止(the unconditional cessation of U.S. bombing raids and all other acts of war)」が実現するまで交渉に応じるつもりはないと明言し、「ヴェトナム国民は決して武力に屈服せず、爆撃の脅威の下での交渉も決して受け入れない(Vietnamese people will never submit to force, they will never accept talks under threat of bombs)」と付け加えた。

1960年代、ジョンソン大統領は軍事会議でハノイの頑固さを度々非難し、ローリングサンダー作戦から始まった空爆の強化と継続的な爆撃作戦がなぜ北ヴェトナム指導部を交渉のテーブルに着かせることができなかったのかと疑問を呈した。「彼らは決して諦めないだろう(I don’t believe they’re ever going to quit)」と、ある時、ロバート・マクナマラ国防長官に語った。

同様にイランでも、トランプ大統領が「深刻な分裂状態(seriously fractured)」と呼んだ指導部の兆候が見られるものの、モハマド・バゲル・ガリバフ国会議長は、テヘランは「脅迫の下での交渉は受け入れない(not accept negotiations under the shadow of threats)」と宣言した。今週、イランの交渉担当者はトランプ大統領とJ・D・ヴァンス副大統領をホワイトハウスで不安げに待たせたままだった。結局電話はかかってこなかった。さらに、イスラム革命防衛隊(IRGC)の指揮官たちよりも穏健派とされるガリバフは、テヘランは停戦を利用して「戦場で新たな切り札を見せる(to reveal new cards on the battlefield)」準備をしていると述べた。

トランプ大統領は4月21日、トゥルー・ソーシャル上で「イラン側からの提案が提出されるまで停戦を延長する(extend the Ceasefire until such time as their proposal is submitted)」と発表した。つまり、イランが主導権を握っているように見えるということだ(Iran now seems to be calling the shots)。

ハーヴァード大学ケネディ・スクールのグローバル・ヴェトナム戦争研究イニシアティヴの共同創設者兼ディレクターであるハイ・グエンは、「ヴェトナム戦争終結から50年、アメリカはイランとの戦争で再び同じ過ちを繰り返している」と述べた。

「ヴェトナム戦争時のヴェトナムと同様に、非対称戦争(an asymmetric war)において、イランはアメリカが想像もできないほどの優位性を持っている」とグエンは私に語った。彼は続けて次のように述べた。「イランは、アメリカが何千トンもの爆弾を投下することはできても、長期戦に耐えるだけの忍耐力がないことを理解している。ヴェトナムの革命家たちと同様に、イランは国家資源に関して多大な犠牲を払ってでも長期戦を戦う覚悟ができているようだ。言い換えれば、イランはアメリカにとってのアキレス腱を理解している(Iran, in other words, understands the Achilles’ heel of the U.S)」。

「これが降伏の姿だ」と元NATO米大使のイヴォ・ダールダーはブログ記事に書いた。「停戦を望んだのはトランプ大統領だった。さらなるエスカレーションをしてしまうと、イランが譲歩しないと悟り、戦争継続(長期化)による経済的・政治的な影響を恐れたからだ。もしトランプ大統領が停戦を無期限に延長するなら、イランはそれで構わない。現状では、あらゆる面で優位に立っているのはイランであり、トランプ大統領ではない。アメリカ大統領に残された唯一の切り札は、望まない戦争を再開することだけだ(The US president’s only card is restarting a war he doesn’t want)。一方、イランは残りの切り札を全て握っている(Meanwhile, Iran holds the rest of the cards)」。

指導部の大部分が壊滅したにもかかわらず、イラン・イスラム共和国はホルムズ海峡へのアクセスを掌握しており、そのコントロールをさらに強めているようだ。今週、複数の船舶を拿捕し、アメリカの海上封鎖をかいくぐって航行している。『フィナンシャル・タイムズ』紙は、貨物追跡会社ボルテクサの情報として、火曜日時点でイラン関連の石油タンカー約34隻が海上封鎖を通過したと報じている。

一方、米国防総省国防情報局長官ジェイムズ・H・アダムス海兵隊中将は、連邦議会証言の中で、イランが「数千発」のミサイルと無人攻撃機を保有していることを認めた。CBSは4月22日、4月8日の停戦開始時点で、イランの弾道ミサイルと発射システムの備蓄の約半分が依然として無傷であり、海峡の混乱に用いられるイスラム革命防衛隊(IRGC)海軍部隊の約60%も同様に無傷で残っていると報じた。

これらの数字は、停戦開始当日に「壮大な怒り作戦は戦場における歴史的かつ圧倒的な勝利だった」と宣言したピート・ヘグセス国防長官の発言と矛盾する。

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左:1964年4月26日、ワシントンで行われた記者会見で発言するロバート・マクナマラ米国防長官。背後には、様々な軍事施設を示すヴェトナムの地図が掲げられている。

右:3月2日、ピート・ヘグセス米国防長官が、ワシントンのペンタゴンで行われたイランにおけるアメリカ軍の軍事行動に関する記者会見で発言している。

実際のところ、現在、ヴェトナム戦争を最も彷彿とさせるのは、ヘグセス長官による日々の戦場での勝利宣言だろう。彼は、ヴェトナム戦争でアメリカが勝利していると国民を繰り返し欺いた「ベスト・アンド・ブライティスト(best and brightest)」マクナマラ元国防長官の漫画版のような存在だ。マクナマラは「死者数(body counts)」などの戦場における消耗戦の統計的証拠を引用することで悪名高かった。同様に、ペンタゴン職員から「愚かなマクナマラ(Dumb McNamara)」というあだ名をつけられているヘグセス長官も、破壊したミサイル、発射装置、艦船の数、そして殺害した指導者の数を挙げることで、イランにおけるワシントンの「決定的な軍事的勝利(decisive military victory)」を数値化することに熱心だ。

しかし、それはもはや1、2カ月前ほど重要ではなくなっている。1969年のヴェトナム和平に関するパリ会談について、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官は次のように記している。「私たちは軍事戦争(a military war)を戦ったが、敵は政治戦争(a political one)を戦った。私たちは物理的な消耗戦(physical attrition)を狙い、敵は私たちの心理的な疲弊(psychological exhaustion)を狙った」。

ヴェトナムは、アメリカがヴェトナム国内で十分な消耗戦を成功させるずっと前に、ワシントンにおける敵の疲弊をすでに達成していた。その結果、会談開始時にハノイは妥協を許さない姿勢を取り、キッシンジャー自身も南ヴェトナム陥落前に「和平は間近だ(peace is at hand)」と誤った宣言をするに至った。

The Vietnamese achieved exhaustion of their enemy in Washington well before the Americans

現在、イランでも同様の力学が働いている可能性がある。おそらく主な違いは、イランがホルムズ海峡を封鎖することで、経済攻撃と政治戦争の両方でトランプ大統領を急速に疲弊させようとしている点だろう。特に中間選挙まであと6カ月という時期に、これはトランプ大統領と彼の党に深刻な打撃を与える可能性がある。

「テヘランはハノイと同じ計算をしている可能性が高い。つまり、アメリカの空爆による懲罰を耐え忍び、真剣な交渉を拒否すれば、長期化する決着のつかない戦争(protracted indecisive war)に対するアメリカ国民の支持は徐々に低下し、ワシントンは交渉でより多くの譲歩を迫られることになるだろう」と米海軍兵学校の歴史家ブライアン・ヴァンデマークは述べている。

ヴェトナム戦争は経済的にもジョンソン大統領に打撃を与えた。戦争支出はジョンソン大統領と彼が熱望した「偉大な社会(Great Society)」プログラムにとって財政危機を招き、最終的には高インフレと民主党の壊滅的な選挙敗北につながった。

しかし、イランが握っている支配力(the chokehold)は、かつてホー・チ・ミンが享受していたものよりもはるかに強固で、即座に効力を発揮し、世界中のエネルギー価格を高騰させている。国際通貨基金(IMF)によると、ホルムズ海峡の封鎖は既に史上最悪の石油供給途絶(oil supply disruption)であり、世界的な景気後退につながる可能性がある。

それでも、株式市場をはじめとする各種指数は堅調に推移しており、トランプ大統領は劣勢を示唆する様子を全く見せていない。まるで時間には余裕があるかのように振る舞っている。4月21日のCNBCのインタヴューで、トランプ大統領は第一次世界大戦以降のアメリカの過去の戦争への関与に関する疑わしい数字を羅列し、現在の紛争はまだ「5カ月」しか経っていないと主張した(実際には3カ月程度)。「ヴェトナム戦争はもっと早く勝てたはずだ。もし私が大統領だったら、イラク戦争も私たちが勝利したのと同じ期間で勝てたはずだ。なぜなら、私たちはここで実質的に勝利したのだから」と彼は述べた。

しかし、今のところ、勝利したと言えるものはほとんどないようだ。

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テヘランでイスラエルとアメリカの共同攻撃現場を清掃する作業員たち(4月7日)

大国が小国に侵攻しすぎると、911以降、ワシントン自身も痛感したように、大国が犯す戦略的な過ちはあまりにもよくある。実際、トランプ政権は、地上部隊の派遣を可能な限り避けることで、イラクとアフガニスタンの泥沼化を回避しようとしてきたことを明確にしている。

アフガニスタンでは、アメリカが20年にわたる断続的な平和維持活動の末に撤退する前、タリバンは「あなたたちは時計を持っているが、私たちには時間がある(You have the watches, but we have the time)」とよく言っていた。ヴェトナム、イラク、アフガニスタンに共通するのは、ヴェトコン、イラクのジハード主義者、タリバンといった民族主義的な抵抗勢力は、強力な外国の占領者でさえも、その存続期間を凌駕することが多いという点だ。

前述のグエンが述べたように、「戦後、マクナマラは、アメリカがヴェトナムで敗北した理由の一つは、ヴェトナムが長年にわたり侵略と戦ってきた歴史を理解していなかったことだと述べた」。

昨年6月、トランプ大統領がイランの核施設に対するアメリカ・イスラエル共同作戦に関与した後、こうした紛争に懐疑的なことで知られるヴァンス副大統領は演説で次のように述べた。「私が『トランプ・ドクトリン(Trump Doctrine)』と呼ぶものは至って単純だ。第一に、明確なアメリカの国益を表明する。この場合、それはイランが核兵器を保有してはならないということだ。第二に、その問題を積極的に外交的に解決しようと試みる。そして第三に、外交的に解決できない場合は、圧倒的な軍事力を用いて解決し、長期戦に発展する前にさっさと撤退する」。

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左:リンドン・B・ジョンソン米大統領はヴェトナム戦争に関する演説の準備のためホワイトハウス閣議室の机上の書類に目を通している

右:ドナルド・トランプ米大統領は3月16日、ワシントンDCのホワイトハウス大統領執務室で書類に署名する準備をしている

トランプ大統領は、この件に関して明確な目標について言及しておらず、もし最終的にイランを交渉のテーブルに着かせたとしても、アメリカはバラク・オバマ元大統領が2015年に締結した核合意と同様の妥協を受け入れざるを得なくなる可能性が高まっている。これには、イランが保有する核兵器開発寸前の濃縮核物質(Iran’s nearly-bomb-ready enriched nuclear material)をどう扱うかという問題も含まれる。トランプ大統領が破棄する前の合意では、イランは核物質の98%を国外に搬出することが義務付けられていた。現在、トランプ大統領はイランが核物質を引き渡すと主張し続けているが、テヘラン側はそのような譲歩(concession)は一切していないと述べている。

アトランティック・カウンシルのステラティジストC・アンソニー・プファフ退役米陸軍大佐は「強国の利益が限られている場合、弱い国が強い国に勝つケースはよくある。なぜなら、強い国の方が弱い国よりも先に撤退の限界点(its threshold to quit)に達するからだ」と述べた。

プファフは続けて「今回のやり取りもまさにそうだ。たとえ私たちがテヘランに対して、彼らの視点から見て妥当な要求を提示したとしても、彼らはさらなる譲歩を求めるだろう」と語った

※マイケル・ハーシュ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。『資本攻勢:ワシントンの賢人たちはどのようにしてアメリカの未来をウォール街に渡し、我々自身と戦争を行ったのか(How Washington’s Wise Men Turned America’s Future Over to Wall Street and At War With Ourselves)』と『何故アメリカはより良い世界を築くチャンスを無駄にしているのか(Why America Is Squandering Its Chance to Build a Better World)』の2冊の本の著者でもある。Xアカウント:@michaelphirsh

(貼り付け終わり)

(終わり)

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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
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『トランプの電撃作戦』
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『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 日本は「戦前」と「戦後」の区別ははっきりとしている。太平洋戦争における敗北がその分岐点だ。日本は敗戦を受け入れ、アメリカ軍を中心とした連合諸国の占領(ほぼアメリカ軍だが)を経験した。1945年の敗戦からは日本にとっては「戦後」だ。一方、アメリカではそのような区別はない、なぜならばそれ以降も幾度も戦争を繰り返しているからだ、という話を聞いた。

確かに冷戦期においては朝鮮戦争とヴェトナム戦争で大きな犠牲を払っている。また、湾岸戦争も2回実施された(1991年と2003年)。日本の「戦後」である75年の間に10年以上は戦争をしているということになる。

 今回ご紹介する論考は、この75年間にアメリカが戦った戦争は、日本との戦争とは大きく異なり、完全勝利もその後の敗戦国の体制転換ももたらさなかった、ということから、マッカーサーが使った「偉大な勝利」はなかった、ということを論じている。アメリカ国民には受け入れがたいほどのコストがのしかかりながら、完全勝利を得ることはできなかった、その子で国民は苦しみ、不満を持ってきたということだ。
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 1945年9月2日に東京湾のアメリカ戦艦「ミズーリ号」(現在はパールハーバーに展示されている)の艦上での降伏文書調印式が実施された。この時の写真や映像は残っており、今でもテレビで放映されたり、雑誌に掲載されていたりする。しかし、これ以降、このような完全な勝利による、敗戦国側がおずおずと儀式に出てきて降伏文書に調印するというような戦争をアメリカは経験していない。言われてみれば、アメリカ側が得意の絶頂になって、勝利を見せつけるということができたのは、太平洋戦争が最後だ。

 このような完全勝利(日本の無条件降伏)ならば、アメリカ国民もある程度の犠牲やコストを甘受しただろう。しかし、その後はこのような完全勝利を得られるどころか、コストに結果が伴わないということが続いている。しかし、無敵アメリカ軍、という印象や日本の降伏と民主化という「幻影」に縛られている。イラク戦争が一応の終結を見た後に、ポール・ブレマー連合国暫定当局(CPA)代表をダグラス・マッカーサーと比べる記事や日本の民主化についての記事がアメリカでも多く出たが、とても成功したとは言えない。

 大成功を収めた後ほど怖い、という処世訓がある。アメリカの場合はこの庶民の私たちが持つ処世訓通りの75年間を過ごしてきたことになる。

(貼り付けはじめ)

日本の無条件降伏がもたらした危険な幻想(The Dangerous Illusion of Japan’s Unconditional Surrender)

-これまでの数十年間、アメリカの外交政策は第二次世界大戦を終わらせた方法によって、かえってよくない方向に捻じ曲げられてきた

マーク・ガリッキオ筆

2020年8月13日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/08/13/vj-day-the-dangerous-illusion-of-japans-unconditional-surrender/

1945年8月15日の夜明けを迎える少し前、国営放送は日本国民に対してその日のうちに天皇からのメッセージがあるので注意するように求める放送を行った。日本全国で、人々は不安の中で、初めて耳にする「玉音(the jeweled voice)」を待った。ほとんどの国民は、天皇が最後まで戦い抜くことを求めるメッセージを発するものと考えていた。国民が耳にしたのは、甲高い、早口の古い日本語で書かれたメッセージであって、国民の多くには理解できなかった。玉音放送の後に解説者が出てきて、天皇は降伏に同意したと説明し、そこでやっと国民は戦争が確かに終わったことを知った。

このニュースがワシントンに達した時、すぐにお祝いが始まった。しかし、戦争を終結させるための正式な儀式は9月2日の日曜日まで待たねばならなかった。日本の正式な敗北はアメリカ海軍戦艦ミズーリ号の艦上で発効した。降伏文書は連合国と日本の代表者によって署名された。この文書は大日本帝国大本営と日本の管理下にある全ての武装勢力が無条件降伏(unconditional surrender)することを宣言した。降伏文書には、天皇と日本政府の権威はアメリカのダグラス・マッカーサー大将の指揮下に入り、全ての文官と軍人はマッカーサーに従うように命じた。調印式の最後に、マッカーサーはマイクの前に立ち、世界中の聴衆に向かって来示を通じ得ての演説を始めた。現在では有名になっている演説は次のように始まった。「本日、銃は静まった。大規模な悲劇は終わった。大きな勝利が勝ち取られた(A great victory has been won)」。

日本の降伏後、日本の非武装化、経済、政治、社会のそれぞれの機構の改革、新憲法の制定、中国と東南アジアに展開していた戦闘では敗れていなかった日本軍の降伏と言ったことが続いた。これらすべては天皇に対するアメリカの影響力によって実行されたものだ。天皇は日本軍に無条件降伏を命令した。飛行機が上空を飛び交い、米第三艦隊所属の200以上の艦船が東京湾を埋め尽くす中で、アメリカの力が全ての場所で誇示された。アメリカ人が戦争における完全な勝利の中にいて、征服した敵に対して自分たちの意思を押し付けることができるということがこの時をもって最後になるなど、この時に参加していた人々は誰も知らなかった。東京湾における軍事力の誇示は日本国民を畏怖させる意図で実施された。しかし、それだけではなく、軍事力によって達成できるものについての誤った印象を増進させることにもなった。

19世紀以降、社会的な発達と技術的な発達によって、戦争は高いコストがつくものとなった。軍事力を通じて国家目的を達成することは政治的に受け入れがたいほどのコストが発生するリスクが大きくなった。近代戦争において国民が総動員されることは、交戦諸国に対して大きなプレッシャーとなり、勝利国であっても極限での犠牲が大きくなってしまうことになった。アメリカが日本と戦争状態に入った時、アメリカの戦略家たちは、日本本土を孤立させ、幸福を促すために、主に海軍力を使うことでそうした運命に陥らないようにすることを望んだ。この目的のために最初に必要なことは日本帝国海軍の艦隊を壊滅することだった。1945年春までに、アメリカ空軍による日本の諸都市への繰り返しの爆撃によって日本の絶望状態が進んだ。それにもかかわらず、日本政府はアメリカ側が受け入れられる条件を出すことを拒絶した。戦争は継続した。

1945年8月までに、アメリカ陸軍は、太平洋戦争において最も厳しい戦いを経験の少ない新兵が補充された、疲れ切った師団で戦うための準備を行っていた。苛立ちを募らせた国民と批判的な政治指導者たちは、日本の無条件降伏と同義とされた勝利が受け入れ可能なコストで達成されるのかどうか疑問を持った。2発の原子爆弾とソヴィエトの対日参戦はそのような議論を終わらせ、誰も想像しなかった素早い決定がなされた。運命の突然の逆転は、後の世代が、日本の抵抗とアメリカ国内の分裂のためにアメリカの戦略がどれほど混乱したかが分からなくなってしまった。また東京湾上での降伏文書調印儀式は、後の世代に、「戦争の終わりはこうであらねばならない」、そして「これは再現できることなのだ」という考えを植え付けた。

アメリカの次なる戦争は、時期と場所だけが太平洋戦争のパターンにそっくりなものとして出てきた。朝鮮戦争は奇襲攻撃から始まった。この奇襲攻撃によって、アメリカと同盟軍は後退を余儀なくされ、国連による攻勢によって体勢を立て直すに至った。仁川(インチョン)の二正面による上陸作戦の成功は、マッカーサーが第二次世界大戦において行ったニューギニア北部で行った飛び石作戦を思い出させるものとなった。この成功によって、北朝鮮への侵攻と完全勝利への期待が高まった。中国人民解放軍の介入によってこれらの希望は打ち砕かれた。そして、国連は長期にわたる、徐々に人々からの支持を失っていった戦争を戦うことになった。そして、戦争目的は限定的なものとなった。朝鮮戦争においては、アメリカの戦艦の艦上で敵の降伏を受け入れるということもできないものとなった。戦争は板門店のテントの中で、厳しい停戦交渉の末に実現した。

アメリカがヴェトナムに直接介入する時までに、戦闘における核兵器の使用は不可能だという戦略的分析が既になされていた。特にアジアにおいてはそうだとされていた。広島で核兵器が使用されてからの10年間、アメリカの戦略家たちは、アジア地域における核兵器の使用について、使用してしまうと、地域に住む人々に対して「地域の人々の声明についてアメリカ人は無関心なのだ」という認識を与えてしまうという結論を出した。核抑止力の短所を埋めるために、アメリカの軍事思想家たちは、許容できるコストで勝利を生み出すための最善の方法として、機動性と戦術的な空軍力使用を強調する制限戦争という戦略を主張した。アメリカは限定的な目的を設定した。それは非共産主義のヴェトナムの防衛であった。朝鮮半島における中国の介入がまた繰り返されることを恐れて、政府高官たちは、北ヴェトナムに対する地上戦を排除したが、敵の戦争継続能力を破壊することを究極の戦争目的とする軍事戦略を採用した。アメリカは個々の戦闘では常に勝利したが、戦争の勝利は朝鮮戦争の時よりも曖昧なものとなった。

結果は異なっているが、日本との戦争、朝鮮戦争、そしてヴェトナム戦争の間には共通点も見られる。その一つは、アメリカ軍に対して多大な死傷者を強いる一方で、敵は想像を絶する損失に苦しむことを自ら進んで行ったというものだ。もう一つは、アメリカ国民、特にビジネス界と政界の指導者たちが長期戦に伴う犠牲を受け入れ難く考えていたことだ。

歴史的に見て戦争は優柔不断の方向に引きずられてしまうということの証拠としてこれらの共通点を見ることができる。その代わりに、軍事専門家たちは、朝鮮戦争とヴェトナム戦争は、アメリカ人が限定戦争には向いていないことだけを証明したと結論付けた。その救済策はパウエル・ドクトリン(Powell Doctrine)だった。これは1990年代初めのアメリカ軍統合参謀本部議長の名前にちなんでつけられた。この新しい考え方は、二度とヴェトナム戦争のようなことが起きないためとするものだった。その内容は、アメリカはこれから勝てる戦争しか戦わないというものだった。コリン・パウエルはこの考えを1991年に実行に移した。1991年、アメリカと同盟諸国はイラク軍からクウェートを解放した。「砂漠の嵐」作戦は、サダム・フセインをイラクに押し戻すことに成功した。しかし、その目的が達成された後、パウエルはそのままイラクに侵攻すれば、ヴェトナム戦争の時同じ泥沼にはまるのではないかという恐怖感を持った。そこで、攻撃を停止した。軍事上の成功に対する祝意は、失望に変わった。それはサダム・フセインが権力の地位にとどまったことで、アメリカ人には不完全な勝利ということになり、不満が残った。

それから10年後、デジタル革命とそれに付随する武器の進歩によって、新しい世代のアメリカの政治指導者たちは、軍事面での革命を実現したのだと考えるようになった。戦争の新方式の主導者たちは、いわゆる「戦場の全方位における優越(full-spectrum dominance of the battlefield)」を確信しており、これによってアメリカはより低いコストで大きな勝利を得ることができると考えた。軍事に関する革命についての最初のテストは、パールハーバー奇襲攻撃を思い出させることになる911事件のテロリスト攻撃の後に実行された。

911事件の首謀者たちを標的とする限定的な攻撃によって対応する代わりに、アメリカは拡大されたテロリズムに対する世界規模の戦争に乗り出した。第一段階は2001年10月に「不朽の自由」作戦として、アフガニスタンへの侵攻で始まった。第二段階は、「イラクの自由」作戦として2003年3月に始まった。両作戦は共に、中東地域への民主政治体制の拡散のためのより大規模な戦役の計画が実現されたものだった。

2002年10月、ジョージ・W・ブッシュ政権はイラク侵攻を真剣に検討した。軍事面の計画立案者たちは日本占領をイラク侵攻についてのガイドと考えていた。ドイツとは逆に、日本は最も望ましいモデルであった。それは、日本は占領期間中に分裂することなく、統一を保ち、アメリカが非西洋国に民主政治体制を植え付け育てることができることを証明したということが理由であった。しかし、イラクは日本のようにはいかなかった。少なくともブッシュ政権が想像したようにはいかなかった。

2003年4月1日、アメリカのイラク侵攻が始まって2週間後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官はイラクの政権の無条件降伏を求めると宣言した。2007年8月、アメリカ軍はイラクでまだ戦闘を続けていた。戦闘が長引くようになり、ブッシュ大統領は、自分の父親たちの世代が獲得した勝利と同様の勝利で「テロとの戦争」は勝利するだろうと語りかけた。対外戦争従軍復員軍人会の会合に出席し、ブッシュはたとえ話から演説を始めた。ブッシュは演説を次のように始めた。「ある良く晴れた日の朝、数千のアメリカ人が奇襲攻撃で殺害され、私たちを世界中に進出させることになる、戦争に私たちの国は入ることになりました」。

ブッシュは続けて次のように述べた。「私が述べている敵とはアルカイーダのことではありません。奇襲攻撃は911事件のことではありません。帝国はオサマ・ビン・ラディンが夢想する急進的なカリフが統治する帝国のことではありません。私が述べているのは、1940年代の日本帝国による戦争マシーン、日本帝国によるパールハーバーへの奇襲、日本帝国による東アジア地域への帝国の拡大、ということです。」中東地域での民主政治体制の拡散という試みと努力を無駄だとする批判者たちを非難するために、ブッシュは、聴衆たちに対して、日本の民主化については当時の専門家たちも疑念を持っていたことに注意するようにと述べた。

ブッシュ大統領が演説をした時までに、アメリカ国民は既に中東での十字軍遠征に対する熱意を失っていた。1945年夏のアメリカ国民と同様、アメリカ国民は怒りに任せて始めた戦争についてすでに過去のこととして関心を失い、国内問題に関心を集めるようになっていた。ほとんどのアメリカ国民にとって、中東での完全勝利の代償はその価値を超えるものとなっていた。

アメリカ人が日本との戦争終結75周年を記念する際、2発の原子爆弾とソヴィエトの参戦によって日本の無条件降伏は促されたということを思い起こすことになるだろう。偉大な勝利が勝ち取られた。短い間、ほんの短い間、アメリカは歴史の法則から自由になった。そして、国民が受け入れられるコストで勝利を得ようと苦闘する他の国々の運命からも免れた。そのような瞬間は二度と戻ってこない。また、そのようなことが実現できると期待すべきではないのである。

※マーク・ガリッキオ:ヴィラノヴァ大学歴史学教授。『無条件:第二次世界大戦における日本の降伏(Unconditional: The Japanese Surrender in World War II)』著者

(貼り付け終わり)

(終わり)

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アメリカ政治の秘密
harvarddaigakunohimitsu001
ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
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