古村治彦です。
2022年2月に始まったウクライナ戦争は2年半を超えて、戦況は膠着している。この表現は定型のようになってしまっている。ウクライナが状況を自分たちに有利にする方法は今のところない。西側諸国は支援を続けているが、実質的にウクライナを助けている訳ではない。ウクライナを使ってロシアに出欠を強要しているだけのことだ。一番損をしているのはウクライナ国民ということになる。本当に助ける気があるのなら、西側諸国が連合軍を作って、ウクライナで実際に戦えばよい。しかし、それをやればロシアもまた戦争の段階を引き上げて、最悪の場合には核戦争ということになりかねない。ロシアからの反撃を受けないで、ウクライナが自分たちに有利な状況を作るという不可能な目標を立てて、惰性で戦争を続けているだけのことだ。
以下の記事は紹介しようと思いながら、紹介してこなかった、スティーヴン・M・ウォルトによる古い記事だ。今年の8月にウクライナはロシア領内への攻撃を行い、小さい部分であるが、占領をしている。これも条件交渉の材料になるということになるが、あまりにも小さい部分で、その効果は大きくないように思われる。また、「ロシア領内に侵攻」という言葉のインパクトはあったが、実質は表面をちょっとひっかいたという程度のことで、大勢(たいせい)に大きく影響しなかった。ここがウクライナのできる限界点ということになるだろう。
アメリカ国民は、「ウクライナ戦争を止めさせる」と主張するドナルド・トランプを大統領に選んだ。アメリカが資金を出さなければ、ウクライナは戦争を続けることはできない。資金が枯渇する前の段階で、ウクライナは停戦交渉に応じなければならない。なぜなら、戦えなくなってからの交渉では、無条件降伏に近い形になってしまうからだ。ここのタイミングはトランプ政権が正式発足してから数カ月の間で実施されることになるだろう。トランプがロシアのウラジーミル・プーティン大統領に「ウクライナの話も少しは聞いて条件を組んでやってくれ」と求めることになるだろう。アメリカはウクライナ支援を続け、ロシアへの正妻も行っている関係上、仲介者として不適任となれば、中国の習近平国家主席が仲介に乗り出すということも考えられる。ウクライナ戦争が終結して、地域が安定すれば、世界的な物価高にも好影響をもたらすことになるだろう。
私は2022年3月から、このブログで早期停戦を主張してきた。ウクライナ軍がロシア軍の進軍を阻止した時点で、ウクライナ軍の英雄的な行動の効果を使って、色々な条件を付けられると考えていた。しかし、実際には戦争は長引き、犠牲者は増え、ウクライナは国土の20%を失った。まだ条件を交渉できるうちに、停戦交渉を行うべきだ。
(貼り付けはじめ)
ウクライナによるクルスク攻勢の先が見えない意味(The Murky Meaning
of Ukraine’s Kursk Offensive)
-短期的な成功が必ずしも長期的な効果をもたらすことにはならない。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2024年8月28日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2024/08/28/ukraine-kursk-offensive-war-ceasefire-russia-meaning/
ウクライナがロシア西部のクルスク地方に攻め込んだ後、クルスクでウクライナの攻撃によって破損した建物を見る地元ヴォランティア(2024年8月16日)
ウクライナのロシアへの奇襲反攻(surprise counteroffensive)は、戦争の重要な転換点なのか、無意味な枝葉の行為なのか、それともキエフ側の戦略的失策なのか?
短期的にはほぼ成功しているが、重要なのは中長期的な視点である。西側の対ロシア政策全般、特にウクライナ戦争に対して、より広範な意味を持つのだろうか?
2022年2月にロシアが侵攻して以来、戦局は何度も一進一退を繰り返してきた。そのため、ある程度の謙虚さは必要である。ほとんどの戦争がそうであるように、能力面でも決意面でも、両方の側の限界点(breaking point)がどこにあるのかを正確に知ることは不可能であり、第三者が新たな展開にどう反応するかを予測することも難しい。そうではあるが、ウクライナのクルスク地方への侵攻がウクライナの運命に大きな好影響を与えると考える理由はほとんどない。
確かに、この攻撃は既にキエフに明らかな利益をもたらしている。ウクライナの士気を大いに高め、キエフが大きな敵との消耗戦に巻き込まれ、勝つことも長引くこともできないという懸念を払拭するのに役立った。戦争を再び表舞台に押し上げ、西側諸国の支援強化を求める声を強めた。ロシアの情報と準備態勢に重大な欠陥があることを露呈し、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領を困惑させたかもしれない。しかし、この侵攻によってプーティン大統領の決意が弱まったとか、ドンバスでのロシアの前進が鈍ったという兆候はない。
ウクライナが戦場でいくつかの成功を収めているのを見るのは心強いが、この作戦が戦争の結果に影響を与える可能性は低い。良い面としては、この攻撃ではウクライナ側の見事なイニシアティヴと驚くべきレヴェルの秘密作戦が示され、そのため侵攻軍が不十分な数の訓練を受けたロシアの守備兵に直面したのである。ある意味、この攻撃は2022年秋にハリコフで成功したウクライナ軍の反撃に似ていたが、これもまた戦術的な奇襲を達成し、数で劣り経験の浅いロシア軍と対峙した。
残念ながら、これらのエピソードから、1年前のウクライナの攻勢を阻止したような、十分な準備と人員を整えたロシアの防衛力に対してウクライナが地歩を固めることができるかどうかはほとんど分からない。更に言えば、クルスクの作戦では、ロシア軍よりもウクライナ軍の損失が大きくなる可能性があり、これはウクライナにとって維持できる交換比率ではない。クルスク戦線での最近の成功をもって、欧米諸国の追加援助でウクライナがドンバスやクリミアを奪還できると結論づけるのは大きな間違いだ。
なぜなら、この2つの国家はまったく異なる状況に直面しているからだ。双方とも多くの兵力と装備を失ったが、ウクライナの方がはるかに多くの領土を失っている。公表されている報告によれば、ウクライナは現在、ロシア領の約400平方マイルを占領し、およそ20万人のロシア人をこれらの地域から避難させている。この数字は、ロシアの総面積の0.0064%、人口の0.138%に相当する。対照的に、ロシアは現在ウクライナの約20%を支配しており、戦争によってウクライナの人口の35%近くが避難を余儀なくされていると言われている。キエフが最近占領した領土にしがみつくことができたとしても、交渉の切り札にはならないだろう。
ウクライナの運命は、クルスク作戦によってではなく、ウクライナで何が起こるかによって決まる。重要なのは、戦場で犠牲を払い続ける意志と能力、ウクライナが他国から受ける支援のレヴェル、そして最終的にウクライナの未占領地域を無傷のまま安全に残す協定が結べるかどうかである。そのためにも、アメリカとヨーロッパはウクライナを支援し続けるべきだが、この支援は、停戦と最終的な和解を交渉するための真剣で感傷的でない努力と結びつけられるべきである。残念なことに、アメリカの高官たちは、たとえ親密な同盟国であっても、その同盟国がアメリカの支援に依存しており、停戦が明らかにアメリカの利益になる場合であっても、停戦に同意させる方法を忘れてしまっているようだ。
クルスク攻防戦は少なくとも2つの問題を提起しているが、そこから正しい教訓を引き出すことが重要だ。最初の、そして最も明白な教訓は、ロシアの限られた範囲と圧倒的な軍事的パフォーマンスを思い起こさせるものだ。2022年以来、タカ派はプーティンがロシア帝国、ひょっとしたらワルシャワ条約機構を復活させることに執念を燃やしており、ウクライナは既存の秩序に対する新たな攻撃を開始する前の第一歩に過ぎないと説得しようとしてきた。この戦争におけるロシアの度重なる失策、そして成功したロシアの前進でさえも氷河期のようなスピードで進んでいることを考えると、ロシアがヨーロッパの他の地域に対して深刻な軍事的脅威をもたらすと信じることができるだろうか?
脅威を煽る人たちは、ウクライナへの支持を強めるためにこの厄介者を利用してきたが、恐怖戦術に頼ることは通常、戦略的判断を誤らせることにつながる。
第二に、ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領を含む何人かの論者たちは、キエフがロシアへの侵攻に成功したことは、ウクライナの活動に対する既存のレッドラインやその他の制限を破棄すべきであり、西側諸国(the West)はウクライナが望む形でロシアに戦いを挑むことを許すべきだと示唆している。ウクライナ軍がロシアのエスカレーションを誘発することなく、ロシア領土に侵入できるのであれば、それはプーティンが張り子の虎(paper tiger)であることの証明であり、彼の以前のエスカレーションの脅し(核兵器への言及を含む)は、今やブラフであり、そのブラフが破られたことを意味する。
このような主張は、ウクライナにもっと良い武器を持たせ、その使用制限を解除させるためのものであり、ウクライナの指導者たちがこの考えを推し進めることを責めるつもりはない。しかし、ウクライナが何をしようとエスカレーションの危険はないという主張は断固として否定されるべきである。実際、ウクライナがロシア領内への侵攻を決断したのは、自国にとって不利な流れを逆転させるための危険な試みと見ることができる。これとは対照的に、プーティンはドンバスで自軍が勝利している場合、エスカレートする動機がない。ロシアがエスカレートする危険性があるのは、モスクワが壊滅的な敗北に直面した場合だけだ。
問題は、現在進行中の戦争がエスカレートする危険性だけではない。私たちは、戦闘を終わらせるための真剣な外交的努力を避けながら、おそらく到達不可能であろうと公言されている戦争努力を援助することに道徳的に問題がないかを自問すべきだ。現在の政策がもたらすであろう結果は、明白な政治的目的もなく、より多くの人々が死ぬということだ。ロシアとウクライナの戦争に交渉による解決を求めることは、自己利益と道徳(self-interest and morality)が一致した事例の1つである。ウクライナの最近の軍事的成功は、ウクライナが生き残ることはできても勝つ見込みのない高価な戦争を長引かせる口実としてではなく、真剣な停戦交渉を開始する機会としてとらえるべきである。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。「X」アカウント:@stephenwalt
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