古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:冷戦

 古村治彦です。

 アメリカの国力低下と中国の台頭という現象が起きている。これは世界の構造が大きく変化していくことを示している。私たちは西洋近代600年の支配構造が変容し、新たな世界になっていく道筋の入り口に立っていると言える。国際政治におけるアメリカの地位と影響力は低下し、中国の存在感は増大し続ける。アメリカと中国は多くの面で違いがあるが、外交政策においてはその違いは顕著である。以下の、ウォルトの論稿ではその違いについて、以下のように主張している。

中国は外交政策で国家主権を強調し、他国とビジネスライクな関係を維持している。一方、アメリカは普遍的な自由価値観の推進者としての立場を取り、民主政体を広める使命を持つと信じている。アメリカの外交政策はしばしば他国の人権や民主化を重視し、中国の現実的アプローチから学ぶ必要性がある。このような中で、アメリカは自己の基準に合致しない場合もあり、これにより偽善の非難を受けやすい状況にある。結論として、中国の成功とアメリカの失敗から学び、他国の間違いだけでなく正しい点からも教訓を得るべきである。

 アメリカは介入主義的な(interventionist)外交政策を推し進め、アメリカの価値観を拡散することで、世界の秩序を維持しようとした。中国は現在、内政に干渉することを控え、中国の価値観を押し付けるようなことはしていないし、そもそもそれは不可能である。アメリカは超大国として介入主義的な外交政策を実行するだけの国力を維持してきたが、中国はそこまでの余裕がない。しかし、そうした制限がかえって、中国の外交政策を抑制的なものにしている。アメリカは国力の低下もあり、海外への介入や関与はこれまで通りにはいかない。それが苛立ちを招いているが、アメリカ国民の多くは、「これまで外国には十分にしてやった。これからはアメリカ国内の疲弊している地域を建夫なすことに注力すべきだ」という考えになっている。アメリカはこれから、抑制的な外交政策を採用しなければならない。そのために中国から学ぶべきというのが下の論稿の趣旨だ。

 バラク・オバマ元大統領が世界の警察官を辞めると発言して10年近く経過した。その後、ドナルド・トランプ大統領が出現し、アメリカは世界で戦争を行わなかった。トランプ大統領については賛否両論激しいが、この点は評価すべきだ。世界構造は、アメリカ一極から米中二極へと転換していくことが予想される。そして、長期的に見れば、非西洋の、グローバルサウスが世界の中心になっていく更に新たな世界構造になっていく。そこでは様々な価値観が共存していくことが必要となる。日本はこれから、「アメリカ中心」「西洋中心」=アメリカの属国をしていれば安心という構造の価値観外交から脱却していく必要がある。

(貼り付けはじめ)

アメリカが中国から学べるもの(What the United States Can Learn From China

-中国の台頭の中で、アメリカ人は中国政府が何を正しく行っているのか、そして何を間違っているのかを問うべきである。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年6月20日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/06/20/united-states-china-rise-foreign-policy-lessons/?tpcc=recirc_trending062921

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北京の八一ビルで協定書に署名した後、握手するアメリカ統合参謀本部議長ジョセフ・ダンフォード大将と中国人民解放軍房峰輝総参謀長(2017年8月15日)。

どのような競争の分野でも、ライヴァルたちは常により優れた結果を得ようと努力する。彼らは、自分たちの立場を改善する革新的なものを探しており、敵対して効果があるように見えるものは何でも真似しようと努める。この現象は、スポーツ、ビジネス、国際政治でも見られる。模倣するということは、他の人がやったこととまったく同じことをしなければならないという意味ではないが、他の人が恩恵を受けてきた政策を無視し、適応することを拒否することは、負け続ける良い方法だ。

今日、中国とより効果的に競争する必要性は、おそらくほぼ全ての民主党と共和党の政治家たちが同意する唯一の外交政策問題である。この合意がアメリカの国防予算を形成し、アジアにおけるパートナーシップを強化する取り組みを推進し、ハイテク貿易戦争(high-tech trade war)の拡大を促進している。しかし、中国について警告を発する専門家たちの大合唱は、アメリカの技術を盗み、以前の貿易協定に違反したとして中国を非難することは別として、中国がこれを成功させるのに役立った、より広範な措置を考慮することはほとんどない。もし、中国が本当にアメリカの利益を奪っている(eating America’s lunch)のであれば、アメリカ人は中国政府の何が正しくて、アメリカの何が間違っているのかを自問すべきではないだろうか? 中国の外交政策へのアプローチは、ワシントンの人々に有益な教訓を提供するだろうか?

確かに、中国の台頭の大部分は純粋に国内の改革によるものだ。世界で最も人口の多いこの国は常に巨大な権力の潜在力を秘めていたが、その潜在力は深い内部分裂や誤ったマルクス主義の経済政策によって、1世紀以上にわたって抑圧されてきた。ひとたび国の指導者たちがマルクス主義(レーニン主義ではない!)を捨てて市場を受け入れると、この国の相対的な力が急激に増大することは避けられなかった。そして、インフレ抑制法やその他の措置を通じて国家産業政策(national industrial policy)を策定しようとするバイデン政権の取り組みは、いくつかの主要技術で優位に立とうとする中国の国家支援による取り組みを模倣しようとする遅ればせながらの試みを反映していると主張する人々もいるだろう。

しかし、中国の台頭は、国内改革や西側諸国の無頓着(complacency)だけによるものではなかった。更に言えば、中国の台頭は、外交政策への広範なアプローチによって促進されており、アメリカの指導者たちは、それについて熟考するのがよいだろう。

まず、最も明らかなことは、中国がアメリカを何度も陥れてきた、高コストの泥沼を回避してきたことである。中国政府は、その力が増大しているにもかかわらず、海外で高額の費用がかかる可能性のある約束を引き受けることに消極的だ。例えば、イランを守るため、あるいはアフリカ、ラテンアメリカ、東南アジアのさまざまな経済パートナーを守るために戦争をするという約束はしていない。中国は、ロシアに軍事的に価値のある軍民両用技術(militarily valuable dual-use technologies)を提供している(そしてその対価として高額の報酬を得ている)が、中国はロシアに強力な武器(lethal weaponry)を送ったり、軍事顧問団(military advisors)を派遣するかどうか議論したり、ロシアの戦争勝利を支援するために自国の軍隊を派遣することを検討したりしている訳ではない。中国の習近平国家主席とロシアのウラジーミル・プーティン大統領は「制限のない(no-limits)」パートナーシップについて多くのことを語るかもしれないが、中国はロシアとの取引において厳しい取引を続けており、最も顕著なのはロシアの石油とガスを格安で入手することを要求していることである。

対照的に、アメリカは外交政策の泥沼状態(quicksand)に対する、間違いを犯さない本能を持っているようだ。

独裁者たちを追い落とし、アフガニスタン、イラク、リビアなどに民主政治体制を輸出するために何兆ドルも費やしていないにもかかわらず、決して守る必要のない安全保障を世界中の国々に拡大し続けている。驚くべきことに、アメリカの指導者たちは、また別の国を守るという任務を引き受けるたびに、その国が戦略的価値に限界がある場合や、アメリカの利益を促進するのにあまり貢献できない場合でも、それをある種の外交政策の成果だと今でも考えている。

アメリカは現在、歴史上かつてないほど多くの国々を防衛することを正式に約束しており、これら全ての約束を守ろうとしていることは、なぜアメリカの国防予算が中国よりもはるかに大きいのかを説明するのに役立つ。中国の支出と、私たちの活動との差が毎年5兆ドル以上もある中で、アメリカが何をできるか想像してみて欲しい。もし全世界を取り締まろうとしていなければ、おそらくアメリカも中国と同様に世界クラスの鉄道、都市交通、空港のインフラを整備でき、財政赤字も低く抑えられていたはずだ。

これは、NATOを離脱し、アメリカの全ての約束を破棄し、「アメリカ要塞(Fortress America)」の内側に撤退することを主張するものではないが、新たな約束を延長することについてより賢明であり、既存の同盟諸国がその役割を果たすべきであると主張することを意味する。世界中の何十か国を守ると誓わなくても、中国がより強くなり影響力を増せるのであれば、なぜアメリカにそれができないのだろうか?

第二に、アメリカとは異なり、中国はほぼ全ての国々とビジネスライクな外交関係を維持している。他のどの国よりも多くの外交的な目的を持ち、大使のポストが空になることはめったになく、成功した大統領候補のために資金を集める能力を主な資格とする素人ではない、外交官たちはますますよく訓練された専門家になっている。中国の指導者たちは、外交関係は他人の善行に対する報酬ではないことを認識している。彼らは情報を入手し、中国の見解を他国に伝え、強引さ(brute-force)ではなく説得(persuasion)によって、自国の利益を推進するために不可欠なツールである。

対照的に、アメリカは依然として、対立している国々からの外交承認を保留する傾向があり、それによって彼らの利益や動機を理解することがより困難になり、我が国の利益や動機を伝えることがより困難になっている。アメリカ政府は、イラン、ベネズエラ、北朝鮮の政府と定期的に意思疎通ができれば有益であるにもかかわらず、これらの政府を公式に承認することを拒否している。中国はこれら全ての国ともちろん対話しており、アメリカの最も緊密な同盟国全てとも対話している。私たちも同じようにすべきではないだろうか?

中国は、例えばイスラエルやエジプトなど、アメリカと緊密な関係にある国を含む中東のあらゆる国と外交関係や経済関係を持っている。対照的に、アメリカはイスラエル(そしてエジプトとサウジアラビアとはある程度)と「特別な関係(special relationship)」を持っており、それはイスラエルが何をするにしても、イスラエルを支持することを意味する。一方、イランやシリア、イエメンの大部分を支配しているフーシ派との定期的な接触はない。アメリカの地域パートナーは、アメリカの支援を当然のことと考えており、アメリカがライヴァルに手を伸ばすかもしれないと心配する必要がないため、アメリカの助言を頻繁に無視している。その好例は次のようなものだ。サウジアラビアは、ロシアや中国と良好な関係を維持しており、暗黙の脅威(tacit threats)を利用して、ワシントンからますます大きな譲歩を引き出そうとしているが、アメリカ政府当局者たちは、その見返りとして、同様の勢力均衡政治(balance-of-power politics)のゲームを決してしようとはしていない。この非対称的な取り決めを考慮すると、サウジアラビアとイランの間の最近の緊張緩和を支援したのがワシントンではなく北京であったことは驚くべきことではない。

第三に、中国の外交政策に対する一般的なアプローチは国家主権(national sovereignty)を強調することである。つまり、全ての国が自国の価値観に従って自由に統治すべきであるということだ。中国とビジネスをしたいのであれば、中国が国の運営方法を指図してくるのではないかと心配する必要はない。また、中国の政治制度と異なる場合に制裁を受けるのではないかと心配する必要もない。

対照的に、アメリカは自らを、一連の普遍的で自由な価値観の主要な推進者であると考えており、民主政体を広めることが世界的な使命の一部であると信じている。いくつかの注目すべき例外を除いて、アメリカはしばしばその力を利用して、他国に人権を尊重し民主政体に向けてより努力させるよう努めており、時には他国が人権を尊重し民主政体に向けてさらに努力すると誓約することを支援の条件とすることもある。しかし、世界の国々の大多数が完全な民主政体国家ではないことを考えると、多くの国が中国のアプローチを好む理由は簡単に理解できる。特に、中国が自国に具体的な利益を提供している場合にはそうだ。米財務長官を務めたラリー・サマーズは次のように述懐している。「発展途上国の誰かが私にこう言った。『私たちが中国から得られるものは空港だ。アメリカから得られるのはお説教だ。あなたが悔い改めない独裁者、または完全とは言えない民主政体国家の指導者なら、どちらのアプローチがより魅力的だと思うか?』」。

事態をより悪化させているのは、アメリカが道徳的な姿勢(moral posturing)を貫く傾向であり、そのため、アメリカ自身の基準を満たさない場合には、常に偽善(hypocrisy)の非難を受けやすい状態にある。もちろん、どんな大国もその公言する理想を全て実現することはできないが、国家が独自に高潔であると主張するほど、それが達成できなかった場合のペナルティは大きくなる。ガザ戦争に対するジョー・バイデン政権の、常識外れの、戦略的に支離滅裂な対応ほど、この問題が顕著に表れた場所はない。双方が犯した犯罪を非難し、戦闘を終わらせるために、アメリカの影響力を最大限に活用する代わりに、アメリカはイスラエルが復讐に満ちた残忍な破壊活動を行うための手段を提供し、国連安全保障理事会でそれを擁護し、却下した。大量虐殺(genocide)の証拠が豊富にあり、国際司法裁判所と国際刑事裁判所の首席検察官の両方が厳しい評価を下しているにもかかわらず、大量虐殺のもっともらしい容疑がかけられている。そしてその間ずっと、「ルールに基づいた秩序(rule-based order)」を維持することがいかに重要かを主張している。これらの出来事が中東やグローバルサウスの多くの地域におけるアメリカのイメージに深刻なダメージを与えていること、あるいは中国がそれらの出来事から利益を得ていることを知っても、誰も驚かないはずだ。注目すべきことに、アメリカ政府当局者たちは、この悲劇に対するアメリカの対応が、どのようにしてアメリカ人をより安全にし、より豊かにし、あるいは世界中でより賞賛されるようになったのかを説明する明確な声明をまだ発表していない。

重要なのは、中国がアメリカの主要なライヴァルとして台頭したのは、その潜在的な力をより効果的に動員することによってもあるが、海外への関与を制限し、アメリカの歴代政権が被ってきた自傷行為(elf-inflicted wounds)を回避することによってでもあった。だからといって、中国の記録が完璧だと言っているのではない。習近平国家主席が平和的な台頭に関する政策(policy of rising peacefully)を公然と放棄したのは間違いで、習の非常に国家主義的な「戦狼」外交(nationalistic “wolf warrior” diplomacy)は、これまで中国政府との緊密な関係を歓迎していた国々を遠ざけた。大騒ぎされている一帯一路構想は、よく言っても玉石混交で、善意と怒りの両方を生み、中国政府が回収に苦労するであろう巨額の負債を生み出している。ウクライナにおけるロシアに対する暗黙の支持は、ヨーロッパでのイメージを傷つけ、各国政府に経済統合の緊密化からの撤退を促しており、また、国家主権の原則に対する想定されている約束を常に守っている訳ではない。

しかし、中国の台頭を深く懸念しているアメリカ人は、中国政府が何をうまくやって、何をワシントンがうまくやらなかったかを反省すべきだ。ここでの皮肉を見逃すのは難しい。中国は、アメリカが以前に世界超大国の頂点に上り詰めたのを模倣する部分もあり、急速に台頭してきた。誕生したばかりのアメリカには、肥沃な大陸、まばらで分断された先住民族、そして 2つの広大な海による保護など、多くの生来の利点があり、国外でのトラブルに巻き込まれず、国内で権力を築くために、それらの資産を活用した。アメリカが外国と戦ったのは 1812年から1918年の間に2度だけであり、それらの戦争の相手国 (1846年のメキシコと1898年のスペイン) は、重要な同盟国を持たない弱小国家だった。そして、ひとたび大国になると、アメリカは他の大国が互いにバランスを保てるようにし、可能な限り紛争から遠ざかり、両世界大戦での被害を最小限に抑え、「平和を勝ち取った(won the peace)」。中国も1980年以来同様の経過をたどっており、これまでのところ大きな成果を上げている。

ドイツのオットー・フォン・ビスマルク首相はかつてこう述べた。「自分の間違いから学ぶのは愚か者だけだ。賢者は他人の間違いから学ぶ(Only a fool learns from his own mistakes. The wise man learns from the mistakes of others.)」。彼の発言は修正される可能性がある。賢明な国は、他国の間違いからだけでなく、彼らが行ったこと正しいことからも学ぶ。アメリカは中国のようになろうとすべきではない(とはいえ、ドナルド・トランプ元大統領は明らかに一党独裁体制[one-party system]を羨んでいるが)が、世界の他の国々に対する中国のより現実的で利己的なアプローチから何かを学ぶことはできるだろう。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt
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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 21世紀に入り、世界の構造は大きく変化しつつある。第二次世界大戦後の20世紀の後半は、アメリカとソ連がそれぞれ、資本主義ブロックと共産主義ブロックを率いて、対立する、冷戦(Cold War)の下で、二極(bipolar)構造となっていた。その後、ソ連が崩壊し、アメリカの一極(unipolar)支配構造となっている。21世紀に入り、中国をはじめとする非西側諸国、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の台頭もあり、米中二極構造へと変化しつつある。これを「新冷戦」(New Cold War)と呼ぶ人たちもいる。
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ゴードン・ブラウン

 こうした状況下、アメリカ一国だけでは対処しきれない国際的な問題が多く発生している。アメリカは西側諸国を巻き込んで、問題への対応を行おうとしているが、西側諸国だけでも無理な問題が多い。そこで、中国との関係を再構築すべきだというのが、下記の論稿の著者ゴードン・ブラウン元英首相の主張だ。米中関係が緊張をはらむ中で、それでも国際問題を解決するためには、協力する必要がある。そのための枠組みを構築する必要がある。冷戦期、 米ソ両国は厳しく対立したが、同時に協力できる分野では協力を行った。米中両国間もそのような関係となるべきだ。そうすることで、米中両国間が戦争となることを阻止することもできる。

(貼り付けはじめ)

新しい多極主義(A New Multilateralism

-アメリカは自らが作り上げたグローバルな制度を如何にして再生させることができるか。

ゴードン・ブラウン筆

2023年9月11日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/09/11/us-china-russia-multilateralism-diplomacy-alliances-trade/

「アメリカは戻ってきた」。これは、2021年2月のミュンヘン安全保障会議で、最近のアメリカ大統領の中で最も国際主義者(internationalist)であるジョー・バイデン米大統領が語ったメッセージである。バイデンは、「多国間行動を調整する切実な必要性(dire need to coordinate multilateral action)」があると宣言した。しかし、二国間協定や地域協定に固執し、グローバルな協調行動(globally coordinated action)を犠牲にする、バイデン政権は、国際機関の可能性を過小評価し、安定した管理されたグローバライゼイションの可能性を損なっている。新たな多極主義(multilateralism)が生まれなければ、10年間にわたる世界的な混乱は避けられないだろう。

もちろん、最大の皮肉は、国際通貨基金(International Monetary FundIMF)や世界銀行から国連に至るまで、世界の卓越した多国間機関は全て、第二次世界大戦の直後にアメリカによって創設されたということだ。アメリカのリーダーシップを通じて、これらの機関は平和の実現、貧困の削減、健康状態の改善に貢献してきた。現在、アメリカは孤立しており、世界秩序の亀裂は深い谷になりつつあり、世界的な課題に対する世界的な解決策を策定できていない。

ウクライナ戦争の責任はウラジーミル・プーティン大統領以外にはない。この戦争は、アメリカの名誉のために言っておくと、ヨーロッパ全体を団結させた。しかし、他の地域では、世界は自ら招いた傷に苦しんでいる。増大する債務への対処の失敗、低所得および中所得のアフリカを苦しめる飢餓と貧困、新型コロナウイルス感染拡大への公平な対応の調整能力の欠如、そして最大の存亡の危機である気候変動に対処するための資金の確保の行き詰まりなどだ。これらの危機は、発展途上国を混乱させるだけでなく、主導権を握れなかった西側諸国に怒りを抱かせている。

国際社会が行ったことは、どれも中途半端で、たいていは遅すぎた。ワクチン不足で人々が亡くなり、食糧不足で人々が飢え、気候変動とそれに続く大惨事への無策で人々が苦しむのを放置してきた。国連の人道支援(humanitarian aid)や世界食糧計画を見ればわかるが、どちらも今年必要な資金の半分にも満たない額しか受け取っていない。世界銀行による貧困国への資金援助は今年、来年と削減され、人的資本介入(human capital interventions)に気候変動投資を追加するよう求める声が高まっている。

アメリカの指導者たちは、古いアプローチが機能しないことを認識したことは評価に値する。かつては支配的だった、ワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)は、ワシントンをはじめ、現在はほとんど支持されていない。経済学者のラリー・サマーズが「政権の哲学を最も注意深く知的に展開した説明(most carefully intellectually developed exposition of the administration’s philosophy)」と的確に評した4月の演説で、ジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官は、崩れつつあるパルテノン神殿のような世界構造を非難した。むしろ、持続可能な鉄鋼・アルミニウムに関する世界協定、インド太平洋繁栄経済枠組、米州経済繁栄パートナーシップなど、対象を絞り、精密に誘導された行動のほうが有望だと考えた。サリヴァンは、世界銀行(ジャネット・イエレン米財務長官が演説でこのテーマを取り上げているにもかかわらず)や世界貿易機関(World Trade OrganizationWTO)の改革の必要性については軽く触れただけで、IMF、国連、世界保健機関(World Health OrganizationWHO)についてはまったく触れなかった。そして、2009年にG20と名付けられた国際経済協力の主要なフォーラムは、名前を挙げる価値すら認めなかった。

サリヴァンの総合政策は、アメリカが経済の方向性を決める上で安全保障を決定的な要素にする必要性が高まっていることを認識した、現代の産業政策(industrial policy)に関する声明として、非難の余地はない。しかし、サリヴァンの発言は「国際経済政策(international economic policy)」の声明として事前に宣伝されており、国内産業政策だけに関するものではない。この点で何かが欠けていた。アメリカの国際関係に関するこの包括的な演説は、管理されたグローバル化の計画には至らなかった。国際協力を強化するために設立されてほぼ80年になる世界機関の誰もが認めるリーダーであるアメリカは、その重要性と改革の可能性に関する真剣な議論から姿を消しているようだ。そして、貿易戦争(trade wars)が技術戦争(technology wars)や資本戦争(capital wars)になり、競合する世界システム(competing global systems)を特徴とする新しい種類の経済冷戦にさらに陥る恐れがある中、一般的に一極世界(unipolar world)において、多国間主義的(multilateralist)だったアメリカは、多極世界(multipolar world.)での一国主義(unilateralism)に近づいている。

国際政策を、地域的および二国間関係の単なる合計に還元することはできない。世界的金融危機(global financial crisis)が再び起こったらどうなるか? 世界的伝染病が再び起こったらどうなるか? 干ばつ、洪水、火災により、講じるべき世界的な対策が明らかになった場合はどうなるか? かつて、ロナルド・レーガン米大統領がソ連の指導者ミハイル・ゴルバチョフに語ったように、小惑星が地球に向かって猛スピードで接近してきたらどうなるか?

嵐の海に浮かぶ船には安定した錨が必要だが、今日ではそれが存在しない。かつて、世界はアメリカの覇権(hegemony)によって錨を下ろしていた。そうした一極主義の時代は過ぎ去った。しかし一極主義の時代の後には多極主義の時代がやってきて、多極主義の錨が必要となる。この錨とそれがもたらす安定性は、改革された多国間制度の上に築かれなければならない。実際、グローバルアーキテクチャ(global architecture)のこのような見直しこそが、今やグローバルでもリベラルでも秩序でもないグローバルなリベラル秩序を修復し、統治されていない空間の無人地帯をもたらした地政学的不足を克服する唯一の方法である。

多国間改革アジェンダがなおさら重要なのは、専門家たちが思い描く代替的な世界秩序(alternative world orders)がほとんど包括的でなく、したがって実現不可能だからである。アメリカ主導の自由貿易圏は、そこから排除された人々だけでなく、より保護主義的な米連邦議会からも反対される可能性が高い。民主政治体制諸国の連合は、定義上、ルワンダやバングラデシュからシンガポールやサウジアラビアに至るまでのアメリカの同盟諸国を排除しなければならないが、ワシントンはそれを嫌がるだろう。また、1815年以降のヨーロッパの協調(Concert of Europe)に似た列強の協調(Concert of Great Powers)、あるいはアメリカと中国だけからなるG2も、世界の他の190余りの国のほとんどから怒りの反応を引き起こすだろう。こうした排他的なクラブは、規模の大小を問わず、世界に必要な安定をもたらすことはなく、活力を取り戻した多国間システムの方が、「一つの世界、二つのシステム(one world, two systems)」の未来への傾斜を食い止めるはるかに良い方法となる。

​​中国の習近平国家主席は、地政学的な力の移行(shifts in geopolitical power)から北京が得られる利益をよく理解している。アメリカが多国間主義から二国間主義と地域主義(regionalism)に移行したのと同様に、中国は独自の新しい包括的アイデアを世界の舞台に持ち込んだ。

10年前、中国は、149カ国を誘致することに成功した一帯一路構想(Belt and Road Initiative)や、ヨーロッパの大半、イギリス、カナダを含む106カ国を擁するアジアインフラ投資銀行[Asian Infrastructure Investment Bank](アメリカは参加を拒否しており、自国が主導しないクラブには参加しないという印象を与えている)などの、公然と地域的な構造に焦点を当てていた。

これに勢いづいて、中国の焦点は、新たな開発銀行やブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカのBRICSグループを含む共同国際イニシアチヴ(joint international initiatives)に移った。現在、中国は世界に進出し、大胆な名前の「グローバル安全保障イニシアチヴ(Global Security Initiative)」と「グローバル文明イニシアチヴ(Global Civilization Initiative)」で独自に活動している。犯罪、テロ、国内安全保障に関する共同行動に焦点を当てたこれらのイニシアチヴは、中国が最初の完全に独立したグローバルプログラムであるグローバル開発イニシアチヴ(Global Development InitiativeGDI)の成功例に続くものである。これら3つの介入は、より大きな仕組みで、実際はそうではないとしても、レトリックにおいては、間違いなくより構造化され、野心的である。合計で約60カ国が既に、グローバル開発イニシアチヴのグループに加わっている。ドーン・C・マーフィーの著書『グローバルサウスにおける中国の台頭(China’s Rise in the Global South)』で詳述されているように、中国はこれらのグローバルイニシアチヴを利用して、いつか競合する世界秩序(competing global order)になり得る勢力圏(spheres of influence)を構築している。

そして、この中国の世界規模での関与の急増は、中国からの一時的なプロパガンダではなく、習近平主席の永続的な取り組みであり、政治的野心の意図的な表示であり、中国を国際秩序の真の守護者として示す試みである。サウジアラビアとイランの間で外交関係を回復し、イエメン戦争を終わらせる可能性のある合意を仲介したばかりの習近平主席は、ロシアのウクライナ戦争を終わらせるための和平提案を推進するのに十分な勇気を既に持っており、言うまでもなく、二国家によるイスラエルとパレスチナの和平解決において中国が主導的な役割を果たすという噂も流れている。これらは全て、国連憲章(U.N. Charter)の遵守という傘の下で行われている。

もちろん、細かい点もある。中国は国連憲章の領土保全(territorial integrity)と加盟国の内政不干渉(noninterference)の約束を支持しているが、憲章やその後の国連決議の人権、保護責任、自決(self-determination)の原則に焦点を当てた部分については何も語っておらず、国際司法裁判所や国際刑事裁判所、あるいは例えば国連海洋法条約の判決を支持することもほとんどない。

論理的な反応は明らかだ。アメリカはこれ以上後退するのではなく、新たな多国間主義を擁護することで変化する世界秩序に対応しなければならない。これは、アメリカの揺るぎない覇権を前提とし、同盟諸国やアメリカの同盟国になりたがっている国々(suitors)に指示することで維持できた古いハブ・アンド・スポーク型の多国間主義(hub-and-spoke multilateralism)ではない。命令(dictation)ではなく説得(persuasion)によって力づけられ、世界経済の現実に基づいた新たな多国間主義は、アメリカが再び主導する可能性のある国際機関の改革を通じて人々を団結させるだろう。

ワシントンはまだ、習近平が「1世紀の間でも見られなかった大変革(great changes unseen in a century)」と呼ぶ、パックス・アメリカーナ(Pax Americana)がもはや存在しない、分裂し分断された世界を作り出そうとしている、3つの地政学的シフトの規模とパワーを、十分に理解していない。そして、そのような世界でも、気候変動、パンデミック、金融不安、過度の不平等から生じる混乱と闘うためには、世界的な公共財の提供に依然として注意を払う必要がある。

もちろん、最初の地殻変動は、少なくともホワイトハウスの国内的野心に影響を与える限り、サリバヴァン補佐官も認識している。 30年間支配的だった新自由主義経済は、オープンではあるが十分に包括的ではなかったグローバライゼイションを引き起こした。世界の半数がより高い生活水準を享受していたが、アメリカと西側諸国の多くが停滞していた経済秩序は、国家が安全保障の観点から経済的自己利益を再定義するにつれて、新重商主義経済学に取って代わられつつある。今では回復力が、効率性を求める昔の欲求に勝ります。供給の保証はコストに勝る。そして「万が一に備えて(just in case)」は「間に合わせに(just in time)」よりも重要だ。かつては、経済が政治を動かしていたが、世界中を巻き込んでいる貿易、テクノロジー、投資、データ保護主義が証明しているように、現在は政治が経済を動かしている。

2つ目のシフトは、ワシントンではあまり理解されていない。政策立案者たちは、単極世界(unipolar world)の30年間の確実性が多極世界(multipolar world)の不確実性に取って代わられつつある中、その影響を十分に認識できていない。もちろん、これは、3つ以上の国が同等の力と地位を持っているという狭義の「多極(multipolar)」と表現できる世界ではない。したがって、専門家の一部は、依然として「部分的な一極(partial unipolarity)」が存在すると結論付けている。むしろ、多極化とは、複数の権力の中心地が競合する世界を意味し、将来の世界におけるアメリカの関係に多大な影響を与える。私たちは、このことが、世界の半分、つまりほとんどの非西側諸国(non-Western countries)が、ロシアとの戦争でウクライナを支援することに劇的な形で働いているのを目にしてきた。モスクワへの制裁に参加しているのはわずか30カ国程度だ。アシュリー・J・テリスの著書『非対称性の攻撃(Striking Asymmetries)』で説明されているように、複数プレイヤーグループの成長を反映する多極性のより脅威に関する尺度は、核兵器の拡散の可能性だ。イランが核兵器を確保すれば、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、トルコ、エジプトはいずれも核武装を目指す可能性が高い。そして、中国の核兵器保有量が2035年までに約400発から1500発以上に拡大する中、韓国と日本が自ら核保有国にならないためには、アメリカからのより決定的な保証が必要となるだろう。おそらくもっと憂慮すべきは、中国の力の増大にますます懸念を強めているインドが、インドで最も信頼できる兵器の収量が中国の100分の1であることを考えると、信頼できる熱核兵器設計の取得を目指していることだ。これら全ては、より致死性の高い核兵器を求めるパキスタンと中国との関係の深化という形で、別の種類のドミノ効果を引き起こす危険性がある。

主に新自由主義と一極から、1つの覇権国家と1つの覇権的な世界観からの脱却の結果として、第三の地殻変動が進行中である。過去20年間の大部分を特徴づけたハイパーグローバライゼイション(hyperglobalization)は、新しい種類のグローバライゼイションに取って代わられている。貿易は依然として拡大している(以前のように世界経済拡大は2倍の速度ではないが、それに歩調を合わせている)ため、これは脱グローバル化(deglobalization)ではない。実際、世界の商品貿易は2022年に記録的な水準に達した。デジタルサーヴィスにおける世界のサプライチェーンは、2025年から2022年の間に年間平均8.1%で成長しましたが、これは5.6%であったのに対し、カタツムリのペースで進むグローバル化、「スローバライゼイション」ですらない。商品の場合。デジタルサーヴィスの世界輸出は2022年に3兆8000億ドルに達し、輸出サーヴィス全体の54%を占めた。会計、法律、医学、教育などの専門職が分離されているため、現在世界のどこからでも提供できる技術サーヴィスの多くは、コールセンター業務と同様にオフショアリング(offshoring)されることになる。「グローバライゼイション重視(globalization-heavy)」、つまり貿易によるグローバライゼイションが自国の国民の暮らしを良くするだろうという思い込みは、「グローバライゼイション軽視(globalization-lite)」、つまり、貿易を制限する方が国民の生活水準を守るより良い保証になるかもしれないという考えに取って代わられている。

この3つの激変を底支えしている共通項があり、それがこれらの新たな動きをまとめているように見える。それは、ナショナリズムの復活(resurgent of nationalism)であり、世界的な自国第一主義運動(country-first movements worldwide)に最もよく反映されている。バイデンの「バイ・アメリカ」というラベルでさえ、トランプ政権時代の「アメリカ・ファースト」の水増しヴァージョンであり、アメリカの経済ナショナリズムを薄めることはできないようだ。

それは、国境管理の強化、関税の強化、移民制限の強化だけでなく、関税戦争、テクノロジー戦争、投資戦争、産業補助金戦争、データ戦争によっても特徴付けられるナショナリズムだ。世界的には、内戦(civil wars)が増加し(その数は約55件)、分離主義運動(secessionist movements)が増加し(約60件)、物理的に国を隔てる壁やフェンス(more walls and fences physically separating countries)が増えています(2019年時点で70件、1990年の4倍以上)。

この復活したナショナリズムは更に攻撃的な形で表現されている。ますます多くの政府や国民が、「私たちと彼ら(us and them)」、つまり、内部の人間と外部の人間との間の闘争の観点から考えるようになってきている。この偏狭で啓発されていない自己利益(narrow and not enlightened self-interest)への新たな焦点は、地球規模の課題に対処するために国際協力(international cooperation)が最も必要とされているまさにその時に、国際協力を犠牲にして行われた。

断片化には経済的なコストもある。WTOの研究者たちは、国際貿易が減少し、専門化と規模から得られる利益が減少する「1世界2制度(one world, two systems)」の未来では、長期的には実質所得が少なくとも、5%減少すると試算している。低所得国は所得が12%減少し、更に大きな打撃を受けることになり、中所得国や高所得国との融合という期待は損なわれることになる。IMFも同様の調査を行っており、貿易の細分化による世界的な損失は、GDPの0.2から7%に及ぶ可能性があると示唆している。技術的なデカップリング(decoupling)を考慮すると、コストが高くなる可能性がある。考えてみて欲しい。1970年代と1980年代には、アメリカとソ連間の貿易は両国の貿易総額の約1% にとどまっていたが、現在では、中国との貿易はアメリカの16.5%EUの貿易の約20%を占めている。

これらの地殻変動による地政学的な影響により、世界は流動的、あるいは更に悪いことに、亀裂が生じ、分裂の危機に瀕している。私たちに固定的な忠誠心と揺るぎない同盟関係をもたらした古い世界的構造は、緊張に晒されている。新たな世界的な道筋が敷かれ、古い同盟関係が再評価されているが、特筆すべき例外としては、アメリカが大西洋横断安全保障協力(trans-Atlantic security cooperation)を復活させた拡大NATOexpanded NATO)がある。サリヴァンは現在、G20ではなくG7を「自由世界の運営委員会(steering committee of the free world)」と見なしている。しかし、それでは G180+は感動せず、表現されていないと感じている。そして、他の長期にわたる関係にも緊張がかかり、地政学的な状況には不規則で重なり合い、競合する取り決めが点在している。人々を団結させる新たな計画がなければ、セメントが固まるまでに私たちは10年間の混乱に直面することになる。

既に一極の束縛から解放された国々は、大国との距離を享受し、それを美徳としており、シンガポールを拠点とする学者ダニー・クアが「第三国家機関(Third Nation agency)」と呼ぶものを実践している。多くの場合、一時的な同盟だ。ゴールドマン・サックスのジャレッド・コーエンは、これらの国々を忠誠心が風前の灯火となっている、「スイングステイト(swing sates)」だと表現した。彼らは、インドのオブザーバー研究財団の理事長サミール・サランが「有限責任パートナーシップ(limited liability partnerships)」と名付けたものを形成することを好むが、これは、それ自体、政治学者がミニラテリズム(minilateralism)と呼んでいるものとは異なる形態であり、各国がグループとして集まり、目的を達成することを目的とするものではない。長期的な共通の目標は追求するが、短期的な経済的利益や安全保障上の利益は追求しない。

インドを例に挙げてみよう。インドは現在、ヒンズー教ナショナリズム(Hindu-nationalism)、権威主義(authoritarianism)、宗教的不寛容(religious intolerance)を支持する指導者によって統治されている。しかし、インドとアメリカが共有する価値観、つまり民主政治体制と信教の自由への支持が弱まるにつれ、両国の共有する物質的利益、特に中国との関係は今のところ強くなっている。インドのナレンドラ・モディ首相は、アジアにおける中国の影響力拡大を懸念しながらも、アメリカとロシアを互いに相手にし、武器契約や有利な貿易協定をめぐって両国を争わせている。

次にインドネシアについてだ。ジャカルタが主要な鉱物資源であるニッケルを管理する中、資源ナショナリズム(resource nationalism)が議題となっている。しかし、インドネシアの資源ナショナリズムは、ニッケルだけでなく銅やその他の鉱物の主要購入者同士が対立することも意味する。あるいは、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などの国々が、アメリカ、中国、ロシアの全く異なる利益を利用して、アメリカのインド太平洋への軸足を利用している中東について考えてみよう。

しかし、一度限りの貿易・安全保障協定や、敵対味方の関係で国家を獲得できるのは今のところ限られている。彼らの経済の将来は、その時々の都合に合わせた場当たり的で日和見的な取引よりも、安定した国際システムに依存している。各国はそれぞれ異なる理由から、古い日和見主義(opportunism)ではなく、新たな多国間主義を必要としている。

アフリカには、鉱物資源だけでなく、未開拓の市場や労働力、そしてアフリカの関与なしには気候危機に対処し克服することはできないという認識からもたらされる新たな交渉力がある。改革された多国間システムの中心に、アフリカを近づけること(G20でのより大きな役割、世界銀行とIMFでの代表強化、新たな気候変動金融の受益者)は、大陸全域に国々を強制するよりも優れた、より永続的な解決策である。中国、ロシア、アメリカのいずれかを選択する。

実際のところ、これらの各ブロックは、ヨーロッパと同様に、国際機関を通じた多国間調整から恩恵を受けるだろう。ヨーロッパ各国には、理由は異なるにせよ、中国との貿易を維持したい理由がある。ドイツは製造業の輸出を維持するため、フランスは戦略的自律性(strategic autonomy)の考えを推進するため、東ヨーロッパは一帯一路構想への依存のため、イベリア諸国はラテンアメリカとのつながりがあるため、最大の貿易相手国との関係を断つことを望んでいないため、ヨーロッパもアメリカと中国の間で圧迫されることを望んでいない。そして、アメリカは中国を穏健にするために、ヨーロッパを必要とし、中国もヨーロッパを使って、アメリカを穏健にする必要があるため、ヨーロッパはおそらく認識しているよりも多国間主義を擁護する強い立場にある。

より安定した多国間主義を促進することは、アフリカ、中東、ヨーロッパだけの利益ではない。世界的により効果的になるためには、アメリカが自ら創設し主導してきた国際機関に対する偏見を失うことから始めなければならない。それはなぜか? それは、古いヴァージョンのパックス・アメリカーナの誘惑は、もはや世界の他の国々をアメリカの力に応じるように誘惑するほど強力ではないからだ。しかし、アメリカを中心とした新たな多国間主義であれば、その可能性はある。それが十分な理由でないとすれば、中国の世界安全保障抗争は、ワシントンにとって警鐘を鳴らすものであり、二国間や地域的な構想にとどまらない手を差し伸べるよう呼びかけるものとなるだろう。

私が長年かけて気づいたことは、例えば、IMFや世界銀行の理事会において新興諸国の経済力の向上を認識し、これらの機関の資本を増強するために改革が緊急に必要とされているときでさえ、アメリカには、「物事を先延ばしにする(dragging its feet)」習慣があるということだ。世界的な制度を刷新し、国連での膠着状態を終わらせるよう求める声が、イギリスなどの最も近い同盟国からも高まっているにもかかわらず、ワシントンが沈黙していることがあまりにも多く、その理由はほぼ確実に、一極世界の考え方が定着してからもずっと存続していることである。時代錯誤的で、素朴ですらある。ほとんどの加盟国が痛感しているように、根本的な改革を先行させなければ、このような制度は発展しない。しかし、今日、アメリカには、そのような改革を進める力を持っていない。

このことについて考えてみて欲しい。アメリカがあまりにもしばしば一極時代の古い考え方に囚われているため、バラク・オバマ政権が中国を封じ込めるために創設した貿易協定そのものである環太平洋経済連携協定(Trans-Pacific PartnershipTPP)から離脱した。アメリカが中国を排除することを構想していたグループが現在、中国を参加させるよう圧力を受けているのは実に皮肉である。太平洋に軸足を移したアメリカが、大陸最大の貿易パートナーシップの一部となるのは理にかなっている。しかし、自らが設立し管理していないクラブには加盟しないという印象を与え続けている。そして、その同じ一国主義的な考え方が、対アフガニスタン連合を形成した同盟諸国との実質的な協議なしに命令されたアフガニスタン撤退の失敗につながった。

アメリカは自らを空売りしている。一極世界を主導した国は、同盟国に属国(vassals)であるかのように命令を下すのではなく、同盟国として説得することで、多極世界でも主導することができる。協力の力によってのみ、アメリカが多国間秩序(multilateral order)を擁護し、各国に多国間秩序の支持を求めるという、不可能なことを企てること(square the circle)ができる。ワシントンは、もはや首尾よく押し付けることができなくなっても、首尾よく提案することができる。そしてもしそうすれば、世界の大半が今もリーダーシップを期待しており、今後もリーダーシップを発揮したいと望んでいる国アメリカは、活性化した多国間主義のもとに世界の大多数を結集できる唯一の国となるだろうし、そうするだろう。グローバルな機関を通じて、グローバルな問題に対するグローバルな解決策を提供する。

2つの結論が導き出される。アメリカは世界中で同盟を構築し、各国を参加させるのに時間がかかる必要がある。慇懃なる無視(benign neglect、訳者註:通貨当局が為替相場の変動を静観すること)は問題の無害な説明である。たとえば、過去100年間に米大統領が訪問したのはアフリカ54カ国中、20カ国に届かない。私たちは彼らにレッテルを貼るのではなく、昔ながらの陳腐なレンズを通して彼らを見るのではなく、対等な立場で彼らの話を聞き、彼らとの共通の原因を見つけなければならない。私たちは、西側諸国が発展途上国に説教するだけではなく、共通の世界的大義のパートナーとしてサインアップしなければならない世界について考える必要がある。

そして第二に、もしアメリカが、自らが創設に大きな役割を果たした国際機関への歴史的な支持を新たにすれば、中国のハッタリは通用しなくなるだろう。そうなれば、習近平は、国連、IMFWTOWHOへの支持を含む国際秩序を守るか、自身の世界安全保障構想が真実ではなくプロパガンダに基づいていることを認めるかのどちらかを迫られることになる。

「新世界秩序(new world orders)」の歴史的な運命は、読んでいて憂鬱になることが多い。

1815年、1918年、1945年の新世界秩序は、世界構造の変化が戦争や崩壊の後にのみ起こる傾向があることを示している。実際、1990年は米大統領ジョージ・HW・ブッシュ大統領によって歓迎された。ブッシュ大統領は、冷戦の終結とともに「新世界秩序(new world order)」の始まりを宣言した。実際には、それは歴史が十分に決定的な方向に転換しなかった転換点だった。ドイツはドイツの統一を望み、ドイツのことだけを考えていたと主張することもできるだろう。フランスはヨーロッパの統一を通じてドイツを封じ込めたいと考えており、フランスのことだけを考えていた。そして、アメリカはNATOとその指導力を維持したいと考えており、アメリカのことだけを考えていると主張した。屈辱を与えられたロシアは決して新世界秩序に組み込まれることはなかった。そして、変化が議題に上っているこの瞬間に、中国、インド、そして発展途上国が将来果たす役割についてはほとんど考慮されていなかった。

気候変動や私たちが経験している地殻変動(seismic shifts)に始まり、私たちが現在直面している存在にかかわる課題は、私たちの足元で岩盤が変化し(bedrock shifts)、国際的な枠組みが再び作り直されなければ衰退してしまうという、まれな世界的瞬間を生み出している。1940年代に組み立てられた国際構造は、より経済的に統合され、より社会的に相互接続され、地政学的に相互依存する(geopolitically interdependent)世界において、世界的な相互依存(global interdependence)によって、全ての国の独立が認められる2020年代のニーズに合わせて再考されなければならない。全く新しいパルテノン神殿を建設することはできないかもしれないが、アクロポリスの廃墟でキャンプをすることを避ける方法を見つけなければならない。それを避けるためには、変化が伴わなければならない。

金融危機の波及(financial contagion)が常にリスクとなり、グローバルサプライチェーンがかつてないほど国や大陸を結びつけている世界では、各国を従来のように、つまり各国が単独で十分な存在として見ることはできない。むしろ、ネットワークと関係の網の一部として見るべきであり、一国からの波及効果が他の国に壊滅的な影響を及ぼす可能性がある。したがって、IMF はもはや、個々の国が国際収支危機に陥ったときに行動を起こすのを待つ機関ではなく、危機の予防と解決に携わらなければならない。そして、将来の不況を未然に防ぐために、IMF のグローバル監視部門は、金融安定理事会および国際決済銀行(Bank for International Settlements)と協力して強化され、世界経済を脅かす全てのリスクの監視と報告を行う必要がある。

世界銀行は、人的資本と環境管理の両方に重点を置くグローバルな公共財銀行にならなければならない。そして、世界銀行がこれらの役割を果たすには、現在の支出の3倍にあたる年間約4500億ドルの資金が必要になるため、活力あふれる、新総裁アジャイ・バンガは改革の過程で、アメリカの支援を必要とするだろう。さらに、株主たちは、銀行の低所得者向け施設と中所得者向け施設の統合、保証、融資、補助金の利用における革新、そして銀行を民間投資を動員するためのプラットフォームとみなすなどの改革に、より多くの資本を割り当てることに同意しなければならない。

1940年代から1990年代にかけて、WTOは合意に基づいて機能し、しばしば苦痛を伴う交渉と不安定な妥協を経てきた。1990年代半ばのWTOの新自由主義的再編以来、そして50年の間で初めて、世界貿易協定は成立していない。そして、広く尊敬されている事務局長のンゴジ・オコンジョ=イウェアラの下では、最も規制の少ない貿易分野、つまりサーヴィス、データ、情報技術全般を扱うには、外交と改革された控訴制度への更なる重点化が不可欠となるだろう。そして、インターネットだけでなく、人工知能における自由奔放(free-for-all)の危険性から生じる規制や倫理的な問題に対処するために、新たな国際的枠組みを構築しなければならないだろう。

新型コロナウイルス感染拡大の余波の中で、アメリカの中規模病院3つに相当する予算を持つWHOを真剣に検討する者なら、今や、拡大し続けるリスクリストに立ち向かうために十分な資金が不可欠であることを過小評価することはできない。G20は他の175カ国をより代表するようになり、年次会合の合間にも存在できる適切な事務局を設立し、世界の最貧地域で相互に関連する危機にもっと注意を払う必要がある。

そして、国連は進化しなければならない。ロシアが、独占的な安全保障理事会内で戦争犯罪、大量虐殺、人道に対する罪を処罰することを含む、全ての問題で拒否権(veto)を握っている限り、国連全体が無力化される(frozen into inaction)可能性がある。拒否権の権限を削減または廃止することで、安全保障理事会を改革できない場合、アメリカは国連総会とその193カ国が、より責任あるリーダーシップを発揮するよう促すべきだ。

少なくとも、アントニオ・グテーレス国連事務総長の熱心なリーダーシップの下、国連の平和維持活動の改革は達成され、世界中で増加する難民や避難民のために年間410億ドル必要でありながら、必要な額の半分以上が支給されることのない人道援助予算をより適切に提供する方法を構築することができる。出発点は、気候変動対策、パンデミックへの備え、人道的取り組みに十分な資金を提供するための負担分担協定をワシントンが提案し、推進することだろう。特に、今年ドバイで開催される国連気候変動会議では、巨額の臨時利益の恩恵を受けている中東の石油産出諸国は、過去および現在の炭素排出諸国に加わり、低・中所得国に必要な緩和と適応に資金提供すべきである。

アメリカのこうした改革アジェンダは、多国間主義を軌道に戻す可能性がある。国際関係論分野の学者たちは、トゥキュディデスの罠(Thucydides trap)についてよく語る。トゥキュディデスの罠は、紀元前5世紀にアテネがスパルタに挑んだのと同じように、台頭する大国が定着した覇権国に挑むというものだ。しかし、スパルタが負けたのはアテネの力によるものではないし、実際の戦争ではスパルタはアテネを破ったということを忘れがちだ。その数年後、アテネより小さな国々がスパルタの覇権を破壊し、スパルタは敗北した。

ますます中国に注意関心を持っているアメリカにとって、ここに教訓がある。しばらくの間、アメリカが最大の競争相手に打ち勝つ能力は計算され、証明される。あまり注目されていないのは、アフリカ、アジア、ラテンアメリカ、中東におけるアメリカの影響力の喪失による影響である。アメリカは中国との戦いに勝つかもしれないが、そうすることで世界からの支持獲得戦争に負けることになる。

アメリカにとってはるかに良いのは、世界秩序の再構築を主導することであり、この点ではアメリカが最善の策を持っている。ワシントンが世界規模の解決策を必要とする世界規模の問題に十分大胆に立ち向かうことができれば、北京の影響力拡大にそれほど執着する必要はないだろう。その代わりに、中国は決定的な選択に直面することになるだろう。アメリカが望んでいるように、アメリカと協力するか、国際協力や世界機関の重要性について語りながら「中国第一(China first)」政策にしか関心がないことで暴露されるかだ。今日、中国は世界の先導者(global beacon)となるために必要な関心は持っているが、価値観を持っていないように見える。アメリカは価値観を持っているが、現状では十分な関心を持っていない。価値観は一夜にして変わることはないが、利益は変わる。アメリカよ、君たちの番だ。

※ゴードン・ブラウン:イギリス元首相、国連の国際教育特使。ブラウンは、モハメド・A・エラリアン、マイケル・スペンス、リード・リドウと共著で『長期にわたる不安定な状況:破壊された世界の修理計画(Permacrisis: A Plan to Fix a Fractured World)』を執筆した。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 第二次世界大戦後から1991年のソヴィエト連邦崩壊まで、アメリカとソ連は激しく対立した、資本主義と共産主義というイデオロギー上の対立から、世界各地で代理戦争が勃発した。しかし、同時に、米ソは直接戦うことはなく、核戦争の危機を回避するために、米ソ両国の首脳はホットラインを設置し、核兵器削減のための枠組みを構築した。冷戦期は、「長い平和(Long Peace)」という評価もある。

 冷戦後は、冷戦に勝利したアメリカの一極(unipolar)支配状態が続いたが、21世紀に入り、アメリカ支配への反発(ブローバック)が起き、アメリカはテロとの戦争(war on terror)の泥沼にはまり込んだ。そして、中国の台頭という新たな局面にも直面している。中国の台頭は、世界構造を「西側諸国(the West、ザ・ウエスト)」対「西側以外の国々(the Rest、ザ・レスト)」の対立構造へと変化させた。これは、グローバルノース対グローバルサウスの対立と言い換えることもできる。現在は、米中両国による新冷戦時代へ突入しつつあるという見立てがある。これは正しい見立てということになる。米中による二極(bipolar)構造、G2体制が形成されつつある。

 ここで重要なのは、米中が直接戦うことがなく、世界大戦も核戦争も起きなかった、冷戦期から教訓を引き出すことである。米中両国の直接の戦い、熱い戦い(hot war)を防ぐことが何よりも重要だ。

 下記論稿の著者アジーム・イブラヒムは、中国が中国であることが理由による敵意を高めず、協力の可能性を追求することが重要だと指摘している。しかし、同時に、西側諸国は、中国に対して過度に依存することなく、戦略的物資供給や技術独立を重視しなければならない。中国に対する抑止力のバランスや明確な交戦規則が重要であり、中国による民主国家への不干渉が、中国との共存に不可欠だとしている。米ソ冷戦時代のように、熱い戦争を避けるため、冷静な判断と宥和を選択すべきであるとしている。

 米中関係は相手の意図を読み取り、コミュニケーションを途切れさせず、世界の諸問題や衝突を深刻化させない、エスカレーションさせないという協力の枠組みが必要だ。アメリカが国力を減退させ、中国が国力を増進させる中で、長期的に見れば、米中逆転が起きる可能性は高まっている。そうした中で、アメリカによる一極支配から米中による二極構造へと変化していく。そうした中で、世界が戦争を避けるために、冷戦時代に培った教訓を活かす時期が来ている。

(貼り付けはじめ)

新たな冷戦には独自のルールが必要となる(A New Cold War Needs Its Own Rules

-中国との衝突は避けられないが、コントロールは可能だ。

アジーム・イブラヒム筆

2024年66

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/06/06/china-cold-war-rules-competition/

写真

ワシントンのホワイトハウスで中国の習近平国家主席とのヴァーチャル会談に参加するジョー・バイデン米大統領(2021年11月15日)。

ソヴィエト連邦との冷戦の記憶は薄れつつある。多くの人は、中国と新たな冷戦が始まるという考えや、差し迫った核による絶滅の脅威(threat of imminent nuclear annihilation)が頭上に漂う世界に戻っているという考えに躊躇(ためら)いを抱いている。専門家の一部は、中国との貿易から戦略物資を削減する取り組みは行き過ぎだと考えている。

残念なことに、多くの人が、中国の人権侵害や地政学的な挑発に対して、それらに対処することで、世界の国々が統合されている貿易関係が混乱することを避けることと求めており、何の影響も発生しないことを望んでいる。

サルマン・ラシュディやシャルリー・エブドに対して団結し、そして今度は再びイスラエルに対しても立ち上がったイスラム世界ですら、中国に対して沈黙を選択している。西側諸国に住む私たちが、同じように宥和を求める圧力(same pressure to appease)から免れているなどと想像しないで欲しい。

新冷戦に代わる選択肢が、激戦であるならば、前者は後者よりも限りなく好ましい。これha,

私たちが直面している二分法(dichotomy)だ。戦争を回避するということは、中国の野望と戦うために何が必要なのかという現実を受け入れることを意味する。

中国とワシントンが、特に世界市場(global markets)で競争するのは当然のことだ。競争は建設的である場合もあれば、破壊的な場合もある。技術的および経済的な競争は、誰にとっても良い結果となる可能性がある。たとえば、アメリカとソ連の間の宇宙開発競争(space race)は、科学技術における恩恵だ。これとは対照的に、戦争は当然、私たち全員をより貧しくさせ、安全性を低下させることになるだろう。

台頭する大国が衰退する大国に遭遇すると、常に暴力が発生する可能性がある。大英帝国とアメリカの間の覇権(hegemonic power)の譲渡のような友好的な移行(transfer)はまれだ。 1990年代の活気に満ちた時代、更には2000年代においても、中国の台頭により中国がアメリカの敵ではなくパートナーになる可能性があるように思われた。ナイオール・ファーガソンのような著名な歴史家は、リーダーシップを共有する世界的な双子である「G-2」と「チャイメリカ(Chimerica)」について語った。これは中国の一部の人たちに受け入れられている考えだ。

しかし、そうした世界は、中国共産党(Chinese Communist PartyCCP)において、習近平が政権を掌握した2012年に終焉を迎えた。習近平は、中国が地球上で最も強力な国になる運命に揺るぎない信念を持ち、西側諸国に対する復興主義者の熱意(revanchist fervor)を持った漢民族至上主義者(Han supremacist)である。習近平は、他の最近の中国指導者よりも、この国の「屈辱の世紀(Century of Humiliation)」について中国の学校で教えられた教訓を吸収してきた。中国の教科書によると、この期間は、第一次アヘン戦争から中国共産党が権力を掌握するまでの期間のことである。この時期、西側諸国は中国の首を絞め続けた。

今日、再び熱い戦争が起こる可能性があるが、それに対しては冷戦がより良い選択肢だ。

習近平の中国共産党総書記(CCP general secretary)への昇格が実現したとき、中国政府は容赦ない地政学的競争の道を選択した。おそらく一部の前任者とは異なり、習近平は、既存のグローバル化した自由主義秩序(incumbent globalized liberal order)内での必然的な中国権力の台頭が中国の「正当な立場(rightful standing)」にとって十分であるとは考えていない。米大統領ジョージ・HW・ブッシュ、ビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュは皆、中国がグローバル化した世界経済の中心となる未来を予見し、黙認したが、その中で、アメリカは引き続きこの世界秩序のハードパワーの執行者であった。習近平は、そのような取り決めは中国の力と潜在力に不当な制約を課すものだと考えている。

言い換えれば、習近平は、前任者たちがそうしたように、アメリカが制定し強制する世界秩序が、中国の必然的な成功への道であるとは考えていない。むしろ、彼はそれを、挑戦しなければならない束縛(straitjacket)だと考えている。彼は同じように世界的にアメリカの力に挑戦したいと考えている。彼はウクライナでも同様のことを行っており、ロシアの軍産基盤を支援し、モスクワの侵略を非難することを拒否している。習近平はまた、ハマス、ヒズボラ、その他の代理勢力を通じて中東に大きな不安定化をもたらすテヘランの影響を考慮し、中国がイランの石油の主要顧客となり、イランの軍事近代化を支援している。習近平は、アメリカに対抗して深まりつつあるイランとの連携を維持するため、フーシ派反政府勢力(Houthi rebels)を巡る航路など共通の利益を犠牲にする用意がある。

もちろん、中国が自国の再建を可能にした貿易から利益を得ることを依然として望んでいるため、その全てが常にそうであるとは限らないが、現在の国際秩序の規範や制度が、中国共産党の気まぐれや企みを制約する可能性がある場合には、習近平の提唱している「チャイニーズ・ドリーム(Chinese Dream)」を確保するために、その全てに挑戦しなければならない。

現在の国際的な制度的秩序は、中国共産党だけでなく、グローバルイーストとグローバルサウスの大部分の動機ややり方と衝突する価値観や規範を前提としている。西側の偽善は、確かにそれらは偽善ではあるけれども、中国のレトリック攻撃に対して危険なほど脆弱になっている。アメリカによる、悲惨かつ誤った戦争の真最中にあるイスラエルへの支援により、アメリカの立場は世界的に弱体化している。アメリカ主導の秩序と協力してきた長い歴史を持つインド、パキスタン、インドネシアを含む第三世界の国々は、最近の国連総会での投票結果が示しているように、中国が西側の行動を牽制できるようになる、多極化世界を非公式に、あるいは公然と応援している。中国のソフトパワーは、残忍な人権侵害に対する抗議活動をかき消すほど遠く離れた北京において仲介された、サウジアラビアとイランの国交回復合意などの成果を上げている。

現在の中国共産党を支配している世界観は、西側諸国との対決、そして西側諸国が第二次世界大戦後に構築し、冷戦終結時に作り直した国際統治システムの転覆、占領、破壊に取り組んでいる。

西側諸国の指導者たちは、この現実を認識し、世界システムとその価値観に対する攻撃に適切に対応することができる。理由が何であれ、彼らがそうしないことを選択した場合、それは紛争の、善意による回避とはならない。それは、弱みを察知し、更なる要求をするだけの危険な権威主義体制に対する宥和(appeasement)に過ぎない。中国がより強力になり、抑制力を失っていることで、熱戦のリスクが増大している。

中国自体も、道徳的にも戦略的にもより強硬な姿勢を正当化するほどの深刻な国内課題に直面している。最近の中国共産党中央委員会政治局(Politburo)の粛清、景気低迷、信用危機、企業や資本逃避(capital flight)の取り締まりにより、中国は特に制裁に対して脆弱になっている。習主席は久しぶりに、アメリカがいくつかの重要な難題、特に半導体への技術禁輸問題を解決し、アメリカ企業の中国からの投資引き揚げの流れを逆転させることを求めている。西側諸国は譲歩(concessions)を強要し、中国の軍事技術を後追いの状態においておけるだけの影響力を持っている。

中国との新冷戦は、紛争と競争を確立された範囲内に厳密に制限し、真の紛争に波及する可能性を制限するだろう。ソ連に対する冷戦から私たちが学べる貴重な教訓がある。

第一に、冷戦は慎重に行われた熱戦であるかのように語られてはならない。中国政府の敵対的な立場を認めて適切に対応することと、中国であるという理由だけで中国に対する敵意を高めることにイデオロギー的に関与することは別だ。冷戦が示すように、一般的な正反対の対立の中には、アメリカとソ連がポリオワクチンで協力している場合でも、現在中国と気候変動やパンデミックで協力している場合でも、協力の例が含まれる可能性がある。これは、世界の人権や国際秩序に対する中国の攻撃に全面的に従うことを要求するものではなく、問題を慎重に切り離し、独自のスペースを作り出すことを要求するものだ。

1990年代と2000年代の経験が示すように、アメリカと中国の間で協力は可能だった。将来の中国政権が西側諸国およびルールに基づく国際秩序(rules-based international order)とのより友好的で協力的な関係を選択できるよう、私たちは扉を開いたままにしておくべきである。習近平が権力を握っている間に、これが起こる可能性は低いが、中国が現在の行動を撤回する限り、西側諸国はそれが可能であるとシグナルを送り続ける必要がある。

中国はソ連ではない。ソ連のように、戦争の失敗や軍拡競争によって経済的に挫折することはない。モスクワに対して有効だった解決策は、中国に対しては有効ではないかもしれない。それは、特に北京もまた、冷戦に関する歴史書を読むことができるからだ。

しかし、私たちが長期に​​わたる紛争に陥っているという現実を考慮すると、戦略的物資供給(strategic supplies)を中国に依存しないことが絶対に必要となる。中国はアメリカの技術から戦略的に、特に軍事的に独立するために、最善を尽くしている。西側諸国も同様に、中国の技術、バリューチェイン、製造業の戦略的独立性を発展させなければならない。西側経済と防衛力に対する、非対称的なレバレッジは災厄を招くことになる。抑止力の安定したバランスにより、ソ連との対決中に大惨事は避けられた。中国に対してもまたそうなる可能性がある。

紛争から抜け出す道を提供すること(providing a path out of conflict)は、この新たな競争において何が許容され、何が許容されないか、そして最終的にどのようなステップが紛争につながるのかについて明確な一線を引くことを意味する。曖昧さがあるとエスカレーションが起こる。エスカレーションはすぐに手に負えなくなる可能性がある。民主政治体制国家への不干渉により、中国は受け入れ可能な世界的パートナーとなり、無数の敵対的な国家行動にもかかわらず、アメリカとの共存が可能になるだろう。経済戦争やサイバー戦争(economic and cyberwarfare)といった現在の敵対行為、特にイギリス選挙管理委員会やアメリカ軍施設などを標的とした行為には、長期にわたるエスカレーションのリスクが伴う。しかし、西側諸国は、これらの犯罪行為を非難以上にエスカレートさせるつもりはないことを既に示しており、おそらくそれが私たちにできる最善のことである。

これまでのところ、戦略的曖昧さ(strategic ambiguity)が唯一明確に機能している例は、台湾に対するアメリカの立場である。そしてその場合、台湾に間違った動機を与えたり、無用な不安を煽ったりしないように、政策を維持することができる。しかし、それ以外の場合は全て、アメリカが中国の何らかの行動を懸念するのであれば、その懸念を明確に説明し、一線を越える場合に、どのようなコストを課す準備ができているかを事前に正確に述べるべきだ。明確な交戦規則(clear rules of engagement)は冷戦時代の紛争管理に有益だった。それらは新冷戦にも役立つだろう。

このような見立ては西側の人々の懸念を掻き立てることだろう。それは、私たちの思考と内省を研ぎ澄ますはずだ。しかし、宥和は有益な選択肢でも道徳的な選択肢でもない。私たちは、直接的な軍事衝突、つまり熱い戦争への不必要なエスカレーションを避けるために必要な行動について、冷静に判断しなければならない。

冷戦は恐ろしい時代だった。しかし、私たちが思っているよりもうまく管理されていた。戦争は避けられた。熱い戦争はなかったし、現在もあってはならない。実際、中国は冷戦時代のソ連のように激しい代理戦争(proxy wars)に資金を提供してはいない。中東におけるイランの植民地獲得の野心やソ連のイデオロギー闘争とは異なり、中国の目標はより独善的であるが、恐ろしいほど偽りのないものである。

そして、少なくとも、その意味では、政府、学者、軍隊内の「冷戦の心性(Cold War mentality)」は、本能的な宥和、あるいはその恐ろしい2つの要素、制御不能なエスカレーション(uncontrolled escalation)を避けるためにまさに必要なものなのかもしれない。私たちは、この新冷戦を正確に把握し、それに応じて行動する準備をしなければならない。

※アジーム・イブラヒム:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。アメリカ陸軍大学戦略研究所研究教授。ワシントンのニューラインズ戦術・政策研究所部長。著書に『過激な起源:なぜ私たちはイスラム過激派との戦いに敗れつつあるのか(Radical Origins: Why We Are Losing the Battle Against Islamic Extremism)』と『ロヒンギャ族:ミャンマーの隠された大量虐殺の内側(The Rohingyas: Inside Myanmar’s Hidden Genocide)』がある。ツイッターアカウント:@azeemibrahim

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。アメリカの衰退が明らかになりつつある中で、世界の構造が大きく変化していることを分析しています。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカは第二次世界大戦後、世界覇権国となり、セ狩りを支配し、リードしてきた。冷戦期にはソヴィエト連邦というライヴァルがいたが、ソ連崩壊により、冷戦に勝利し、世界で唯一の超大国となった。ソ連崩壊の前後、アメリカには戦勝気分があった。2000年代以降は、中国の台頭があり、現在は冷戦期のソ連寄りも軍事的、経済的に強大となり、アメリカが中国に追い抜かれるのも時間の問題となっている。そして、世界は、「ザ・ウエスト(the West、西側諸国)対ザ・レスト(the Rest、西側以外の国々)」の二極構造に分裂しつつある。

 アメリカは世界の警察官としてふるまってきたが、直接武力を使ったのは、「自分が確実に勝てると考えた相手」に対してのみだった。その想定がそのままであれば、アメリカの思い通りになったのであるが、ヴェトナムやアフガニスタン、イラクではアメリカの想定通りにはいかず、苦戦し、最終的には撤退することになった。世界で唯一の超大国であるアメリカが、国力で言えば全く相手にならない、問題にならない国々に敗れさったというのは、確かに、周辺諸国からの支援ということもあるが、「決意(resolve)」の問題もあったと、下記論稿の著者スティーヴン・M・ウォルトは主張している。

 アメリカは自国の周辺に深刻な脅威は存在してこなかった。カナダもメキシコもアメリカ侵略を虎視眈々と狙うような国ではなかったし、これからもそうだと言える。東側と西側は大西洋と太平洋によって守られている。大陸間弾道弾(ICBM)の時代となったが、それでもアメリカの存在している、北アメリカ地域、そして、大きくは米州地域に脅威は存在しない。キューバ危機で、キューバにソ連のミサイルが設置される瀬戸際まで行った時が、アメリカにとっての最大の脅威であったと言えるだろう。

 アメリカが軍隊を送ったり、何かしらの問題解決のために介入したりする際には、自国から遠く離れた地域ということになる。世界の様々な問題は、アメリカにとっては遠い世界のことでしかない。敵対国にしても、アメリカ本土に直接進行してくる懸念はない。ミサイルは怖いが、「アメリカにミサイルを発射すれば、その国が終わりになる、なくなってしまうことくらいはよく何でも分かっているだろう」という前提で行動している。アメリカの決意は当事者の中では低くならざるを得ない。結果として、アメリカによる問題解決はうまくいかないということになり、「アメリカは駄目になっている」という印象だけが強まっていく。

 これは世界帝国、世界覇権国の隆盛と衰退のサイクルを考えると仕方のないことだ。ローマ帝国や秦帝国以来、衰退しなかった世界覇権国、世界帝国は存在しない。このことは、『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』の第5章で詳しく紹介した。国旅国の低下に合わせて、決意も低下し、問題解決もできずに力の減退だけが印象付けられる。大相撲、日本のスポーツ界で一時代を築いた、大横綱であった千代の富士が、当時伸び盛りだった、貴花田(後の横綱貴乃花)に敗れ、引退を決意した際の言葉「体力の限界、気力も失せて引退することになりました」はアメリカにも当てはまるようだ。

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アメリカは決意の固さの格差に苦しんでいる最中だ(America Is Suffering From a Resolve Gap

-敵国群が自分たちの思い通りにしようとする決意を固めた時にワシントンがすべきこと。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年1月30日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/01/30/biden-america-foreign-policy-middle-east-jordan-china/

近年のアメリカの外交政策は、イラクとアフガニスタンでの戦争の失敗、中東での和平努力の失敗、対立している大国の一部の核能力増強、その他数多くの不祥事など、一連の不幸のように見えることがある。そして、親イラン民兵組織による無人機(ドローン)攻撃でヨルダンで3人のアメリカ兵が死亡した最近の逆境は、アメリカ軍がこれらの激動の地域で何をしているのか、そしてアメリカ軍をそこに駐留させておくのは理にかなっているのかという新たな疑問を引き起こしている。

こうした度重なる失敗を、民主、共和両党の無能なアメリカの指導力や、間違った大戦略(grand strategy)のせいにしたくなる誘惑に駆られるが、世界政治を形成しようとするアメリカの取り組みは、次のようなより深刻な構造的問題に直面している。私もその種の批判をたくさん書いてきた。私たちは時々見落としてしまっている。アメリカの取り組みが失敗することがあるのは、アメリカの戦略が必ずしも悪いからでも、政府職員たちの熟練度が思ったほど低いからでもなく、敵対者が結果に大きな利害関係を持ち、彼らの思い通りにするために我々よりも大きな犠牲を払うことをいとわないためである。このような状況では、アメリカの優れた力が敵の優れた決意によって打ち破られる可能性が存在する。

このような問題が生じるのは、アメリカが現代史においてはるかに安全な大国だからである。自国の領土の近くには強力なライヴァルがおらず、大規模で洗練された多様な経済を持ち、数千発の核兵器を保有し、非常に有利な地理的条件を享受している。現在の安全保障と繁栄が永遠に続くとは限らないが、今日、これほど恵まれた立場にある国は他にない(このような大国は他に存在しない)。

その結果、矛盾が生じることになる。アメリカは武力攻撃から自国の国土を守ることを心配する必要がないため、世界各地に進出し、遠く離れた多くの問題に介入できる。しかし、これらの有利な状況は、これら遠く離れた地域で起こっていることがアメリカの生存にとって重大であることはほとんどなく、長期的な繁栄とは、ほぼ関係していない可能性があることも意味している。とりわけ、これは、アメリカが戦ったほぼ全ての主要な対外戦争が、ある程度、選択された戦争(a war of choice)であることを意味する。敵対的な侵略者や急速に悪化する治安状況に直面している国家には、独立を維持するために戦う以外に選択肢はないかもしれないが、アメリカは19世紀以来、こうした問題に直面していない。二度の世界大戦へのアメリカの参戦ですら、厳密に言えば、必要ではなかった可能性が高い。私は、二度の世界大戦に参戦したことは戦略的および道徳的見地から正しい決断だったと信じているが、アメリカの関与については当時激しく議論されており、それには当然の理由がある。

それ以来、アメリカは頻繁に、自国の海岸から遠く離れた敵と、敵の領土の近くまたは領土内で敵と戦うようになった。アメリカに比べてはるかに弱体だった中国が朝鮮戦争に介入したのは、アメリカ軍が中国国境に迫っていたためであり、毛沢東はアメリカとその同盟諸国が朝鮮半島全体を支配するのを阻止するために10万人以上の軍隊を犠牲にすることを厭わなかった。アメリカはヴェトナムに200万人以上の軍隊を派遣し、そのうち5万8000人以上を失うほどヴェトナムに深く介入した。しかし、北ヴェトナムは私たち以上に決意をもって戦い、より深刻な損失に耐え、最終的には勝利した。 2001年9月11日の同時多発攻撃の後、アメリカはアフガニスタンでアルカイダに対して積極的に攻撃な加え、タリバンが権力を取り戻すのを阻止するために何年も留まり続けることさえ厭わなかった。しかし最終的には、タリバンは私たちよりもアフガニスタンの運命を真剣に捉え、決意をもって戦った。同様の状況はウクライナでも明らかだ。アメリカと西側諸国はキエフを支援するために資金や武器を送るなど、費用のかかる手段をウクライナに提供する用意をしているが、ロシアの指導者たちは現地で戦って死ぬために兵士を派遣する強い決意を持っている。ウクライナを支援する諸外国はそうではない。それは、西側諸国の指導者たちが軽薄だからではなく、モスクワ(そしてウクライナ)にとって、それが世界の他の国々よりも大きな問題だからだ。台湾に関する議論にも同じ不快な問題が潜んでいる。アメリカ政府当局者や国防専門家たちが台湾の自治はアメリカにとって極めて重要な国益であるとどれほど強調しても、彼らがこの問題を中国政府よりも重視していると確信するのは難しい。

ここで注意して欲しい。敵国がより多くの利害関係を持ち、より大きな決意を持つという事実は、アメリカがグローバルな関与を引き受けるべきでない、あるいは遠くの紛争に介入すべきではないということを意味するものではない。例えば、相手が危険な行動を選択しないように抑止するためには、同等の決意は必要ないかもしれない。また、1991年のイラク、1999年のセルビア、そしてイラクのイスラム国との対立が示しているように、決意の固い敵が必ずしも勝つということでもない。しかし、アメリカは通常、自国から遠く離れた場所で活動しており、それゆえ敵対する相手が、アメリカより強い決意を持つ傾向があるという事実は、より広範な戦略環境の繰り返し見られる特徴である。

実際、アメリカはこの問題に対して、2つの方法で対処してきた。第一の方法は、アメリカの決意と信頼性に対する評判を、特定の紛争の結果に結びつけることだ。たとえ利害関係がそれほど大きくなくても、アメリカ政府高官たちは、将来どこかで起こる挑戦を抑止するためには、自分たちは勝たなければならないのだと主張する。この戦略は事実上、ある問題に対するアメリカの関心は、当初考えられたものよりも大きく、それはアメリカが過去に行ったかもしれない他のあらゆる公約や関心と結びついていると主張して、アメリカの政策に反対する国々や敵対勢力を納得させようとするものだ。

ヴェトナム、イラク、アフガニスタンで私たちが見てきたように、このやり方は、うまくいっていない戦争や、利益がコストを上回ると思われる戦争に対する国民の支持を維持するのに役立つ。しかし、アメリカに敵対する、もしくは不満を持っている国々を納得させることはできないかもしれない。特に、敵たちの決意が固まる、もしくは他の同盟諸国から、「自国を守るために使えるはずの資源を浪費している」と不満が出たりすればなおさらだ。更に言えば、1つの国家がより多くの関与を引き受ければ引き受けるほど、それら全てを一度に守ることは難しくなり、それぞれの関与の信頼性も低下する。挑戦者たちはいずれこのことを理解し、優位に立つ機会を待つことになる。ドミノ理論(domino theory)の応用形態を持ち出しても、それだけでは効果的な戦略にはならない。

2つ目の解決策は、アメリカが自国にほとんど、またはまったく犠牲を与えずに敵国を倒すことができるように、十分な軍事的および経済的優位性を維持することだ。敵対勢力は、深刻になっている問題により懸念を持つので、彼らが目的を達成するために高い代償を払わなければならないかどうかは、彼らにとって問題にはならないかもしれない。しかし、私たちはそうではない。サダム・フセインが1990年にアメリカに反抗したのは、アメリカ社会が1回の戦争で1万人の兵力を失うことを受け入れないだろうと考えたからだ。ところが、アメリカ政府の指導者たちは、アメリカがそのような多大な犠牲を払って戦いに舞えるということはないということを確信しており、「砂漠の嵐」作戦は、アメリカ政府の指導者たちが正しかったことを証明した。実際、この原則がアメリカの国防と外交政策全体のアプローチを支えていると主張する人もいるだろう。比較的低コストで敵を倒すことができる能力を獲得するために多額の資金を費やしている。アメリカは、多種多様な武力による保護手段に多くの資源を投入し、世界金融システムの主要な結節点に対する支配を利用して他国に一方的な制裁を課している。そして可能な限り、問題が起きている国の地上軍(例えば、イラク特殊部隊対イスラム国、今日のウクライナ軍対ロシア軍といった形)に依存している。

 

 

 

 

 

問題は、特に一極時代(unipolar moment)が終わり、諸大国のライヴァルたちが再び台頭しつつある現在、アメリカがこの規模での優位性を維持するのが難しいことだ。更に言えば、反乱やその他の形態の局地的な抵抗に直面すると、アメリカの軍事的優位性は低下する。テクノロジーの発展(具体例:無人機、監視強化、ミサイル能力の普及など)は、イエメンのフーシ派などの比較的軍事力の弱い主体にも、全体的な能力がはるかに強い敵にコストを課す能力を与えている。ヨルダンで無人機攻撃を行った民兵組織など、弱いながらも意欲的な現地主体は、アメリカに自分たちの望むことを強制することはできないかもしれないが、アメリカが思い通りに行動することが困難にすることはできる。アメリカはこれまで数十年にわたり思い通りに行動することができた。

もし世界が防衛力優位の時代に突入し、ほとんどの国家の決意が身近な地域を対象にすることで最大になるのであれば、どの国にとっても、広大で揺るぎない世界的影響力を行使する能力は低下するだろう。5つ以上の大国が、自国が存在する地域である程度の影響力を行使するが、自国の領土から離れれば離れるほど、その影響力は急速に低下するという多極的な秩序(multipolar order)が出現することも想像できる。影響力が低下するのは、パワーを投射する能力(the ability to project power)が距離とともに低下するためでもあるが、遠くへ行けば行くほど、決意のバランスが他国へシフトするためでもある。

このような世界では、アメリカはこれまでよりも慎重に戦いを選択する必要があるだろう。なぜなら、どこにでも行き、あらゆることを行うコストは上昇し、遠く離れた敵国は、自分たちが存在する地域内で、それらのコストをより喜んで支払うようになる。私たちよりも彼らがコストを負担する決意を持っている。良いニュースとしては、アメリカの現在の同盟諸国の一部が、自分たちの利益になるということで、自分たちと自分たちの周囲を守るためにもっと行動し始める世界になるかもしれないということだ。私たちが過去75年暮らしてきた世界とは異なる世界になるだろうが、アメリカ人はそれを過度に心配する必要はない。以前にも主張したように、それはアメリカ人にとって有利な世界になる可能性さえある。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

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 古村治彦です。

 第二次世界大戦後からソヴィエト連邦崩壊までの約半世紀、世界は「冷戦構造(Cold War)」にあった。アメリカとソヴィエト連邦がそれぞれの影響圏を確立し、その影響圏がぶつかるとことで、局地的な戦争が行われたが、米ソ両国間での直接の戦争は起きなかった。冷戦については「長い平和(Long Peace)」という評価をする学者もいるが、戦争が起きた地域においてはそのような言葉は空虚に聞こえることだろう。マクロでみるか、ミクロで見るかの差ではあるが、世界は世界大戦が起きなかったということにはなるだろう。

 ソ連崩壊後、アメリカ陣営は「勝った、勝った」の大合唱、民主政治体制、資本主義、法の支配が勝利したと喧伝された。アメリカはこれらの価値観の伝道者、庇護者を自認し、他の国々にこれらを広げて、世界全体を1つの価値観に染め上げよう、そうすれば戦争などなくなり、平和な世界が到来するという「理想主義」が主流になった。アメリカが盟主の世界を改めてきっちりと構築しようということになった。この世界には多様性は存在しない。自分たちの価値観の正しさを押し付ける、押し付けられる、発展具合を勝手に判断されて進んでいる、遅れているということが判定される世界である。

 ポスト冷戦時代において、アメリカを中心とする西側諸国(the West)と、それに対抗するBRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)を中心とする「それ以外の国々(the Rest)」という2つのグループ分け、勢力圏という構図になっている。ポスト冷戦期、アメリカが世界唯一の超大国となる一極構造(unipolar system)が崩れつつある。冷戦期のような二極構造(bipolar system)となるか、多極構造(multipolar system)となるか、という話であるが、やはり、米中二極構造の冷戦期と同じような構造になるだろう。アメリカをはじめとする西側諸国は衰退を続け、それ以外の国々がこれから伸びていくことで、これら2つの勢力圏は均衡状態に入り、やがて、西側陣営が逆転される。前回の冷戦では勝者となった西側が、今回の冷戦では敗者になるという可能性が高まっている。

 アメリカの最大の失敗は、ロシアを自陣営への取り込みに失敗したことだ。中国がここまで急速にかつ強力に成長、台頭すると予測できなかったということはあるだろうが、中露の間を緊密にさせないこと、もしくは離間させることが何よりも重要だった。

しかし、ソ連崩壊を受けて、「お前らは負け犬だ、俺たちの言うことを全て受け入れろ」「民主政体、資本主義、法の支配、人権など、俺たちの価値観を全て完璧に受け入れて実践しろ、そうしたら幸せになるぞ、日本を見て見ろ」という態度で、ロシアを徹底的に見下して、傲岸不遜の態度を取った。それはまるで敗戦国日本の占領と同様であった。誇りと尊厳を傷つけた。結果として、ロシアは「アメリカの価値観を受け入れても幸せにならず、アメリカにずっと下に見られ続ける」ということに気づいてしまった。

 結果として、アメリカは中露を中心とする非西側諸国という対抗グループを生み出してしまった。「これでは新しい冷戦が始まってしまう」という懸念の声が出ている。しかし、既に米中対立は始まっている。冷戦構造になりつつある。そして、今回の冷戦の勝者がアメリカになる可能性は低くなっている。私たちは世界史の大きな転換点に直面している。

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冷戦は避けられないのか?(Is Cold War Inevitable?

-封じ込め政策の父ジョージ・ケナンの新しい伝記は、古い冷戦と出現しつつある中国との新しい冷戦は避けられるのかどうかについて疑問が出てくる。

マイケル・ハーシュ筆

2023年1月23日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/01/23/cold-war-george-kennan-diplomacy-containment-united-states-china-soviet-union/

ジョージ・ケナンは94歳という高齢になっても、冷戦は避けられないものではなかった、少なくとも回避できたはずだ、あるいは状況を改善できたはずだと主張していた。冷戦終結から10年後、アメリカの冷戦封じ込め戦略(Cold War containment strategy)のやや弱腰な態度の父であったケナンは、よりタカ派で、ケナンの伝記を執筆したジョン・ルイス・ギャディスへの手紙の中で、ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンが生きている間は、早期撤退が可能だったかもしれないと主張した。

1952年3月のいわゆる「スターリン・ノート」は、第二次世界大戦後のヨーロッパのあり方について話し合おうというモスクワからの申し出であり、アメリカが「交渉、とりわけ公的な姿勢とは異なる真の交渉(negotiation, and especially real negotiation, in distinction from public posturing)」によって達成される平和の可能性を無視していたことを示した、とケナンは1999年に書いている。

この言葉は今日もなお有効性を持っている。なぜなら、アメリカが中国やロシアとの新たな冷戦に突入している現状では、公的な表向きのポーズがほとんどを占めているからである。しかし、これらの政策について、ワシントンではほとんど議論や考察が行われていない。特に、ソ連に代わってアメリカにとっての地政学的脅威となった中国の挑戦については、民主、共和両党の政治家たちが、北京に対してより厳しい姿勢を取ることで、政敵を互いに出し抜くことに政治的利益を見出そうとしている。その結果、世界のパワーと影響力をめぐる長期的な闘争が勃発し、それは前回の冷戦をはるかに凌ぐものになりかねない。2022年11月に行われた中国の習近平国家主席との首脳会談の後、ジョー・バイデン大統領が「新たな冷戦は必要ない」と主張したにもかかわらず、状況は冷戦に向かっているようになっている。数週間後にアントニー・ブリンケン国務長官が北京を初訪問する予定であるが、これは、昨年のナンシー・ペロシ前米連邦下院議長の台湾訪問以来、全面的に中断している外交関係を修復しようとするものである。

ケナンからのギャディスへの書簡は、新しい伝記『ケナン:2つの世界の間の人生(A Life Between Worlds, by Frank)』に掲載されている。2011年に出版されたギャディスの大著『ジョージ・F・ケナン:あるアメリカ人の生涯(George F. Kennan: An American Life)』には、この手紙のやり取りは掲載されていない。今回の新刊では、ケナンの私的な文書やその他の資料を基礎にして、冷戦が軍事的瀬戸際政策(military brinkmanship)の世界的ゲームに発展した際に、ケナンがいかに熱心にその緩和を追い求めたか、また冷戦後にNATOの国境が急速に東へ拡大することに反対したかが明らかにされている。ウラジーミル・プーティン大統領が出現する直前、ケナンはこの政策がロシアのナショナリズム、反西洋主義を煽り、「冷戦の雰囲気を取り戻す(restore the atmosphere of the Cold War)」と予言した。

コネティカット大学の歴史学者であるコスティリオラは、「ギャディスはケナンの生涯を描いたのだが、冷戦を和らげようとしたケナンの努力に対してはほとんど共感を集められず、注目もされていない」と書いている。また、コスティリオラはケナンの経歴と業績の真実について、「冷戦を、私たちが見るようになった不可避の対立と危機の連続ではなく、対話と外交の可能性の時代として考え直すことを要求している」とも書いている。

ケナンの見解を見直すことは、今日、かつてないほど正当なことになっている。アメリカ史上最も影響力のある戦略家の1人であるこの偉大な外交官ジョージ・F・ケナンは、交渉によって冷戦を脱することができると約束した訳ではなく、やってみなければ分からないと述べただけであった。しかし、当時も今も、新たなチャンスが訪れているにもかかわらず、懸命な努力はしなかったように見える。「20世紀の冷戦を理解し、21世紀の爆発的緊張を和らげる上で、ケナンの教訓は、一見難解に見える紛争について和解の可能性が高いかもしれないということだ」とコスティリオラは書いている。

プーティンはウクライナへの侵攻によって、ロシアを当分の間、和解の外に置くことになったが、中国はまだ外交の門戸を開いているようである。習近平と新しく就任した秦剛外交部長は、1952年のスターリンになぞらえる形で、バイデン政権の最初の2年間、米中両国の対立という厳しい雰囲気から身を引く方法を示唆している。12月31日に放送された新年のメッセージで、習近平は台湾に対して以前は冷淡だった態度をやや和らげたように見えた。秦外交部長は『ワシントン・ポスト』紙の寄稿で、駐米中国大使としての別れを惜しみ、米中関係は「一方が他方を打ち負かし、他方を犠牲にして一国が繁栄するゼロサムゲームであってはならない」と述べた。更に「中米関係のドアは開いたままであり、閉じることはできないという確信をより強めている」とも付け加えた。この数週間、北京では、反米的な言動で知られる外務省の趙立堅報道官をあまり目立たないような形で異動させた。

ソヴィエト連邦とアメリカが対立した冷戦時代と、現在の北京とワシントンの緊張関係には、類似点よりも相違点の方が多いのは不思議なことではない。しかし、その違いは、冷戦時代以上に、長期的な米中対立への転落を断ち切る可能性を持っている。ソ連とアメリカが全く別の勢力圏に存在していたあの時代とは対照的に、世界経済は深く統合されており、アメリカも中国もその中で取引や投資を行うことで多くの富を得ている。昨年、中国経済が急激に減速し、人口が減少したことで、習近平はこのことをあらためて認識した。更に言えば、持続的な国際協力を必要とする新たな課題、とりわけ気候変動や将来のパンデミックの阻止は、当時とは比較にならないほど切実なものとなっている。実際、地球温暖化や新型コロナウイルスのような新型ウイルスによる脅威は、中国とアメリカが互いにもたらす戦略的脅威よりもはるかに大きい可能性が高い。

ソ連が協力的で統制のとれた各国政府で自らを囲んでいたのとは異なり、現在の中国は、増大する軍事力に対抗するアメリカの同盟諸国や西洋化した諸国家に事実上囲まれている。バイデン政権は既に、オーストラリアと日本の武装を支援し、日本、インド、オーストラリアと四極安全保障対話(クアッド)を形成し、アメリカの競争力強化を目的とした率直な保護主義的産業政策を含む、中国とのハイテク貿易の前例のないデカップリングを調整するなど、中国に対する厳しい政策アプローチを打ち出している。

ヴァージニア大学の冷戦専門の歴史学者、メルヴィン・レフラーは必至との電話インタヴューで、ケナンはこのようなアプローチを認めていたかもしれないと指摘しながら、同時にこのような強者の立場から真剣に交渉するよう促していたと語っている。ケナンは、1947年に『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載した有名な「X」論文(“X” article)でソ連封じ込めを提案した時、ソ連の侵略に対して「平和で安定した世界の利益を侵害する兆候を示すあらゆる地点で、ロシアに不変の対抗力をもって立ち向かうよう設計した(designed to confront the Russians with unalterable counterforce at every point where they show signs of encroaching upon the interest of a peaceful and stable world)」強力な対応を促した。彼が交渉を提案したのはその後である。

同様に、今日、レフラーは、ケナンが「もし生きていれば、現状では、中国の周囲に張り巡らされている力関係について話すことになるだろう」と述べた。そして、中国がロシアと戦略的に連携することを懸念するよりも、たとえ習近平が今年モスクワを訪問する予定であっても、ケナンはおそらく、依然として深い関係にある両国の異なる利益に焦点を当てるだろう。特に、ロシアと中国は中央アジアで影響力を競い合っている、とレフラーは指摘している。また、モスクワと北京は、アメリカの支配に敵対しているにもかかわらず、互いに深刻な不信感を抱いている。

これらの相違点は、「今、両者を結びつけている短期的な便宜的な都合よりも」、より重要であるとレフラーは述べている。レフラーは「中国とロシアの協力関係について、冷戦時代の中ソ協力への不安と似ているが、それは誇張であったことが判明している」と述べている。

実際、現代の政策立案者たちがケナンから学べることは多い。特に、地政学(geopolitics)とパワーに対する深い理解から学ぶべき点は多い。ケナンは長年にわたり、優れた戦略的・抽象的な思想家として評価されてきたが、同時に、現実的な外交に関しては、しばしば簡潔な人物であったという評価もある。しかし、生前、ケナンを非難していた人々でさえ、アメリカの国家安全保障体制において、ロシアについて、ケナン以上に知っている人間は誰一人いなかったと認めている。また、ケナンはリベラルなハト派という訳ではなかった。コラムニストのウォルター・リップマンは、封じ込め政策の初期に、後に『冷戦』という本に収められた有名な一連の記事の中で、ケナンを無鉄砲なタカ派、封じ込め政策を戦略上の「怪物(monstrosity)」として激しく攻撃し、この戦略によってアメリカは海外への無限の介入を余儀なくされると書いているほどだ。コスティリオラは、「ケナンが1944年から1948年までの4年間を冷戦の推進に費やしたが、その後の40年間は、彼や他の人々がもたらしたものを元に戻すことに専念した。これは悪くない記録だ」と指摘している。

ケナンは後にリップマンの意見に同意し、封じ込めを主に軍事的な意味で捉えることは意図していなかったと主張するようになった。1948年の時点で、ケナンは交渉の必要性を訴え始め、そのキャンペーンは彼の長い生涯の間継続したとコスティリオラは書いている。2005年に101歳で亡くなる8年前、ケナンは再びロシアの専門知識を駆使して、「NATOの国境をロシアの国境まで拡大することは、ポスト冷戦時代全体において最大の過ちを犯している」と警告した。

プーティンとクレムリンに対する支持者たちの超国家主義や反欧米熱の理由は複雑で、ロシアの歴史に深く遡る。しかし、ケナンは、ロシアの熊を長く強く突きすぎることの危険性について正しかっと言えるだろう。トランプ政権が5年近く前に依頼した、あまり知られていない米陸軍の研究は、プーティンの攻撃性とウクライナ侵攻に対するロシアの大衆的支持の両方を予期していた。情報専門家のC・アンソニー・ファフの共著の中で、この研究について言及していて、「ロシア国民は、地理的な不安と政治的な屈辱感を政府と共有しており、特に東ヨーロッパにおいて、グローバルなパワーと西洋との対立を示すことは、将来のロシア政府の人気を高めることにしかならない」と結論付けている。

このような他国の戦略的利益に対する現実政治的な感性は、ケナンの思考に一貫したテーマとなった。1950年代後半、コスティリオラは、ケナンの有名な「長い電報」や『フォーリン・アフェアーズ』の「X」論文よりも「間違いなく印象的」な一連のラジオ演説で、ケナンは「イギリス、西ドイツ、アメリカの冷戦体制の根幹を揺さぶった」と書いている。ケナンは、当時の冷戦正統派の硬直した核心的な考えであった、ドイツを西半分と東半分に分けることに異議を唱えた。ケナンは、西側がドイツから撤退する代わりに、ソ連が東ヨーロッパから軍事的に撤退すれば、西側と東側は部分的に直接対峙しないようにするための交渉ができると提案した。統一ドイツは中立を保ち、軽武装にとどめ、後に1958年から1959年に、そして1961年から1962年にかけて起きたキューバ・ミサイル危機とハルマゲドンの脅威に至る瀬戸際外交を回避する緩衝材となり得たはずだ。また、統一ドイツはNATOに残留しないということも可能だった。これは、1952年にスターリンが最初に提示した取引提案の内容と同じだった。ケナンは、抑止力のために核兵器を保持することを提案したが、戦術核はヨーロッパの分裂を堅固なものにするだけだと述べた。もし何もしなければ、核軍拡競争の暴走が起こると警告した。

ケナンは、この点でも正しいことを証明した。特に、1957年にモスクワがスプートニクを打ち上げ、ニューヨークとワシントンに核の黙示録的惨禍の脅威をもたらした後、ケナンはミュンヘン会議の時と同じ宥和主義(appeasement)だと非難された。彼の友人で戦略をめぐってライヴァルであったディーン・アチソンは、ケナンが「空想の世界(fantasy)に生きている」と不満を漏らし、ある時は、昔の外交仲間を「馬鹿馬鹿しい、くだらないおしゃべり」をする猿の一種に例えたこともあった。ケナンは打ちのめされ、権力者の誰も「ロシア人との政治的解決に関心がない」と嘆いた。しかし、その間に世界がどれだけ核戦争に近づいたか、人々は忘れがちである。

ケナンは、ヴェトナム戦争についても先見の明を持って反対した。1966年の連邦上院での証言において、人気ドラマ「アイ・ラブ・ルーシー」の放送が延期されるほど全米で注目された、とコスティリオラは書いている。ケナンは、「貧しくて無力な人々」を攻撃して威信を損なうだけで、ヴェトナムの内戦には、封じ込めは適用できないと宣言した。ジョン・クインシー・アダムズの言葉を引用して、アメリカは「破壊すべき怪物を求めて外国に出かけてはならない」と述べた(U.S. should not go “abroad in search of monsters to destroy”)。しかし、NATOの対応と同様、その時点でアメリカの方針は固まっていた。

今日、最も重要な問題は、ワシントンの対決姿勢が同じように定着しているかどうかということだ。民主党と共和党の双方が中国への厳しい対応に同意する理由の1つは、自分たちは長い間北京に騙されてきたという共通意識だ。この四半世紀の間、アメリカの両政党は中国との関わりを熱望していたが、結局、中国の指導者たちは知的財産を盗み、中国経済を発展させ、アメリカを世界を主導する超大国の座から駆逐することに主眼を置いてきたのだと結論付けた。そのためバイデンは、カート・キャンベルやラッシュ・ドーシといったタカ派を対中国のアドヴァイザーとして政権に迎えている。

超党派のコンセンサスを超えて、交渉よりも対決に政治的な偏りがあるのは、少なくともネヴィル・チェンバレン元英首相がミュンヘンでの宥和政策によって悪評を得て以来続言えていることだ。冷戦を含む全ての戦争は、大統領が強気でタフな印象を与えることで有利になるように政治が動いている。このようなアプローチの利点は、大統領に強いリーダー的なイメージを与え、世論調査での評価を高めるという直接的なものだ。一方、コストは長期的かつ拡散的で、悪化し続ける地球温暖化、ゆっくりとエスカレートする軍拡競争と更にゆっくりとした国際システムの崩壊、将来のパンデミックの漠然としたしかし増大する脅威などが挙げられる。一方、より融和的で現実的なアプローチについては、その利点は長期的かつ拡散的であり、そのコストは即時的である。

これらの疑問は、冷戦に関するもう1冊の最新刊『ケネディの撤退:キャメロットとアメリカのヴェトナム封じ込め(The Kennedy Withdrawal: Camelot and the American Commitment to Vietnam)』の核心に触れるものだ。ヴァージニア大学の歴史家マーク・J・セルヴァーストーンは、過剰反応の危険性を認識していた各大統領でさえも、戦争に引きずり込まれてしまうと論じている。セルヴァーストーンは、この本の中で、冷戦時代の最後のタブーの一つである、ジョン・F・ケネディ大統領が生きていればヴェトナムの泥沼化を避けられたというキャメロット神話を解き明かしている。

確かにケネディは、若い連邦上院議員として、本質的にはフランスの植民地主義に対する民族主義的な運動であると認識していた紛争に巻き込まれることに警戒心を抱いていた。これは多くの人々がそのように説明している。セルヴァーストーンが書いているように、ケネディは1954年の時点で、先見の明を持って連邦上院の同僚議員たちに「アメリカの軍事援助をいくら受けても、どこにでもいて同時にどこにもいない敵を征服することはできない」と語っている。ケネディは、暗殺されるまで、より繊細な外交政策を採用し、米ソ間の緊張を緩和するための新しい方法を模索していた。しかし、それでも、ケネディが大統領就任演説で宣言したように、「自由の生存と成功を保証するために、いかなる代償も払い、いかなる重荷も負い、いかなる苦難にも耐え、いかなる友をも支持し、いかなる敵にも対抗する」覚悟を持ち、信頼性に懸念を持った冷戦の戦士であることは確かである。セルヴァーストーンは、ケネディが「ドミノ思考と決意の表明という世界観で行動し続けた」と主張し、コスティリオラは、ケネディがケナンの「離脱」支持を理由にケナンとの関係を避けようとしたと指摘する。

しかし、他の学者たちはそのように考えていない。ピューリッツァー賞を受賞した『戦争の残り火:帝国の崩壊とアメリカのヴェトナムの形成(Embers of War: The Fall of an Empire and the Making of America’s Vietnam)』の著者であり、ケネディの伝記2巻を執筆中のハーヴァード大学の歴史学者フレドリック・ログヴァルは、ケネディはリンドンBジョンソン元大統領よりもはるかに繊細に歴史を学び、ドミノ理論には懐疑的だったと主張している。ケネディなら、勝ち目のない戦争におけるアメリカの存在感を縮小する方法を見つけただろうと考えている。「冷戦が不可避だったとは考えない。また、ヴェトナム戦争も不可避だったとも思わない」と、ログヴァルは電子メールの中で語った。

現状はどうだろうか? 冷戦時代にアチソンたちがソ連について論じたように、現在の習近平政権下の中国は、アメリカの力に対してより強くなるまでの時間稼ぎと、その後の台湾への攻撃しか考えていないと、多くの政策立案者たちは言う。そして、その先にあるのは、何が何でもアメリカに代わって世界をリードする大国となることだと、タカ派は主張している。そして、習近平はこの野望を実現するために、巨大で技術的に進んだ中国経済と、資源に恵まれたロシアの国土を結びつけようとしている。

そうかもしれない。しかし、北京がプーティンをレトリック的に支持する一方で、モスクワのウクライナでの侵略行為に対して、軍事援助や多くの経済援助を行っていないことは注目に値する。中国とロシアのパートナーシップは、冷戦初期の中ソ間のパートナーシップのように、薄っぺらいものであることが証明されるかもしれない。一方、ジョー・バイデン政権は、中国、そしていつの日かプーティン政権後のロシアと共存の道を探るというリアリスト(現実)的アプローチへの真の努力よりも、世間体を気にしているようだが、これは深刻なリスクである。NATOはまたしても、ワシントンや他の西側諸国の首都でほとんど議論されることなく、物議を醸す役割を担っている。

NATOは「北大西洋」の脅威を想定した同盟であるにもかかわらず、昨年夏、ほとんど注目されることなく、その焦点を事実上、中国に対する新たな封じ込め政策へと拡大した。マドリードでの首脳会談で、同盟は初めて日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの首脳を招待し、NATOの新しい「戦略コンセプト(strategic concept)」は、北京の野望が西側の「利益、安全、価値」に挑戦するということで、中国を優先事項の1つに挙げている。

バイデンが新たな冷戦を望んでいないのであれば、習近平が望んでいると考えても不思議ではないだろう。しかし、習近平は新型コロナウイルス感染拡大の封じ込めと経済の低迷のために後手に回っており、外交的関与の新たな可能性が存在するかもしれない。レフラーは、「習近平は、自分自身や中国が、競合するイデオロギー体系をめぐるアメリカとの絶対的な存亡の争いに巻き込まれているとは考えていないと思う。習近平は、アメリカと中国の利益が相互に排他的であるとは考えていないようだ」と述べている。あるいは、コスティリオラによれば、ケナンが言うように、「鋭く対立する立場は、外交という長く、必ずしも忍耐強いプロセスにおける提示価格に過ぎない」ということになる。

一つだけ確かなことがある。真剣な外交を試みない限り、それが正しいかどうかは分からないということだ。ケナンが生きていたら、間違いなくこの言葉に同意するだろう。

※マイケル・ハーシュ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。『資本攻撃:ワシントンの賢人たちがいかにしてアメリカの未来をウォール街に売り渡したか(Capital Offense: How Washington’s Wise Men Turned America’s Future Over to Wall Street)』『私たち自身との戦い:なぜアメリカはより良い世界を築くチャンスを無駄にしているのか(At War With Ourselves: Why America Is Squandering Its Chance to Build a Better World)』2冊の著作がある。ツイッターアカウント:@michaelphirsh

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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