古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:国家安全保障問題担当大統領補佐官

 古村治彦です。

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 今回は、ズビグニュー・ブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski、1928-2017年、89歳で没)についての論稿を紹介する。ブレジンスキーは、2023年に亡くなったヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger、1923-2023年、100歳で没)と並び称されるほどの著名な大物学者だった。2人の共通点はヨーロッパ生まれ(キッシンジャーはドイツ、ブレジンスキーはポーランド)、ナチズムから逃れた亡命者、ハーヴァード大学で博士号(キッシンジャーは政治学、ブレジンスキーは国際関係論)を取得、大統領国家安全保障問題担当大統領補佐官(キッシンジャーはニクソン政権・フォード政権[フォード政権では国務長官を兼任]、ブレジンスキーはカーター政権)に就任が挙げられる。
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ヘンリー・キッシンジャー(左)とズビグニュー・ブレジンスキー
 ブレジンスキーはまた、こちらもまた有名な学者だったサミュエル・P・ハンティントン(Samuel P. Huntington、1927-2008年、81歳で没)とは終生の友人だった。ハンティントンは、「諸文明間の衝突(The Clash of Civilizations)」を提唱したことで知られる。2人はほぼ同時期に、ハーヴァード大学大学院を修了した。学生時代から英才の誉れが高く、そのままハーヴァード大学に残っていたが、ハーヴァード大学での終身在職権(テニュア)付のポジションに就けず(リベラルな教授会に忌避された)、2人は揃ってニューヨークにあるコロンビア大学に移籍した。ハンティントンは1963年に懇願され、ハーヴァード大学に復帰したが、ブレジンスキーは復帰を拒否してコロンビア大学にとどまった。ブレジンスキーは、ニューヨークでの生活を気に入っていたという話が残っている。ハンティントンとブレジンスキーは性格こそ大きく違ったが、終生の友人関係を続けた。ブレジンスキーがジミー・カーター政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官に就任した際には、安全保障計画調整担当として国家安全保障会議に招集した。2人は米連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management AgencyFEMA)創設を行った。
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サミュエル・P・ハンティントン

・ヘンリー・キッシンジャー:ハーヴァード大学(1954-1968年)

・サミュエル・ハンティントン:ハーヴァード大学(1950-1958年)、コロンビア大学(1958-1962年)、ハーヴァード大学(1963-2008年)

・ズビグニュー・ブレジンスキー:ハーヴァード大学(1953-1959年)、コロンビア大学(1960-1989年)

 キッシンジャーとブレジンスキーは学者よりも、実務者としての面が強く、ハンティントンは大学人の面が強い。彼らはそれぞれの立場で大きな影響力を持った。ブレジンスキーはジミー・カーター政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官としてホワイトハウス入りしたが、サイラス・ヴァンス国務長官と対立し、ヴァンスから外交の実権を奪って活動した。1979年に発生したイラン革命に伴う、在テヘラン米大使館人質事件(1981年まで)では、反対を押し切り、米特殊部隊を起用しての人質救出事件を立案・実行し、失敗している。結果として、カーター政権の命運が尽きた事件となった。

 ブレジンスキーは、出身がポーランドということもあり(貴族であったブレジンスキー家の領地は現在のウクライナにあったそうだ)、ロシア(ソヴィエト連邦)を敵視し、ソ連によるアフガン侵攻では、ムジャヒディン支援を行った。ムジャヒディンにはオサマ・ビン・ラディンも参加していた。コロンビア大学時代の学生にはバラク・オバマがおり、オバマに大統領選挙に出馬するように勧め、陣営の外交顧問に就任したことでも知られる。民主党内のリベラルホーク(liberal hawk、国内問題ではリベラルな立場を取り、対外問題では強硬な姿勢を取る)であり、彼らの仲間の内、共和党に移っていた人々がネオコン派を形成している。リベラルホークは、民主党内の人道的介入派の源流ともなっている。

 しかし、対中国に関しては、ロシアをけん制するという意味もあり宥和的であり(カーター政権では米中国交正常化に取り組んだこともあり)、米中で世界を管理するG2路線に理解を示していた。その点でヘンリー・キッシンジャーと共通する。ブレジンスキーの反ロシア、反ソ連は骨絡みで、子供の頃からの信念、ポーランド貴族出身としての意地ということもあるだろう。冷戦の闘士であったブレジンスキーは現在の状況をどう見ているだろうか。そして、アメリカ外交政策に関して言えば、有名な大物学者が参加する、影響を与えるという時代は終わったと言えるだろう。そして、これはアメリカの世紀の終わりを示す1つの現象ということになるだろう。

(貼り付けはじめ)

地政学戦略家たちはどこへ行ってしまったのか?(Where Have All the Geostrategists Gone?

-ズビグニュー・ブレジンスキーの人生とその意義。

セオドア・バンゼル筆

2025年5月16日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/05/16/zbigniew-brzezinski-zbig-review-edward-luce/

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2010年の夏、蒸し暑い北京で会議を行き来しながら、ズビグニュー・ブレジンスキーに外交政策において最も大きな影響を与えたのは誰かと尋ねたことがある。当時、私はこの偉大な人物のリサーチアシスタントをしており、ぎこちなく時間をつぶそうとしていた。彼は少し間を置いて、困惑したような表情を浮かべた。「本当に誰も(Nobody, really)」と彼は答えた

第一印象では、ブレジンスキーの無表情な答えは自慢げだと思った。しかし、今にして思えば、ズビグ(彼の愛称)はただ正直だっただけだった。ポーランド生まれの戦略家であり、ジミー・カーター大統領の国家安全保障問題担当大統領補佐官として最もよく知られた彼は、安易なカテゴライズを逃れた人物だった。彼は民主党の冷戦の賢人(the Democrats’ Cold War sage)で、ロナルド・レーガン大統領の外交政策ティームにも崇拝者がいた。ジョージ・W・ブッシュ政権時代にはネオコンの宿敵(an arch-nemesis)だった根っからの対ロシア強硬派であり、バラク・オバマ米大統領の初期からの支持者でもあった。

ブレジンスキーは、同時代人で、ライヴァルでもあったヘンリー・キッシンジャーとしばしば比較される。2人は共にヨーロッパからの亡命者で、訛りの強いで話し、スター学者から国家安全保障問題担当大統領補佐官へと転身するという共通の経歴を持っていた。しかし、2人はアメリカの戦略に全く異なる視点からアプローチしていた。ドイツ生まれで旧世界のヨーロッパ外交を研究していたキッシンジャーは、アメリカの進路について悲観的な見方をし、ソ連については過大評価しており、デタント(détente、緊張緩和)を通じて米ソ両国の力の均衡(a balance of power)を図ろうとしていた。ソ連のイデオロギー的・政治的弱点を研究していたブレジンスキーは、東ヨーロッパを隷属させたモスクワに恨み(grudge)を抱き、冷戦においてアメリカが勝利すると確信していた。

ブレジンスキーの輝かしい生涯は、『フィナンシャル・タイムズ』紙のコラムニストであるエドワード・ルースによって鮮やかに語り直され、素晴らしい伝記となっている。ルースの著書は、思想家として、そして人間として、ブレジンスキーの真髄を捉えようとする初の試みである。辛辣なウィット、並外れた競争心、滑稽なほどのケチさ(comical tight-fistedness)、そして家族への優しくも揺るぎない献身。ルースは、この重要な新著でこれを見事に描き出し、アメリカ外交政策思想家たちの殿堂におけるブレジンスキーの地位を正当に高めている。

ルースの著書は多くの印象を残したが、中でも最も印象深いのは、アメリカがもはやブレジンスキーやキッシンジャーのような偉大な戦略家を生み出していないということだ。これは、第二次世界大戦の荒廃を経た世代が成熟し、世界秩序の問題に執着する思想家を輩出したという、彼らの世代の特殊性によるところもあるかもしれない。しかし、おそらくそれ以上に、現代のアメリカの外交政策立案における成功の要件に関係しているだろう。現代の巨大な国家安全保障国家、そしてブレジンスキー時代には数十人だった国家安全保障会議(NSC)自体でさえ、戦略的深みと同じくらい多くの運用上の専門知識をますます要求している。世界が大きく変貌を遂げているこの時代に、この地政学戦略家の不足は残念なことだ。キッシンジャーが2017年にライヴァルの訃報を受けた際に書いたように、「ズビグがその洞察力の限界を押し広げなければ、世界はより空虚な場所になる(The world is an emptier place without Zbig pushing the limits of his insights)」のだ。

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左:ブレジンスキーとジミー・カーター米大統領が1977年12月にエアフォースワンに搭乗している。右:イスラエルのメナヘム・ベギン首相(左)が、当時ホワイトハウスの国家安全保障問題担当大統領補佐官だったブレジンスキーとチェスの対局に臨む(1978年9月9日、メリーランド州キャンプ・デイヴィッドでの首脳会談にて)。

ブレジンスキーはポーランド人外交官の息子として生まれた。生まれてから10年間は​​断続的にしかポーランドに住んでいなかったが、ポーランドとその悲劇的な歴史はブレジンスキーの人生において大きな影を落とすことになった。1940年代のモントリオールで成人を迎えるまで、幼いズビグはポーランドの騎士や英雄を夢見ていた。高校時代には、国際関係におけるポーランド問題をテーマにした早熟なエッセイを書いた。

鉄のカーテンがポーランドと東ヨーロッパ諸国に降りる中、ブレジンスキーはその類まれな才能を敵国の研究に注ぎ込んだ。彼はロシア語を学び、1953年に当時黎明期にあったソヴィエト学(Sovietology)の分野でハーヴァード大学で博士号を取得した。ズビグが1960年に修士論文に基づいて著した『ソヴィエト圏:統一と対立(The Soviet Bloc: Unity and Conflict)』は、先見の明があり、かつ永続的な内容であった。彼は、ソヴィエト圏の民族分離、更にはソ連自体の民族の寄せ集め(バルト人からウクライナ人まで)が、最終的にソ連を破滅させるアキレス腱となると主張した。冷戦時代には、モスクワが汎ソ連的な市民意識をうまく醸成したという主張が盛んに行われていたが、ブレジンスキーはしばしばこう反論した。「それでは、彼らはソヴィエト語を話しているのか?(So do they speak Soviet?)」

ハーヴァード大学教授、それからコロンビア大学教授となり、ブレジンスキーの関心は次第にワシントンへと向けられていった。リンドン・B・ジョンソン政権時代に国務省に短期間勤務した際には、東ヨーロッパをモスクワから引き離すために平和的な関与(peaceful engagement)を提唱した。しかし、ブレジンスキーが国家安全保障問題担当大統領補佐官に就任したことで、彼はアメリカ外交のコックピットに座ることになった。カーター政権内でズビグの最大のライヴァルであったサイラス・ヴァンス国務長官は、ソ連との関係安定化を支持していたのに対し、ブレジンスキーはデタントを一方的な交渉と見なしていた。内部での影響力争いで、彼はヴァンスを昼食代わりに食べ、カーターの耳目を独占した。ブレジンスキーがホワイトハウスに近かったせいもあるが、ズビグは新しいアイデアと愉快な仲間の宝庫でもあった。あるとき、カーターがソ連の歴史を教えて欲しいと頼んだとき、ブレジンスキーは、レーニンのもとでは「復興集会(a revival meeting)のようだった、スターリンのもとでは監獄(a prison)のようだった、フルシチョフのもとではサーカス(a circus)のようだった、ブレジネフのもとではアメリカ合衆国郵便公社(a United States Post Office)のようだった」と答えた。

ブレジンスキーは影響力を行使して、膠着状態にあったデタントにナイフを突き刺した。ニクソンとキッシンジャーによる対中開放を土台に、カーターは1979年に北京との関係を完全に正常化した。小柄な鄧小平と、モスクワに対する相互の反感に基づく深い信頼関係を築いた。ブレジンスキーがヴァージニア州の自宅で開いた晩餐会では、レオニード・ブレジネフお気に入りのウォッカで米中友好を祝った。キッシンジャーは、対中開放はアメリカをモスクワと北京の両方に近づける優雅な「戦略的三角形(strategic triangle)」を生み出すと主張していた。ブレジンスキーはその代わりに、ソ連に対抗して米中関係を操作した。1979年のクリスマスにソ連が侵攻した際、カーター政権は中国の助けを借りてアフガニスタンの抵抗勢力を支援し、ソ連を永続的な泥沼(an enduring quagmire)に沈め、その崩壊(demise)を加速させた。

ブレジンスキーはまた、ソヴィエトをイデオロギー的に守勢に立たせる方法として、カーターの人権擁護を奨励したが、モスクワとの協力関係を維持したい国務省関係者の反発を招いた。この追求においてブレジンスキーは、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世という偶然のパートナーを見つけた。ルースは、戦略家とローマ法王の感動的な往復書簡を掲載し、この重要な歴史的関係を鮮明に回想している。

しかし、ブレジンスキーの遺産を永久に傷つけたのはイランだった。皮肉なことに、ズビグは1979年のイラン革命の危険性について先見の明があった。彼は1917年のロシアの影を見ていたし、ウィリアム・サリヴァン米大使のように、ホメイニ師を「ガンジーのように」なる可能性を持つ重要人物(a potential “Gandhi-like” figure)と見る人もいた。しかし、ズビグは、彼が提唱し、大失敗に終わり、カーターの選挙の運命を決定づけた、テヘランでのアメリカ人人質救出作戦「イーグル・クロー作戦(Operation Eagle Claw)」と永遠に結びつくことになる。

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1979年11月9日、人質事件の最中にテヘランの米大使館の屋上に集まったデモ参加者たちがアメリカ国旗に火をつけている。

ブレジンスキーはまた、イラン情勢の背後にソ連の関与があると過度に疑心暗鬼に陥っていた。カイ・バードによるカーター元大統領の伝記『アウトライアー(The Outlier)』では、ブレジンスキーは無謀な超タカ派(a reckless superhawk)として描かれ、「地政学的なゴブルディゴック(geostrategic gobbledygook[難解な、意味不明な言葉])」(ストローブ・タルボットがかつて『タイム』誌で表現したように)に傾倒し、至るところにソ連の影を感じている人物として描かれている。この風刺画には一片の真実も含まれている。ズビグは1980年のカーター・ドクトリン(Carter Doctrine)の立案者であり、このドクトリンはアメリカが「外部勢力(outside force)」(つまりモスクワ)によるペルシャ湾支配の試みを阻止することを約束した。今にして思えば、ソ連が終末的な衰退へと突き進む中で、この地域へのソ連の進出の脅威はあまりにも誇張されていたと言えるだろう。

その9年後、鉄のカーテンが崩壊し、ブレジンスキーの少年時代と職業上の夢が実現した。ブレジンスキーはそのわずか数カ月前に共産主義の崩壊が間近に迫っていることを予言し、1989年の著書『大いなる失敗――20世紀における共産主義の誕生と終焉』の中でミハエル・ゴルバチョフの改革努力は絶望的であると力説した。フランシス・フクヤマは、「ブレジンスキーほど、歴史的な出来事の実際の流れによって正当性が証明された人物はいない」と書いている。そしてソ連は、40年前にズビグが修士論文で予見したように、構成民族に分解した。

ルースは、ブレジンスキーが冷戦時代にはアメリカの能力について楽観的であったにもかかわらず、その後、アメリカがグローバル・リーダーのマントを担う能力については皮肉屋に転じたことを鋭く指摘している。ズビグは、ジョージ・HW・ブッシュがスローガン以上の「新しい世界秩序(new world order)」のヴィジョンを具体化できなかったことを悔やみ、ビル・クリントン政権がイスラエルとパレスチナの恒久和平に失敗したことを批判した。ブレジンスキーは、ジョージ・W・ブッシュのイラク戦争を即座に痛烈に批判し、対テロ世界戦争を「準神学的」な不条理(“quasi-theological” absurdity)だと断じた。

ズビグがよく知るロシアについては、彼は特徴的に予言的であった。ブレジンスキーは、ソヴィエト連邦崩壊後のロシア連邦が間もなく報復主義(revanchism)に取り込まれると予言し、西側の利益を強固にするためにNATOの東方拡大を提唱した。この予言の中で、ブレジンスキーはウクライナの中心性に焦点を当てた。彼は1994年に、「ウクライナがなければロシアは帝国ではなくなるが、ウクライナが従属し、そして従属させられれば、ロシアは自動的に帝国になる(without Ukraine, Russia ceases to be an empire, but with Ukraine suborned and then subordinated, Russia automatically becomes an empire)」と書いている。彼の予測がなんと正しかったことか。

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左上から時計回りに:ブレジンスキーとマデレーン・オルブライト元米国務長官(2006年、ワシントンにて)、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官(2016年、オスロにて)、ドナルド・トゥスク・ポーランド首相(2008年、ワシントンにて)、潘基文国連事務総長(2012年、ワシントンにて)。

何が優れた戦略思考者を作るのか? 歴史的視点、政治的意志を直感的に読み取る能力、そして軍事から人間心理に至るまでの様々な分野の統合だ。ブレジンスキーはこれらの資質を全て見事に体現していた。彼の理論は、政治、イデオロギー、そして社会発展という多様な要素を統合し、鋭くも学術的な文体で表現していた。その典型は、1970年に出版された著書『二つの時代の狭間:テクネトロニック時代におけるアメリカの役割(Between Two Ages: America’s Role in the Technetronic Era)』に象徴されている。

優れた戦略家の特徴としてしばしば過小評価されるのが、独創的な思考力だ。ズビグはそれを自分の中で大事に育んだ。ブレジンスキーは、ワシントンの集団思考(gtoupthink)を助長するようなことは決してしなかった。ブレジンスキーは、望ましくない影響を避けるため、自分が執筆しているテーマに関する意見記事を読んだり、重要なスピーチをしたりすることを意図的に避けていた。私はブレジンスキーのリサーチアシスタントとして、彼が外国の視点をより深く理解できるよう、毎週国際新聞の速報記事をまとめていた。

知的な面で恐れを知らないことも重要であり、それはしばしば鋭い攻撃を伴う。ブレジンスキーはなかなか魅力的で、ジョージタウン(ワシントン)の社交界よりも家族を優先する姿勢で、多くの同僚とは一線を画していた。しかし、タカ派の顔立ちは、彼の使命感と物事への真摯なアプローチを露呈していた。彼は国務省をはじめとするあらゆる部署で、巧妙にライヴァルを出し抜き、更にそれを大いに楽しんでいた。かつて彼は、カーター政権時代に関するある本で、ブレジンスキーの描写が「マキャベリがボーイスカウトのように見えるようにさせた」と自慢げに語ったことがある。

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ワシントンの事務所にいるブレジンスキー(1981年12月1日)

しかし、ブレジンスキーの最もマキャベリ的な駆け引きは、権力のために権力(power for power’s sake)を求めるのではなく、理念の追求(the pursuit of idea)に向けられた。ルースによれば、ジョンソン政権下でズビグは、ロバート・F・ケネディがジョンソンの冷戦政策を批判する演説を予定しているという作り話をでっち上げ、大統領がブレジンスキーの東ヨーロッパ戦略を盛り込んだ演説でライヴァルに先手を打つよう仕向けた可能性が高い。ブレジンスキーは当然ながら人気と報道に恵まれていたが、人気は常に二の次であり、自らが正しいと考えることを主張することの方が重要だった。ズビグは初期から二国家共存の解決(a two-state solution)とイラク戦争反対を強く訴え、ワシントンの多くの場所で疎外されたが、それでも決して諦めなかった。

アメリカの外交政策におけるリーダーシップの必要条件は、ブレジンスキーの全盛期とは根本的に変化しており、ズビグのような地政学戦略家はかつてないほど見つけにくくなっている。ブレジンスキーはNSCを大学のゼミのように運営していた。20人ほどのスタッフがそれぞれ異なる地域を担当し、1つのテーブルを囲んで座っていた。しかし、今日の国家安全保障官僚機構はあまりにも巨大で複雑であるため、深い地政学的思考はあっても十分ではない。膨大な資料を処理し、経済と国家安全保障の分野横断的な課題に取り組むには、ブレジンスキーには到底及ばなかったであろうスキルと姿勢が求められる。国際関係論の著名な学者も姿を消した。かつてないほど細分化され専門化された学界は、そのような学者を輩出していない。そして、国民の関心が内向きになるにつれ、彼らも彼らに価値を見出さなくなっている。

ブレジンスキーは晩年、アメリカ人の外交問題に対する無知を一貫して嘆いていた。例えば、アメリカの高校生の3分の1が地図上で太平洋の位置が分からないといったエピソードを、演説に盛り込み、説得力を持たせていた。このようにブレジンスキーは、ジョージ・ケナンのような国際関係論学者の偉大な伝統を受け継いでいた。ケナンは、アメリカの一般国民の唯物主義と浅薄さ(materialism and superficiality)を、時代錯誤に聞こえるほどに嘆いていた。しかし、アメリカが旧来の同盟関係から離脱し、自国中心主義とポピュリズムに囚われつつある今、この点においてブレジンスキーは再来した予言者だったのかもしれない。

※セオドア・バンゼル:ラザード・ジオポリティカル・アドバイザリーのマネージングディレクター兼責任者。以前は駐モスクワ米大使館の政治部と米国財務省に勤務した。2008年から2010年まで、ズビグニュー・ブレジンスキーのリサーチアシスタントを務めた。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 古村治彦です。

※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になりました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
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第2次ドナルド・トランプ政権発足から100日以上が過ぎて、大きな人事異動が発表された。マイク・ウォルツ国家安全保障問題担当大統領補佐官が職を離れ、米国連大使に転身する予定であることが発表された。国家安全保障問題担当大統領補佐官の職は、マルコ・ルビオ国務長官が暫定的に兼務することになった。これは、ジェラルド・フォード大統領時代のヘンリー・キッシンジャー以来のことだ。
 そもそも、昨年の段階では、エリス・ステファニック連邦下院議員(ニューヨーク州選出、共和党)が米国連大使に指名されていたが、今年3月末に、連邦下院で過半数を握っているが、民主党との差が小さい共和党の議席数を守るために、ステファニックの指名をトランプ大統領が取り消し、ステファニックは連邦下院議員を続投することになり、連邦下院共和党の指導部に復帰した。後述する、ウォルツが引き起こしたシグナルゲート事件が3月中旬に起きたことを考えると、マイク・ウォルツの辞任(実質的な更迭)は3月下旬に決定されており、ステファニクの国連大使指名が撤回された可能性がある。

マイク・ウォルツは政権内で存在感を発揮することができず、また、トランプ大統領側近のスージー・ワイルズ大統領首席補佐官との関係が悪化したという話もある。首席補佐官は大統領執務室の隣にオフィスを持ち、大統領が誰と会うかをコントロールすることができる。国家安全保障問題担当大統領補佐官であるウォルツがトランプ大統領と会う必要がある時に、ワイルズ首席補佐官がそれを妨害したということは考えにくいが、このような話が出るほどに政権内部でひずみが出ているようだ。イーロン・マスクは特別公務員であるが、正式な閣僚ではないはずだが、閣議に出てくる。マスコミはマスクばかりを追いかける。他の閣僚や政権高官たちは面白くないということはあるだろう。そこに、シグナルゲート事件が起きた。ピート・ヘグセス国防長官も当事者であるが、今回はマイク・ウォルツだけが更迭されることになった。2人同時では政権に与えるダメージが大きい。ヘグセスもタイミングを見て、辞任(更迭)ということになるだろう。
 ルビオ国務長官が国家安全保障問題担当大統領補佐官を兼務することになり、これは、トランプ大統領のルビオに対する信頼感を示している。私は現在のところ、JD・ヴァンス副大統領がトランプ大統領の後継者になると考えているが、マルコ・ルビオも有力な後継者になり得ると考えられる。ヴァンスとルビオが両方ともカトリック教徒であることは興味深い。キリスト教福音派がトランプ派の強力な支持基盤であるが、これがどのように影響するか注目される。
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ドナルド・トランプ大統領がマイク・ウォルツを国連大使に任命、マルコ・ルビオ国務長官を国家安全保障問題担当大統領補佐官に任命(Trump taps Mike Waltz as UN ambassador, names Rubio as national security adviser

アレックス・ガンギターノ筆
2025年5月1日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/5277929-mike-waltz-un-ambassador-rubio-nsc/

ドナルド・トランプ大統領は、グループ・テキストチャットをめぐる論争の最中に解任されたと報じられたマイク・ウォルツ国家安全保障問題担当大統領補佐官を国連大使に指名した。

トランプ大統領はまた木曜日に、ウォルツの後任として、マルコ・ルビオ国務長官を暫定国家安全保障問題担当大統領補佐官に任命すると発表した。

トランプ大統領はSNSのトゥルース・ソーシャルで「マイク・ウォルツを次期国連大使に指名することを嬉しく思う。ウォルツは、戦場での軍服時代、連邦議会での活動、そして国家安全保障問題担当大統領補佐官としての活動を通して、国益を最優先に力を尽くしてきた。新しい役割でも、同様に尽力してくれると確信している」と述べた。

トランプ大統領は続けて、「当面の間、マルコ・ルビオ国務長官は国家安全保障問題担当大統領補佐官を務め、国務省における強力なリーダーシップを継続する。私たちは共に、アメリカと世界を再び安全にするために、不断の努力を続けていく。この件にご関心をお寄せいただき、感謝申し上げる!」と述べた。

ウォルツが国家安全保障会議(National Security CouncilNSC)の職を辞し、国連大使に就任することは、連邦上院の人事承認が必要となるが、トランプ政権における最初の大きな人事異動となる。

トランプ大統領が先月、エリス・ステファニック連邦下院議員(ニューヨーク州選出、共和党)の指名を取り消したことで、国連大使のポストが空席となった。トランプ大統領はこの決定について、ステファニック議員を「連邦下院指導部への復帰(rejoin the House Leadership Team)」のためだと説明している。

一方、国務省のタミー・ブルース報道官は、ルビオの役割が拡大されることは国務省にとって「興奮する瞬間」であり、全く驚くべきことではないと付け加えた。

ブルース報道官は次のように述べた。「私が存じ上げているルビオ長官、就任初日から様々な役割を担ってきた人物だ。大統領もよく知っている人物だ。大統領は誰が自分の政策を実行するのかを完璧に判断している。今回のケースでは、ルビオ長官とウォルツ補佐官を、自らの政策を推し進めるために選んだ。全く驚くべきことではない」。

ウォルツの立場の変化は、国家安全保障・国防当局者がイエメンでの軍事攻撃に関する重要な詳細を共有していたシグナル・アプリ上のグループチャットをめぐる論争の中心人物だったことを受けて起きた。ウォルツは、『アトランティック』誌編集長のジェフリー・ゴールドバーグを誤ってチャットに招待した人物とされている。

ゴールドバーグは3月24日の報道で、自分がメッセージチェインに追加されたことを明らかにした。国家安全保障会議は、このメッセージチェインが本物であることを確認した。ピート・ヘグセス国防長官はシグナルでフーシ派反政府勢力への攻撃について概説したが、ホワイトハウスとヘグセス長官は、これらの詳細は機密扱いではないと主張している。

当時、この事態を受けてウォルツ、あるいはヘグセスが解任されるのではないかとの憶測が渦巻いていたが、トランプ大統領はフロリダ州選出の元連邦下院議員であるウォルツを擁護し、国家安全保障問題担当大統領補佐官を信頼していると述べた。

加えて、今月初め、極右陰謀論に関与する政治活動家ローラ・ルーマーがトランプ大統領と会談し、信頼できない国家安全保障担当官のリストを持参したと報じられたことを受け、国家安全保障会議の職員6人が解雇された。

解雇された職員には、情報担当上級ディレクターのブライアン・ウォルシュ、連邦下院議員時代にウォルツの補佐官も務めた立法担当上級ディレクターのトーマス・ブードリー、技術・国家安全保障担当上級ディレクターのデイヴィッド・フェイスなどが含まれている。

トランプ大統領は、ルーマーがこれらの解雇に関与しているという見方を否定し、「彼女は物事や人物について勧告を行っており、私はその勧告に耳を傾けることもある」と述べた。

フロリダ州上院議員のランディ・ファイン(共和党)は、今月初めにフロリダ州第6選挙区の特別選挙で勝利し、ウォルツの後任として連邦下院議員に選出された。ファインの勝利は、民主党のジョシュ・ワイルが資金調達や一部の世論調査でファインを上回ったことで、共和党は選挙戦への懸念を強めていたので、共和党にとっては朗報となった。

=====
ドナルド・トランプ大統領はシグナルゲート事件を受け内閣改造を発表(Trump Announces Cabinet Reshuffle in Signalgate Fallout

-マイク・ウォルツは国家安全保障問題担当大統領補佐官を解任され、国連大使への就任をめぐる承認争いに直面している。

ジョン・ホルティワンガー筆

2025年5月1日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/05/01/mike-waltz-out-national-security-advisor-trump-resignation-signal/

ドナルド・トランプ大統領は木曜日、マイク・ウォルツ国家安全保障問題担当大統領補佐官が退任すると発表した。これは第2次トランプ政権における初の大規模な内閣改造となる。ウォルツの次席大統領補佐官であるアレックス・ウォンも退任すると報じられている。

トランプ大統領はドゥルース・ソーシャルへの投稿で、マルコ・ルビオ国務長官が現在の職務に加え、暫定国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めると述べた。また、ウォルツを国連大使に指名すると発表した。国連大使は国家安全保障問題担当大統領補佐官とは異なり、連邦上院の人事承認が必要となる。

トランプ大統領は「ウォルツは、戦場での軍服時代から、連邦議会での活動、そして国家安全保障問題担当大統領補佐官として、国家の利益を最優先に力を尽くしてきました。新たな役割でも、彼が同様に尽力してくれると確信している」と述べた。

当初、国連大使にはニューヨーク州選出の共和党所属の連邦下院議員エリス・ステファニックが指名されていたが、共和党が連邦下院で僅差で多数派を占めていることを考慮し、僅差のための懸念もあり、トランプ大統領は彼女の指名を撤回した。

ウォルツが国家安全保障問題担当大統領補佐官を辞任したというニューズは、シグナルゲート事件でウォルツがその渦中に置かれてから1カ月余り後に報じられた。3月、ウォルツはシグナル・グループチャットで他の政府高官と誤ってジャーナリストを参加させ、イエメンへのアメリカ軍による攻撃に関する機密情報を話し合っていた。

ホワイトハウスは事件の重大性を軽視し、機密情報は共有されていないと主張していたにもかかわらず、シグナルゲート事件の結果、ウォルツの新政権における将来は直ちに疑問視された。国家安全保障分野のヴェテランたちは、この主張に強い懐疑心を抱いている。シグナルゲート事件は依然として政権にとって悩みの種であり、ピート・ヘグゼス国防長官も引き続き厳しい調査を受けている。このスキャンダルは、ウォルツの将来に関わる人事承認公聴会で必ず取り上げられる可能性が高い。

シグナルゲート事件の騒動当初、トランプ大統領はウォルツへの信頼を表明していたものの、その後、ホワイトハウスにおけるウォルツの影響力は急速に低下した。

国家安全保障問題担当大統領補佐官の解任は、トランプ大統領が極右活動家で陰謀論者のローラ・ルーマーとの会談後、忠誠心欠如の疑いで国家安全保障会議の職員数名を解雇してからわずか数週間後のことだった。

ウォルツの解任が報じられた木曜日、ルーマーはウォルツとウォンの解任を祝福し、その功績を自分のものにしたように見えた。これはトランプ大統領が国連大使への指名を発表する前のことだった。ルーマーはXへの投稿で、「ウォルツが主宰する国家安全保障会議で解雇予定だったが昇進した残りの職員も辞任してくれることを願っている」と述べた。ルーマーはウォンの解任を公然と主張する一方で、ウォンと妻を中国系移民の子孫であることで攻撃している。木曜日、ルーマーはXに「戦利品(SCALP)」と投稿し、ウォンを批判した以前の投稿を再シェアした。

シグナルゲート事件の責任を問われているだけでなく、トランプ大統領の補佐官や側近たちは、大統領がロシア・ウクライナ戦争終結のための和平合意と、イランとの新たな核合意の締結を目指している時期に、ウォルツがロシアとイランに対して強硬すぎると見なしていたと報じられている。しかし、この問題の大きな原因は、ルーマーのトランプ大統領に対する影響力の拡大にあると広く疑われている。

元国務省報道官のネッド・プライスはウォルツの解任について『フォーリン・ポリシー』誌の取材に応じ、「残念なことだが、これはローラ・ルーマーと彼女の過激な陰謀論者たちの仕業だと思う」と述べ、トランプ政権において純粋にイデオロギーに関することは「ほぼない(very little)」と付け加えた。

プライスは続けて、「確かに、ウォルツはウクライナ、ロシア、イランといった重要課題で足並みを揃えていなかった。しかし、彼が今日解任されたのは、ルーマーとその同調者たちが彼の解任を望んだからだろう。ルーマーとその同調者がホワイトハウス、更には国家安全保障機関にまで大きな影響力を持っていることは、全てのアメリカ国民にとって大きな懸念事項だ」と述べた。

ルーマーはコメント要請にすぐに応じなかった。

国家安全保障問題担当大統領補佐官は通常、ホワイトハウスで最も影響力のある高官の1人である。例えば、ジョー・バイデン前大統領の下では、ジェイク・サリヴァン国家安全保障問題担当大統領補佐官はアメリカの外交政策に大きな影響力を持ち、政権内で常に最も注目を集める立場の高官の1人であった。

しかし、トランプ大統領の第2期では、国家安全保障問題担当大統領補佐官の役割はこれまでのところ低下している。国家安全保障会議を骨抜きにし、大統領職や、特に外交問題に関して型破りなアプローチを取っているからだ。スティーブ・ウィトコフのような経験の浅い忠実な部外者を、国家安全保障分野のヴェテランやキャリア官僚よりも重用している。

※ジョン・ホルトィワンガー:『フォーリン・ポリシー』誌記者。Xアカウント:@jchaltiwanger

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 古村治彦です。
※2025年3月25日に最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)が発売になりました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。
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 アメリカの外交政策において、学識経験者や専門家が重責を担ってきた。その代表例がヘンリー・キッシンジャーだ。彼はハーヴァード大学教授から、国務長官と国家安全保障問題担当大統領補佐官に転身した。その他に、コロンビア大学教授だったズビグニュー・ブレジンスキーやスタンフォード大学教授だったコンドリーザ・ライスといった人々が国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めた。
 国家安全保障問題担当大統領補佐官は戦後の1952年にドワイト・アイゼンハワー大統領時代に設置された。今ではホワイトハウスにおける外交政策の指揮官として、国家安全保障会議を主宰するなど最重要のポストになっている。国家安全保障会議のスタッフとして、学識経験者が入ることも多い。

 下記論稿の著者ジェレミ・スリは、トランプ大統領が国家安全保障の専門家を排除し、政治家を重視したため、国家安全保障の能力が低下していると批判している。スリは、トランプの政権では、熟練した専門家が解任され、意思決定の質が著しく低下した。これに伴い、無知や不適切な判断がもたらされたとして不安が広がっていると批判している。

 アメリカの外交政策の大きな流れには、リアリズム(現実主義)とアイディアリズム(理想主義)とう2つの潮流がある。このことは、このブログでも何度も書いているし、拙著でも何度も触れている。アメリカの外交政策が失敗するのは多くの場合、アイディアリズムが採用されている時だ。アイディアリズムで世界を変えるということで、外国に介入して多くの場合に失敗している。最近の例で言えば、ジョージ・W・ブッシュ政権時代にネオコンが主導したアフタにスタンとイラクへの侵攻が挙げられる。

 このような失敗と専門家の学識が結びつけられ、専門家たちへの信頼が揺らいでいる。そのことに、下記論稿の著者スリのような専門家たちが気付くべきだ。学問上の理論であれば、何でも言える。しかし、問題はその理論を実践に使って失敗してしまう時だ。それで大きな傷や負担を追うのは国民である。それに対して、専門家たちは何か責任を取るとか、謝罪をするとか、反省するとかそういう姿勢を見せてきただろうか。この点は学術界全体として大いに反省すべきだと私は考える。専門家たちがアメリカの外交政策に対して大いなる貢献をしたことは間違いないが、専門家たちが増上慢となり、過度なエリート主義を持ってしまえば、大きな失敗をして、民意と乖離する結果となってしまう。その大きな動揺が現状であると言えるだろう。

(貼り付けはじめ)

何世代にもわたる専門家がいかにしてアメリカの力を築き上げてきたか(How Generations of Experts Built U.S. Power

-そして今、トランプはそれを全て捨て去ろうとしている。

ジェレミ・スリ

2025年4月17日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/04/17/trump-national-security-experts-loyalists-intelligence-community-purge-history-geopolitics/

プロイセンの軍事理論家カール・フォン・クラウゼヴィッツは、戦争は「政策を別の手段で継続するに過ぎない(mere continuation of policy by other means)」という有名な言葉を残しているが、戦争が単なる政治である(war is merely politics)とは考えていない。1832年に発表されたクラウゼヴィッツの影響力ある論文『戦争論(On War)』は、複雑な国防を管理する上で、訓練(training)、専門性(expertise)、そして卓越した才能(exceptional talent)が果たす重要な役割について深く考察している。戦争には、技術的技能(technical skill)、組織力(organizational acumen)、歴史的知識(historical knowledge)、そして戦略的洞察力(strategic insights)が必要だ。勇気と強靭さは必要不可欠だが、これらの資質は学問の代わりにはならないとクラウゼヴィッツは述べている。戦争はあまりにも危険であり、素人や偽善者に任せておくべきものではない。

大陸軍(the Continental Army)の創設以来、アメリカ人は常に防衛管理において専門知識を求めてきた。ジョージ・ワシントンが革命軍(the revolutionary military)の指揮官に選ばれたのは、イギリス陸軍での豊富な経験があったからだ。彼の兵士たちは未熟な戦士だったが、彼はそのリーダーシップに知識をもたらした。彼が兵士たちに高く評価された主な理由の1つは、戦闘での波乱に満ちた記録ではなく、知識をもたらす能力だった。

トーマス・ジェファーソン大統領は軍国主義(militarism)を嫌悪していたにもかかわらず、1802年にエリート陸軍士官学校であるウェストポイント陸軍士官学校を設立した。これは、建国間もない国家の防衛を担う最高レヴェルの指導者を育成するためのものだった。ウェストポイントの初代校長ジョナサン・ウィリアムズ陸軍少佐は、軍の指導者にとっての学問の重要性を強調した。ウィリアムズは「私たちの軍の士官は科学者であり、その学識によって学術界から注目されるに値する者でなければならないことを、私たちは常に心に留めなければならない」と述べた。

1884年、アメリカ海軍はさらに一歩進み、「戦争に関するあらゆる問題、そして戦争にまつわる政治手腕、あるいは戦争の予防に関する独創的な研究」を行う大学院機関であるアメリカ海軍戦争大学を設立した。この新設機関の初代学長スティーブン・ルース海軍中佐は、成功する軍の指導者にとって教育がいかに重要であるかを強調した。彼は、経験豊富な海軍司令官がより「完全な存在(complete creature)」となることを望んだ。そうでなければ、「私たちの教育を受けていない船員は、イギリスとフランスの訓練された砲兵に対抗するチャンスはないだろう」とルースは警告を発した。

ウェストポイントと海軍戦争大学は、第二次世界大戦後、アメリカが半球の強国(a hemispheric power)から卓越した世界覇権国(the preeminent global hegemon)へと成長を遂げた際、アメリカ外交政策の画期的な転換の不可欠な基盤となった。1945年、アメリカ陸軍将兵は各大陸の軍事拠点を占領し、アメリカ海軍将兵は世界の主要な海域を哨戒し、アメリカ空軍将兵は世界中の空を制覇し、アメリカの科学者たちは「絶対兵器(absolute weapon)」である原子爆弾を投下した。

アメリカの力は、最高指導者の訓練や専門知識をはるかに凌駕していた。ハリー・トルーマン大統領は大学の学位を持っておらず、第一次世界大戦での軍事経験も浅く、物理学を学んだこともなかった。彼の最初の陸軍長官であったヘンリー・スティムソンは、アメリカが国際的野心も能力も限られていた1890年代初頭にキャリアをスタートさせていた。ヨーロッパでの連合国軍の勝利を指揮したドワイト・アイゼンハワー大将は、アメリカ軍はすぐにでも大陸から撤退しなければならないと予想していた。1945年当時でさえ、アメリカはグローバルなリーダーシップを発揮した経験がなかった。

トルーマン、スティムソン、アイゼンハワー、そして同世代の多くの人々にとって最大の功績は、国家安全保障に関する新たな機関の創設に資金を投じたことだろう。これらの機関は、国家が新たに獲得した力と責任を担う上で、訓練を受けた専門家で満たされていた。「国家安全保障(national security)」は、近代戦争への軍事、外交、そして技術的準備、そして戦争を阻止するための様々な取り組みが交差する領域を指す新しい専門用語となった。

新たな国家安全保障専門家の育成と配置には、ウェストポイントと海軍戦争大学の経験が活かされた。アメリカの指導者たちは、戦争から帰還した優秀な陸軍兵、水兵、空軍兵を募集し、1947年の国家安全保障法に基づいて設立された新たな機関の一員とした。政府の資金援助を受けて高等教育を受ける機会を得た退役軍人たちは、新設された国防総省、秘密主義のCIA、そして初期の原子爆弾を管理した原子力委員会といった官僚組織に多数参加した。

陸軍や海軍の前任者たちと同様に、第二次世界大戦後の国家安全保障専門家たちは、それぞれの戦争関連分野における最高レヴェルの知見を政府に持ち込み、脅威、機会、そして戦略について政治指導者に助言する任務を負っていた。連邦議会は、大統領、副大統領、そして内閣に政府の最高の専門知識を提供するために、ホワイトハウスに国家安全保障会議(National Security CouncilNSC)を設置した。政策決定は政治家に委ねられたが、それは彼らが核時代の戦争と安全保障に関する最も深い知識に触れた後にのみ行われた。

1952年、アイゼンハワーはロバート・カトラーを国家安全保障問題担当大統領特別補佐官[special assistant to the president for national security affairs](後に「国家安全保障問題担当大統領補佐官(national security advisor)」と呼ばれる)に任命した。ワシントン以外でカトラーの名を知る人はほとんどいなかったが、彼は専大統領と内閣への専門家から情報の流れを管理していた。カトラーとアイゼンハワーにとって、国家安全保障プロセスの目的は、アメリカの力と財源を国益の促進に活用するための最善の選択肢をホワイトハウスに持ち込むことだった。大統領が兵器の配備、援助の分配、同盟の形成、共産主義の進出の阻止について情報に基づいた決定を下すには、技術的な正確さ、問題に関する専門知識、政策経験が不可欠だった。

NSCはワシントンの冷戦政策立案の重要な中心となった。NSCで議論されるブリーフィングやオプションペーパーに情報を提供する専門家は、政府官僚、大学、ランド研究所、ブルッキングス研究所などのシンクタンクに多くいた。アメリカの外交政策は、ヨーロッパや日本の復興、軍備管理の追求、国際的な経済開発など、その最盛期には、最も鋭敏な頭脳の知識を意思決定に反映させていた。アメリカの外交政策において最も影響力のある選挙を経ていない専門家の中には、マクジョージ・バンディ、ヘンリー・キッシンジャー、ズビグニュー・ブレジンスキー、ブレント・スコウクロフト、コンドリーザ・ライスなど、国家安全保障問題担当大統領補佐官として働いていた者もいる。

もちろん、国家安全保障の専門家たちは、特にヴェトナム戦争やイラク戦争を支持したことで、重大な過ちを犯した。しかし、彼らは70年以上にわたって、比較的安定した国際秩序を管理するのに貢献した。アメリカの国家安全保障システムは、軍事力、経済力、ソフト・パワーを駆使して世界に影響を与え、おおむねアメリカの利益に資するような形で、大統領に適切な選択肢を与えた。アメリカは安全保障を維持し、あらゆる大陸で同盟関係を管理し、経済成長の恩恵を受け、ついに主要な敵対国であったソ連が崩壊するのを見た。専門家は、核戦争やその他の世界的大災害を防ぐのに役立った。アメリカの国家安全保障の専門家たちは、海外の専門家たちと協力しながら、国際法や人権を擁護し、外交政策の文明化に貢献したと主張する学者もいる。

ドナルド・トランプ大統領は、アメリカの外交政策から国家安全保障の専門家を排除し、政権の国益追求能力を低下させている。彼は国家安全保障のトップに政策の専門家ではなく、忠実な政治家を据えた。マイク・ウォルツは、選挙で選ばれた政治家として初めて安全保障問題担当大統領補佐官に就任した。マルコ・ルビオ国務長官も選挙で選ばれた政治家であり、ジョン・ラトクリフCIA長官やトゥルシ・ギャバード国家情報長官も選挙で選ばれた政治家だった。ピート・ヘグセス国防長官は二流のTVニューズキャスターだった。これらの人物はいずれも、国家安全保障問題に関して本格的な専門知識を持っている訳でもなく、専門家のコミュニティと深いつながりがある訳でもない。どちらかといえば、彼らは専門家を敵視しているからこそ、トランプに選ばれたのだ。

知識と能力の欠如は、3月にトランプ大統領の国家安全保障の最高責任者が、安全でない、「シグナル」のメッセージング・チャンネルを通じて、アメリカ軍のイエメンに対する攻撃計画に関する詳細な情報を『アトランティック』誌編集者のジェフリー・ゴールドバーグと不注意にも共有したことで、憂慮すべき低水準に達した。彼らが漏らした情報は、敵国が攻撃を妨害し、アメリカ軍関係者の安全を脅かすために使われる可能性があった。この災難に責任のある明らかに無能な役人は、誰も解雇されず、辞任もしていない。

トランプ大統領が4月初旬に行ったのは、国家安全保障システムの最高幹部に近い、最も有能な専門家数名を解雇することだった。極右の911陰謀論者ローラ・ルーマーの助言を受けたとみられるが、トランプ大統領はティモシー・ハウ大将を解任した。ハウ大将は、通信諜報を担当する国家安全保障局(National Security AgencyNSA)と、外国のハッキングやサイバーテロからアメリカを守る任務を担う米サイバー軍の両方を率い、世界的に尊敬されている四つ星将軍だった。ハウ大将の文民副官ウェンディ・ノーブルも解任された。国家安全保障会議(NSC)では、技術と諜報の分野で高く評価されている専門家たちも解任された。トランプ大統領はこれに先立ち、統合参謀本部議長と海軍作戦部長という、更に2人の尊敬される軍指導者を解任している。

その理由は、トランプ大統領への忠誠心が足りなかったからだという。しかし、これらの専門家や解雇された他の数百人の専門家が、研究対象の証拠と論理に従う以外のことをしたという証拠はない。彼らは効果的な政策を行うために必要な知識を追求し、その知識が導く先を大統領とその政治的支持者が好まなかったために職を失った。これはワクチンが効くことを否定することに等しいが、国家安全保障の場合は、サイバー防衛、核兵器、そして中国、イラン、北朝鮮との戦争の見通しなど、賭け金は更に高くなる。

アメリカの最も強力な外交政策手段が、無知で経験が浅く、適切な意思決定に必要な知識から切り離された人々によって管理されていることを、私たちは今認識しなければならない。今後数カ月以内に深刻な軍事衝突が起きれば、トランプ政権は無能さを露呈し、有害な間違いを犯すだろう。最近のウクライナ支援の放棄、明らかに嘘のクレムリンのトーキングポイントを採用するトランプ大統領の奇妙な行動、そして悲惨な関税発表は、国家安全保障に関する行き当たりばったりで無秩序な意思決定の兆候であり、世界はこれから4年近くこのような状況を見ることになるだろう。

反専門家のリーダーシップ(ani-expert leadership)は、第二次世界大戦後のほとんどの時代を特徴づけていた、思慮深く慎重な政策決定を覆すものだ。専門知識は、アメリカの安全保障(security)、安定(stability)、そして繁栄(prosperity)を守る上で役立ってきた。専門知識の欠如は、さらなる不確実性と軽率な行動をもたらすだろう。国家安全保障の専門家がいなければ、アメリカの外交政策は、国家と国民を守るための十分な準備が整わないだろう。

クラウゼヴィッツは私たちに、戦争は政治の問題であるということを思い出させるが、同時に、その問題に対する知的な真剣さも必要だ。テレビやソーシャルメディアで大統領、国防長官、あるいは将軍を演じている者たちは、現代の戦場の複雑さに対応できていない。クラウゼヴィッツが軽蔑した自信過剰なヨーロッパ貴族たちのように、彼らは誇り高き社会を驚くべき敗北へと導くだろう。

※ジェレミ・スリ:テキサス大学オースティン校のマック・ブラウン記念国際問題リーダーシップ特別教授、テキサス大学歴史学部、リンドン・B・ジョンソン公共政策大学院の教授。

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 古村治彦です。
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※2024年10月29日に佐藤優先生との対談『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』(←この部分をクリックするとアマゾンのページに飛びます)が発売になります。よろしくお願いいたします。

 ドナルド・トランプ次期大統領は、国務長官にマルコ・ルビオ、国家安全保障問題担当大統領補佐官にマイク・ウォルツ、米国連大使にエリス・ステファニックを指名した。この人事に共通するのは対中強硬姿勢、親イスラエル姿勢、ウクライナ戦争終結志向姿勢といったことが挙げられる。直近で言えば、ドナルド・トランプが主張しているように、ウクライナ戦争停戦を促進し、イスラエルへの支援を行う(事態の悪化、深刻化は望まない)という布陣になる。
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ドナルド・トランプとマルコ・ルビオ

現在のアメリカでは、ウクライナ(ヨーロッパ地域)とイスラエル(中東地域)の対処が先で、アジア地域までは動きが取れないということになっている。対中強硬姿勢と言いながら、実際には何か重要な動きをすることは難しい。台湾問題は米中双方が自制して問題化させないようにするだろう。それよりも、危険なのは朝鮮半島である。北朝鮮がウクライナに兵式を派遣し、韓国に対しては強硬姿勢を鮮明にしており、「朝鮮戦争の再燃か」という懸念の声が上がっていることは、このブログでもご紹介した。
※「古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ」2024年11月5日付「朝鮮半島の状況が不安定化し朝鮮戦争が起きる可能性について取り沙汰されている:中国もロシアもそれを望んでいないがこの危険性が交渉材料になる(アメリカとの)」→https://suinikki.blog.jp/archives/89105815.html

 ここで重要なのは、第一期トランプ政権で実施された米朝首脳会談と非核化の合意形成である。トランプは、中国の習近平国家主席、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領との関係を利用して、朝鮮半島問題を悪化させないように動くだろう。現在のところ、アメリカではウクライナ問題と中東・イスラエル問題に注目が集まっている中で、朝鮮半島問題についても裏側で動くことだろう。重要なのはトップ人事と同時に、実務者レヴェルの人事である。トランプ政権にとっての最重要課題は「核戦争の防止」である。

 マルコ・ルビオはアメリカ大統領選挙に出馬した経歴を持ち、トランプとも争った過去を持つ。今回、トランプがルビオを指名したことに驚きの声が上がった。ルビオに関しては、トランプも全幅の信頼を置いてはいないだろう。国務副長官、国務次官にルビオをけん制するための人物を配置するだろう。マイク・ウォルツは退役軍人(陸軍大佐)で、エリート部隊のグリーンベレー出身で、連邦下院議員を務めた経歴を持つ。ウォルツの配置は、南部国境に軍の部隊を派遣するという「麻薬戦争(drug war)」対策の側面があることが考えられる。
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ドナルド・トランプとマイク・ウォルツ
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エリス・ステファニックとドナルド・トランプ
 エリス・ステファニックは共和党の「ライジングスター」であり、第二次政権以降も「トランプ政治運動」の重要人物として活動できるように育てていこうという意図が見える。副大統領のJD・ヴァンスと同い年ということもあり、将来の副大統領候補、あるいは大統領候補ということも考えられる。そのために、米国連大使抜擢で、政治キャリアの第二段階のスタートということになるだろう。

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トランプがマルコ・ルビオを国務長官に指名と発表(Trump announces Rubio as pick for secretary of State

ブレット・サミュエルズ、ラウラ・ケリー筆

2024年11月13日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/campaign/4988992-trump-rubio-secretary-state/

ドナルド・トランプ次期大統領は水曜日、マルコ・ルビオ連邦上院議員(フロリダ州選出、共和党)を国務長官に指名する決定を正式に発表し、かつてのライヴァルを政権の外交トップの役割に据えた。

トランプ大統領は声明で、ルビオを「非常に尊敬される指導者であり、自由を求める人々にとっての非常に強力な代弁者」と称賛した。

トランプは更に「彼は我が国の力強い代弁者であり、同盟諸国の真の友人であり、決して敵に屈しない恐れを知らぬ戦士となるだろう」と付け加えた。

ルビオのトランプ内閣閣僚への選出は、共和党大統領予備選で両者が激しいライヴァル関係にあり、個人的な侮辱をお互いに与えあっていた2016年からの劇的な好転ということになる。

今年初め、トランプ大統領はJD・ヴァンス連邦上院議員(オハイオ州選出、共和党)を選出する前に、ルビオを副大統領候補に選ぶところだった。

フロリダ州選出の連邦上院議員は中国とイランに厳しい外交政策のタカ派とみられている。ルビオ氏は9月のNBCとのインタヴューで、ウクライナとロシアの間の戦争は「交渉による解決(with a negotiated settlement)」で終わるのは明らかだと語った。

トランプ大統領は、就任後は速やかに「アメリカ・ファースト」の外交政策ヴィジョンを復活させると誓った。トランプは、アメリカが対ロシア戦争でウクライナを支援し続けることに懐疑的な姿勢を表明し、ヨーロッパの同盟諸国に対し、キエフ支援とNATO同盟を通じた自国の防衛支援に一層の努力をするよう求めた。

月曜日遅くに最初に報道されて以来、民主、共和両党の議員たちはルビオの選出を温かく歓迎した。ジョン・フェッターマン連邦上院議員(ペンシルヴァニア州選出、民主党)はルビオの承認に投票する意向を示し、マーク・ワーナー連邦上院議員(ヴァージニア州選出、民主党)はルビオを「賢く、才能に溢れ(smart, talented)」、「世界中のアメリカの利益を代弁する強い代弁者(a strong voice for American interests around the globe)」と呼んだ。

ルビオは指名発表後の声明で、トランプ大統領からの信頼を光栄に思い、「外交政策の課題に対処するために(to carry out his foreign policy agenda)」日々努力すると述べた。

ルビオは声明で「1月20日の大統領就任時に大統領が国家安全保障・外交政策ティームを設置できるよう、連邦上院の同僚たちの支持を得ることを楽しみにしている」と述べた。

フロリダ州選出の連邦上院議員ルビオは、指名が発表される数分前に連邦議会議事堂で記者団の取材に応じ、トランプの提案の一部について考えを述べ、トランプがルビオのポストについての人事承認プロセスを回避する手段として連邦上院議員に関与を求めてきた休会任命戦略(strategy of recess appointments)への反対を表明した。

ルビオは「理想的には、人々が投票され、人々が好きなように投票できるような指名プロセスが必要だ」と述べた。

ルビオは続けて「本当に重要な役職に就いていて、時間の面で理不尽な妨害をする人がいる場合、球界任命の予定は最後の手段として使うものだ」と述べた。

ルビオは、アプリ「TikTok(ティックトック)」の国家安全保障上のリスクについて懸念があるとしながらも、法律として可決された禁止措置を撤回するかどうかについてはトランプ大統領が権限を持っていると述べた。

ルビオは「このアプリとそれがもたらす脆弱性については依然として懸念があるが、究極的に言えば、私はアメリカ大統領ではないのだ」と述べた。

ウクライナについて質問されると、ルビオはトランプ大統領の意見を尊重し、「彼は戦争の終結を望んでいる」とし、「戦争を乗り越える方法を見つけるのは大統領の仕事だ。彼の戦略やその点での決断について、私は話すつもりはない」と述べた。

ルビオは「彼は、これは終わらせるべき戦争だということをかなり明確に示したと思う。事態は行き詰まり、ウクライナは1世紀前に戻りつつある」と語った。

ルビオ氏は政権交代に先立ち、ウクライナへの更なる資金提供を約束するつもりはないだろう。

「それを考える前に、新政権が発足するまで待とうではないか。私たちは来月も政府に資金を提供しなければならない」とルビオは語った。

ルビオの人事承認公聴会を実施する、連邦上院外交委員会のメンバーであるティム・ケイン連邦上院議員(ヴァージニア州選出、民主党)は、ジェフ・マークリー連邦上院議員(オレゴン州選出、民主党)のような委員会の民主党側メンバーたちと一緒に、ルビオの人事承認への早期の支持を表明した。

ケイン議員は「今言えるのは、ルビオは連邦上院外交委員会の非常に献身的なメンバーだということだけだ。それは前向きなことだ」と語った。

トランプ大統領は先週の選挙で勝利した後、国家安全保障ティームを急速に強化した。トランプはエリス・ステファニック連邦下院議員(ニューヨーク州選出、共和党)を米国連大使に選び、マイク・ウォルツ連邦下院議員(フロリダ州選出、共和党)を国家安全保障問題担当大統領補佐官に指名した。トランプはまた、フォックス・ニューズの司会者で退役軍人のピート・ヘグセスを、国防総省を率いる候補者に指名した。

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トランプの国家安全保障問題担当大統領補佐官指名を受けたマイク・ウォルツについて知っておくべき5つのこと(Five things to know about Mike Waltz, Trump’s national security adviser pick

ブラッド・ドレス筆

2024年11月12日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/defense/4986351-trump-waltz-national-security/

ドナルド・トランプ次期大統領は、次期国家安全保障問題担当大統領補佐官に国防政策や外交政策で長年の経験を持つ退役陸軍軍人でグリーンベレー出身のマイケル・ウォルツ連邦下院議員(フロリダ州選出、共和党)を選出した。

フロリダ州第6選挙区の代表であるウォルツは2019年から連邦下院議員を務めており、連邦下院軍事委員会、外交委員会、情報・諜報委員会の委員を務めている。

トランプ大統領は自身のソーシャルメディアサイト「トゥルース・ソーシャル」で、ウォルツは「中国、ロシア、イラン、そして世界的なテロリズムによってもたらされる脅威の専門家(expert on the threats posed by China, Russia, Iran and global terrorism)」であり、「私のアメリカ・ファースト外交政策の擁護者であり、私たちの力による平和の追求においても素晴らしい擁護者となるだろう」と述べた。

これからウォルツについて知っておくべきポイントを述べていく。

(1)中国に対するタカ派的な考え(Hawkish views on China

ウォルツは国家安全保障担当大統領補佐官の役割に中国に対する強硬な立場を持ち込むことになる。連邦議会で、ウォルツは、インド太平洋地域における中国の優越を防ぐためにインド太平洋地域の諸国とアメリカ政府の関係を強化する法案など、中国政府を抑えることを目的とした法案を支持してきた。

ウォルツは2020年のフォックス・ニューズとのインタヴューで、中国はアメリカに対する「存在に関わる脅威(existential threat)」であると述べた。

ウォルツは、「これは、私たちが20世紀の大部分でソ連と対峙しなければならなかったのと同じように、国家安全保障の問題になるだろう。21世紀には中国も同様になるだろう」と付け加えた。

ウォルツは連邦下院インド議員連盟の共同議長でもあり、中国に対する共通の同盟を支援するためにニューデリーとのより深い関係を築こうとしてきた。

ウォルツは中国の歴史的な平時における「軍事力増強(military buildup)」について警告し、アメリカの国家安全保障の焦点は中国政府の抑止(deterring Beijing)に軸足を移すべきだと述べた。

ウォルツは2020年に連邦下院で対中国タスクフォースの創設に貢献した。この特別委員会は新型コロナウイルス感染症のパンデミックに対応して設立され、複数の分野における中国政府の脅威を検討していた。連邦下院には現在、中国に関する特別委員会が設置されている。

トランプ大統領はまた、同じく対中国タカ派のマルコ・ルビオ連邦上院議員(フロリダ州選出、共和党)を国務長官に指名し、中国との対決が第二次トランんプ政権の最優先課題になる可能性が高いことを示した。

中国の最高指導者である習近平は、中国政府が本土の一部とみなしている自治領の島国である台湾に対する潜在的な攻撃に備えて軍が2027年までに準備を整えるべきだと示唆した。

(2)イスラエルに対する熱心な支援者(Ardent supporter of Israel

ウォルツは、大半の共和党員と同様、中東戦争を通じてイスラエルへの全力の支持を示してきた。中東ではイスラエル軍がイランの支援を受けた複数の代理組織と戦っている。

バイデン政権と民主党は、ガザ地区での死者数の多さに懸念を表明している。ガザ地区では、2023年10月7日にイスラエル南部に侵攻し、約1200人が殺害され、ハマスとイスラエルが戦った1年以上で4万3000人以上のパレスティナ人が死亡した。ハマスは約250名を人質に取った。

バイデン大統領と民主党は停戦(ceasefire)と人質解放(hostage release)の合意を推進してきた。ハマスは今もガザ地区で約100人の人質を拘束している。

しかし、ウォルツは9月のフォックス・ニューズとのインタヴューで、停戦と人質解放の合意だけでは紛争は終結しないと述べた。

ウォルツは「イランはイスラエルを破壊したいため、今後も不安を煽り続けるだろう。イランに対して譲歩(concession)を重ねることが、実は状況を不安定化させている」と述べた。

ウォルツはまた、アメリカがイラクでの軍隊駐留を縮小していることへの懸念を表明し、イスラエルがレバノンのハマスとイランが支援する過激派組織ヒズボラの両方に対して行動を起こすことを支持している。

(3)バイデンのウクライナ戦略に疑念を示す(Skeptical of Biden’s Ukraine strategy

ウォルツは、ロシアとの関係があまりにも穏やかで良いとして批評家らから非難されているトランプよりも、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領に対してはるかに厳しい態度を取っている。

2022年にロシアがウクライナに侵攻すると、ウォルツはすぐさま侵攻を非難し、攻撃から守るためのウクライナへの武器支援を支持した。

それでもトランプ大統領は、1月20日の就任までにウクライナ戦争を終わらせると約束した。

ウォルツは、トランプ次期大統領の和平案を全面的に支持していなかったが、同時に、バイデンの紛争へのアプローチを批判してきた。

ウォルツは2023年9月の声明で、バイデンは「ウクライナにおけるアメリカの目的も、それを達成するための戦略も説明していない」とし、NATO同盟諸国はキエフへの支援を強化する必要があると述べた。

ウォルツは「短期的には、アメリカの軍事援助はヨーロッパの負担分担と今後の平等なヨーロッパ援助を条件とする必要がある。アメリカは貯蓄を自国の安全保障に投資しなければならない。それは、南部国境を確保するためにウクライナに与えるあらゆる援助のドル価値と一致するべきである」と述べた。

(4)メキシコのカルテルに対する軍事力行使を支持(Backs using military against Mexican cartels

トランプ大統領は国境に現役部隊を派遣し、大量国外追放を実施することを提案しており、次期政権に強硬派の入国管理当局者を選出している。

ウォルツは、共和党内で国境でのより厳しい行動を求める声が高まっていることに加わり、アメリカは移民改革の前にまず国境を確保する必要があると述べ、それを怠ったバイデン政権を非難した。

ウォルツは、2023年にはメキシコのカルテルに対する軍事力の行使を認める法案の共同提案者となった。数人の共和党連邦議員は現在、犯罪組織がフェンタニルのような強力で致死性の麻薬を国内に輸送していることへの懸念を理由に、カルテルに対する軍事行動を支持している。

ウォルツは2023年の声明の中で、「我が国の南部国境の状況は、我が国の法執行職員にとって耐えられなくなった。攻撃を開始する時が来た」と述べた。

(5)輝かしい軍人としてのキャリア(Decorated military career

ウォルツはフロリダ州ボイントンビーチ出身の退役大佐で、ヴァージニア軍事学校に通い、その後アメリカ陸軍と州兵として27年間勤務した。

彼は陸軍レンジャー学校に入学し、エリート特殊部隊グリーンベレーに入隊した。ウォルツはアフガニスタン、中東、アフリカに派遣された。

ウォルツは後にジョージ・W・ブッシュ(息子)政権でドナルド・ラムズフェルド国防長官とロバート・ゲイツ国防長官の下で国防政策部長(defense policy director)を務めた。

彼はまた、グリーンベレーとしての経験についての本を書き、アメリカ軍の訓練と支援に重点を置く小規模な防衛請負会社メティス・ソリューションズを設立した。

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エリス・ステファニックについて知っておくべき5つのこと(5 things to know about Elise Stefanik

エミリー・ブルックス、マイケル・シュニール筆

2024年11月11日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/house/4984791-stefanik-ambassador-un-trump/?ipid=promo-link-block3

ドナルド・トランプ次期大統領は月曜日、米国連大使にエリス・ステファニク連邦下院議員(ニューヨーク州選出、共和党)を指名し、共和党内でのステファニックの台頭の勢いを更に高めた。

これは、近年トランプ大統領の最も熱心な擁護者であり、支持者の1人である共和党連邦下院議員会の会長であり、連邦下院で最も地位の高い共和党女性連邦下院議員に対する抜擢である。

しかし、ハーヴァード大学卒業生でトランプ大統領の副大統領候補とも目されていたステファニックも、スターとしての力が高まるにつれ、より厳しく精査されている。

ステファニクについて知っておくべき5つのことは以下の通りだ。

(1)親トランプの変革を遂げた(Underwent pro-Trump transformation

トランプが権力を握った時、他の多くの共和党連邦議員と同様に、ステファニクも当初はトランプと距離を置き、イスラム教徒が多数を占める7カ国の国民のアメリカ入国を禁止するトランプ大統領の2017年の大統領令などの政策について、公然とトランプと決別したことさえあった。

しかし、それはトランプ大統領の1期目に急速に変化し、一部の政治の専門家たちを驚かせた。

2019年のトランプ大統領の最初の弾劾手続きまでに、ステファニクは連邦議事堂でのトランプ大統領の擁護者のトップの1人になっていた。連邦下院情報委員会の委員として、彼女は好戦的なアプローチをとり、弾劾公聴会で当時の委員長アダム・シフ連邦下院議員(カリフォルニア州選出、民主党)に異議を唱えた。

このためトランプ大統領はステファニクのソーシャルメディアに「共和党の新たなスターが誕生した(A new Republican Star is born)」と投稿した。

ステファニックの姿勢は長年にわたって強固であり、ステファニクは数々の法的問題に直面したトランプを最も鋭く擁護しただけでなく、ジャック・スミス特別検察官(special counsel Jack Smith)に対して倫理訴訟を起こすなどの行動も取っていた。

ステファニクは、トランプが2022年に大統領選への立候補を表明した際に、トランプを支持した連邦議会共和党指導部の最初のメンバーとなった。

(2)リズ・チェイニーに代わって下院議員会会長に就任(Replaced Liz Cheney as conference chair

連邦下院共和党は、1月6日の連邦議事堂襲撃後にトランプの弾劾に賛成票を投じた連邦下院共和党議員10人のうちの1人であるリズ・チェイニー元連邦下院議員(ワイオミング州選出、共和党)を、トランプ元大統領からの批判が続く中、2021年5月の連邦下院会会長から解任した。

ステファニクはその時点で強力なトランプ擁護者であるという評判があり、すぐに当時の連邦下院少数党(共和党)院内総務ケヴィン・マッカーシー連邦下院議員(カリフォルニア州選出、共和党)とトランプからの支持を獲得した。彼女は同じく立候補したチップ・ロイ下院議員(テキサス州選出、共和党)を大差で破った。

当時、党のメッセージを主導する任務を負った議員会会長は、連邦下院共和党内で第3位の地位にあった。2022年の中間選挙後に共和党が過半数を獲得したとき、ステファニクは連邦下院多数派に昇格することを目指すのではなく、その職に留まり、連邦下院第4位の序列となった(訳者註:共和党が連邦下院議長を取ったために党の役職の序列が1つずつ下がる)。

(3)反ユダヤ主義について大学の学長たちを批判したことで話題になった(Went viral for taking on university presidents on antisemitism

ステファニクは何年にもわたって全国規模の舞台で活躍してきたが、昨年、ハマスによる10月7日のイスラエル攻撃後の大学キャンパスでの反ユダヤ主義について、連邦議会公聴会で3人の学長に迫り、その名声が更に高まり、話題になった。

証言した学長の3人のうち2人は公聴会後に、その発言に対する反発の中で辞任しており、ステファニクはこの展開を称賛した。

ハーヴァード大学のクロディーン・ゲイ学長が辞任した後、彼女はソーシャルプラットフォームXに「2アウト(TWO DOWN)」と書いた。

連邦下院教育労働委員会の前で行われたこの公聴会では、ステファニクへの支持が民主、共和両党から得られた。大学学長の解任を求めるステファニクの主張を民主党と共和党が支持した。

ステファニクはそれ以来、反ユダヤ主義と闘い、ハマスからイスラエルを守る連邦下院共和党の取り組みの顔として浮上している。5月に彼女はイスラエル国会で演説し、ハマスのイスラエルへのテロ攻撃以来イスラエルを訪問した最高位の連邦下院議員となった。

ステファニクはまた、その立場を利用して国連を追及してきた。例えば10月、彼女は声明の中で、国連は「反ユダヤ主義で腐敗するのを許されている(allowed to rot with antisemitism)」と述べ、国連への将来の資金提供を脅かしているようだった。

「アメリカの納税者たちは、ジョー・バイデンとカマラ・ハリスが反ユダヤ主義で腐敗を許した組織に資金を提供し続けることに興味がない」と彼女は述べた。

(4)女性の共和党からの連邦下院議員候補の擁立に努力(Focused on lifting up female House GOP candidates

ステファニクは女性連邦議会候補者の支援に多大なエネルギーを注ぎ、連邦下院に共和党から立候補する女性たちを募集し支援するための政治活動委員会「エレヴェートPACElevate PAC)」を立ち上げた。

彼女は、2018年の「ブルーウェーブ(Blue Wave 訳者註:民主党の大勝利)」の後、第116回連邦議会で連邦下院の共和党所属の女性議員の数がわずか13人に減った後に、この取り組みを始めた。2021年に始まる次の議会では、共和党所属の女性連邦議員の数は23人に増加した。

ステファニクの努力には、女性候補者を支援するために共和党の予備選でがむしゃらに行動することが含まれており、そのことが時として彼女を連邦下院共和党指導部の他の人々と対立させることになった。当時の全米共和党議会委員会委員長のトム・エマー連邦下院議員(ミネソタ州選出、共和党)は、ステファニクが共和党の予備選に介入するのは「誤り(mistake)」だろうと発言すると、ステファニクは「ニューズ速報…私は許可を求めていた訳ではない(NEWSFLASH… I wasn’t asking for permission)」と反論した。

ステファニクが支援した候補者の1人は、2024年トランプ陣営報道担当のキャロライン・リービットで、2022年にニューハンプシャー州で連邦下院議員選挙に立候補した。

(5)初当選時に連邦下院で最年少の女性議員となった(Youngest woman in House when elected

ステファニクは2014年に連邦下院議員に初当選し、30歳で史上最年少の女性連邦下院議員となり、歴史に名を残した。

現在40歳のステファニクは、アメリカの国連大使に就任する最年少の一人となるであろう。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 旧聞に属する話で申し訳ないが、ジョー・バイデン大統領の首席補佐官ロン・クレインが退任し、後任にジェフ・ザイエンツが就任した。就任日は2月8日だ。ロン・クレインはバイデンとの関係が深かったが、ザイエンツはそこまでではない。クレインの後任には、ここは史上初の女性起用で行くべきだ、スーザン・ライス国内政策会議委員長やバラク・オバマ政権で大統領次席補佐官を務めたアリッサ・マストロモナコの名前が取り沙汰されていた。しかし、結局のところ、ジェフ・ザイエンツが大統領首席補佐官に就任した。
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クレインとバイデン
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バイデンとザイエンツ

 大統領首席補佐官は政権運営の要であり、最重要ポジションと言ってよいだろう。日本で言えば官房長官のようなものだ。大統領首席補佐官の事務室は大統領執務室のすぐ隣にあり、首席補佐官の前を通らなければ大統領執務室には入れない。政権課題の進め方とそれに関連して、連邦議会の民主、共和両党幹部との折衝など政治的手腕が問われるポジションだ。ロン・クレインは剛腕ぶりで知られてより、連邦議会共和党幹部からは「クレインが実質的に政権を動かしていてバイデン大統領はお飾りだ」と批判され、「総理大臣」と悪口を込めて呼ばれていたほどだ。

 前任者のロン・クレインと現職のジェフ・ザイエンツをつなぐ要素は、スーザン・ライスである。スーザン・ライスとロン・クレインの関係は拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』(秀和システム)で書いている通り、バラク・オバマ政権時代に、アフリカでエボラ出血熱の大規模感染が広がり、アメリカ国内でも感染者が確認された時まで遡る。国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めていたスーザン・ライスは、エボラ出血熱担当調整官としてロン・クレインを起用するように、オバマ大統領に求め、二人三脚でエボラ出血熱対応に当たった。その時の経験もあり、クレインはバイデン政権で大統領首席補佐官に就任した。国内政策委員会委員長兼大統領補佐官であるライスとまた一緒に仕事をすることになったのだ。
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スーザン・ライスとバイデン

 ザイエンツについては期せずして、下の論稿に次のような記載がある。

「教育とヘルスケアのコンサルティング会社アドヴァイザリー・ボード・カンパニーの会長兼CEOとしてビジネスで財を成した。それ以来、アメリカ政府への出入りを繰り返している。最近では、バイデンの新型コロナウイルス対応共同責任者としてワクチンの普及を担当していた。ザイエンツはクレインの政治経験には及ばないが、決してアウトサイダーではない。彼は、スーザン・ライスと同じようにワシントンD.C.で育ち、幼い頃からお互いを知っている。ザイエンツはバイデンの大統領首席補佐官として採用されるほどバイデンのことをよく知っているが、より大きな試練は、大統領が聞きたくないことを伝えられるだけの信頼を得られるかどうかであろう」

 このように、ザイエンツもまたスーザン・ライスと親しいということになる。新型コロナ対策が一段落してクレインは退任し(家族との時間や介護を理由にしている)、選挙に向けてザイエンツが就任した形になっている。しかし、実質的にはスーザン・ライスが指揮を執っていると考えた方が自然だ。

 ここからは私の予想であるが、バイデン政権は二期目の当選をどうしても果たさねばならない。それは、単純に言って、「大統領の犯罪行為(ノルドストリーム・パイプライン破壊やウクライナへの関与)を隠し通さねばならない」からだ。そうしなければバイデンだけではなく、その手下たち(権力者共同謀議に参加できるレヴェル)が逮捕されてしまうからだ。バイデンは再選のためにはなりふり構わず様々な手段を取って当選するだろう。

アメリカ大統領は二期目で終わりとなるから、バイデンはさらに年齢を重ね、判断力も体力もなくなっていき、お飾り状態になるだろう。その時に実質的に国家を動かすのはライスではないかと考える。現在の国家安全保障問題担当大統領補佐官であるサリヴァンは、ライスにしてみれば格下の人物だ。また、サリヴァンはまだ若いので次の出番がある。

 ライスは連邦議会の承認が必要な地位に就くのは難しい。それはベンガジ事件の際にみそを付けたからだ。ホワイトハウスの人事は大統領が決められるので、ライスが国家安全保障問題担当大統領補佐官や大統領首席補佐官に横滑りし、サリヴァンが国務長官になるということも考えられる。

 ライスという人物が非常に重要であると私は考える。

(貼り付けはじめ)

ロン・クレインがホワイトハウスで学んだこと(What Ron Klain Learned in the White House

-退任を表明したジョー・バイデンの大統領首席補佐官はゆっくりとした専門知識の蓄積を示すケーススタディだ。

エヴァン・オスノス筆

2023年2月1日

『ニューヨーカー』誌

https://www.newyorker.com/news/daily-comment/what-ron-klain-learned-in-the-white-house

ホワイトハウスの大統領首席補佐官(White House Chief of Staff)が果たしている役割について、ほとんどのアメリカ人はほぼ何も意識していないが、このポジションはワシントンで最も強力であり、最も脆弱なポジションの1つである。ロナルド・レーガン大統領とジョージ・HW・ブッシュ大統領の大統領首席補佐官を務めたジェームズ・A・ベーカー3世は、「政府の中でおそらく最悪の仕事」と呼んだが、彼は歴代の大統領首席補佐官の中で最も成功した1人だと考えられている。(最も成功しなかったのは、ドナルド・トランプの4人の悩める大統領首席補佐官の最後の1人で、その在任中にはトランプが2020年の選挙を覆そうとしたこともあり、1月6日の議事堂襲撃に関する証言を拒否したマーク・メドウズかもしれない)

バイデン政権の最初の2年間、大統領首席補佐官室(ウエストウィングの角部屋)の主はロン・クレインであった。クレインは弁護士で郊外に住む3人の子供の父であり、有名人ではないが、ワシントンでの権力の使い方を知り尽くしているロン・クレインのものであった。バイデンの長年の側近で、現在はホワイトハウスの上級顧問を務めるマイク・ドニロンは、クレインについて「私にはない、また他の何人も知らない、政府のレヴァーを動かす能力を持っている」と評した。バイデン大統領の任期中、連邦議会との格闘、トランプ主義、アフガニスタン、ロシアのウクライナ侵攻など、クレインの担当は広範囲に及び、共和党は彼を総理大臣(prime minister)と呼んだほどである。先週金曜日、クレインが2月8日に退任する準備をしているとの報道を政権が認めた。

クレインはバイデン政権と密接な関係にあり、彼の在任期間を評価することは、バイデン政権の文化、作戦、功績、敗北を評価することと切り離せない。『ニューヨーク・ポスト』紙の右寄りの編集部は、「ジョー・バイデン大統領の悲惨な記録を白紙に戻し、国民を欺くことにかけては、クレインに右に出る者はいない」という理由でクレインの退任を祝った。

ホワイトハウスの大統領首席補佐官の在任期間は平均して1年半だが、難解な統計に精通しているクレインは2年の間そのポジションにとどまり、民主党から出ている大統領の初代大統領首席補佐官として最長の任期を務め、退任の発表直後にウェストウイングで会った私に、「大統領の人気の前半部を走り抜けた」ことを強調した。彼はまた「また、母が病気で、週6日ここで働き、毎週日曜日の朝にはインディアナへ帰るという生活を続けている。それが、ちょっと重荷になっていたのは事実だ」と述べた。

61歳のクレインは、濃い黒髪に終身在職権を手に入れた教授のような体格、そしてワシントンの不条理(absurdities)に対するユーモアのセンスを持っている。オフィスにある火のついていない暖炉を指さして、「マーク・メドウズが書類を燃やした場所だ」と言った。(メドウズの元側近キャシディ・ハッチンソンは、1月6日の議事堂襲撃事件検証委員会で、彼がそこで書類を燃やすのを「たぶん十数回」見たと証言した。)クレインは、「私は一度も火をつけたことはない」と付け加えた。政権によっては、大統領首席補佐官に対して陰口を叩かれることもある。クレインの退任の知らせに惜別と褒賞の声が上がったのは特筆すべきことだ。バイデンの国内政策会議の責任者であるスーザン・ライスは、「私はこれまで9人の大統領首席補佐官の下で働いてきた。そして、そのうちの1人が言ったように、ロンはその中で最高の大統領首席補佐官だった。一分一秒が甘美で明るいという訳ではないが、彼はとても優秀な人物だ」と述べた。

クレインは、鋭い人物であり、反対行動を取りたがる人物である。バイデンの国家安全保障問題担当大統領補佐官ジェイク・サリヴァンは、「彼は、“お前はしくじった”と言ってくれる。しかし、決して意地悪でも小馬鹿にしたような言い方はせず、本当のことを言う」。最も重要なことは、他の人が臆病になるような場合でも、バイデンには大胆に対応することだ。バイデン大統領は、その公的な人格が反映するよりもスタッフに厳しい態度を取ることがある。クレインは、ホワイトハウス内で大統領と正面からぶつかっても首を切られない数少ない人物の1人だ。

米連邦議会では、民主党と共和党の間は僅差であり、民主党の間に深い溝がある。そうした中でクレインは何十年も前からの人脈を駆使してきた。クレインがチャック・シューマー連邦上院議員(連邦上院多数党[民主党]院内総務)と初めて会ったのは1980年代で、シューマーがニューヨークから連邦下院議員に当選したばかりの頃で、クレインは連邦上院のスタッフだった。シューマーが連邦上院多数党(民主党)院内総務に就任したこの2年間は、1日に3、4回話すこともあったということだ。クレインは直接的でかつ冷静ということでシューマーからの尊敬を勝ち取っている。シューマーは「彼(クレイン)は、誰かがバカなことをやっていると、すぐにそれについて厳しい言葉を述べた。しかし、時折、よく考えてみたが、私の言ったことは正しいとは思えないと言い直すこともあった」と語った。

クレインは、若手政治家たちを指導したことでも知られている。2017年、カリフォルニア州選出でプログレッシブ議連のメンバーであるロウ・カンナ連邦下院議員(民主党)がワシントンに来た際、クレインは彼をコーヒーに連れ出した。カンナはその時のことを次のように述べた。「私は“ワオ!"と思った。どれほど凄いことなんだと考えた。そして、彼が首席補佐官になった後、ロンが他の60人、70人と一緒にそれをやっていたことを知った」。カンナはそれを教訓にした。カンナは「議員になってから、良くも悪くもヴィジョンは重要だが、人間関係も非常に重要だということを認識した」と述べた。

アメリカ人は、「スミス都へ行く(Mr. Smith Goes to Washington)」という神話を好むが、実際には、現代のスミスはアメリカ内陸部ではなく、ゴールドマン・サックスの出身であることがほとんどだ。それとは対照的に、クレインは、専門知識をゆっくりと蓄積することのできるケーススタディだ。インディアナポリスで育ったクレインは、1968年初め、配管工事を営むクレイン家を訪れたボビー・ケネディとの出会いをきっかけに、政治の世界に引き込まれた。ジョージタウン大学を卒業後、ハーヴァード大学で法学を学び、バイロン・ホワイト最高裁判事の下で書記官を務めた後、ジョー・バイデン上院議員(当時)が委員長を務める連邦上院司法委員会にスタッフとして所属した。ビル・クリントン政権では、ホワイトハウスの顧問弁護士、司法省、アル・ゴア副大統領の不育大統領首席補佐官として働き、2000年にはフロリダ州での再集計の戦いに携わった。その後、ジョー・バイデン副大統領の副大統領首席補佐官として復興法の支出を監督した後、政権を離れ、3年後にバラク・オバマ大統領の下でエボラ出血熱への対応を指揮するためにホワイトハウスに戻った。

クリントン政権とオバマ政権の間には、オメルヴェニー・アンド・マイヤーズ法律事務所のパートナーや、AOLの共同創業者で億万長者のスティーブ・ケースが立ち上げた投資会社レヴォリューションLLCで、政府以外の民間の仕事にも携わった。長年にわたり、クレインは民主党の大統領選挙候補者討論会の準備を支援することを得意としてきた。2015年、バイデンが出馬しないことを確信した彼は、ヒラリー・クリントンの大統領選挙キャンペーンに参加するために契約した。バイデンの関係者の中には、この動きを不誠実と受け止める者もおり、後に流出した電子メールの中でクレインは「彼らにとって自分は死んだような存在だ」と嘆いたが両者の間にあった溝は埋められた。2016年にトランプに敗れたことも含め、クレインの様々な経験は貴重なものとなり、バイデンの2020年の選挙運動の成功のために助言を行った。

ホワイトハウスにおいてクレインは、バイデン政権の本質的な課題を、宇宙開発、経済、気候、世界における米国の地位といったいくつかの問題に絞り込み、立法と安全保障政策が連動するような方法を模索することに貢献した。在任中の最悪の日は、2021年8月26日、アフガニスタンからの撤退の際、カブール空港の外で起きた爆弾テロで13人の米軍将兵と100人以上のアフガン人が死亡したことだったとクレインは語っている。この撤退はバイデン大統領の転機となり、彼の世論調査での支持率は低下し、新型コロナウイルス感染拡大やインフレに対する不満がさらに重荷となり、完全に回復することはなかった。当時、バイデンとクレインは、国家安全保障のリーダーシップを揺るがす圧力に抵抗していた。サリヴァンは、クレインについて次のように述べた。「単によく思われたい、高い評価を得たいと思って仕事をしていいなかったのだろう。長い目で見ようと思っていたのだろう。彼は、私たちがしてきたことに確信を持っていた」。

アフガニスタンからの撤退からほんの数カ月の後、バイデン政権はさらに大きな危機に直面することになった。ロシアのウクライナ侵攻である。しかし、ウクライナはNATOの支援を受けて抵抗し、これが政権のぼろぼろになったプライドを支える要素となった。

一方、連邦議会では、民主党の内紛が激化していた。2021年秋、連邦上院の民主党穏健派が社会政策法案を成立させないのではないかという疑念から、連邦下院の民主党進歩派が超党派のインフラ法案への支持を留保したことが、その最たるものだった。バイデンの最初の2年間を描いた新刊『彼の人生における戦い(The Fight of His Life)』(クリス・ウィップル著)によると、ホワイトハウスは無様な姿になり、クレインは辞任を考えたということだ。その代わりに、彼はもう一度、古い人間関係に目を向けた。カンナは、クレインが「もう十分ではないか」と言い、自分に助けを求めてきたと述べた。

カンナもそう思った。私は、『ロン、私は、テレビ番組のフェイス・ザ・ネイションに出るつもりだ。私は進歩主義議連の主張から外れて、インフラ法案に賛成投票すると言うつもりだ。バイデンは、より多くのリベラル派に法案を支持するよう懇願し、その結果、2021年11月にホワイトハウス南庭で行われた式典で法案に署名した。その後、バイデン政権の野望を脅かすような緊迫した交渉が続いた。2021年12月、ウェストヴァージニア州選出のジョー・マンチン連邦上院議員(民主党)が、「ビルド・バック・ベター」法案は予算希望が大きすぎるとして、この法案に難色を示した。マンチン議員とクレインは、ジーナ・ライモンド商務長官の手料理を囲み、最終的に合意に達した。結局、連邦議会は一連の主要法案を可決し、2022年8月には、気候変動対策だけでなく、薬価引き下げを目的としたインフレ抑制法案で最高潮に達した。ドニロンはその法案について、「それまで世界の多くがバイデンは失敗だったと主張しようとしていたのに、成功の感覚を伝えてくれた」と述べている。昨秋の中間選挙では、バイデンは共和党の大勝利の予測を裏切り、民主党は連邦上院で過半数を維持し、中間選挙で失った議席数はジョン・F・ケネディ大統領以降のどの民主党大統領時代よりも少なかった。

こうした業績があるにもかかわらず、バイデンの人気が低いのは何故か、と私はクレインに質問してみた。クレインは次のように答えた。「国民がリーダーに対して非常に厳しくなっている時代だと考えている。ジョー・バイデンの支持率が43%か、その少し上か下の範囲に入っている。G7の中で、イタリアの新首相を除けば、どのリーダーよりも高い支持率だ。人々は二極化しており、反対の人々は、あなたが良い仕事をしているとは決して言わないし、真ん中の人々は、“えーと”と言う方が簡単だ。政治の成功の尺度は中間選挙の結果だ」。

クレインが大統領首席補佐官の仕事で学んだことは、「粘り強く、慌てない」ことだと述べている。クレインが担当した政権の中で、最初の2年間に閣僚が1人も辞めなかったのは、この政権が初めてだということだ。この日、政権の当面の問題は、バイデンの自宅と元事務所で機密文書が見つかった理由を調査する特別検察官であった。クレインをはじめとする補佐官たちは、発見から9週間以上、この文書について何も語らなかったが、その後、その沈黙は司法省の捜査の邪魔にならないようにするためだったと弁明している。この件に関して、何か違うことをしていたらどうだっただろうかと私が質問すると、クレインは「いや、私たちの弁護士、法務ティームが非常に責任を持って対処してくれたと思っている」と答えた。とはいえ、政権が直面しなければならない政治的な問題であることに変わりはない。

今後の2年間、バイデン政権の焦点は、署名済みの法案の実施に移る。連邦下院を共和党が支配し、バイデンは再選を目指す中で、新たな法案成立の見込みは大変に小さくなりつつある。クレインの後任には、オバマ政権で「HealthCare.gov」などの失敗していた政府プロジェクトに取り組み、「ミスター修理人」と呼ばれたジェフ・ザイエンツが就任する予定だ。ザイエンツは以前、教育とヘルスケアのコンサルティング会社アドヴァイザリー・ボード・カンパニーの会長兼CEOとしてビジネスで財を成した。それ以来、アメリカ政府への出入りを繰り返している。最近では、バイデンの新型コロナウイルス対応共同責任者としてワクチンの普及を担当していた。ザイエンツはクレインの政治経験には及ばないが、決してアウトサイダーではない。彼は、スーザン・ライスと同じようにワシントンD.C.で育ち、幼い頃からお互いを知っている。ザイエンツはバイデンの大統領首席補佐官として採用されるほどバイデンのことをよく知っているが、より大きな試練は、大統領が聞きたくないことを伝えられるだけの信頼を得られるかどうかであろう。

バイデンの次の2年間に立ちはだかるより大きな不安は、彼の年齢に関するものだ。先週発表された世論調査では、民主党と民主党寄りの無党派層は、バイデンが再出馬すべきかどうかに関して意見が真っ二つに割れている。しかし、クレインは、政府での仕事が長くなればなるほど、「経験が重要だ」と考えるようになったという。多くの人がバイデンは若手に道を譲るべきだと考えていることも知っている。「その年齢には、多くの経験が伴う。2022年2月には、ウラジミール・プーティンはウクライナを侵略する意図は持ってはいないと言っていた世界の指導者がたくさんいた。そうした中で、バイデンは「彼(プーティン)はウクライナに侵攻するつもりだ、私たちは備える必要がある、同盟を組み立てる必要がある」などと言っていた。これは、彼が時々言葉を間違えるかどうか、原稿を読む時に時々目を細めるかどうかよりも重要な洞察である。

更に言えば、クレインは、「ドナルド・トランプが2024年の共和党の大統領選挙候補者になると信じるだけの理由がある。ドナルド・トランプに勝ったのは1人しかいない、その名はジョー・バイデンだ」と述べた。そして、バイデンの立候補に疑問を持つ人々に対しては、「ジョー・バイデン以外に誰がドナルド・トランプに勝てるのか、ちゃんとした答えを出した方がいい」と述べた。

※エヴァン・オスノス:『ニューヨーカー』誌スタッフライター。最新刊『荒野:アメリカの怒りの進行』がある。

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ホワイトハウスは史上初の女性大統領首席補佐官を登用する機会を失う(White House Misses Opportunity For First Woman Chief Of Staff

エリン・スペンサー・サイラム筆

2023年2月8日

『フォーブス』誌

https://www.forbes.com/sites/erinspencer1/2023/02/08/white-house-misses-opportunity-for-first-woman-chief-of-staff/?sh=4f27faf142c5

任期半ばを迎えたジョー・バイデン大統領は、今週の一般教書演説で、これまでの政権の成果について強調し、更に重要なこととして、今後の展望について演説を行った。木曜日からは、この公約を実現するために、新しい大統領首席補佐官を登用する予定だ。

新型コロナウイルス感染拡大対策の責任者だったジェフ・ザイエンツ(Jeff Zients)がロン・クレインの職場だった場所に移り、ウエストウィングの運営責任が再び1人の男性に委ねられることになる。

ホワイトハウスの大統領首席補佐官という役職は、1946年に正式に創設されて以来、アメリカ政治の中心的な役割を担ってきた。その間に30人の大統領首席補佐官が誕生している。その中には「ジョン」が4人、「ジャック」が2人、「ドナルド」が2人いるが、女性は1人もいない。

政界関係者の間では、大統領首席補佐官の選択は極めて重要なものだと考えられている。大統領にとって最も重要な人事の決定であると考える人もいる。職務の詳細は政権によって異なるが、任命された大統領首席補佐官は大統領の右腕、門番、代理人、そして重要な政策決定過程の監督者として機能する。行政府の中で、ウエストウィングの動向を把握し、大統領に接近することができるのは、間違いなくこの人しかいない。結局のところ、大統領首席補佐官は選挙で選ばれたのではないが大きな力を持ち、誰がその力を持つかによって、ホワイトハウスで優先される課題が決まることが多い。

バイデン政権は「アメリカらしい」ホワイトハウスの重要性を何度も指摘し、そのために初の女性副大統領、初のジェンダーのバランスの取れた内閣、初のホワイトハウス・ジェンダー政策評議会を導入してきた。しかし、アメリカ国内の女性の収入が男性に比べて低く、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)に関する法律が全米で急速に変化する中、バイデン政権は大統領首席補佐官に女性を指名しなかった。

このポストに就いた女性はいないが、そのすぐ下の役職である実務担当の次席補佐官には、ごくわずかながら女性が就いてきた。このポストは主に舞台裏で活動するものだが、女性が副官を務めることによる直接的な影響は、よく知られている。

アリッサ・マストロモナコがバラク・オバマ政権の大統領次席補佐官だった際、ホワイトハウスの女性たちは「増幅」作戦を展開した。ある女性が会議で発言すると、別の女性がその発言を繰り返し、誰が最初に発言したかに言及して、その発言が確実に伝わり、正当な評価がなされるようにした。この作戦はすぐに評判となり、ウエストウィングの文化を超えて、アメリカ全土の会議へと広がっていった。

マストロモナコは、史上最年少の女性次席補佐官であり、ウエストウィングの女性用トイレに史上初めて生理用品処理箱を設置させたことでも有名である。「もし、もっと多くの女性を政治に参加させることを真剣に考えるなら、ウエストウィングには基本的な快適さが必要だ」と、マストロモナコは『ワシントニアン』誌に寄稿している。彼女は「私の提案に異論はなかったが、それまで誰も思いつかなかったようだ」と述べている。

マストロモナコの在任中は、複数の首席補佐官が交代で就任し、当時のオバマ大統領が、「政権がいかに女性登用に積極的であるかという話題提供のために」定期的に公の場に出ていたことを考えると、一見論理的に見える決断をなぜしなかったのかという疑問もある。

バイデン率いるホワイトハウスは、大統領首席補佐官のポジションに次席補佐官ポストにいる女性を選ぶこともできたはずだ。現在2人いる運営担当次席補佐官の1人であるジェン・オマリー・ディロンは、バイデンの選挙ティームを率いた経験があり、民主党の大統領選挙を成功させた最初の女性として歴史に名を残している。推測されるリストには、更に首席補佐官の女性候補として、大統領上級顧問のアニタ・ダンやホワイトハウスの国内政策補佐官であるスーザン・ライスの名前も挙がっていた。

しかし、結局のところ、ホワイトハウスの最高幹部は男性の手に渡り、大統領、最高裁長官、統合参謀本部議長など、連邦政府で女性が就任したことのないトップ職のリストにそのまま残ることになった。

エリン・スペンサー:ニューイングランド州を本拠とする作家。ジェンダー、政治、文化の国内議論に貢献している。2018年からフォーブス誌の寄稿者を務め、政治家、企業幹部、そして宇宙飛行士にもインタヴューを行っている。ツイッターアカウント:@erinspencer93

(貼り付け終わり)

(終わり)

bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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