古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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タグ:教育

 古村治彦です。

 現在の世界経済をけん引しているのは、アジア諸国である。20世紀後半の日本、21世紀の中国は、歴史上類を見ない、長期にわたる高度経済成長を達成したし、韓国もまた、「漢江(はんがん)の奇跡」と呼ばれた経済成長に成功した。これら以外のアジア諸国はこれから経済成長を進めていくだろう。世界は西側諸国(the West、ジ・ウエスト)と西側以外の国々(the Rest、ザ・レスト)の2つに分かれているが、西側諸国は先進諸国(developed countries)、非西側諸国は発展途上国(developing countries)となる。先進諸国は経済発展がひと段落した国々となるが、どちらかと言えば、これから縮小、衰退していく。その先頭を走っているのが日本だ。発展途上諸国はこれから経済発展をしていく。そのためには、いくつかの条件があり、それを満たしている。

 経済成長の基盤となるのは「教育」だ。教育は質の高い労働力を生み出すためには必要不可欠だ。アジア諸国は歴史的に、教育の重要性を理解し、社会全体として教育を重視してきた。高い識字率や正確な計算能力は質の高い労働力となるためには必須だ。ヨーロッパ諸国においても、経済成長と一般教育の普及は相関関係を持っている。また、社会の近代化にとっても教育の普及は必要である。

女性の教育向上については否定的な見方をする人が日本でも多くいるが、子育てをするにしても知識が必要であり、子供が初めて教育を受ける相手である母親が賢いことは子供の教育にとって良いことである。21世紀の日本になっても、一部地域、特に九州で女性に教育はいらないなどと述べる時代遅れの無知蒙昧の中年男性、高齢男性が多く存在することは悲しむべき恥辱である。自分たちの努力不足、研鑽不足、才能不足を補うために、自分たちよりも劣る存在を作ろうという、さもしい考えでしかない。

アジア諸国では、教育重視が行き過ぎて、「受験地獄」と呼ばれるような、試験偏重の教育システムとなっているのはデメリットである。また、日本、中国、韓国では難関大学に進学するためには、学校以外にも予備校や塾に通い、多くの参考書や問題集を買わねばならないので、富裕層に有利になっているのは間違いない。

しかし、入学試験を突破すれば難関大学に進学でき、襲来の選択肢が増えるということは、一種の平等が担保されており、社会流動性を生み出すことにもつながっていた。現在の富裕層が資金力を使って子供に勉強させて難関大学に入れるという一種の金銭ゲームのようになっている状況は改善されねばならない。

 専門家たちはアフリカ諸国の経済成長に注目している。アフリカ諸国の経済成長にとっても、必要なのは教育であり、人的資源である。識字率の向上と知識の普及は地道な作業である。世代を超える数十年単位の、非常に困難な営為である。しかし、世界には成功例が数多くある。日本はその輝かしいモデルだ。表面的な資金や物資の支援ではなく、根本的な支援がなされることが重要だ。

 

(貼り付けはじめ)

アフリカが中国の台頭から学ぶべきこと(What Africa Can Learn From China’s Rise

-アフリカ大陸の人的資本は最大の資源である

ハワード・フレンチ筆

2024年6月12日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/06/12/africa-economy-wealth-poverty-development-growth-history/

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ナイジェリアのラゴスにあるモボラジ・ジョンソン駅で列車から降りる乗客たち(2024年3月2日)

1960年にアフリカ大陸を席巻したヨーロッパからの独立の波以来、アフリカ大陸のどの国も、世界で最も裕福な国々の仲間入りを果たしていない。

この点において、アフリカは決して例外ではない。第二次世界大戦後、富裕国へと成長した国々のほとんどは、マーシャル・プランの恩恵を受けたヨーロッパ諸国、オーストラリアやニュージーランドといった西ヨーロッパ諸国の植民地、そしてアジア沿岸部の少数の国々である。例外はごくわずかで、石油と天然ガスに恵まれた国々だ。

それでも、アフリカは世界の最貧国リストの上位を占めている。天然資源の豊富さだけで経済的成功が予測できるのであれば、コンゴ民主共和国やギニアなど、世界で最も経済状況が劣悪な国々を含む多くのアフリカ諸国は、今頃は上位中所得国にランクインしているか、あるいは先進国に加わっているだろう。しかし実際には、控えめな成功例がいくつか見られる。下位中所得国が数十カ国、上位中所得国がボツワナやナミビアなど数カ国あるだけだ。

アフリカがしばしば最下位に位置づけられるのは、経済実績だけが理由ではない。長年アフリカについて執筆してきた私にとって、アフリカ大陸は世界の他の地域から最も著しく不十分な注目しか受けていない大陸であると常に感じてきた。これは、海外投資、政治的関与、危機管理における外交努力、そして報道においても同様だ。例えば、スーダンは昨年、壊滅的な内戦に陥り、飢餓、1000万人の難民、そして数えきれないほどの犠牲者を出したが、世界の注目をほとんど集めることはなかった。

しかし、どれほど軽視されていようとも、アフリカの経済成長を促進することは、今世紀最大の課題の1つだ。今後数十年間、世界の人口増加の大部分はアフリカで起こるだろう。多くの先進国で急速な高齢化(rapid aging)が進む時代において、アフリカは世界最大の若年労働力供給源となる。アフリカ大陸が強固な中間層を構築できるかどうかは、世界の消費市場の規模を決定づける大きな要因となるだろう。アフリカの中間層が成長しなければ、アフリカは国際的な移民のますます大きな発生源となり、西側諸国におけるそれに伴うパニックを引き起こすことになるだろう。さらに、地球規模の気候目標を達成するには、西側諸国、あるいは近年では中国やインドのような規模の炭素排出をすることなく、アフリカの人々のために大幅に多くのエネルギーを生産する方法を見出す必要がある。今日、アフリカ大陸の多くの地域では、一人当たりの年間平均電力消費量は、アメリカの一般的な冷蔵庫の消費量よりもはるかに少ない。

アフリカの経済的困難のかなりの部分は、破壊的な外国の影響に起因している。それは、奴隷貿易(trade in enslaved peoples)が何世紀にもわたって行われ、主にヨーロッパ人によって行われた、深く極めて悲劇的な搾取と支配(exploitation and subjugation)の歴史にまで及ぶ。約1200万人のアフリカ人が、西側諸国の富の創造のためにアフリカから連れ去られた。私の最新著書『黒人として生まれて:アフリカ、アフリカ人、そして近代世界の形成、1471年から第二次世界大戦まで(Born in Blackness: Africa, Africans, and the Making of the Modern World, 1471 to the Second World War)』は、この歴史に焦点を当てている。この歴史が西側諸国の台頭に与えた重要性は、いまだに深く誤解され、過小評価されている。

19世紀末のヨーロッパによるアフリカの完全な支配と、それに続く比較的短い植民地化の時代には、もう一つの深い悲劇の流れが流れている。これは、私の近刊予定の著書の主題でもある。この時代、ヨーロッパの焦点は資源の搾取にある。ゴム、カカオ、貴金属といった天然資源に加え、ヨーロッパはアフリカ人労働力を大規模に搾取した。第二次世界大戦後も、人々が奴隷に近い状況で強制労働を強いられ、ヨーロッパの戦争で多数のアフリカ人が戦場に送られたり、荷役動物のような物資輸送に従事させられたりしたという事実を、西側諸国で理解している人はほとんどいない。

アフリカ大陸の独立後も、経済発展の停滞には他の外的要因が影響している。その1つが、過去40年以上にわたる中国の台頭だ。中国は、当初は非常に安価な労働力を用いて大規模な工業化を進めたため、いわゆる発展途上国(underdeveloped countries)の中で、中国に追随して急速な発展を遂げた国はほとんど存在しない。植民地時代の遺産である、主に小規模で内陸国が多い54カ国に深く分断されたアフリカは、この点において特に大きな制約を受けてきた。

しかし、このコラムの残りの部分で私が焦点を当てたいのは、アフリカが直面している内部的に課された障害(the internally imposed impediments)だ。(「内部的」という言葉を使うのは、どの国もその歴史から切り離して考えることはできないことを十分に認識しているからだ。)アフリカ諸国がより大きな繁栄への道を見出すためには、これらの問題に取り組む必要がある。皮肉なことに、アフリカ大陸についてほとんど、あるいは全く言及していない3人の学者の著作は、アフリカが現在抱えている国内問題の特異性と、アフリカ大陸が経済状況を変革できる可能性について、示唆を与えてくれる。

私が先日書評したワン・フェン著『中国の豊穣の時代:起源、台頭、そしてその後(China’s Age of Abundance: Origins, Ascendance, and Aftermath)』は、アフリカが抱える問題について興味深い考察を与えてくれる。カリフォルニア大学アーヴァイン校の社会学者であるワンは、本書の中で、1979年から2019年にかけて中国が驚異的な繁栄を成し遂げたのは、政治的な安定性と経済発展計画の一貫性の高さによるものだと間接的に論じている。これは主に、経験豊富で世慣れた改革派の鄧小平の後を継いだ2人の指導者が鄧小平のロードマップを忠実に踏襲したことによるものだ。

貧困からの脱出は、たとえ長期政権であっても、一人の指導者の責任ではなく、世代を超えた取り組みとなる。アフリカは、複数の問題に加え、まさにこのような世代を超えた一貫性(transgenerational consistency)を欠いてきた。概して、これらの国々は、安定した統治と制度構築を阻害する停滞した権威主義的政権に苦しめられてきたか、あるいはクーデターとその後の軍事政権という形で不安定な状態に陥ってきたかのどちらかだ。

カリフォルニア大学バークレー校の経済学者J・ブラッドフォード・デロングは、著書『ユートピアへの緩慢な歩み:20世紀の経済史(Slouching Towards Utopia: An Economic History of the Twentieth Century)』の中で、回転式政府(turnstile government)のコストについて雄弁に論じている。ニッコロ・マキャヴェッリの思想を引用しながら、デロングは、弱体で発展途上国において権力を掌握または保持する者たちの最優先事項は、食糧暴動や首都における主権の象徴に対するあらゆる攻撃を回避することだと主張する。例えば、国営テレビ局や大統領官邸が占拠された後に、弱体化した政府はしばしば崩壊する。彼らの第二の優先事項は、定期的な給与、昇進、ボーナスに加え、新型兵器、制服、その他の装備品を提供することで軍を買収し、満足させることだとデロングは述べている。三番目に挙げられるのは、官僚機構や政治家を沈黙させておくことであり、そのためにはしばしば金銭的な誘惑を用い、反対派内部の混乱を煽る。

そもそも、ほとんどの指導者は自分がその職務に最も適任だと確信している。中には、自国を発展させ、国民の繁栄を確かなものにしたいという真の希望を抱いている者もいるかもしれない。しかし、デロングが指摘するように、こうした希望は優先順位のずっと低い位置に置かれる。「政権の座が確固たるものになって初めて、開発政策に関する議論が始まる。しかし、権力の安定維持に、支配者の時間、エネルギー、資源はほぼ必ず費やされる。平均的な政権の存続期間は短すぎるため、合理的な歴史家や批評家であれば、政権が長期的な経済発展に注力することを期待することはできないだろう」。

デロングはアフリカに特化して論じている訳ではないが、こうした傾向は、おそらくアフリカで最も不安定な地域であるサハラ砂漠の南に広がるサヘル地域において、まさに顕著に表れている。サヘル地域では、2020年以降、8件ものクーデターが成功裏に発生している。

ニューヨーク市立大学のブランコ・ミラノヴィッチ教授は、著書『グローバル不平等:グローバル化時代の新たなアプローチ(Global Inequality: A New Approach for the Age of Globalization)』の中で、アフリカがさらなる発展を遂げられなかった謎を解き明かそうとしている。1960年代と1970年代にはまずまずの経済成長を遂げたアフリカ大陸だが、1990年代には大規模な経済的後退(an enormous economic setback)に見舞われた。この10年間、多くのアフリカ諸国で経済成長は事実上停止し、一部の国では実際にマイナス成長に転じた。ミラノヴィッチ教授によれば、2000年までに、アフリカ大陸の実質一人当たりGDPは1980年の水準を20%も下回るという壊滅的な落ち込みを見せた。

わずか13年後、アフリカの1人当たりGDPは1970年の水準の1.9倍にまで上昇した。これは一見素晴らしい数字に思えるかもしれないが、他の大陸と比較するとそうでもない。例えば、アジアの1人当たりGDPは同時期に5倍に増加している。

「アフリカにおける複数の問題は、これらの数字が示すよりもはるかに複雑だ」とミラノヴィッチは述べている。「アフリカ諸国はしばしば急激な成長とその後の急激な衰退を繰り返しており、長期的な成長率を控えめに維持することさえできないことが、根本的な問題となっているようだ。成長における変動は、政治的紛争、内戦(civil wars)、そしてアフリカの生産と輸出の多くを支える天然資源に影響を与える景気循環的な価格変動によって引き起こされている」。

こうした状況を踏まえると、ワンによる中国の歴史的な高成長期に関する分析に立ち返ることになる。多くの外部の人々はアフリカの腐敗を嘆くが、中国をはじめとする多くの経済的に成功した国々にも腐敗(corruption)が蔓延していたことをほとんど考慮に入れていない。実際、北京は長年にわたり、不正蓄財で有罪判決を受けた官僚たちを処刑または投獄することを公然と行ってきた。政府高官の多くは、巨額の私財を築いた者が少なくない。

中国の官僚たちが汚職(graft)に手を染めている一方で、彼らが委託または監督するプロジェクトは、割り当てられた資金が横領された後に忘れ去られるのではなく、圧倒的に建設される傾向にある。アフリカ各地で長年耳にしてきた暗いジョークに、「橋や高速道路、その他の大規模プロジェクトさえ実現すれば、たとえ官僚の不正蓄財もそれほど悪いことではない(even flagrant official enrichment wouldn’t be so bad if only the bridges, highways, and other big projects were brought to fruition)」というものがある。

しかし、ワンは、物理的なインフラ整備以上に、中国が短期間でこれほどまでに力強く発展できた要因は、一部の経済学者が「人的インフラ(physical infrastructure)」と呼ぶものへの継続的な投資にあると説得力をもって論じている。1976年の毛沢東時代終焉以前から、中国は国民の健康状態の改善において目覚ましい進歩を遂げていた。これにより、感染症(infectious diseases)や妊産婦死亡率(maternal mortality)、乳幼児死亡率(infant mortality)など、予防可能な死因による死亡者数が大幅に減少し、生産性の高い人口構成(a more productive population)へとつながった。

毛沢東の死後に始まった新たな富の創造時代は、医療の絶え間ない改善をもたらし、その成果はあらゆる統計データに表れている。例えば、平均寿命は現在78.99歳で、はるかに豊かなアメリカ合衆国の平均寿命に匹敵する。マラリアなどの熱帯病(tropical diseases)が蔓延するアフリカは、どの大陸よりも健康指標が劣悪である。都市部の水道や農村部の水道システムを改善・拡張するといった単純な政策でも、多くの命を救い、寿命を延ばすことができるだろう。

ワンの著書は、鄧小平時代に始まった中国変革のための世代的プロジェクトのもう1つの側面、すなわち教育(education)により注目している。「小学校以上のあらゆるレヴェルの就学率は飛躍的に増加した。全国の中学校の年間就学率は、1990年から2000年の間に60%以上増加し、1370万人から2260万人に達した」とワンは述べている。「高等教育機関に在籍する学生の総数は、1990年の210万人から2000年には560万人、2010年には2230万人、そして2020年には3290万人へと、それに応じて増加した」。中国は、この教育システムの飛躍的な拡大を通じて、労働力の質を劇的に、そして継続的に向上させてきた。

今日のアフリカは、教育水準においてさらに低い出発点に立たされている。非識字状態は依然として多くのアフリカ諸国で蔓延しており、多くの国で女子の就学率は男子に比べて著しく低いのが現状だ。今後数十年で経済状況を変革していくためには、アフリカ大陸は人的インフラへの投資を大幅に増やす以外に選択肢はない。アフリカの人々は、他の地域の人々と同様に生まれながらにして優れた才能を持っているが、グローバル経済においてより実りある形で参画するためには、アフリカ大陸からの知的生産を大幅に増やす必要がある。そして、アフリカの問題に対するアフリカ独自の解決策を見出すためにも、それは教育を通してのみ可能となる。

今日のアフリカの教育水準の低迷は、植民地支配の遺産と言える。当時、ヨーロッパ諸国は、教育を受けたアフリカ人の大規模な集団が、アフリカの人々と資源に対する支配を脅かすことを恐れた。今日の課題は、アフリカの指導者たちが、アフリカの人々とその知性こそが大陸最大の資源であることを理解できるかどうかだ。教育革命が全ての問題を解決するということはないが、教育革命なしには、アフリカが直面する他の多くの課題に対処することは不可能なのだ。

※ハワード・W・フレンチ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授。長年にわたり特派員を務めた。最新作に『第二の解放:高潮期のンクルマ、汎アフリカ主義、そしてグローバル・ブラックネス(The Second Emancipation: Nkrumah, Pan-Africanism, and Global Blackness at High Tide)』がある。ブルースカイ・アカウント: @hofrenchbluesky.social Xアカウント:@hofrench

(貼り付け終わり)

(終わり)

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アフリカはアジアの発展モデルを追いかけられるか?(Can Africa Follow Asia’s Development Model?

-アジアに関する著作で知られる経済記者が最も急速に成長している大陸に目を向けている。

ハワード・フレンチ筆

2026年4月24日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/04/24/how-africa-works-joe-studwell-review-development-economics-asia/

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エチオピアの首都アディスアベバで建設中の高層住宅ビル群(2018年11月20日)

多くの著者が知っているように、書籍の企画はしばしば偶然の出来事、つまり生い立ちや個人的な背景から生じる予期せぬ出会いや経験から生まれる。そうした基準から見ても、ジョー・スタッドウェル著『アフリカはどのように機能するか(How Africa Works)』の誕生秘話は実に印象的な物語だ。

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本書の冒頭で、スタッドウェルは、もともとは、このテーマについて書くつもりは全くなく、執筆は偶然の産物だったと述べている。確かに偶然だったかもしれないが、決してありふれた偶然ではない。スタッドウェルによれば、2016年、彼はエチオピアとルワンダの両政府からそれぞれ招かれ、両国の開発戦略(development strategies)を評価し、その結果を政府高官に報告するよう依頼された。両国の関心は、スタッドウェルが2000年代初頭から執筆してきた、東アジア(特に中国)の経済成長に関する一連の人気書籍によって高まっていた。彼は当時、ビジネス担当ジャーナリストとして中国で活動していた。

アフリカで最も急速に成長している2カ国から依頼を受けた同じ年の2016年、スタッドウェルはビル・ゲイツと偶然出会った。ゲイツはすでに彼の著作を知っていた。ゲイツは彼にこう言った。「私が本当に知りたいのは、あなたがアフリカについてどう考えているかだ」。スタッドウェル氏は当時、このことについて深く考えたことはなかったと述べているが、「2年後、博士論文を書き終え、アフリカに関する文献を少し読んだ後、この大陸について何か有益なことを言えるかもしれないと思い立った」と語っている。彼はアフリカを「グローバル開発における最後の偉大なフロンティア(the last great frontier of global development)」と呼んでいる。

その結果はしばしば興味深く、アフリカが抱える数多くの課題と真摯に向き合おうとする一貫した努力がうかがえるものの、その出来栄えにはばらつきがある。しかし、読者の皆さんはこの指摘に気後れする必要はない。これほど野心的な課題に取り組むには、数多くの困難が伴う。まず、著者のアフリカに関する知識が限られているという大きなハンディキャップがあるほか、歴史的背景、経済状況、開発戦略が国ごとに大きく異なる国々で構成されるこの大陸の、その広大さと多様性が大きな障壁となっている。

こうした考察に加え、経済学者たちでさえ、現実世界の無限の複雑さに耐えうる、国家の経済発展のための確実な青写真――ましてや大陸全体のためのものなど――を策定することには限界があることを、ますます認めるようになっているという事実がある。しかし、それにもかかわらず、彼らも、そしてスタッドウェルも、人類が直面する最大の課題に取り組むことを止めることはしていないし、そうあるべきでもない。

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1月1日、タンザニアのダルエスサラームで、人々が歩道橋に集まり新年を祝った。

『アフリカはどのように機能するか』の冒頭部分は、その試みが詰め込まれている、数十年前から続くアフリカ大陸に関する最も有名な研究成果の多くに依拠している。そのほとんどは、植民地時代から現在に至るまでのアフリカ大陸の変遷に関する西洋の考え方だ。本書のこれらの部分は、要約版のような印象を受ける。著者の視線が地域から地域へ、国から国へと移るにつれ、簡潔な記述の中に詰め込まれた事実情報の密度の高さに、まるで年鑑や百科事典を読んでいるような感覚を覚える瞬間がある。

しかし、本書の冒頭部分においても、スタッドウェルは重要な仕事ぶりを見せており、アフリカを本格的に研究したことのない読者には馴染みのない貴重な背景情報を提供している。そして、アフリカ大陸は欧米諸国の報道、教育、公共政策、外交において表面的な扱いしか受けていないため、これはまさに大多数の読者に当てはまるだろう。

冒頭近くで、スタッドウェルはアフリカ専門家の間では広く知られている(しかし一般には知られていない)、2つの根本的な事実を、アフリカの経済発展の遅れの主な原因として提示している。アフリカ大陸に関する国際的な報道を読んでいる多くの読者は、スタッドウェルが汚職も紛争も決定的な要因として上位に位置づけていないと明言していることに驚くかもしれない。

スタッドウェルによれば、第一の原因は、近年までアフリカ大陸は、熱帯病の蔓延(endemic tropical disease)と半世紀に及ぶ奴隷貿易(the half-millennium apocalypse of the slave trade)という二重の災厄によって、世界の他の地域と比べて人口密度が著しく低かったことである。

第二に、アフリカはヨーロッパ列強による、著者が「低予算」植民地主義(“low budget” colonialism)と呼ぶものにも直面した。これは、ヨーロッパ列強は教育や一般的なインフラ整備にほとんど資金を投入せず、アフリカ大陸の独立に向けた準備もほとんど行わなかった。1950年代後半にアフリカに自由が訪れた時、識字率と計算能力の低さは世界のどの地域よりも低かった(its rates of illiteracy and innumeracy were lower than any other part of the world)。

スタッドウェルは本書の冒頭で、アフリカだけでなく世界全体の未来に関わる根本的な事実を明らかにしている。それは、アフリカの人口密度がようやくアジアに追いつき始めたということだ。2030年までに、アフリカの人口密度は1960年のアジアと同レヴェルにまでなる。今世紀末には、アフリカの長きにわたる追いつき段階は完了するだろうと彼は述べている。世界の人口上位10カ国のうち5カ国がアフリカ諸国となり、アジアとアフリカを合わせると、それぞれ約40億人の人口を抱え、世界の人口構成において支配的なブロックとなる。

スタッドウェルが提示する人口動態の見通しは、アフリカに関する欧米諸国の見方にありがちな不安を煽るような要素が一切なく、実に清々しい。実際、彼は今後数十年間におけるアフリカ大陸の急速な人口増加を概ね肯定的に捉えている。そして、この人口増加によって、アフリカ大陸の多くの地域が発展を深め、より豊かになり、世界経済においてより重要な地位を占めるようになるだろうと繰り返し主張している。

スタッドウェルは、開発戦略の前提を実に明快に提示している。彼は、いわゆるアジア経済モデルの支持者であり、アフリカ諸国への提言もこのモデルから直接導き出されている。このモデルによれば、国民の福祉と繁栄の追求は、農業生産の最大化から始まるべきである。そして、これを成功させた国は、農業よりも付加価値の高い製造業に投資と起業家精神を向けるべきである。

最後に、混合経済(mixed economies)の発展において成功を望む国家は、国民貯蓄の増加(increase national savings)、資本逃避の抑制(limit capital flight)、経済の戦略的セクターへの優遇融資条件の提供(provide preferential lending terms to strategic sectors of the economy)といった施策を実施できるよう、金融システムを厳格に管理すべきである。スタッドウェルによれば、これらのセクターには輸出企業が含まれるべきである。輸出は外貨獲得につながるだけでなく、国際競争力を持つ企業は信用リスクが許容範囲内であり、効率性の向上と技術革新を推進する可能性が高いからである。

しかし、このような単純な青写真であっても、現実世界における困難は容易に想像できる。全ての政府は政治の制約と誘惑にさらされており、金融システムに対する国家の統制や強い影響力は、融資へのアクセスを決定する際に、縁故主義(cronyism)が厳格さを凌駕するという深刻なリスクを伴う。

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ルワンダの首都キガリで行われた集会でポール・カガメ大統領が支持者に手を振る(2024年7月12日)

スタッドウェルの著書は、アフリカ諸国の事例研究(case studies)へと進み、それらの国々が経済成果において大陸の他の国々とは一線を画し始めていると主張する。しかし残念ながら、多くの一般論が、読者にどの教訓が他の地域にうまく応用できるのかという疑問を抱かせる。

彼が最初に挙げる例は、南アフリカの北に位置する内陸国ボツワナである。ボツワナは1966年にイギリスから独立して以来、世界でも有​​数の経済成長率を誇っている。ボツワナは、いわば「近隣効果(the neighborhood effect)」の恩恵を受けている。アパルトヘイト時代に南アフリカの解放運動を受け入れなかったことで、ボツワナは平和と安定だけでなく、はるかに裕福な南の隣国からの投資も享受できた。

他にも、この国を重要な点で際立たせる2つの特徴がある。スタッドウェルが指摘するように、ボツワナの人口はアフリカ大陸のほとんどの国と比べて民族的多様性(ethnic diversity)が著しく低い。つまり、ツワナ族が圧倒的に多いことが、アイデンティティに基づく深刻な政治的分裂を回避するのに役立っている。少なくとも同じくらい重要なのは、ボツワナが1976年に世界で最も収益性の高いダイヤモンド鉱床の発見から恩恵を受けたことである。この鉱床は世界のダイヤモンド生産量の約3分の1を占めている。こうした鉱山からのダイヤモンド生産は比較的財政的に透明性が高く、生産量と収益の記録と管理が容易である。

そのため、スタッドウェル自身が述べているように、「資源に乏しい東アジア諸国で必要とされたほど、ボツワナでは経済変革の戦略を立てる必要はなかった」。こうした理由から、なぜボツワナが本書に取り上げられているのか疑問に思う。

スタッドウェルが次に詳しく挙げているのは、インド洋に浮かぶ島国モーリシャスだ。砂糖プランテーション経済から軽工業・専門産業へと見事に転換を遂げたこの国は、スイスの時計メーカーへの下請け業務を皮切りに、繊維、水産加工、金融サーヴィスへと多角化(diversification)を進めてきた。

しかし、モーリシャスは人口120万人の島国で、長さは約65キロ、アフリカ大陸からは約2000キロも離れている。ヨーロッパによる植民地化以前は無人島だった。こうした事実だけでも、モーリシャスがアフリカ全体とどれほど関連しているのか疑問に思うかもしれないが、さらに、人口の3分の2はインド系だ。また、少数ながらも重要な中国系住民やフランス人入植者の子孫も存在する。アフリカ系住民はわずか約30%に過ぎない。

スタッドウェルは、モーリシャスをアフリカに含める理由として、彼が「複雑な民族的多様性(fractious ethnic diversity)」と呼ぶものを根拠に挙げている。確かに、モーリシャスは大陸規模のグループやフォーラムにおいて、自らをアフリカと結びつけて活動している。しかし、経済的な観点から言えば、私は異論を唱えたい。モーリシャスはアフリカ大陸にあるとはいえ、この大陸の中でも極めて異質な存在だ。

著者が最後に挙げた2つの事例研究、エチオピアとルワンダはより詳細な検討に値する。両国とも力強く持続的な経済成長と発展を遂げた事例として描かれているが、綿密に検証すると、他のアフリカ諸国への適用には大きな限界があることが明らかになる。

長期間の内戦を経て、エチオピアは1991年から2012年まで続いたメレス・ゼナウィ政権下で目覚ましい発展を遂げた。もともと医師だったゼナウィは経済学に傾倒し、政権を握った後も大学院で学び続け、韓国の戦後の驚異的な成功からエチオピアに活かせる教訓を学ぼうとした。

彼の真摯さと決意は、世界銀行などの開発援助機関の指導者や専門家、例えばジョセフ・スティグリッツらをすぐに感銘させ、スティグリッツは国際金融機関の中でメレス・ゼナウィを擁護し始めた。1990年代初頭には世界で最も貧しい国の1つだったエチオピアは、ゼナウィ政権下で急速に発展を遂げた。スタッドウェルの東アジアモデルと同様に、その発展は農業の発展から始まった。農民には普及サーヴィスとマイクロファイナンスが提供され、新たな道路網が整備された。そして、2004年以降、穀物の平均収穫量は年率5%増加した。間もなく極度の貧困は激減し、平均寿命は飛躍的に延びた。私がアフリカにおける中国の存在に関する書籍を執筆する中で目にしたように、エチオピアはその後製造業に転換し、外国投資を歓迎する工業団地を創設した。これらの工業団地のほとんどは中国企業が運営していた。『フィナンシャル・タイムズ』紙はエチオピアとその成功を「ナイルの奇跡(miracle on the Nile)」と称した。

スタッドウェルは、東アジアでもアフリカと同様に、こうした成果は通常、政府が強力な開発連合(strong development coalitions)を構築できた場合にのみ可能になると主張する。メレス・ゼナウィは確かにそうした連合を構築したように見えるが、彼の体制は、比較的少数派であるティグレ人に不均衡な権力を与え、彼自身のカリスマ性を強く反映したものでもあった。2012年にメレス・ゼナウィが死去すると、権力の空白が生じ、それ以来、エチオピアは武力紛争の再発を含む危機に次々と見舞われている。エチオピアはこうした混乱にもかかわらず、驚異的な経済成長を維持してきたが、次の戦争がいつ起こるか分からないという不安が常に付きまとう。これは、エチオピアの歴史において、他の多くのアフリカ諸国とは大きく異なる特徴があることに起因する。すなわち、現代のエチオピア国家は、国全体に対する支配力が長らく不安定で揺らいできた古い帝国の、不安定な基盤の上に築かれたのである。

スタッドウェルが最後に挙げる例は、1994年に民族虐殺の舞台となった、ベルギーの旧植民地である小さな内陸国ルワンダだ。それ以来、ポール・カガメが政権を握り続けているルワンダは急速な経済成長を遂げ、2000年から2019年までのGDP成長率は年平均7.8%を記録している。スタッドウェルは次のように述べている。「カガメを惹きつけたのはシンガポール・モデルだった。31年間首相を務めた、実務的で清潔さにこだわり、やや強引なリー・クアンユーと、リー率いる人民行動党(PAP)は、政敵の足元をくり抜き、シンガポールの優秀な人材をPAPと政府のために引き抜いた」。

カガメは、政敵を文字通りに排除する以上のことを成し遂げている。彼はメレス・ゼナウィよりもはるかに中央集権的な体制を敷き、一切の批判を許さず、容赦なく権力を振るっている。これには、非常に効果的で威圧的な監視国家(surveillance state)体制の構築や、国外で政権の「敵(enemies)」を誘拐・殺害することさえ含まれる。

それにもかかわらず、カガメ大統領率いるルワンダの経済実績は、アフリカで多くの支持者を集めている。支持者たちは、自国の形式的ではあるものの、しばしば腐敗し経済的に非効率な民主政治体制を、カガメ大統領のような啓蒙的な独裁者による厳しく制限された権利体制(a regime of strictly limited rights under an enlightened dictator, as they perceive Kagame)と交換したいと私に語った。しかし、アフリカの独裁政権は概して芳しくない結果に終わっている。そして、エチオピアの例は、さらなる警戒を促すべきである。権力の極端な集中は、必然的に制度を弱体化させる。いずれはどの指導者もそうであるように、カガメ大統領が政界を去れば、大きな空白が生じるだろう。これは暴力と政治的混乱のリスクを高め、ルワンダの多くの経済的成果を危険にさらすことになる。

​​ルワンダが他のアフリカ諸国にとって建設的な模範とならない理由は他にもある。まず、先に述べた近隣効果(neighborhood effect)である。ルワンダは長年、軍事力と民兵組織を代理として利用し、コンゴ民主共和国の広大な鉱物資源地帯を支配し、隣国の重要な富を搾取してきた。驚くべきことに、カガメ大統領がこうした政策を実行してきた結果、ルワンダは「他のほとんどのアフリカ諸国よりも一人当たりの援助額が多い」という。言い換えれば、ほとんどのアフリカ諸国が夢にも見ないような資源の流れから恩恵を受けているのだ。

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チャドのオウレ・カッソーニにあるスーダン難民キャンプに食糧援助物資が到着した(2月24日)

『アフリカはどのように機能するか』で最も示唆に富むと感じたのは、国別調査とは直接関係のない2つの点だった。それは、西側諸国の開発援助に対する健全な懐疑(its healthy skepticism toward Western development assistance)と、アフリカの未来に対する慎重ながらも楽観的な見方(its cautiously optimistic view of the African future)である。

スタッドウェルは、援助は金の無駄遣いだというよく聞かれる主張が根拠のないものであると同時に、西側諸国のアフリカ援助(特に二国間援助)は歴史的に不安定で、時には無意味に意地悪なものであったことを、見事な筆致で論じている。

批評家たちはしばしば、アフリカ諸国が国際システムの保護下に置かれるようになったと考える。スタッドウェルは、アフリカ大陸のほとんどの国の経済発展にとって外国援助が全体的にどれほど重要であるかを過大評価するという、西側諸国によく見られる誘惑に抵抗している。同時に、スタッドウェルは、2000年以降、「1歳の誕生日を迎える前に死亡するアフリカの子どもの割合(the share of African children dying before their first birthday)」が半減し、4%になったと述べている。マラリアの発生率も同様の割合で減少した。これらの進歩を示す指標は、いずれも国際的な医療支援と密接に関係している。

さらに広く言えば、2000年以降、「援助と成長の間にはアフリカ全土で関連性があるが、成長は援助の唯一の目的ではない」とスタッドウェルは主張する。アジアでの経験を持つスタッドウェルにとって、これは驚くべきことではなかった。毛沢東時代後の改革期において、中国は世界銀行の譲許的融資の最大の受給国であり、同時に大規模な技術支援も受けていた。 「中国よりもずっと以前、アメリカは1946年から1978年の間に、韓国に総額60億ドル、台湾に24億ドルの援助を行った」とスタッドウェルは述べている。「当時としては巨額の援助であり、1950年代の韓国のGDPの15%、台湾のGDPの6%をアメリカからの援助が占めていた」。

長年アフリカについて執筆してきた私は、西側援助機関の流行に左右される姿勢をしばしば批判してきた。貧困国に対する彼らの優先事項や助言は、10年ごとに劇的に変化する。説明責任(accountability)は他者には適用されるものの、自分たち自身には決して適用されないようだ。スタッドウェルもまた、このパターンを認識している。スタッドウェルは西側援助の世界を「流行ビジネス(fashion business)」になぞらえ、「開発の特効薬を見つけようとする人間の自然な欲求に突き動かされているが、そのようなものは存在しない(driven by a natural human desire to identify a developmental magic bullet, even though none exists)」と指摘する。さらに彼は、「これは、援助国が開発の複雑さという現実よりも、単純で整然とした解決策に反応しやすいという事実を反映している(reflects the fact that donors are more responsive to simple, tidy solutions than to the reality that development is complex)」と付け加える。

より深刻な問題は、西側援助の多くに深く根付いたイデオロギー的基盤である。スタッドウェルはこの点について特に鋭く指摘している。

農業支援を謳う西側二国間援助機関の全てにおいて、左派的な政策を支持していると見なされることへの政治的な懸念から、土地改革、農民への融資、農民組合への支援といった取り組みは一切行われていない。農業協同組合の場合、これは、ほとんど全ての先進国において、農業資材の調達と販売が、コスト削減と収益最大化を実現する共同体に依存しているという事実にもかかわらず起こっている。

さらに悪いことに、西側諸国はアフリカ諸国政府との協力を拒絶し、劣悪な統治と腐敗の解決策は非政府組織との連携にあると考えているとスタッドウェルは主張する。西側の援助機関や、国連のミレニアム開発目標のような多国間枠組みは、「開発途上国政府からの意見をほとんど反映させることなく」戦略を策定してきた。しかし、こうした政府との連携を避けることのリスクの1つは、国家能力の弱さという問題を悪化させる可能性があることだ。

スタッドウェルの最も斬新な論点は、本書の終盤、アフリカの未来に目を向けた部分にある。彼が見る未来は、多くの人が想像するよりも明るいが、ナイーヴな楽観主義の兆候は一切見られない。

スタッドウェルは次のように書いている。「アフリカはかつてないほど世界の注目を集めている。今後10年間で、4%の成長率を維持すれば、アフリカ大陸の経済規模は1,5倍に拡大するだろう」。しかし、大陸の成長に伴い、その経済状況はますます地域によって異なると彼は主張する。スタッドウェル「東アフリカや西アフリカの沿岸地域などは、数億人の人口を抱える成長の中心地となるだろう。一方、サヘル地域の内陸国、特に西アフリカ諸国の北部地域は、政治的不安定と貧困に苦しむことになるだろう」と述べている。

スタッドウェルは次のように述べている。「今後、先進諸国はアフリカについて問題を抱えた大陸としてではなく、問題を抱える地域と将来有望な地域とに分けて語るようになるだろう。アフリカ大陸以外、つまりアメリカ大陸、ヨーロッパ、アジアに住んでいる人にとって、アフリカは生活の中でより大きな存在となるだろう。貿易、投資、観光、文学、音楽といった分野において、アフリカの世界システムへの統合は、半世紀以上前にアジアで起こったのと同じように始まっている」。

これは変革の青写真とは言えないだろうが、十分に根拠のある予測と言えるだろう。そして、今世紀末までに人類の約3分の1がアフリカに住むことになることを考えると、アフリカの分析を正しく行うことは、これまで以上に重要になっている。

※ハワード・W・フレンチ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授。長年にわたり特派員を務めた。最新作に『第二の解放:高潮期のンクルマ、汎アフリカ主義、そしてグローバル・ブラックネス(The Second Emancipation: Nkrumah, Pan-Africanism, and Global Blackness at High Tide)』がある。ブルースカイ・アカウント: @hofrenchbluesky.social Xアカウント:@hofrench

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ザ・フナイ vol.225(2026年7月号)
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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
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『トランプの電撃作戦』
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世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。
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※2024年10月29日に佐藤優先生との対談『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』(←この部分をクリックするとアマゾンのページに飛びます)が発売になります。予約受付中です。よろしくお願いいたします。

 アメリカ大統領選挙が終わり、共和党のドナルド・トランプ前大統領の当選、民主党のカマラ・ハリス副大統領の落選の理由について様々な報道が出ている。CNNは出口調査の結果を2016年、2020年、2024年と比較して分析する記事を出している。
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 この記事によると、中南米出身の人々(男性はラティーノ、女性はラティーナと呼ぶ)はトランプ支持が増えており、男性ではトランプ支持が過半数となったということだ。マイノリティは民主党支持というのがこれまでの常識であったが、ラティーノ男性のトランプ支持の理由の詳細な分析がこれから待たれるところだ。

 大学の学位の有無と居住地域の差は大きい。大学の学位を持っている人たちはハリス支持(民主党支持)、持っていない人たちはトランプ支持(共和党支持)であり、居住地域では地方部はトランプ支持、都市部はハリス支持、郊外地域は激戦という構図になっている。大学の学位を持っている人たちの収入が比較総体的に高いことを考えると、所得た高ければハリス支持、低ければトランプ支持となることが容易に推定される。アメリカの分断は大きくなる一方だ。これは日本にとって対岸の火事ではない。日本でも格差社会から分断へと進みつつあるように思われる。

 人々は経済問題を最大のテーマと考えていた。インフレと生活費の高騰を何とかして欲しいというのが人々の願いだった。ジョー・バイデン政権が発足以来、アメリカのインフレ率は下がっている。2021年には7%、2022年には6.5%、2023年には3.4%、2024年には2.4%だ。しかし、それが生活の実感として感じられなかったというのはバイデン政権にとっても、カマラ・ハリスにとっても不運だった。そして、人々が4年前に比べて生活が苦しいということになって、他のどの問題よりも経済問題を重視した結果がトランプ支持となった。トランプにとっては雇用創出が最大のテーマとなる。

 そして、アメリカ大統領選挙の最大のテーマは「トランプ」そのものということになる。トランプ支持者のほとんどは、トランプを好み、トランプを支持している。一方で、ハリス支持者の一定数は、別にハリスでなくてもよく、トランプが嫌だ、トランプの対立候補だからハリスを応援するという消極的支持である。これでは選挙戦に熱が入らない。私は拙著『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』でも、バイデン支持の一定数が消極的支持であることを指摘した。民主党は力強い人物を擁立できなかったことが敗北につながったと言えるだろう。

 私は『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始めるでも述べたが、こうしたアメリカの分断は2016年のドナルド・トランプの大統領選挙初当選以前からはじまっていたと指摘したい。「トランプがアメリカの分断を生み出したのではなく、アメリカの分断がトランプを生み出した」と書いた。バラク・オバマ政権下で既に始まったと見ている。あの時の多幸感(euphoria)と熱狂(enthusiasm)は、今から考えると、日本における小泉純一郎政権誕生の時とよく似ている。こうした熱狂の後には焼け野が原の光景が広がっていたというのは日米共通の実感かもしれない。

(貼り付けはじめ)

トランプの3回の選挙の解剖:アメリカ人は2016年・2020年と2024年に比べてどのように移動したのか(Anatomy of three Trump elections: How Americans shifted in 2024 vs. 2020 and 2016

-出口調査は分断された国家を明らかにしている

ザカリー・B・ウォルフ、カート・メリル、ウェイ・マレー(CNN)筆

2024年11月6日(アップデート:2024年11月7日)

CNN

https://edition.cnn.com/interactive/2024/politics/2020-2016-exit-polls-2024-dg/

ドナルド・トランプ大統領が歴史的なカムバックを演じ、2度目の大統領選に勝利すると予想されている。トランプが投開票に参加した3回連続の選挙で、この国の政治がどのように変化したかについて、いくつかの重要なポイントがある。

2016年、2020年、2024年のCNNの出口調査結果は、景気低迷(sour economy)がいかにカマラ・ハリス副大統領の足かせとなったか、中絶の権利への支持(abortion rights)が高まったにもかかわらず、ハリスが女性の支持をいかに押し上げることができなかったか、そしてラティーノ男性が特にトランプに引き寄せられたことを明らかにしている。

2024年の選挙におけるCNNの出口調査には、投票日に投票した人、期日前投票や不在者投票をした人の両方を含む数千人の有権者へのインタヴューが含まれている。その範囲により、今年の選挙における有権者の人口動態や政治的見解を理解するための強力なツールとなる。そして、彼らの調査結果は、最終的には最終的なベンチマークである選挙結果そのものに対して重み付けされることになる。それでも、出口調査は依然として世論調査であり、誤差の余地はある。つまり、出口調査は、正確な測定値(precise measurements)ではなく推定値(estimates)として扱う場合に最も有効だ。出口調査の数字が最終的な選挙結果に合わせて調整される前は特にそうだ。

2024年の出口調査データは引き続き更新され、以下のグラフに自動的に反映される。

●女性はハリスに傾き、男性はトランプに傾く(Women lean toward Harris, and men lean toward Trump

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女性有権者におけるハリスの優位性は、ジョー・バイデン大統領やヒラリー・クリントン元国務長官のいずれも上回らなかったが、中絶問題で女性有権者を動員しようとしていたことを考えると、副大統領にとっては厄介な兆候となった。トランプは男性の間で優位性を維持した。

●ラティーノ男性はトランプを支持(Latino men embraced Trump

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ラティーノ系有権者、特に男性は、2016年以来、トランプに傾倒している。今年、初めてラティーノ男性がトランプの支持に傾いた。 2020年にはバイデンが23ポイントの差で支持を獲得し、2024年にはトランプが支持を獲得した。ラティーナ女性は依然としてハリスを支持したが、その差はクリントンやバイデンよりも小さかった。

ハリスは黒人男女の間で強いリードを維持した。白人男性におけるトランプのリードは小さくなった。

●教育における分裂は大きくなっている(The educational divide grows

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大学の学位を持たない白人有権者は長年トランプの支持基盤(base of support)を代表しており、それは今も変わらない。大卒の白人の有権者の間に変化が起きている。2016年には僅差でトランプを支持したが、2024年にはハリスが勝利し、男女双方で意見が分かれた。ハリスは大卒の白人女性に約15ポイント差で勝利し、バイデンとクリントンの両者を上回った。一方、ハリスはあらゆる教育レヴェルの有色人種の有権者の支持を一部失った。

●若い有権者はトランプに移動する一方で、トランプは高齢有権者たちの支持を失う(Younger voters shifted toward Trump, while he lost ground with senior voters
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民主党は、最年少有権者層の支持を一部失った。このグループは圧倒的に民主党に投票している。しかし、ハリスはまた、伝統的に共和党寄りのグループである最年長有権者の間で支持を伸ばした。興味深い変化となった。

●トランプはアメリカの地方部で力を取り戻す(Trump regained power in rural America

Voted for the Democrat

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トランプは2020年に地方での支持をいくらか失ったが、2024年には地方で完全な支持を取り戻した。都市部では依然として民主党支持が堅調だった。郊外は選挙を左右する激戦区であり続けた。

●有権者は経済について不満を持っている(Voters are sour on the economy
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2020年、経済が良好な状態にあるかどうかについて有権者の意見は二分されたが、2020年のアメリカ国民の生活に影響を及ぼしていた猛威を振るったパンデミックを考えると信じられないことだった。2024年には有権者の約3分の2が経済状況は悪化していると回答した。この心境の変化はトランプに利益をもたらした。

●自分たちの家族が落伍していると報告する人々が増えている(More people report their family has fallen behind

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党派が、自分たちが支持する人物がホワイトハウスにいるかどうかに基づいて、自分たちの立場が改善したかどうかを主張するのは当然だ。今年、大きな変化が起こった。2020年、有権者のわずか約5分の1が、4年前よりも悪い状況だと答えた。今年は有権者のほぼ半数が、4年前よりも状況が悪くなったと答えている。トランプが圧倒的に勝利した。

●より多くのアメリカ人は中絶の権利を支持している(More Americans support abortion rights

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これらのグラフでは十分に語られていないものの1つは、中絶に関する会話がどのように変化したかということだ。2016年のロウ対ウェイド事件では、全てのアメリカ人女性が中絶する憲法上の権利を保障された。2024年には、連邦政府の権利は消滅し、トランプが最高裁判事の議席に貢献した保守派多数派によって剥奪された。2020年にはアメリカ人の約半数が、全て、またはほとんどの場合において中絶は合法であるべきだと答えた。 2024年には、アメリカ人の約3分の2が、全て、またはほとんどの場合において中絶が合法であるべきだと考えている。しかし、彼らはその支持を必ずしも大統領への投票に結び付けた訳ではなかった。中絶はほとんどの場合合法であるべきだと主張する人の約半数がトランプを支持した。

●トランプは穏健派に食い込んだ(Trump made inroads with moderates

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トランプ時代にリベラル派と保守派は党派的な立場をさらに深めた。穏健派は2024年でも民主党候補を支持しているが、その差は2020年よりも小さい。

●トランプは選挙において支配的な人物だ‘Trump is the dominant figure in the election

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対立候補よりも自分が選んだ候補者を支持して投票すると回答した人々はトランプに二分され、これは支持者の間でのトランプの人気の表れだ。反対運動により動機付けられた人々は主にハリス陣営にいた。全体として、有権者の約4分の3は、ライヴァルに反対するためではなく、主に候補者を支持するために投票していると述べた。

●トランプ大統領は新たな有権者を巻き込んだ(Trump engaged new voters

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トランプの選挙戦略は、普段は政治プロセスに参加しない、政治性向の低い有権者を動かすことを中心に構築された。バイデンが若年有権者を獲得した2020年とトランプが獲得した2024年の間に劇的な変動があったため、それが功を奏した。しかし、最初の投票を 2020年よりも2024年に行ったと報告した有権者の割合が少なかったという事実には、重要な背景がある。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 

 日本では高等教育(大学や短期大学)への進学率が57%くらいになっています。アメリカは74%になっています。アメリカでは大学に進学し卒業しても、大学教育や学士号に見合う職業に就けない人たちが出て来ているという問題が起きています。ある調査では、アメリカのタクシー運転手の15%が学士号を保有しているという結果が出ています。

 

 また、「職業内容の高度化、専門化」ということも言われており、日本では小中高の先生に教員免許だけではなく、大学院教育で修士号や博士号を取得させようという動きなどもあります。できるだけ長い時間教育を受けさせ、専門知識や技能を得させようという動きがありますが、大学側から見れば、ある職業を志望する場合に、専門教育を受け、資格を必要とするとなると、学生を確保し、学費などを確保することが出来るというメリットがあります。そして、大学教員や大学職員の生活を保障するということになります。これは当然のことです。

 日本は経済成長のないデフレ状態となって久しく、様々な物価が下がっていく中で、大学の学費は上昇していきました。それでも大学教育は将来への投資と思って親御さんたちは食べるものも食べないで、子供たちを大学に出しました。しかし、将来が不安定中で、このような我慢が実を結ぶのかどうか、不安な状況です。そうした中で、大学教育がこうした人々の弱みに付け込んで、人々のお金を食い物にしたという側面を大学側も反省しなければなりません。そうしなければ、大学は社会の中で人々の恨みを買い、生き残ることはできなくなります。

 

 大学教育に関して、「そんなのいらない」という人たちに対して、大学としては志望者や入学者を減らしたくないので、「大学で受けた教育は無駄になりません」「教養は人生を豊かにしてくれるものです」と反論します。しかし、そうした主張が本当かどうかはそれぞれの人たち(大学側と学生、卒業生側)の主観なので難しいところです。また、今回ご紹介する記事の最後にあるように、大学側が大学教育に対して懐疑的な主張に対して、「そんな主張は大学教育に恨みを持っている人たちには魅力的でしょうね」という見下した態度のままで、大学教育に対する懐疑論を自分たちで真剣に検討し、研究しなければ、懐疑論に対する有効な反論を生み出すことはできないでしょう。

 

 日本では長らく、大学のレジャーランド化が言われてきました。「難関大学に入って遊びほうけてもらって構わない。卒業後に入社した会社で一から叩き直すから。下手に理屈っぽくなられても困る」というのが日本の方式でした。しかし、今は「大学時代に実戦的な技能を教えておいてもらいたい」という要求が企業からも出るようになっています。大学教育もそうした要求に応えて、「実践的」な教育をしなければならなくなっていますが、「実践的」の内容が曖昧です。ビジネスマナーやパソコンの技能といったものを教えることが実践的なら、何百万円もかけて大学に行く必要があるのかどうか、ということになります。

 

 学問は世の中に役に立っているのか、ということを学問の側からももっと上から目線ではなくアピールするようにしなければ、ますます「実学」志向が進み、人々の共感を得られなくなるように思います。「自分はお客を選ぶ」「自分のやっていることは世界レヴェルで貴重なことだ、分からないアホがダメなんだ」という態度では社会的な営為である学問を縮小させることになるのではないかと思います。

 

 結局、大学進学ということは、学位を取得して、「私は難しい試験に合格して、大学も卒業できました。だから知能が高いのです」ということの証明、シグナルということになります。専門職以外の場合は特にその傾向が強まります。一枚の学位記をもらうために生活費を含めて数千万円をかける、ということが現状になっています。

 

 大学教育や教育は、受ける側からすれば「人生の成功が人質に取られている」という感覚で捉えられてしまうので、高い教材や高い制服などについても「仕方がないか」ということで、不満に思いながらも、唯々諾々と支払ってしまいます。有名私立大学の付属小学校などでは入学時に数百万円の寄付金なんて話も聞きますが、「これで有名大学の学位が保障され、自分は金持ちだという証明がなされるのなら安いものだ」ということになります。私たちは教育の奴隷、人質になってはいないかということを考えてみることも必要ではないかと思います。

 

 子供たちに教育を全く受けさせないというのは虐待ですし、社会を破壊する行為ですから許容できません。しかし、大学に行くことが人生に落伍しない最善の方法だという考えもそれが本当なのかどうかということも時に疑ってみるということも必要なのだろうと思います。それでも多くの人たちは、「大学に行かなければ社会的に恵まれた生活はできない」という考えを変えないでしょう。

 私は大学教育と実学志向を何とか調和させる方法を大学側が考えてみるということが重要ではないかと思います。そして、これに成功した大学が21世紀以降の日本の名門大学になっていくのではないかと思います。

 

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学校の中で40年間を過ごした経済学者がトランプ政権にのぞむのは教育予算の削減だ(Economist who spent 40 years in school wants Trump administration to spend less on education

 

2018年2月13日

『マーケット・ウォッチ』

https://www.marketwatch.com/story/economist-who-spent-40-years-in-school-wants-trump-administration-to-spend-less-on-education-2018-02-12?mod=sm_fb_post&link=sfmw_fb

 

最新刊『教育に対する反論』の中で、ブライアン・カプランは公的な教育の利益について反対の意見を述べている。

 

彼もまた私たちと同じく、生徒・学生であったが、今は教授だ。しかし、彼は今やアメリカの教育システムにうんざりしている。

 

リバータリアニズムを信奉する経済学者ブライアン・カプランは生徒と先生として教育の中で40年を過ごした。この40年でカプランが行きついた確固とした信念は、「私たちは教育システムに投資するのを止めるべきだ」というものだ。最新刊『教育に対する反論:教育システムが時間とお金の無駄遣いであることを示す理由(“The Case Against Education: Why the Education System is a Waste of Time and Money”)』の中で、カプランは、アメリカの教育システムは、きちんとした実体のある技能を学生・生徒たちに与えていない、と主張している。カプランは更に、私たちの教育システムが供給するのは、雇用者に対しての、求職者たちが社会的に承認を受けているというシグナルでしかない、と述べている。

 

カプランは次のように述べている。「教育がキャリアの中で人々を助ける2つの全く異なる理由が存在する。一つ目の理由は私たちが語りたがる物語と言える」。もう一つの理由は、より真実に近い物語である。カプランはこれについて次のように語る。「人々は自分がいくつもの厳しい関門をくぐり抜けてきたことを見せびらかす。雇用者は、人々が関門をくぐり抜けることで額に貼り付けてきたシールを見て、その人に関心を持つ」。

 

カプランの最新刊は時宜を得た書籍である。カプランは、政策立案者と教育界の指導者たちは、職業訓練や学生たちが仕事に就いて役立つ実践的な技能を学べるようにすることにより力を入れるべきだと主張している。カプランが述べたことは既に起きているとも言える。月曜日にトランプ政権が発表したインフラ整備計画では、短期の特定の職業に対する訓練に連邦予算をつけるということが盛り込まれている。

 

●大学教育にかかるコストはそれだけの価値があるのか?(Is the cost of a college education worth it?

 

カプランの著作は、教育の価値に関する論争に対しての最新の参加者となっている。大学教育にかかるコストが増大し続け、学生たちが背負う夫妻の額も増加している。このような状況下で、多くの人々が「学士号は取得するまでにかかる時間とお金の価値に見合うものなのかどうか」という疑問を持つようになっている。小学校から高校までの教育に資金を投入して酷い結果しか出ていないということで、人々の中には、私たちの教育予算は適切に使われているのか、そもそも効果があるものなのかという疑問を持つ人々が出てきている。

 

しかし、政府の教育に対する投資をとにかく削減すべきだという主張が出るのはまれだ。カプランは「このような主張は大変に不人気な立場であることは自覚している」と述べている。それでも、カプランは、アメリカの教育システムに多額のお金を投入することは、資格や信任状の氾濫状態を引き起こすと確信している。もしくは、同じ仕事でも数十年前よりもより高い学位や資格を必要とする状況が生まれる、と確信している。現在の求職市場においては、より教育を受けた求職者が殺到するようになっている。これはこれまでの歴史でもなかったことだからだ。

 

最新刊の中で、カプランは1970年代から1990年代にかけてのデータを引用している。データによると、労働者の教育機関は1.5年延びている。現代の職業においてはより高度な技能が必要となっているが、教育機関の延長でそれに対応しているのは20パーセント分でしかない。

 

カプランは次のように述べている。「様々なアクセスの方法が確立され、教育予算が削減され、人々が今よりも教育を受けないようになると、雇用者たちは“もうえり好みなんてできない”と言うことになる」。

 

●しかし、雇用者は教育を受けた労働者たちに高い給料を払う(But employers reward educated workers with higher salaries

 

カプランが主張するような考えには反論が出る。ジョージタウン大学教育と労働力センター所長アンソニー・カーネヴェイルは「雇用者が学位を持っている労働者により多くの報酬を与えるのは、多くの場合、雇用者にとって何か現実味があるものにお金を払っているということなのだ」と述べる。

 

カーネヴェイルはカプランの著作を読み、次のように述べた。「70年代の経営者たちは、大学教育に投資をせずに、使えない人材を雇ったという点で賢かったと言うのだろうか?明確なことは、雇用者たちは何かを買おうとし、彼らが買おうとしていたのは技能だ。彼らは巨額の投資をし、より多くの報酬を支払っている」。

 

カーネヴェイルは教育システムにおいてシグナルを発すること(学位や資格)は一定の役割を果たすという点は同意している。例えば、大学で4年間を過ごしたが学位を取得しなかった人物は、一枚の紙きれを持つ人物よりも報酬が低い。しかし、カーネヴェイルは、一枚の学位記を別にして、学校に行くことで、何か価値あるものを得ることが出来るという研究結果があると述べた。

 

●教育は偉大な上昇装置なのか?(Is education the great equalizer?

 

ある研究の結果、教育レヴェルはGDPの成長を決定する3つの要素となっている、とカーネヴェイルは述べている。他の研究では、低所得の世界の子供たちが教育を受けると、IQが向上するという結果が出ている。

 

「明らかなことは、子供時代と大人になってから人々に起こることは、経験しているかどうかにかかっている。子供時代から大人になるまでの期間の大部分の経験は学校を通して行われる。貧しい家庭の子供たちでもともと素質がある子供たちは、教育を受けなければ、彼らが達成できたであろうことは達成できない。恵まれた家庭の子供たちは素質がよければ教育を受けて更に伸びて、彼らが達成できたであろうことを達成することが出来る」。

 

カプランは、教育が社会の平等化(貧しい家庭出身者が教育を受けて上昇する)ことを促進するのかどうかについて疑問を持っている。私たちは、貧しい家の子供たちが教育を受けて成功を収めるという最高のシナリオを想像しがちだ。カプランは、貧しい家庭出身の学生たち、特に男子生徒たちは、採用市場から結果として切り離されていると述べている。その理由として、カプランは、現在の教育システムでは、学生たちが教育や学問に興味がなくても、とりあえず大学に進学するように促すようになっていることを挙げている。

 

より良い方策は、大学進学に興味がない若い学生たちに、学士号などがなくても給料が良い仕事を与えることが出来るような教育システムを作ることだ。カプランは、「人を採用する際に大学教育を受けていない人たちを拒絶する人たちが一定数存在する。求職者が見合った学位などを持っていなければ、彼らの提出した書類はゴミ箱行きになってしまう」。

 

カーネヴェイルは、より多くの職業訓練を実施することについてはカプランに同意している。それでも、カーネヴェイルは、「特定の技能と一般的な知識を混合したカリキュラムによって最高の結果が出ていることを示す研究結果もある」と述べている。そして、カプランの主張についてどう考えるかと質問したところ、カーネヴェイルは「教育に対して、特に大学に対して恨みを持っている人たちには魅力的でしょう」と答えた。

 

(貼り付け終わり)

 

(仮)福澤諭吉はフリーメイソンだった [ 石井利明 ]

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