古村治彦です。

 国際関係において、「マッドマン(狂人)理論」という考え方がある。これは、ある国の指導者が「狂人」のように常軌を逸した行動を取ると、相手国に思わせることで、譲歩を引き出すということだ。たとえば、核兵器を保有している国の指導者で、この人物が「狂気の人物」という評価が周辺国にあったとすると、「この指導者を怒らせると核兵器による攻撃をするかもしれない」という恐怖が周辺国にあり、譲歩をしてしまうということだ。ロシアのウラジーミル・プーティン大統領が時に核兵器使用をちらつかせるのはこの「マッドマン理論」をつかっているということになる。そして、現在の世界で、「マッドマン(狂人)」だと思われているのはドナルド・トランプ大統領だ。同盟国であっても平気で高関税をかける、敵対国であれば武力を行使するということを行う。行動の予測ができないということが周囲の不安を掻き立てる。その結果、怖がって、トランプ大統領の言うことを聞く、妥協するということになる。

 しかし、トランプは「狂人」ではない。計算ずくで(合理的に)、行動している。そして、「都合が悪くなれば態度をころっと変えて弱腰になる」ということを周囲に見透かされている。これは「TACOTrump Always Chickens Out)」と呼ばれている。「トランプはいつも弱腰になる」ということだ。中国に対する高関税についても中国が強気な態度に出れば、すぐに引っ込める。2026年2月28日からのイラン戦争についても、「文明を消し去る」というような強気な発言をしていたが、今は譲歩を行いながら、和平交渉の最中である。イラン側からイスラエルのレバノン攻撃が交渉の障害になると言われれば、慌てて、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を怒鳴りつけ、「あんたは狂っている」というようなことを言うほどだ。

 トランプは「弱腰になる」ということは見透かされている。今回のイラン戦争においても、TACOが発揮されている。イラン側がトランプ張りのマッドマンぶりを発揮することで、トランプは怖気づいている。「トランプが狂人ではない」ということになれば、世界各国は必要以上に恐れることはなくなる。そうなれば、アメリカの要求は通りにくくなるということになる。トランプ政権は外交の分野で厳しい状況が続くことになる。

(貼り付けはじめ)

マッドマン(狂人)の逆襲(The Madman Strikes Back

-リチャード・ニクソンの予測不可能性の力に関する理論(Nixon’s theory on the power of unpredictability)は現実の狂人である敵の存在を想定していなかった。

ダニエル・W・ドレズナー筆

2026年5月28日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/05/28/trump-madman-theory-iran/

donaldtrumpmadmanstrikesbackiranwarforeignpolicy001

ドナルド・トランプ米大統領が2期目に選出された際、多くの外交専門家は、彼が強圧的な交渉手段(a tool of coercive bargaining)として「狂人理論(the madman theory)」を用いる可能​​性が高いと指摘した。リチャード・ニクソン米大統領が提唱したこの理論は、まるで狂気じみた行動に出そうな指導者は、相手国を抑止し、本来なら譲歩しないであろう譲歩を引き出す可能性が高いというものだ(a leader who behaves as if he might do something crazy has a better chance of deterring and coercing actors into making concessions that they otherwise would not make)。言い換えれば、核兵器使用を厭わないほど常軌を逸した指導者の方が、そのような脅し文句を使わないほどに理性的な指導者よりも、各国は譲歩しやすいということだ(countries might be willing to acquiesce more to a leader insane enough to use nuclear weapons than a leader too rational to try such a bluff)。

トランプは大統領の1期目、この「狂人理論」を強く信奉していた。2024年の大統領選挙でもこの主張を繰り返し、『ウォールストリート・ジャーナル』紙に対し、中国の習近平国家主席は「私を尊敬しており、私がとんでもなく狂っていることを知っている(respects me and he knows I’m fucking crazy)」ため、中国に対して武力を行使する必要は決してないと語った。政権移行期において、歴史家のナイオール・ファーガソンは、トランプが型破りで予測不可能な人物(wild and unpredictable)として振る舞うため、アメリカのライヴァル諸国は彼に挑むことを躊躇するだろうと主張した。

昨年、まさにこの紙面で、私は狂人理論を検証し、その理論は一般的にも、そして特にトランプに関しては不十分であると結論づけた。実際、国際関係論の研究者にとって、「狂人理論」はホラー映画に登場する狂人キャラクターのようなものだ。ついに死んだと思われた途端、墓から蘇り、再び物語に登場してくる。この理論に説得力がないとする学術論文が数多く発表されているにもかかわらず、トランプがこの理論を用いている可能性、そしてそれが突飛な発想ゆえに効果を発揮するかもしれないという可能性は、メディアによって繰り返し取り上げられている。

例えば、アメリカとイランが4月に停戦に合意した際、トランプ大統領がイランを「石器時代に逆戻りさせる」爆撃という脅し(the threat of bombing Iran “back to the Stone Ages”)をしながら設定した期限の直前だったが、『ニューヨーク・タイムズ』紙のデビッド・サンガー記者は当初これを「土壇場での戦術的勝利(a down-to-the-wire tactical victory)」と評し、「トランプがレトリックを天文学的なレベルまでエスカレートさせる戦術は彼が何週間も探し求めていた出口を見つけるのに確かに役立った。この成功だけでも、彼がニューヨークの不動産業界で学んだ戦術古い慣習を無視し、最大限の要求をする(ignore old conventions, make maximalist demandsが地政学(geopolitics)でも通用するという信念を強めるかもしれない」と書いた。

もちろん、サンガーは停戦によってホルムズ海峡の航路が開かれると信じてこれらの言葉を書いた。しかし、それは誤りであることが明らかになった。狂人理論が実際に有効であるという証拠と同様に。実際、トランプの大統領2期目のこれまでの実績を検証すると、彼の狂人戦略は概ね失敗に終わったと結論づけざるを得ない。さらに悪いことに、狂人を演じようとした彼の試みは、この理論を完全に覆す決定的な要因、つまり、敵対国に本物の狂人を生み出してしまったのかもしれない(an actual madman for an adversary)。

狂人理論の問題点は今やよく知られている。概念的には、狂気を装うことで挑発的な脅迫の信憑性(the credibility of provocative threats)は高まるかもしれないが、同時に、その狂人が緊張を減らすための合意を履行するという信憑性(the credibility that the madman will follow through on any agreement to reduce tensions)は低下する。さらに、自分が狂人のように振る舞っていると公言することは、戦略そのものを弱体化させる。そしてトランプは、こうしたことを公言することを好むのだ。

こうした事情から、トランプが狂人を演じようとする試みが成功しそうになかったのは、彼特有の理由によるものだ。まず、1期目の試みは概ね失敗に終わった。そして、彼の注意力散漫さゆえに、極端な脅迫を実行に移すような行動をとることが難しくなっている。

それでは、この状況は過去16カ月間でどのように展開してきたのだろうか? トランプの2期目の外交政策は、確かに少々常軌を逸していると言えるだろう。米国際開発庁(the U.S. Agency for International DevelopmentUSAID)の解体、包括的な関税の導入、グリーンランドとカナダの併合への野望、そして中東地域、ラテンアメリカ、そしてアメリカ国内の都市における数々の武力行使などがその例だ。専門家たちは、2期目のアメリカ外交政策はトランプ独自の嗜好の延長線上にあることを痛感している。これは、1期目には外交政策閣僚とトランプの意見が食い違うことが多かったのとは対照的だ。

それでも、トランプが実施した数々の狂人の策略(madman gambits)の成果は乏しい。確かに、トランプの威嚇が効果を発揮した例もある。例えば、パナマに対する脅迫は、中国による港湾施設の支配に関するパナマの姿勢を変えさせた。また、トランプの過激なレトリックは、コロンビアなどの国々から象徴的な譲歩を引き出した。関税措置は、その有効性が議論の的となっている経済安全保障協定をいくつか生み出した。ヴェネズエラに対するトランプの脅迫は、ニコラス・マドゥロ大統領を屈服させることはなかったが、「南部の槍作戦(Operation Southern Spear)」は事実上ニコラス・マドゥロ政権を崩壊させ、より従順な指導者が後任となることを可能にした。

しかしながら、ほとんどの場合、譲歩したり方針転換したりしたのはトランプ自身である。大統領は、2025年4月に発表した関税措置を、脅迫からわずか1週間足らずで一時停止した。その大きな理由の1つは、金融市場の変動(financial market gyrations)だった。トランプは中国との貿易戦争でも譲歩し、中国にNVIDIAの最高級チップへのアクセスを提供するという譲歩まで見せた。グリーンランド併合を公言していたにもかかわらず、市場が再び動揺すると、トランプは方針を転換した。

そのパターンは容易に見て取れるようになった。トランプは、より小さい国や弱い国を相手にする際には、徹底的に狂気じみた振る舞いを厭わない。一方で、より強力な国を相手にすると、たちまち冷静な交渉姿勢に転じる。これは、市場が彼の外交・貿易政策に否定的に反応した際に特に顕著だった。このパターンは、中国の習近平国家主席との最近の首脳会談でも説明がつく。この会談では実質的な合意は得られず、台湾問題でトランプが譲歩する意思を示した。

実際、このパターンはあまりにも早く明確になったため、2期目の就任からわずか数カ月後、『フィナンシャル・タイムズ』紙のコラムニストはこれを「TACO原則」(トランプはいつも弱腰になる[Trump Always Chickens Out])と名付けた。ヨーロッパ外交評議会のジェレミー・シャピロは、「トランプは脅迫と武力を行使するが、それはまるで校庭のいじめっ子のようだ。体格が大きく外見上は強そうに見えるが、実際には、少しでも公平な戦いになりそうな状況では武力行使を恐れている」と結論づけた。

トランプが、これほど予測可能で交渉力に乏しいという評判を得てしまったことが、彼が「狂人」を演じようとする試みを困難にしている。トランプは、過激な脅迫を実行に移せなかったために、「狂人」戦略を真の譲歩へと結びつけるのに苦労してきた。こうした評判は、戦略の実行を難しくする。なぜなら、常軌を逸した脅迫の信憑性が損なわれるからだ。

しかしながら、ヴェネズエラ侵攻とイラン戦争が示すように、トランプ大統領は必ずしも尻込みする訳ではない。実際、マドゥロ政権に対するハイリスク作戦である「南部の槍作戦」の戦術的成功は、トランプ大統領の脅威の信憑性を高めたと言えるだろう。マルコ・ルビオ国務長官は作戦直後の記者会見で、「トランプ大統領が何かをすると言ったり、問題に対処すると言ったりするときは、本気だ(When he [Trump] tells you that he’s going to do something, when he tells you he’s going to address a problem, he means it)」と強調した。

ヴェネズエラ侵攻作戦直後にトランプ大統領のグリーンランドへの関心が再燃し、イランに対する脅威もエスカレートしたことは、決して偶然ではない。そして、マドゥロ政権侵攻後、他の国々もトランプ大統領の脅威をより真剣に受け止めるようになった。デンマークはグリーンランドで積極的な防衛措置を実施した。複数の専門家は、トランプ大統領がイランに対して核兵器を使用する可能性さえあると指摘した。

注目すべきは、デンマークもイランもトランプ大統領の脅迫に屈しなかったことだ。もし屈服していたら、狂人理論は成功したと言えるだろう。しかし実際には、イランの「壮大な怒り作戦(Operation Epic Fury)」への対応は、狂人理論の大きな欠陥を露呈している。つまり、狂人のように振る舞う意思のある相手国に対してはこの理論は通用しないということだ(It does not work against another state willing to act like a madman)。

アメリカ・イスラエル共同攻撃への対応として、イランは複数の側面で戦争をエスカレートさせた。イランのロケット弾とドローンはペルシャ湾岸諸国の標的を攻撃し、その多くは民間インフラを狙ったものだった。さらに、ホルムズ海峡を商船の航行に対して閉鎖することを決定したのもイランであり、これにより世界経済に深刻な打撃を与え、グローバルサウス諸国におけるイランへの同情を冷え込ませた。通常、エスカレーションにおいて優位に立っていると考えるトランプ大統領は、さらにエスカレーションを厭わない敵に直面した。神権政治体制(the theocratic regime)の比較的極端な政治的嗜好と経済的苦痛を容認する姿勢は、イランを狂人による奇策の標的とするには特に困難なものにしている。

イランの反応は、トランプが「狂人理論」を適用することの問題点を他にも露呈させた。テヘランとの交渉は様々な理由で難航しているが、おそらく最大の理由は、交渉中に二度も爆撃を受けたことで、イランの指導者たちがトランプ政権を信用していないことだろう。狂人のように振る舞うことで威圧はもっともらしく聞こえるかもしれないが、同時に紛争解決のコストも増大させる。

トランプの2期目の初めに、私は「トランプが自分が本当に狂人だと誰にも納得させられないなら、それを証明する唯一の方法は、最も突飛な脅迫を実行に移すことだろう。もしかしたらそれでうまくいくかもしれないが、紛争が制御不能に陥る可能性もある」と警告した。イラン紛争が当初の予想よりも長引くにつれ、避けられない結論は、トランプもかつてのニクソンと同様に、「狂人理論」は、理論上はもっともらしく聞こえるが、実際にはそうではないことを学んでいるということだ。

※ダニエル・W・ドレズナー:タフツ大学フレッチャー記念大学院学術担当学院長・国際政治卓越教授。ニューズレター「ドレスナーズ・ワールド」の著者。Xアカウント:@dandrezner

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(終わり)



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