古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:理想主義

 古村治彦です。

 世界は問題にあふれている。個人生活から、それぞれの国家、国際社会、国際関係まで、それぞれのレヴェルで様々な問題が存在する。複数の問題が複雑に絡まって、こんがらがって、にっちもさっちもいかない状態に起きることもある。

 以下の論稿の著者スティーヴン・M・ウォルトはまず現代の諸問題(大きな衝撃)を10個挙げている。それらは、(1)ソヴィエト帝国の崩壊、(2)中国の台頭、(3)911テロ攻撃と対テロリズム国際戦争、(4)2008年の金融溶解、(5)アラブの春、(6)世界規模の難民危機、(7)ポピュリズム、(8)新型コロナウイルス、(9)ウクライナでの戦争、(10)気候変動である。これらはメディアの主要なテーマであったし、現在でも主要なテーマになっている。昔の表現を使えば、「新聞の一面記事を飾る」ということになる。

 これらの問題に対処する際に、「一気にできるだけ早く(問題があることは良くないことで許せない)」という理想主義で対処すると大抵失敗する。共産主義革命がよい例だ。革命によって、旧体制が抱える諸問題を一気に解決しようとすると思いもよらなかった新たな問題が起きたり、無理をすることで人々や社会に大きな負担を与えたりすることになる。諸問題に対処するためには、「ゆっくりと堅実に(問題が起きるのは人間や社会が存在する限り仕方がないのだから慎重に対応しよう)」という態度が必要だ。

 何か追われているという感覚がみなぎっている時代に「ゆっくりと堅実に」という態度は非常に難しくなっている。

(貼り付けはじめ)

世界はどれだけの衝撃に耐えられるか?(How Many Shocks Can the World Take?

-私たちはあらゆることがあらゆる場所で一度に起こった時に何が起こるかを目の当たりにしている。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年10月24日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/10/24/how-many-shocks-can-the-world-take/

このコラムの常連読者の皆さんは、私が警鐘を鳴らすのが好きではないことをご存じだろう。ある外交政策決定がもたらすコストやリスクを心配することはあっても、外交政策の専門家たちが脅威を誇張し、最悪の事態を想定する傾向に対して、私は反発する傾向があるが、いつもそうだという訳ではない。しかし、いつもそうとは限らない。時に、オオカミが本当にドアの前にいて、心配し始める時がある。

今日、私を悩ませているのは、私たちの集団的な対応能力を圧倒するような一連の混乱の中で私たちが生きているのではないかという、歯がゆい不安である。もちろん、世界の政治が完全に静止していることはないが、これほど深刻な衝撃の連続は、長い間、見たことがあない。私たちは人間の知恵が最終的に解決してくれると考えることに慣れている。しかし、政治学者のトーマス・ホーマーディクソンが何年も前に警告したように、解決すべき問題の数があまりにも多く複雑になると、その心強い仮定は当てはまらないかもしれない。

(1)ソヴィエト帝国の崩壊The breakup of the Soviet empire

ソヴィエト連邦の崩壊と東欧のビロード革命(velvet revolutions)は、多くの点で前向きな展開であったが、同時にかなりの不確実性(uncertainty)と不安定性(instability)をもたらし、今日でも反響を呼ぶ政治展開(NATO拡大など)への扉を開いてしまったのだ。アゼルバイジャンとアルメニアの戦争、ユーゴスラビアの崩壊とその後のバルカン戦争、アメリカの不健康な傲慢さの助長、中央アジアの政治の再構築などに直接つながったのである。ソ連の庇護を失ったことで、アフリカ、中東、アメリカ大陸の政府も不安定になり、予測不可能な、そして時には不幸な結果を招いた。歴史は終わったのではなく、別の道を歩んだ。

(2)中国の台頭(China’s rise

アメリカ人は当初、一極(unipolar)の時期は長く続くと考えていたが、ほとんどすぐに新たな大国のライヴァルが出現した。中国の台頭は、おそらく突然の、あるいは予期せぬ衝撃ではないだろうが、それでも極めて急速であり、西側の専門家の多くは、それが何を予兆しているかを見誤っていた。中国はまだアメリカよりかなり弱く、国内外で深刻な逆風(headwinds)に晒されているが、目覚しい経済成長、高まる野心、拡大する軍事力は否定しようがない。また、中国の経済発展は、気候変動を加速させ、世界の労働市場に影響を与え、現在の超グローバリズムに対する反発の引き金にもなっている。その富と力(wealth and power)の増大は中国国民の生活を向上させ、他の人々にも恩恵を与えたが、既存の世界秩序に衝撃を与えていることに変わりはない。

(3)911テロ攻撃と対テロリズム国際戦争(The 9/11 attacks and the global war on terrorism

2001年9月、世界貿易センターを破壊し、米国防総省に被害を与えた同時多発テロは、アメリカの外交政策を一変させ、アメリカは10年以上にわたってテロとの戦いに巻き込まれることになった。この出来事は、アフガニスタンのタリバン打倒と2003年のイラク侵攻に直結し、いわゆる「永遠の戦争(forever wars)」は、結局、あの日失ったものをはるかに上回る血と財をアメリカに浪費させたのである。また、テロとの戦いは中東諸国を不安定にし、意図せずして「イスラム国」のような集団を生み出し、その行動はヨーロッパにおける右翼過激派の台頭を助長した。更に言えば、アメリカ国内政治の軍事化(militarization)と分極化(polarization)、アメリカ国内における右翼過激派の主流化(mainstreaming)を加速させたことは、どう考えても大きな衝撃だった。

(4)2008年の金融溶解(The 2008 financial meltdown

アメリカのサブプライムローン市場の崩壊は、金融パニックを引き起こし、瞬く間に世界中に広がった。ウォール街の「宇宙の支配者(Masters of the Universe)」とされた人々は、他の誰よりも誤りやすい(あるいは腐敗しやすい)ことが判明し、この問題を起こした人々は責任を問われることはなかったが、危機発生前のような威信と権威を伴って発言することはできなかった。ヨーロッパは急激な景気後退(sharp recession)、長引く通貨危機(protracted currency crisis)、10年にわたる苦しい緊縮財政(painful austerity)に見舞われ、ポピュリズム政党に再び政治的な追い風を与えた。中国当局もまた、この危機を欧米の衰退を示す兆候であり、自国の外交政策上の野心を拡大する機会であると考えていた。

(5)アラブの春The Arab Spring

忘れられようとしているが、「アラブの春」は、いくつかの国で政権を倒し、一時は広く民主制度移行(democratic transitions)を期待させ、リビア、イエメン、シリアで現在も続く内戦(civil wars)を引き起こした騒々しい出来事であった。この革命は権威主義的な弾圧(authoritarian crackdowns)(「アラブの冬[Arab Winter]」として知られる)で終わり、改革者たちが獲得した成果のほとんど全てを覆した。ヨーロッパで起きた1848年の革命のように、「近代史が転換できなかった転換点(turning point at which modern history failed to turn)」であった。しかし、それは意思決定者の多くが時間と関心を消費し、多くの高官の評判を落とし、多大な人的被害をもたらした。

(6)世界規模の難民危機The global refugee crisis

国連難民高等弁務官事務所によると、「強制移住者(forcibly displaced)」の数は2001年の約4200万人から、2021年には約9000万人に増加すると言われている。難民の流入は、それ自体、私たちが経験した他の衝撃の結果であるが、それ自体が深刻な影響を及ぼし、この問題は簡単には解決できない。そのため、近年、各国政府や国際機関が対応に苦慮しているもう1つの衝撃となっている。

(7)ポピュリズムが人気になる(Populism becomes popular

2016年は、少なくとも2つの衝撃的な出来事があった。ドナルド・トランプがアメリカの大統領に選ばれ、イギリスがヨーロッパ連合からの離脱に票を投じた。どちらも予想を裏切り、反対派が懸念していた通りの悪い結果となった。トランプは、選挙期間中に現れた通り、腐敗し、気まぐれで、ナルシストで、無能であることが証明されたが、彼の最も厳しい批判者たちでさえ、アメリカの民主政治体制の基盤(foundations of American democracy)を攻撃する彼の意欲を過小評価していた。実際、選挙での敗北から2年以上が経過し、複数の法的問題に直面しているトランプは、アメリカの政治生活に毒を及ぼし続けている。ブレグジットは、イギリスでも同様の影響を及ぼした。EU離脱はイギリス経済に大きなダメージを与えただけでなく(まさに反対派の警告通り)、保守党の現実逃避を加速させ、ボリス・ジョンソン前首相の風刺的で連続的に不正直な行動や、リズ・トラス首相のダウニング街10番地での短い在任期間を完全に破綻させるに至った。世界第6位の経済大国が、このような愚か者の連続によって統治されるのは、誰にとっても良いことではない。

(8)新型コロナウイルス(COVID-19

次はどうなる? 世界的な大流行(パンデミック)はどうだろうか? 専門家は以前から、このような事態は避けられない、世界はそれに対する備えをしていないと警告していたが、そう舌警告はあまりにも的確なものであったことが判明した。少なくとも6億3千万人が感染し(実際の数はもっと多いだろう)、公式の世界死者数は650万人を超え、パンデミックは多くの国々(特に発展途上諸国)の貿易、経済成長、教育成果、雇用に大きな影響を及ぼしている。ワーク・ライフ・パターンは崩壊し、各国政府は自国の経済を救うために緊急対策を講じなければならず、将来の生産性の伸びはほぼ確実に低下し、金融緩和政策とサプライチェインの混乱が相まって、政府や中央銀行が現在その抑制に苦慮している持続的インフレの引き金となった。

(9)ウクライナでの戦争(The war in Ukraine

ロシアのウクライナ侵攻がもたらす影響の全容はまだ分からないが、それは決して些細なことではないだろう。この戦争はウクライナに甚大な損害を与え、武力による領土獲得を禁じた既存の規範を脅かし、ロシア自身の軍事的欠陥を露呈し、ヨーロッパの本格的な再軍備に火をつけ、世界のインフレを悪化させ、核兵器使用の可能性を含むエスカレーションのリスクをここ数十年で見られなかったレヴェルまで高めた。ロシアと欧米諸国の関係は以前から悪化していたが、これが2022年に大規模な戦争につながり、ワシントンやヨーロッパの外交政策課題を支配することになるとはほとんど予想されていなかった。

(10)気候変動(Climate change

これらの出来事の背後には、気候変動という動きの緩慢な衝撃が隠されている。気候変動の影響は、自然災害の悪化、内戦の激化、深刻な被害を受けた地域からの移住の増加として現れている。移住や気温上昇への適応には多大な費用がかかり、温室効果ガス排出削減のための国際協力も進んでいない。つまり、気候変動の規模は、各国政府があまりにも長い間無視してきた衝撃のひとつであり、今後数十年にわたって対処していかなければならないものだ。

この他にも様々な出来事があり、そのうちの1つや2つでもうまく対処するのは容易ではない。このような急激な連続に対処するなど、ほぼ不可能であることははっきりしている。

第一の問題は処理能力(bandwidth)である。あまりにも多くの混乱があまりにも早く発生すると、政治指導者には創造的な解決策を考慮したり、代替案を慎重に検討したりする時間や注意力がなくなってしまう。政治指導者たちは、創造的な解決策を考えたり、代替案を慎重に検討したりする時間や注意力を持てず、ひどい対応をとる可能性が高くなる。また、選択した解決策がどの程度うまく機能しているかを評価する時間も十分になく、誤りを適時に修正することも困難になる。

第二に、資源は有限なので、過去の危機で今必要な資産を使い果たした場合、最新の衝撃に適切に対処することが不可能になる可能性がある。指導者たちが直面する問題が多ければ多いほど、それぞれの問題に注意を払い、必要な資源を提供することは難しくなる。

第三に、連続する衝撃がつながっている場合、ある問題を解決しようとすると、他の問題を悪化させる可能性がある。 例えば、ウクライナ侵攻後、ヨーロッパがロシアから天然ガスを買わなくなったのは良いことだったが、この措置によりエネルギーコストが上昇し(インフレを悪化させ)、天然ガスの代わりに石炭を燃やすと温室効果ガスの排出が増え、気候変動を悪化させることにつながった。ウクライナ支援に注力することは正しいことかもしれないが、中国の台頭がもたらす問題から時間と労力を奪うことになる。中国が軍事力を強化するために西洋の技術を利用することを制限することには、それなりの理由がある。しかし、チップなどの先端技術に輸出規制を課すことは、アメリカの経済成長を損ない、少なくとも短期的には、アメリカ企業の一部に大きな打撃を与えることになる。一度に解決しようとする問題が多ければ多いほど、ある問題への対応で他の問題への取り組みが損なわれる危険性が高くなる。

最後に、指導者たちが極めて幸運であるか、異常に熟練していない限り、複数の衝撃に対処しようとすると、政治システム全体に対する国民の信頼が損なわれる傾向がある。ロシアの攻撃に対するウクライナの人々のように、明確な危機がひとつでも発生すれば、市民は政府のもとに集い、政策の成功によって、担当者は自分たちのしていることを本当に理解しているのだと確信することができるかもしれない。しかし、公務員が誰もが対処できないほどの衝撃に直面し、繰り返し良い結果を出せなかった場合、市民は彼ら(そして彼らが助言を求めている専門家たち)に対する信頼を失うことになる。関連する知識、経験、責任を持つ人々を信頼する代わりに、市民は専門知識を軽視するようになり、権力者共同謀議論(conspiracy theories)やその他の現実逃避(flights from reality)に弱くなる。もちろん、この問題は、責任者が目に見えて不正直で、腐敗し、利己的で、国民から軽蔑されても仕方がないような人物であれば更に悪化してしまう。

この物語にハッピーエンドはない。それで、ただ最後に思うことがある。私たちは、「速く動いて、壊す(move fast and break things)」ことが呪文になっている時代に生きてきた。それは、動きの速いデジタル技術の世界だけに限ったことではない。近年、私たちが経験した衝撃を考えると、今は「ゆっくりとそして堅実に(slow down and fix stuff)」をモットーにした方がいいのだろう。この機会を逃さないようにしたいものだ。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 今回はオバマ政権の現実主義とイランとの核開発合意に関する記事をご紹介します。私は常々、外交においては現実主義と理想主義(左派と右派)が存在すると書いてきました。そして、オバマ大統領は現実主義的な外交政策を行っていると拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)でも明らかにしました。このことを裏付ける記事になっています。

 

 この記事の内容で言えば、今の安倍晋三政権と自民党は外交においては、非現実的な理想主義者ということになります。それも戦争をしたがって仕方がない、アメリカで言えばネオコンと同じ存在です。日本国民の多くが2000年代のアメリカ国民と同じくその危険性に気付き出していると私は感じています。

 

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イランは現実主義の良い具体例である(Iran and the case for realism

 

EJ・ディオンヌ筆

2015年8月30日

『ワシントン・ポスト』紙

https://www.washingtonpost.com/opinions/iran-and-the-case-for-realism/2015/08/30/ba028102-4dc2-11e5-84df-923b3ef1a64b_story.html

 

外交政策を巡る議論はほとんどの場合、国内政治の争いを反映したものとなる。しかし、同時に語られない前提と認識されない諸理論に基づいてもいるものだ。

 

 これはイランとの核開発を巡る合意に関する論争にも当てはまる。もちろん生の現実政治は大変に大きな役割を果たしてはいる。共和党所属の連邦上院議員ジェフ・フレイク(アリゾナ州選出)とスーザン・コリンズ(メイン州選出)は条件さえ整えば、合意に賛成することにやぶさかではないようだ。しかし、党に対する忠誠心をテストすることになるこの問題で、同僚たちとは違う行動を取ることについて高い代償を支払うことになることもまた計算しなくてはならない。

 

 イスラエル首相ベンジャミン・ネタニヤフはアメリカ連邦議会で親イスラエルと反イスラエルの争いを激化させようとしたが、これは不幸なことだ。イスラエルの強力な支持者たちの多くは、イランの核開発を査察する制度について特に批判することになるだろう。しかし、彼らはイランの核開発プログラムに対する制限は現実的だとも信じている。連邦上院議員ベン・カーディン(メリーランド州選出、民主党所属)は、アメリカの交渉担当者たちは、「核開発の最前線に立っていた」と語った。これは「核開発の最前線は主要な点である」ということなのである。

 

 まだ態度を決めていないカーディンと他の民主党所属の連邦議員たちに対する、合意に対して反対票を投じるように求める圧力は大きなものとなっている。連邦上院外交委員会の幹部であるカーディンが賛成票を投じると、これは真に勇気のある行動ということになるだろう。そして、態度を決めかねている同僚たちにとって大きな影響を与えることになるだろう。

 

 オバマ大統領と関係諸国は、連邦議会によって合意が否決されてしまうことで生まれる危険性について語っている。これは正しい。この危険は、合意を有効なものとすることよりもリスクが高いものとなる。アメリカは合意を破棄して、より厳しい合意条件を実現するために再交渉すべきという考えも存在するがこれは全く非現実的なお笑い草でしかない。それはこの合意は単なるアメリカとイラン、2か国間のだけの合意ではないからだ。この合意には合意内容を強力に支持する関係諸国も含まれているのだ。これまで続けてきたイランに対する経済制裁を再び行うことを提案することもまた同じ理由で馬鹿げている。アメリカに協力した国々は、アメリカが一度結んだ合意を破棄しても、合意を破棄することはないであろう。

 

オバマ政権は反対している人々に対してこの質問を中心にして挑戦している。それは「それでは他の選択肢は何になりますか?」というものだ。これはただの言葉遊びの質問ではない。

 

 現在の連邦議会の情勢分析では、オバマ大統領は合意を有効とするための議員の賛成票を最低限確保できるだろうと言われている。オバマ大統領は合意を無効化するための試みを阻止するための41名の上院議員の支持を得るための秘密兵器を持っている。カーディンの投票はカギを握ることになるだろう。

 

 しかし、ひとたびこの話が落ち着いたら、オバマ大統領、議会における反対派、大統領選挙立候補者たちは世界におけるアメリカの役割についてどのように見るかについて大きな議論をすることになる。オバマ大統領は分かりにくい「オバマ・ドクトリン」について説明し、共和党の有力な大統領候補者であるスコット・ウォーカーとマルコ・ルビオが金曜日に行った批判に少なくとも間接的に反論することで利益を得ることが来出るだろう。

 

オバマ大統領が主として外交政策において現実主義者であると多くの人々がいる(私もその中の一人である)。特にアメリカがイラクで冒険主義的な愚かな行為を行った後、現実主義はこれまでよりもより良いものだと考えられるようになっている。私は、現実主義者は、「アメリカは民主的な価値観と人権のために戦わねばならないが、軍事面における過度の拡大は、アメリカの国益と長期的な強さにとって致命的な危険である」と考える人たちだと考える。オバマ大統領の外交を擁護する際によく使われる論法は、「確かにいくつかのミスを犯したが、軍事力で出来ることとできないことに関する彼の現実主義は、アメリカの外交アプローチを再定義し、アメリカを正しい方向に戻すことに成功した」というものだ。

 

 この議論を始めるのにより材料となるのが、『ナショナル・インタレスト』誌の創刊30周年記念号に掲載されたリチャード・K・ベッツの「現実主義による説得」という論文だ。ベッツは現実主義の立場に立つ高名な知識人だ。ベッツはコロンビア大学に属する学者でもある。ベッツは「現実主義者は動機よりも結果をより重視する。現実主義者は良い動機が如何にして悲惨な結果を生むのかという点に注目する」と主張している。理想主義的なリベラル派と保守派は共に「正しい考えを支持し、悪と戦う」と強硬に主張するが、現実主義者は、「私たちが直面している選択肢は“より大きな悪とより小さな悪の間に存在する”」と主張する、とベッツは述べている。

 

 ベッツは「敢えて過度な一般化の危険を冒すが、理想主義者は勇気について心配し、現実主義者は制約について心配をする。理想主義者は武力によって悪に対峙することの利益を重視するが、現実主義者はコストを重視する。全体として、現実主義者は思い上がりではなく、抑制を求める」と書いている。

 

 頭の中は現実主義になりつつありながら、精神は今でも理想主義である私たちのような人間にとっては、現実主義は冷たくて、道徳的に不十分だと思ってしまう。しかし、現実主義の道徳は、人々の生命、財産、実行不可能な試みのための力の浪費することが道徳に適っているかどうかということになる。現実主義を批判する人々はイランとの合意に反対している人々が受けているのと同じ質問に直面する。それは「それでは他の選択肢は何になりますか?」というものだ。

 

(終わり)







野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 古村治彦です。


 今回は、前のブログに掲載した文章を再掲したいと思います。これから自分にとって大切な文章を引越しした新しいブログに掲載していきたいと思います。その第一弾として、先月前のブログに掲載した覇権国に関する文章を掲載したいと思います。宜しくお願い申し上げます。今回掲載する文章は2013年10月17日に発表したものです。

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 今回は、覇権国(
hegemonic state、ヘゲモニック・ステイト)について考えてみたい。副島隆彦先生の本を読まれている皆さんには「世界覇権国」という言葉はお馴染みだ。これは現在で言えばアメリカのことを指す。歴史的に見ればスペイン(17世紀)、オランダ(18世紀)、イギリス(19世紀)、アメリカ(20世紀)の各国がそれぞれ歴史の一時期に覇権国として君臨してきた。日本は第二次世界大戦でドイツと共に新旧の覇権国であるアメリカとイギリスに挑戦して敗れ、戦後、アメリカの従属国(tributary state、トリビュータリーステイト)になったというのが世界的な認識である。

覇権国と覇権(hegemony、ヘゲモニー)というのは政治学(Political Science)、特に国際関係論(International Relations)で使われる概念だ。簡単に言うと、「他からの挑戦を退けるほどの、もしくは挑戦しようという気を起こさせないほどの圧倒的な力を持つこと」が覇権である。国際関係論で言えば、圧倒的な外交力と軍事力と経済力を持ち、他国を従わせることのできる国のことを覇権国と呼ぶ。現在の覇権国は言うまでもなくアメリカである。歴史上、覇権国は交代してきたが、アメリカの次は中国が覇権国なるという見方も出てきている。これまでの歴史を考えると覇権国の地位はある程度の期間で交代しており、アメリカが永久に覇権国であるとは言えない。

 現在のアメリカは景気が低迷し、巨大な軍事力を持つ負担に耐えられなくなっている。アメリカは巨額の国債を発行し、中国や日本、サウジアラビアが買い支えている。他国のお金で巨大な軍事力を維持しているのはおかしな話だ。「アメリカの軍事力があるから世界の平和は保たれているのだ。だからその分のお金を払っていると思えば良いのだ」という主張もある。しかし、他国のお金頼みというのは不安定なものだ。国債を買ってもらえなくなればお金が入ってこなくなる。そんなことになれば世界経済は一気に崩壊するから、あり得ないことだという意見もあるが、不安定な状況であることは間違いない。

 現在、アメリカの政府機関は閉鎖状態にある。これは、アメリカ連邦議会が2013―2014年度の連邦予算を可決していないためである。現在、アメリカ連邦上院は、民主党(Democrats)が過半数を占め、一方、連邦下院は共和党(Republicans)が過半数を占めている。日本風に言えば、「ねじれ国会」の状態にある。民主党側と共和党の一部は予算を通したいのだが、共和党の中にいるティーパーティー系の議員たちがオバマ大統領の推進した健康保険政策(オバマケア)の廃止を目論んで、民主党と対立している。また、上院と下院の間でも対立が起きている。これに加えて、アメリカ国債の上限問題も再燃し、2013年10月17日までに予算の執行と国債の上限が引き上げられないと、アメリカは国債の償還に応じられない、デフォルトに陥ってしまう。こうなると、アメリカ発の世界規模での景気後退が発生してしまう懸念もある。このように、アメリカの覇権国としての地位も危ういものであることが今回露呈された。

ここからは、国際関係論の分野に存在する覇権に関する理論のいくつかを紹介する。これまで国際関係論という学問の世界で覇権についてどういうことが語られてきたのかを簡単に紹介する。私の考えでは、国際関係論で扱われる覇権に関する理論は現実追認の、「アメリカはやってきていることは正しい」と言うためのものでしかない。それでもどういうことを言っているかを知って、それに対して突っ込みを入れることは現実の世界を考える際に一つの手助けになると私は考える。

まずは覇権安定論(Hegemonic Stability Theory)という有名な理論がある。これは、覇権国が存在すると、国際システムが安定するという理論である。覇権国は外交、強制力、説得などを通じてリーダーシップを行使する。このとき覇権国は他国に対して「パワーの優位性」を行使しているのである。そして、自分に都合の良い国際システムを構築し、ルールを制定する。このようにして覇権国が構築した国際システムやルールに他国は従わざるを得ない。従わない国々は覇権国によって矯正を加えられるか、国際関係から疎外されて生存自体が困難になる。その結果、安定的な国際システムは安定する。

ロバート・コヘイン(Robert Keohane)という学者がいる。コヘインはネオリベラリズム(Neoliberalism)という国際関係論の学派の大物の一人である。ネオリベラリズムとは、国際関係においては国家以上の上位機関が存在しないので、無秩序に陥り、各国家は国益追求を図るという前提で、各国家は協調(cooperation)が国益追求に最適であることを認識し、国際機関などを通じて国際協調に進むという考え方をする学派である。

コヘインが活躍した1970年代、アメリカの衰退(U.S. Decline)が真剣に議論されていた。そして、コヘインは、覇権国アメリカ自体が衰退しても、アメリカが作り上げた国際システムは、その有用性のために、つまり他の国々にとって便利であるために存続すると主張している。コヘインは、一種の多頭指導制が出現し、そこでは、二極間の抑止や一極による覇権ではなく、先進多極間の機能的な協調(cooperation)が決定的な役割を果たすだろうと書いている(機能主義)。

ロバート・ギルピン(Robert Gilpin)は、1981年にWar and Change in World Politics(『世界政治における戦争と変化』、未邦訳)という著作を発表した。リアリズムの立場から、国際政治におけるシステムの変化と軍事及び経済との関係を理論化した名著だ。本書は国際関係論の古典の一つともなっている。本書の要旨は次の通りである。歴史上国際システムが次から次へと変わってきたのは、各大国間で経済力、政治力、社会の持つ力の発展のペースが異なり(uneven growth)、その結果、一つの国際システムの中で保たれていた均衡(equilibrium)が崩れることになる。台頭しつつある国が自分に都合がいい国際システムを築き上げるために、現在の国際システムを築き上げた覇権国と覇権をめぐる戦争(hegemonic war)を戦ってきた。台頭しつつある国が勝利した場合、その国が新たに覇権国となり、自分に都合の良い国際システムを構築する。逆に現在の覇権国が勝利した場合、そのままの国際システムが継続する。

現在、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)という各新興大国の経済発展はすさまじい勢いである。先進国である欧米、日本の経済成長はほとんどなきが如しであり、日本のGDPは中国に既に抜かれた。現在世界最大のGDPを誇るアメリカも10年から20年以内に中国に抜かれてしまうという予測もある。ギルピンの理論は、世界各国の不均衡な発展は覇権戦争を導くとしている。理論通りになると、アメリカが既存の覇権国で挑戦を受ける側、中国が新興大国で覇権国に挑戦する側になって戦争が起きるということが予測される。このギルピンの理論は歴史研究から生み出された理論である。スペインが打ち立てた覇権をオランダが奪い、オランダに移った覇権をイギリスが奪取するが、やがてアメリカに奪われるという歴史を踏まえての理論である。

それでは、未来のある時点でアメリカと中国が覇権をめぐって戦争するかと問われると、「ここ数年以内という直近の間では戦争はない」と私は考える。こう考えるにはいくつかの理由がある。第二次世界大戦での日本とドイツ、冷戦でのソ連とアメリカの覇権に挑戦して失敗した国々を見ていれば、「戦争をして覇権を奪取する」と言うのは危険を伴うということは分かる。だから中国の立場からすると戦争をするのは慎重にならざるを得ない。米中それぞれの軍人たちはスポーツ選手が試合をしたくてうずうずしているように「戦争をしてみたい、手合わせをしてみたい」と思っているだろう。しかし、政治指導者たちはそんな危険な賭けをすることはない。

また中国は、アメリカの覇権下で急激な経済成長をしてきたのだから、今のままの環境が維持されるほうが良い。アメリカとの貿易がこれからもどんどん続けられ、輸出ができればそれで良い。アメリカが不況で輸入が鈍化すると中国も困る。だから輸出先を多く確保しておくことは重要だが、アメリカがこのまま世界一の超大国であることは現在の中国にとっても利益となることである。ギルピンの理論では自国にとって不利なルールが嫌になって新興大国は、戦争をすることの利益と損失を計算したうえで、戦争を仕掛けるということになっている。現在の中国にとっては、現状維持、アメリカが超大国であることが重要だから、自ら戦争を仕掛けるということはない。アメリカが覇権国としての地位を失い、経済力を失うことを一番恐れているのは、チャレンジャーと目される中国だと私は考える。

また、イギリスからアメリカに覇権が移った過程を考えると、「覇権国が勝手に没落するのをただ見ているだけ」「覇権国の没落をこちらが損をしないように手伝う」という戦略が中国にとって最も合理的な選択ではないかと私は考える。イギリスは「沈まない帝国」として世界に君臨し、一時は世界の工業生産の過半を占め「世界の工場」と呼ばれるほどの経済大国となり、その工業力を背景に軍事大国となった。イギリスはアメリカの前の覇権国であった。

しかし、ヨーロッパ全体が戦場となった第一次、第二次世界大戦によって覇権国の地位はイギリスからアメリカに移動した。第二次世界大戦においてはアメリカの軍事的、経済的支援がなければ戦争を続けられないほどだった。アメリカは農業生産から工業生産、やがて金融へと力を伸ばし、超大国となっていった。そして、自国が大きく傷つくことなく、イギリスから覇権国の地位を奪取した。イギリスとアメリカの間に覇権戦争は起きなかった。外から見ていると、アメリカに覇権国の地位が転がり込んだように見える。中国も気長に待っていれば、アメリカから覇権が移ってくるということでどっしり構えているように見える。


現在の中国はアメリカにとって最大の債務国である。中国はアメリカの国債を買い続けている。中国にとってアメリカが緩慢なスピードで没落することがいちばん望ましい。「急死」されることがいちばん困る。覇権国が「急死」すると世界は無秩序になってしまい、経済活動が鈍化する。中国としては自国が力をためながら、アメリカの延命に手を貸し、十分に逆転したところで覇権国となるのがいちばん労力を必要とせず、合理的な選択なのである。

「覇権をめぐる米中の激突、その時日本はどうするか」というテーマの本や記事が多く発表されている。日本でも「日本はアメリカと協力して中国を叩くのだ」という勇ましいことを言う人たちも多い。しかし、その勇ましい話の中身も「日本一国ではできないがアメリカの子分格であれば、中国をやっつけられるのだ」というなんとも情けないものである。

米中が衝突することでその悪影響は日本にも及ぶ。日本は中国や韓国といった現在の「世界の工場」に基幹部品を輸出してお金を稼いでいる。米中が戦争をすることは日本にとって利益にならない。だからと言って、日本が戦争を望まなくても何かの拍子で米中間の戦争が起きるという可能性が完全にゼロではない。このとき、日本がお先棒を担がされて戦争や挑発に加担しないで済むようにする、これが日本の選ぶべき道であろうと私は考える。そして、大事なことは。「日本は国際関係において最重要のアクターなどではない、ある程度の影響力は持つだろうが、それはかなり限定される。そして、アメリカに嵌められないように慎重に行動する」という考えを持つことである。そう考えることで、より現実的な対処ができると思う。

(終わり)

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