古村治彦です。
昨年、ウクライナ沖の黒海に展開していたロシア黒海艦隊の旗艦(flagship)だったミサイル巡洋艦「モスクワ」が、ウクライナ軍の地上配備の対艦ミサイル「ネプチューン」によって撃沈された。ロシア黒海艦隊の主力艦が撃沈された、この出来事は衝撃を与えた。「モスクワ」の装備の古さが指摘されたが、それよりも地上配備の対艦ミサイルの有効性が証明されたことの影響力は大きかった。海上艦艇による海上封鎖や侵攻に対して、対艦ミサイルが有効な対抗手段となることは守備側にしてみれば大きい。
米中関係について見てみれば、米中戦争となった場合に、アメリカ軍は中国に対して、艦艇派遣は慎重にならざるを得ない。中国の接近阻止・領域拒否戦略によって、防備が固められており、安易な接近は手痛いしっぺ返しを喰らうということになりかねない。アメリカ海軍が誇る第七艦隊の攻撃力や有効性は考えられているよりも減殺されてしまうだろう。アメリカからすれば、台湾に対してミサイルを売りやすくなったと言うことになる。「中国による台湾侵攻に対してはミサイル防衛が有効です」という売り文句が使える。
しかし、中国本土と台湾との距離の近さ、軍の規模の違いを考えると、ミサイル防衛がどれほど有効かは分からない。中国本土から戦闘機、爆撃機、ミサイル、火砲などが雨あられのように降り注ぐことになれば、台湾はひとたまりもないだろう。アメリカ軍が駆けつけると言っても、限界があるだろう。アメリカ軍が空母を派遣し、戦闘機で対抗するにしても、空母が対艦ミサイルの攻撃を受けてしまえば、戦闘機は帰る母艦を失う。
対艦ミサイルの有効性向上によって、空母で容易に近づけず、戦闘機の戦闘力が制限されるということになれば、空母の有効性が削減されると言うことになる。太平洋戦争では、日本海軍は大艦巨砲主義にこだわり、空母群による航空攻撃を軽視したために敗れたということが定説になっている。日本はマレー沖海戦、真珠湾攻撃で空母を使った機動作戦を成功させていながら大艦巨砲主義、艦隊決戦思想から脱することができなかったとされている。太平洋戦争は空母打撃群を主力とする戦争の新しい形態を生み出した。しかし、ミサイルの正確で効果的な攻撃ということが今回実証され、空母打撃群もまた時代遅れとなりつつある。もちろん、作戦行動によっては空母打撃群が必要であることは変わらないが、空母が最強ということはなくなったようだ。時代は移り変わり、万物は流転するということになる。
(貼り付けはじめ)
ロシア海軍の件の戦艦と南シナ海(The Russian Warship and the
South China Sea)
-戦艦「モスクワ」撃沈は、台湾にとってどのような教訓となるか?
アレクサンダー・ウーリー筆
2022年10月1日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2022/10/01/moskva-south-china-sea-russia/
2022年4月14日、海軍をほとんど持たない国が、海上で見事な勝利を収めた。ウクライナは陸上配備対艦ミサイル(land-based anti-ship missiles、ASM)2基を使用して、ロシアの誘導ミサイル巡洋艦モスクワ(Russian-guided missile cruiser Moskva)を撃沈したのである。これは衝撃的な勝利であり、5000マイル離れた場所で起こりうる紛争への教訓となるものである。中国はいつか、西太平洋からアメリカとその同盟諸国を排除するために、独自の対艦ミサイルを使用する可能性がある。
ウクライナのKh-35ミサイルの使用は、戦争初期にウクライナ陸軍がロシア軍に対して巧みに使ったものの海上版のような、非対称戦(asymmetric warfare)のように見える。ウクライナは戦艦モスクワに対して「ヘイメーカー(haymaker)」で攻撃したが、それは明確な戦略の一部というより、臨機目標(target
of opportunity 訳者註:予定外、計画の攻撃目標)であった。そのため、他の紛争への適用は制限されるかもしれないが、台湾への最適な戦略をめぐる濃密な議論の一部として、今もなお利用されている。
何十年もの間、米海軍の水上戦闘部隊は、敵の海岸線までほとんど無抵抗で押し出すことができた。4月13日の時点で、ロシア人は歴史的にロシアの海軍力が支配してきた黒海について同様の自信を抱いていた。
接近阻止・領域拒否(A2/AD、Anti-access/area denial)は、中国自身の海洋圏からアメリカを軍事的に抑止する北京の計画を説明するために最初に使われたアメリカの流行語だ。アメリカの軍艦にとって、これらの計画で最も致命的となりうるのは、世界最大の地上発射型ミサイル軍である人民解放軍ロケット軍(People’s Liberation Army Rocket Force、PLARF)である。PLARFは、西側諸国にはほとんど知られていないが、ミサイル兵器は独裁者たちのパレードでは定番となっている。PLARFは2000発以上の通常弾道ミサイルと巡航ミサイルを保有しており、特に対艦ミサイルに重点を置いている。これは南シナ海にいるアメリカの空母群を狙い、戦争になった場合には中国沿岸の基地から台湾を攻撃することができる。PLARFは、その数の多さによって、アメリカや同盟諸国の艦船防御システム(shipboard
defensive systems)を圧倒しようとするものだ。ウクライナの軍事計画者たちは、トラック搭載の陸上配備対艦ミサイル(ASM)が2、3発で攻撃を成功させることでき、その結果に興奮しただろう。
しかし、1983年に就役したモスクワは冷戦時代の艦船であり、空母を撃沈させる能力を持つミサイルを装備していたが、それを発射する相手がいなかった。一方、軍事化が進む西太平洋では、空と海のプラットフォーム、武器、センサーの規模と精巧さ、技術的な攻撃と反撃のスピードが格段に向上している。
アメリカとその同盟諸国は、中国の新型の陸上弾道ミサイルや極超音速対艦ミサイルを打ち負かすために、ソフトキル(soft-kill)とハードキル(hard-kill)の対抗策を展開することになるであろう。ハードキルの対抗策は現在または近いうちに南シナ海の大部分をカヴァーできるようになる。北京がそれに見合う情報、監視、偵察能力を持っているかどうかは議論の余地がある。遠距離にある艦船を攻撃するには、最初の位置確認から追跡、交戦、そして戦闘後の評価まで、段階的なプロセスが必要であり、これらを総称して「キルチェーン(kill chain )」モデルと呼ぶ。
この小さな軍拡競争が続く中、アメリカはとりわけ、巡洋艦と駆逐艦のマーク41垂直発射システムにRIM-162進化型シースパローミサイルを「クアッドパック(quad-pack)」することを検討している。これは、1つの発射セルにつき1発ではなく4発のミサイルを搭載することを意味し、アメリカ軍の艦船が集団攻撃からよりよく身を守ることを可能にする。また、弾倉を深くして長く駐留させ、弾薬補給の機会が薄れそうなときに部隊が攻撃する見通しを向上させることができる。アメリカは対艦巡航ミサイル用レーザーの開発にも取り組んでおり、有望な技術ではあるが、配備にはまだ課題が多い。
誰が優位に立つのか? 米海軍大学のJ・C・ワイリー記念海洋戦略教授であるジェームズ・ホームズは「個人的な推測では、私たちは再び自国を守ることができるようになる手前まで来ていると思うが、それは新しいテクノロジーが大きな期待に応えられるのかにかかっている。しかし、確信をもって推測できるものではない」と述べている。
もし、中国の習近平国家主席がホームズの評価分析に同意するならば、台湾への攻撃を早急に考えるかもしれない。ホームズは「今しかないという考え方が定着しないか心配だ」と語っている。
しかし、台湾に関して言えば、接近阻止・領域拒否(A2/AD、Anti-Access/Area Denial)は双方向に機能する。北京はアメリカ軍艦船を遠ざけたいが、侵略には自国の軍隊を世界で最も防衛の厳しい海域に送り込む必要がある。ロシアの戦艦が沈んだことで、アメリカの連邦議員たちは、「ハリネズミ防衛(hedgehog defense)」(ハリネズミの棘のようにミサイルが林立する島)の価値について、抵抗する台湾の軍事指導者を説得するための格好の材料となり、潜在的侵略者に対する防衛と抑止の両方が可能になった。
連邦下院外交委員会の共和党側筆頭委員であるマイケル・マコール連邦下院議員は『フォーリン・ポリシー』誌上に、「ほとんどの場合、中国の攻撃に弱いハイエンドシステムよりも、ウクライナが効果的に使用している対艦ミサイルのように、低コストで最大の抑止効果を発揮する費用対効果の高い、移動可能で生存可能な技術に焦点を当てることを意味する」と書いている。
しかし、台北はまだそこに到達しておらず、既存のシステムのいくつかは間違った配備がなされている。ホームズは次のように述べている。「台北の高官たちが、台北にある非常に限られた長距離地対地ミサイル(long-range, surface-to-surface missiles)の在庫を使って北京を攻撃すると脅すのだからおかしくなりそうだ。復讐のための攻撃は、民主国家としての台北の存続という観点からするとほとんど意味がない」。
人民解放軍の水陸両用軍による侵攻に対し、台湾が接近阻止・領域拒否を展開するという発想は新しいものではない。2010年、ジェームズ・ホームズとアジア太平洋地域の専門家であるトシ・ヨシハラは、台北がまさにそのような兵器と戦略を持つことを主張し、多くの点で中国本土が世界規模で活動できる海軍の構築に着手する前の数十年間に用いた、毛沢東の海洋拒否主義(sea denialism)を真似ることになるだろうと指摘した。しかし、台湾の軍指導部は、主要な兵器システム、他の中堅国の模倣品、駆逐艦やフリゲートの水上艦隊に関心を持っており、保守的なことで知られている。モスクワの沈没は、それを変える可能性がある。
アメリカと中国の両方にとって、陸上配備の対艦ミサイル(ASM)は何世紀にもわたって変わらない海戦を強化することになる。敵の海岸線に近づくほど、船に悪いことが起こる。3世紀前、それは沿岸の砲台(coastal batteries)と要塞(forts)だった。最近では、より高速な武器と陸上の乱雑な電子環境により、応答時間が短くなりが、破損した船は自国の基地や修理施設に戻る距離が長くなる。一方、ランドラバーシューターは、ターゲットが比較的沿岸に近い場合に、ターゲットを見つけて追跡するのが容易になる。ホレーショ・ネルソン元英国中将が「要塞と戦う艦船は愚かだ」と言ったのには理由がある。
例えば1982年のフォークランド紛争では、イギリスの空母インヴィンシブルとヘルメスは、アルゼンチンの陸上配備対艦ミサイルを恐れて東に大きく離れていたため、機動部隊(task force)の間で、「空母群には、現在のミャンマーでの任務に与えられる勲章であった、ビルマスター勲章を授与される」というジョークが流れたほどである。
アメリカの空母打撃群は、中国沿岸や中国が基地を建設している南シナ海の島々からどれだけ離れていても効果を発揮できるのだろうか?
1980年代ほどの力はない。ジョン・リーマン元海軍長官とCNAのスティーヴン・ウィルス中佐は、現在の空母艦載機はF-14やA-6といった以前のタイプの航空機のような航続距離や積載量を有していないと主張している。つまり、空母はより戦闘に近い場所にいなければならないのだ。
更に言えば、冷戦時代には空母航空団に専用の空中給油設備があったことが問題を大きくしている。しかし、今はもう存在しない。無人空中給油機MQ-25スティングレイは現在開発中で、空母の甲板から飛行し、F-18の航続距離を伸ばすことができるだろうが、少なくとも2026年までは運用できないだろう。
しかし、この問題は北京にとっても同様に深刻である。中国が台湾に侵攻する際、どのような主要な陸上部隊を投入するのだろうか?
そのピカピカの新しい空母はどうだろうか? 2016年、歴史家のスティーブヴン・ビドルと戦略的安全保障の専門家アイヴァン・オエルリッチは、「同盟諸国の陸地の周囲(約500マイルまで)のアメリカの影響圏(sphere of influence)、中国本土の中国の影響圏、南・東シナ海の大部分を覆う戦闘空間、どちらの勢力も戦時中の地上・航空移動の自由を享受しない」を想定している。
彼らがそう書いてから多くのことが起こった。将来の戦争では、南シナ海は争われる段階を超えて、第一次世界大戦の西側塹壕の間のように荒れ果て、波の下をパトロールする潜水艦以外は何もない海上無人地帯になる可能性がある。
モスクワの撃沈が生んだもう一つの疑問は、艦船がいかに壊れやすいかということだ。水上艦艇が何回の攻撃に耐えられるかを推定することは、科学的に見て不正確であると同時に、大部分が機密事項である。ある退役した海軍司令官は最近、大まかな計算式に基づいて、モスクワはネプチューンのミサイル5発まで耐えられるはずだと書いている。ウィルスは本誌に対して、実際の発射数は3、4発であったはずだと推定している。
2005年に行われた超大型空母「USSアメリカ」のSINKEX演習の結果は機密扱いとされている。リーマンとウィルスは2021年の著書で、1960年代に米空母で起きた大火災を検証し、対艦巡航ミサイル攻撃(anti-ship cruise missile strike)の代用として使用することで答えを出そうとしている。著者たちは、甲板や格納庫の火災は、超音速の弾道ミサイルはともかく、亜音速の巡航ミサイルのような衝撃を受けるエネルギー特性を持たないことを認めているが、フォードやニミッツ級空母は打撃を受けうるという結論を出している。
逆に、1994年、ジョン・シュルトという海軍大学院の学生(海軍将校)が、沿岸戦における巡航ミサイルの有効性を検討する論文を提出した。そのために、シュルトは、過去にミサイルが艦船に命中した全てのデータを作成した。その結果、平均1.2発のミサイルが艦艇を破壊し、1.8発のミサイルが艦艇を沈没させることが分かった。モスクワはこの測定結果に合致する。モスクワの乗組員たちは、攻撃時に居眠りをしていたようだ。2009年に機密指定を解除されたシュルトの論文では、このようなケースもかなり多いことが判明している。シュルトは、「防御可能な標的(defendable targets)」という特別なカテゴリーを作った。対艦ミサイル攻撃を撃退する手段を持ちながら、それを使用せずに攻撃された軍艦ということになる。通常、不注意、防御システムのスイッチオフや機能停止、状況混乱などが理由となる。多くの場合、被害者たちは対抗策を講じることさえできなかった。最終的に引き起こされる大惨事は、使用された兵器の大きさ、数、精巧さに比例する。
防衛側にとって最悪なのは、一斉射撃で全てのミサイルを打ち落とせなかった場合、悲惨な事態になる可能性があることだ。2021年の『艦隊との戦闘(Fighting the Fleet)』の共著者である退役海軍大佐のジェフリー・カレスは、次のように述べている。「なぜ、戦闘に突入して攻撃を受けないようにしなければならないと考えるのか?
私たちのシステムが優れているからか? まあ、これは冗談であるが」。
対艦ミサイルの攻撃を受けた艦船のうち、モスクワのように1発か2発のミサイルを受けただけのものがほとんどである。ソ連や南シナ海で想定される接近阻止・領域拒否型のシナリオのように、対艦巡航ミサイルの弾幕をかいくぐった艦艇はないのである。
モスクワは大型で武装した軍艦だった。アメリカは、中国に比べれば相対的に少数ではあるが、大型で武装した艦艇を建造している。前述のカレスは次のように述べている。「私たちのようにバランスが悪く、高性能なプラットフォームを少数しか持てない場合、敵の標的の問題は非常に単純化される。中国人民解放軍海軍が撃つ可能性のあるものは、全て撃ち落とす価値があるものだ」。
更に緊急の問題は、ミサイルが命中した後、官邸が運用を継続できるか、あるいは迅速に修理できて戦列に復帰できるかということだ。短期的な紛争では、1発のミサイルが致命的でなくとも、戦闘機の作戦を停止させ、空母を戦場から退かせれば、それは沈没したのと同じことになるのだ。
しかし、中国自身は、空母の急速な建造計画を考えると、空母は時代遅れではないと考えていることは明らかだ。空母はある程度、虚栄心(vanity)の指標であり、中年の危機のためにポルシェを買うのと同じようなものだ。しかし、中国人民解放軍海軍は、空母に注ぎ込んでいる資源を考えると、空母が完全に教義的に時代遅れで、致命的に脆弱だとは考えないはずだ。6月には中国初の平甲板型空母「福建」を進水させ、戦略予算評価センターは最近、今後10年間に更に3隻の空母を購入する余裕があると推定している。大型艦の全盛期は終わったかもしれないが、まだ時代遅れにはなっていない。
※アレクサンダー・ウーリー:ジャーナリスト、大英帝国海軍士官(退役)。
(貼り付け終わり)
(終わり)
ビッグテック5社を解体せよ