古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:BRICs

 古村治彦です。

 第二次世界大戦後の世界の基軸通貨となったのは、米ドルだ。米ドルが価値の基準であり、米ドルで貿易決済のほとんどが行われてきた。世界の多くの発展途上国(貧乏な国)では、自国の通貨の信用がなく、米ドルが流通するというところも多い。「自国の通貨はいつ紙切れになるか分からないほど信用はないが、米ドルは世界の超大国・派遣のアメリカの通貨だから安心だ」ということになる。日本も外貨準備高でドルを貯めこみ、また、米国債を多く買っている。米ドルは安心だ、だからこれらは安心の資産(運用)ということになる。

 アメリカではインフレ懸念から中央銀行である連邦準備制度(Federal Reserve System)が政策金利の利上げを進めている。これで市場に流れているドルを吸収しようということであるが、これは諸刃の剣だ。政策金利の上昇は住宅ローン金利に反映される。住宅ローンの返済額が大きくなれば、家を持ち切れないという人々が出てくる。そうなれば社会不安が発生する。また、住宅バブルが崩壊することで不景気に突入する可能性が高まる。しかし、金利を上げなければ、インフレ状態は続き、住宅バブルは続く。バブルはいつか弾ける。何より、米ドルの価値が下がる。これは米ドルの信用にもかかわってくる重大な問題だ。政策金利を上げても問題が起き、下げても問題が起きる。「前門の虎、後門の狼」という状態だ。アメリカはドルの信用だけは守らねばならない。そうでなければ、アメリカ国民の生活自体を維持することができなくなるからだ。そのために必死である。

 米ドルが基軸通貨の地位から転落した場合、それに代わる存在は何かということになるが、ユーロはドルと道連れであろうし、円は日本の経済力の低下もあってそのような力はない。中国の人民元が有力候補であるが、ここで出てくるのがBRICs共通通貨という候補だ。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)が最初にこれらの国々の間だけで通用する通貨を作る。それが役割を拡大していき、最終的には基軸通貨となるというシナリオだ。金(きん)を後ろ盾にする通貨ということになれば、米ドルよりも信用が高まる可能性が高い。

 ドル覇権の崩壊が現実味を帯びてきたことを考えると、アメリカとノルウェー、NATOによるノルドストリーム攻撃・爆破はドル覇権を守るための動きだったという解釈もできる。ヨーロッパに安価なエネルギー源である天然ガスを供給してきたロシアはその取引決済をドルで行っていたが、西側諸国による制裁の後はルーブルで決済をするように求めた。エネルギー源を買えなければ生活は成り立たない。ヨーロッパ諸国はルーブルを手に入れるようになり、ルーブルの価値は安定することになった。英米が画策したルーブルの価値下落によるロシア経済の破綻というシナリオは崩れた。

これが進んで(これを敷衍して考えると)、BRICsの共通通貨で支払うことを求めるようになれば、共通通貨の使い勝手を考えると(ブラジル、インド。中国、南アフリカともこれで決済ができる)、ドルに頼らないということになる。ドイツにとっての最大の貿易相手国は中国だ(日本もそうだ)。ロシアとのノルドストリームを通じての天然ガス取引が実質的に続けば、ドル覇権が脅かされることになる。
 こうした動きに敏感なのがサウジアラビアだ。現在のサウジアラビアはサルマン王太子がバイデン政権との不仲を理由に、これまで強固な同盟関係にあったアメリカの意向に逆らうような動きを見せている。「西側以外の国々(the Rest)」の仲間に入る姿勢を鮮明にしている。サウジアラビアは米ドルで石油を売るということをやってきた。アメリカは極端な話をすれば、「(打ち出の小槌のように)米ドルを刷れば石油が手に入る」(アメリカ以外の国々は米ドルを手に入れるために苦労しなければならない)ということであった。しかし、米ドルの信用が落ち、ドル覇権の崩壊の足音が近づく中で、西側以外の国々(the Rest)のリーダー国である中国に近づいている。中国の仲介受け入れて、イランとの緊張緩和を決定したのは象徴的な出来事だった。サウジアラビアとしては、BRICs共通通貨の出現を待っている状況なのだろう。そのためには米ドルが紙くずになる前に、自国の資産を保全するという動きに出るだろう。その一つが金(きん)の保有量を増やすことである。

金(きん)価格が高騰しているというのは日本でも報道されている。「新型コロナウイルスの感染拡大やウクライナ戦争といった不安定要素があるから金が買われているんだろう」ということが理由として挙げられている。しかし、それだけではない。米ドルの基軸通貨からの転落に備えての資産保全のために金が買われている。

 私たちは世界の大きな転換点に生きているということを改めて認識すべきだ。アメリカと米ドルがいつまでも強いという確固とした信念を持っている人はまずその信念について点検して、考え直した方が良い。

(貼り付けはじめ)

ブリックス通貨はドルの支配を揺るがすことになるだろう(A BRICS Currency Could Shake the Dollar’s Dominance

-脱ドル化(De-dollarization)はついに来たのかもしれない

ジョセフ・W・サリヴァン筆

2023年4月24日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/04/24/brics-currency-end-dollar-dominance-united-states-russia-china/?tpcc=recirc_trending062921

脱ドル化の話が取り沙汰されている。先月、ニューデリーで、ロシア国家議会のアレクサンドル・ババコフ副議長は、ロシアが現在、新しい通貨の開発を主導していると述べた。この通貨はBRICS諸国による国境を越えた貿易に使用される予定だということだ。BRICS諸国にはブラジル、ロシア、インド、中国、そして南アフリカが含まれる。その数週間後、北京でブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領がこう言った。「毎晩のように、『なぜ全ての国がドルを基軸に貿易を行わなければならないのか(why all countries have to base their trade on the dollar)』と自問自答している」。

ユーロ、円、人民元といった個々の競争相手が存在する中で、ドルが最強の貨幣であるためにドルの支配が安定しているという説を、こうした動きは弱めている。あるエコノミストは、「ヨーロッパは博物館、日本は老人ホーム、中国は刑務所」と表現した。彼は間違ってはいない。しかし、BRICSが発行する通貨は、それとは異なる。BRICSの通貨は、新進気鋭の不満分子の新しい連合体のようなもので、GDPの規模では、覇者であるアメリカだけでなく、G7の合計を上回るようになっている。

ドル依存から脱却しようとする諸外国の政府の動きは、今に始まったことではない。1960年代から、ドル離れ(dethrone the dollar)を望む声が海外から聞こえてくるようになった。しかし、その話はまだ結果には結びついていない。ある指標によれば、国境を越えた貿易の84.3%でドルが使われているのに対し、中国人民元は4.5%に過ぎない。また、クレムリンの常套手段である嘘は、ロシアの発言に懐疑的な根拠を与えている。ババコフの提案に他のBRICS諸国がどの程度賛同しているかなど、現実的な疑問は山ほどあるが、今のところ答えは不明だ。

しかし、少なくとも経済学的な観点からは、BRICS発行の通貨が成功する見込みは新しいと言える。どんなに計画が時期尚早で、どんなに多くの現実的な疑問が残っていても、このような通貨は本当にBRICS加盟国の基軸通貨として米ドルを追い落とすことができるだろう。過去に提案されたデジタル人民元のような競合とは異なり、この仮想通貨は実際にドルの座を奪う、あるいは少なくとも揺るがす可能性を持っている。

この仮想通貨(hypothetical currency)を「ブリック(bric)」と呼ぶことにしよう。

もしBRICSが国際貿易に通貨ブリックのみを使用すれば、ドルの覇権(dollar hegemony)から逃れようとする彼らの努力を妨げている障害を取り除くことができる。こうした努力は、現在、中国とロシアの間の貿易における主要通貨である人民元のような、ドル以外の通貨で貿易を表記するための二国間協定という形で行われることが多い。障害となっているのは何か? ロシアは、中国からの輸入に消極的である。そのため、二国間取引の後、ロシアはドル建て資産に資金を蓄え、貿易にドルを使用している他の国々から残りの輸入品を購入したいと考える傾向がある。

しかし、中国とロシアそれぞれが貿易に通貨ブリックを使うだけなら、ロシアは二国間貿易の収益をドル建てで保管する必要はなくなるだろう。結局、ロシアは輸入品の残りをドルではなくブリックで購入することになる。つまり、脱ドル(de-dollarization)となるのである。

BRICSが貿易にブリックだけを使うというのは現実的な話なのか? その答えはイエスだ。

まず、BRICSは自分たちの輸入代金を全て自分たちで賄うことができる。2022年、BRICSは全体で3870億ドルの貿易黒字(国際収支の黒字としても知られる)を計上した。

BRICSはまた、世界の他の通貨同盟が達成することができなかった、国際貿易における自給自足のレヴェルを達成する態勢を整えている。BRICSの通貨統合は、これまでの通貨統合とは異なり、国境を接する国同士ではないため、既存のどの通貨統合よりも幅広い品目を生産できる可能性が高い。地理的な多様性がもたらすものであり、ユーロ圏のような地理的な集中によって定義される通貨同盟では、2022年には4760億ドルの貿易赤字が発生するという痛ましい事態が起きているが、自給自足の度合いを高めることができるのだ。

しかし、BRICSはその中だけで貿易を行う必要さえないだろう。それは、BRICSの各メンバーはそれぞれの地域で経済的な強者であるため、世界中の国々が通貨ブリックでの取引を希望する可能性が高いからだ。タイが中国と取引するためにブリックを利用せざるを得なくなったとしても、ブラジルの輸入業者はタイの輸出業者からエビを購入することができ、タイのエビをブラジルの食卓に並べ続けることができる。また、ある国で生産された商品を第三国へ輸出し、第三国から再輸出することで、二国間の貿易制限を回避することもできる。これは、関税のような新しい貿易制限を避けようとした結果である。アメリカが中国との二国間貿易をボイコットした場合、その子供たちは中国製の玩具で遊び続け、それがヴェトナムなどの国に輸出され、さらにアメリカに輸出されることになる可能性がある。

BRICS諸国の各政府が「ブリックを絶対に実現する(bric of bust)」ことを貿易条件として採用した場合、BRICS諸国の消費者に降りかかる絶対的に最悪なシナリオを、今日のロシアから予見することができる。アメリカやヨーロッパの政府は、ロシアの経済的孤立を優先してきた。しかし、一部の西側諸国の製品はロシアに流入し続けている。消費者にとってのコストは現実的だが、破滅的なものではない。BRICS諸国が脱ドル志向を強め、現在のロシアをその上限として、脱ドルのリスクとリターンのトレードオフがますます魅力的に見えるようになるであろう。

BRICS諸国の基軸通貨としてドルから変更するために、ブリックは貿易に使わない時に置いておける安全な資産も必要である。ブリックがそのようになるのは現実的なのだろうか? その答えはイエスだ。

まず、BRICSは貿易と国際収支が黒字であるため、ブリックは必ずしも海外からの資金を集める必要はないだろう。BRICSの各国政府は、自国の家計や企業が貯蓄でブリックの資産を購入するよう、飴と鞭を組み合わせて、事実上強制的に市場を出現させ、補助金を与えることができるようになる。

しかし、ブリック建ての資産は、実は海外投資家にとって非常に魅力的な特徴を持つことになる。世界的な投資家たちの資産としての金(きん)の大きな欠点は、分散投資としてのリスク低減効果があるにもかかわらず、金利が付かないことである。BRICSは金(きん)やレアアースのような本質的な価値を持つ金属を新通貨の裏付けとする予定だと言われているので、ブリック建ての利払い資産は、利払いのある金(きん)に似ていることになる。これは珍しい特徴だ。債券の利子と金の多様性の両方を求める投資家にとって、ブリック債は魅力的な資産となり得る。

確かに、ブリック債が単に金(きん)に利子がつくのと同じ効果があるものとして機能するためには、デフォルトのリスクが比較的低いと認識される必要がある。そして、BRICs諸国の政府債務でさえも、明らかになっていないデフォルトリスクがある。しかし、こうしたリスクは軽減することができる。ブリック建ての債務を発行する各国政府は、債務の満期を短くしてリスク性を下げることができる。投資家たちは、南アフリカ政府が「30年後」に返済してくれることを信用するかもしれないが、時間の単位が一年以内である場合、もしくは数年単位である場合はそうではない。また、価格に関しては、単純にそのリスクに対して投資家を補償することもできる。市場参加者がBRICsの資産を買うのに高い利回りを要求すれば、おそらくそれを得ることができるだろう。なぜなら、BRICS諸国政府はブリックの実行可能性に対価を支払うことをいとわないからだ。

公平を期すために、通貨ブリックは現実的に多くの問題を提起している。ブリックは主に国際貿易に利用され、国内での流通はない可能性が高いため、BRICS諸国の中央銀行の仕事は複雑になる。また、ヨーロッパ中央銀行のような超国家的な中央銀行を設立し、ブリックを管理することも必要である。これらは解決すべき課題だが、必ずしも乗り越えられないものではない。

BRICS加盟国間の地政学も茨の道である。しかし、BRICSの通貨は、利害が一致する明確な分野での協力を意味する。インドや中国のような国々は、安全保障上の利害が対立しているかもしれない。しかし、インドと中国は脱ドルという点で利害を共有している。そして、共有する利益については協力し、その他の利益については競争することができる。

通貨ブリックはドルの頭から王冠を奪うというより、その領土を縮小させることになるだろう。BRICSが脱ドルしても、世界の多くは依然としてドルを使用し、世界の通貨秩序は一極集中(unipolar)から多極化(multipolar)することになるだろう。

多くのアメリカ人は、ドルの世界的役割の低下を嘆く傾向にある。嘆く前に考えるべきだ。ドルの世界的な役割は、アメリカにとって常に両刃の剣(double-edged sword)である。ドルの価値を上げると、結果として、アメリカの商品とサーヴィスのコストが上がり、輸出が減少し、アメリカの雇用が奪われてしまう。しかし、アメリカ国内においては、アメリカに切り込む側の武器は研ぎ澄まされ、海外においてアメリカの敵に切り込む武器は鈍化するのであろう

ドルのグローバルな役割が、国内の雇用や輸出競争力を犠牲にしていることを、少なくとも2014年のコメントから理解しているのは、現在ホワイトハウス経済諮問委員会のトップであるジャレッド・バーンスタインだ。しかし、こうしたコストは、アメリカ経済が世界と比較して縮小するにつれて、時間の経過とともに増大する一方だ。一方、ドルの世界的な役割の伝統的な利点の中には、アメリカが金融制裁を利用して自国の安全保障上の利益を増進しようとする能力があることが指摘される。しかし、ワシントンは、21世紀におけるアメリカの安全保障上の利益は、中国やロシアのような国家主体との競争によってますます定義されると考えている。もしそれが正しいなら、そしてロシアに対する制裁の一定しない実績が示すように、制裁はアメリカの安全保障政策においてますます効果のない手段となっていくだろう。

BRICSの基軸通貨がドルに代わってブリックになった場合、その反応は多様で奇妙なものになるだろう。反帝国主義的な気質を持つBRICS諸国の高官、アメリカ連邦上院の共和党の一部、ジョー・バイデン米大統領のトップエコノミストからは、大きな拍手が送られそうだ。ドナルド・トランプ前米大統領と、彼がしばしば対立する米国の国家安全保障コミュニティからも、ブーイングが起こる可能性がある。いずれにせよ、ドルの支配が一夜にして終わることはないだろうが、ブリックが実現すれば、ドルの支配力が徐々に失われていくことになるのだ。

ジョセフ・W・サリヴァン:リンゼイ・グループの上級顧問。トランプ政権下のホワイトハウス経済諮問会議議長特別顧問・スタッフエコノミストを務めた。ツイッターアカウント:@TheMedianJoe
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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 古村治彦です。

 イギリスの女王エリザベス二世が2022年9月8日に96歳で亡くなった。1952年に即位以来、約70年間もイギリス国王の座に君臨した。現在のイギリス国民の大部分はエリザベス女王の在位期間に生まれた人々ということになる。第二次世界大戦後の歴史と共に彼女の人生はあった。彼女の歴史は衰退し続けるイギリス、大英帝国の歴史であったとも言えるだろう。そして、彼女が死を迎えた2022年が、西側諸国(the West)とそれ以外の国々(the Rest)との戦いで西側諸国が敗れつつあるという大きな転換点であったということが何とも象徴的だ。西側諸国の優位の喪失とエリザベス二世の死がリンクする。

 19世紀から20世紀、1914年の第一次世界大戦までの大英帝国の繁栄は世界各地に築いた植民地からの収奪によって成されたものだ。その代表がインドと中国である。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)と呼ばれる新興大国の中核を形成しているのはインドと中国である。大英帝国に収奪された2つの元植民大国が、西側以外の国々(the Rest)を率いて西側諸国に対抗する構図というのは何とも皮肉なものであり、「因果は巡る糸車」ということになる。

 後継のチャールズ三世時代には、英連邦(the Commonwealth)から離脱する国々が次々と出てくるだろう。これらの国々は元々植民地であり、イギリスに収奪された負の歴史を持っている。そうした負の歴史に光を当てさせずに、イギリスの素晴らしい面にばかり光を当てるという役割をエリザベス二世は担った。女王自身がイギリスのソフトパウア(Soft Power)の大きな構成要素(その他には、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ジェイムズ・ボンドなど)となった。イギリスのイメージアップに大きく貢献したということになる。しかし、その時代も終わる。イギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」であり、「the United KingdomUK)」ということになる。その内のスコットランドでは独立運動が盛んである。特にイギリスのEU脱退によって、この動きはより活発化している。英連邦の諸国の中から、国家元首をイギリス国王にする制度を止めて、共和国になろうという動きも出ているようだ。英連邦に入っていてもメリットがなく、新興諸大国(emerging powers)に近づいた方が良いと考える国々も出てくるのは当然だ。

 エリザベス二世の死は西側諸国の衰退とリンクし、それを象徴するものだ。西側近代500年の終焉の始まりとも言えるだろう。あの厳かな国葬は大英帝国の最後の弔いであった。そして、西側諸国の終わりを告げる鐘の音であったとも言えるだろう。

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英国女王エリザベス二世は彼女の帝国の数々の道義上の罪から逃れられるものではなかった(Queen Elizabeth II Wasn’t Innocent of Her Empire’s Sins

-亡くなった女王は国家とそのシステムを売り込むための権化となり、それを見事にやり遂げたが、その一方で、その過去を批判したり謝罪したりすることはなかった。

ハワード・W・フレンチ筆

2022年9月12日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/09/12/queen-elizabeth-ii-british-empire-colonialism-legacy/

1550年代後半、イギリスのエリザベス女王は、ヨーロッパの情勢を詳細に見て、ヨーロッパ大陸の近隣諸国が進めている新しい競争、すなわち遠く離れた場所での帝国(empire)建設に取り残されることを心配するようになっていた。

ポルトガル人とスペイン人は、早くからこの分野で優位に立っていた。ポルトガル人とスペイン人は、15世紀後半から西アフリカ人と金を取引して財を成し、その後、小さなサントメ島でプランテーション農業(plantation agriculture)と人種に基づく奴隷制(race-based chattel slavery)を組み合わせて熱帯産品を生産するという画期的な方法を完成させ道を示していた。砂糖の栽培と奴隷にされたアフリカ人の商業取引を基盤とする彼らのモデルは、瞬く間に大西洋の経済生活を数世紀にわたって支配するようになり、ヨーロッパ経済を活性化させ、西洋が他の国々に対して台頭する原動力となったのである。

エリザベス一世の時代までのイングランドの帝国主義的な史は、隣国アイルランドを支配することにとどまっていた。しかし、私たちが作家ウィリアム・シェイクスピアを主に連想する時代の君主エリザベス一世は、はるかに大きな舞台に憧れ、貴族やジョン・ホーキンスのような海賊に、英仏海峡を越えてポルトガルやスペインの船を襲い、西アフリカ沿岸から採取した金と人間の戦利品を手に入れるよう奨励した。

そうすることで、エリザベス一世は、後に大英帝国となる国家の初期の基礎を築いた。彼女の後継者たちは、1631年にロンドンの冒険商人組合(Company of Merchant Adventurers of London)というカラフルな名前の会社を設立し、その取り組みを更に推し進めた。ここでいう冒険とは、熱帯地方で金や奴隷を激しく追い求めることであった。やがて組合は、主要な地理的目標から全ての謎を取り除く形で、新たなブランドを立ち上げた。その名も「王立アフリカ貿易冒険家会社(王立アフリカ会社、the Company of Royal Adventurers Trading to Africa)」で、アフリカ大陸での有益な貿易を1000年間独占するという野心的な目標を掲げていた。

それと同じ10年間に、私は著書『黒人として生まれて:アフリカ、アフリカ人、近代国家の形成、1471年から第二次世界大戦まで』』で論じたのだが、大英帝国建設の最も重要な基礎となる行為は、大西洋の反対側で形作られたのである。そこでイギリスはバルバドス島を植民としたが、この島はカリブ海東部にある小島で、現在のロサンゼルス市の面積の3分の1ほどの大きさだ。

バルバドスでは、ポルトガル人がサントメ島で考案した道徳的には無防備だが経済的には無敵の経済モデルを、イギリス人はすぐに実行に移した。17世紀半ばまでに、白人の年季奉公人(white indentured servants)が、アフリカから鎖につながれて連れてこられ、意図的に死ぬまで働かされた奴隷男女とほぼ完全に入れ替わったが、その数は、北米本土にもたらされた奴隷の数とほぼ同数であり、バルバドスの砂糖栽培は事実上の金儲けのライセンスと化したのである。

西洋諸国の学校で一般的に教えられているヨーロッパの新世界帝国に関する初期の物語は、インカやアステカといった偉大なアメリカ先住民文明に対するスペイン人征服者たち(Spanish conquistadors)の有名な略奪行為で占められており、ガレオン船(galleons)に驚くほどの量の銀や金を積み込んでいたと教えられている。しかし、イギリス人がバルバドス島で証明したように、カリブ海で始まったアフリカ人奴隷を酷使したプランテーション農業は、更に大きな利益をもたらすものとなった。

カリブ海地域の黒人が奴隷制度によって受けた恐怖の大きさから、イギリスは伝統的に自分たちの帝国はインドを本拠としたと考えることを好んできた。しかし、ラジ(Raj、訳者註:イギリスによるインド支配)のはるか以前から、カリブ海地域、いわゆる西インド諸島は、経済史上最も豊かな植民地が次々と誕生することになった。1791年に始まったアフリカ人の反乱は、奴隷として働かされていた人々を解放し、アメリカ大陸で2番目に古い共和国であるハイチが誕生することになった。

ヨーロッパが近代において世界で最も豊かで強力な地域として台頭するために奴隷制度がいかに重要であったかについて、ヨーロッパでは長い間、そしてイギリスほどではないにせよ、歴史的な否定をするお題目として家内工業(cottage industry)の重要性の私的が存在してきた。家内工業を重視する陣営からは、奴隷の売買そのものは決して儲かるビジネスではなく、プランテーション農業はヨーロッパの成功にとってごくわずかな重要性しかなかったというメッセージが発せられてきた。

一見すると馬鹿げているように思える。しかしそのように主張するための理由はたくさんある。まず、かつてのフランスの指導者ナポレオン・ボナパルトが、非常に収益性の高い植民地サン=ドマングでの奴隷の反乱を鎮圧するために、フランス史上最大の大西洋横断遠征を行い、その結果、部隊が敗北した事実から始めるのが一般的だ。この奴隷社会の支配がいかに豊かな機会をもたらすかを知っていたスペインは、サン=ドマングのアフリカ人を打ち負かそうとしたが、同じ運命に見舞われることになった。

そして、この時代の大帝国を代表するイギリスは、この最高の獲物を手に入れるために、それまでで最大の海洋遠征隊を組織した。イギリス軍もまた、アメリカ独立戦争で失った犠牲者を上回る不名誉な敗北を喫した。しかし、イギリスでは、この時の遠征軍の連隊旗はどこにも掲げられていないし、ほとんどの学校でも、この歴史について触れることはない。

(もちろん、フランスは諦めなかった。すでに一度敗北を喫したナポレオンは、奴隷にされた人々を拘束し続けようと、サン=ドマングに再び遠征軍を送り込んだ。これも敗れ、その後すぐにフランスはルイジアナ購入権を当時のアメリカ大統領トマス・ジェファーソン率いるアメリカ政府に売却せざるを得なくなり、それによって若いアメリカの国土は2倍になった)

エリザベスという名を持つ二番目のイギリス女王の生涯を祝うために、奴隷制度が話題になることはあったが、それは彼女が大英帝国の終焉と20世紀に起こった脱植民地化(decolonialization)の波を統率していたことを指摘するためのものであった。かつて植民地化された人々の世界で長いキャリアを積み、奴隷制度とそれが世界に及ぼした多くの影響について多くの著作を残してきた人間として、帝国とその根源である奴隷化、支配、人間と天然資源の採取の詳細を急いで見過ごすことは非常に奇妙に感じられることなのである。

このコラムのほぼ全ての読者と同じように、私もまた、エリザベス二世の時代に全てを生きてきた。多くの人がそうであるように、彼女の穏やかで自信に満ちた表情はあまりにも稀であり、絶えず変化し、しばしば混乱する世界において拠り所となっていたことを認めるのは難しいことではない。私は、彼女の死後、彼女を悪く思ってはいない。しかし、彼女の帝国と、より一般的な数々の帝国については、また別の問題である。

現在、多くのイギリス人が、帝国以降の新たなイギリス政府が人種や民族の多様性を新たな高みに到達させたことに誇りを感じているのは良いことだ。しかし、このことも、テレビで流される強制的な記念行事も、その歴史のほとんど全てにおいて、イギリスが実践してきた「帝国」が隠しようのない人種至上主義(racial supremacy)と同義であったことを忘れさせるものであってはならない。事実、人種至上主義は大英帝国の中心的な前提の一つだった。

私たちまた、この帝国を民主政治体制と結びつけようとする口先だけの浅はかな論評に惑わされないようにしよう。これには優れた英単語がある。「たわ言(poppycock)」、つまりナンセンスという意味だ。この国の保守党の財務大臣は、新しい多様性の象徴であるクワシー・クワルテングである。彼は子供時代の1960年代にイギリスの植民地だったガーナから移住してきた。彼は2011年に出版した『帝国の亡霊:現代世界におけるイギリスの遺産』の中で次のように書いている。「民主政治体制という概念は、帝国の統治者たちの頭から遠く離れたところにあるはずはない。彼らの頭の中は、緩やかに定義された階級、知的優位性(intellectual superiority)、父権主義(paternalism)という考えでいっぱいだった」。

クワルテングが大英帝国を「良性権威主義(benign authoritarianism)」の一例と表現したが、そこから彼と私の考え方が分かれる。この持続的で利己的な神話は、そのほとんどが、あまり深く考えないという意図的な行為の結果として存続している。どちらかといえば、その歴史の圧倒的な大部分を通じて、奴隷制度(enslavement)から生まれたこの帝国は、民主政治体制に比べても、より人権とは無縁のものであった。

私は頻繁にアフリカについて書いているので、この議論を裏付けるためにアフリカ大陸の数多くの事例で埋め尽くすことができる。しかし、ここでは、大英帝国が無差別に他の人種を蹂躙したことを示す方が有益だろう。例えば、イギリスがアヘン貿易の軍事的拡大を通じて貿易のバランスを取り、中国に対する支配を拡大することを目的とした長期的な麻薬密売政策について、クワルテングはどう発言するだろうか?

この点を明らかにするのに重要な著作が2冊ある。1冊は既に古典であり、もう1冊は新刊である。1冊目は2000年に出版された壮大で画期的な著作『ヴィクトリア朝後期のホロコースト:エルニーニョ現象による飢饉と第三世界の構成(Late Victorian HolocaustsEl Niño Famines and the Making of the Third World)』である。この本の中で、歴史家マイク・デイヴィスは、19世紀後半にイギリスが一連の記録的な干ばつを利用して、遠く離れた多くの民族に対する領土拡張と政治支配の計画をいかに進めたかを記録している。

インドは特にターゲットとなった。ロバート・ブルワー=リットンやヴィクター・ブルース(後者はエルギン卿としてより有名)のようなイギリスの全権を持つ植民地当局者たちが、アフガニスタンや南アフリカでの戦争に必要な資金のために、食料の大量輸出と地方税の増税を厳しく監督し、一連の極めて壊滅的な飢饉をインドで引き起こした。その一方で、植民地行政官たちは、社会的・経済的に余剰な存在として蔑視する貧困層への救済プログラムを廃止した。人道的援助に反対する多くの人々は、このようなプログラムは瀕死の農民を怠惰にさせるだけだと主張した。

しかし、この本の中で最も大英帝国が非難される内容は、おそらく次の文章に集約されている。「イギリスのインド支配の歴史が1つの事実に集約されるとすれば、それは1757年から1947年までインドの1人当たりの所得が増加しなかったということである」。

もっと最近の本は、アフリカ研究専門家のキャロライン・エルキンス教授の新刊『暴力の遺産:大英帝国の歴史(Legacy of Violence: A History of the British Empire)』である。私は以前にもこの本を紹介したが、この本は20世紀に焦点が当てられており、エリザベス二世の時代に起こった大英帝国の蛮行が数多く含まれている。その中には、ケニアのキクユ族を支配するために、キクユ族を国内の最良の農地から追い出し、100万人以上を「大英帝国史上最大の収容所と捕虜収容所の群島」に閉じ込めた作戦も含まれている。

エルキンスの新作で最も目を見張る部分は、ケニアにおけるこれらの措置が、残忍な抑圧方法の長期にわたる実験の成果であることを彼女が説得的に示している点である。19世紀末から20世紀にかけて同じ植民地監督官が植民地を転勤しながら実行した。インド、ジャマイカ、南アフリカ、パレスティナ、イギリス領マレー、キプロス、現在のイエメンにあたるアデン植民などで暴力の使用、拷問、反乱の厳罰化といった技術の新たな創造や改良がおこなわれた。それらの技術はサントメからブラジルへ、そしてそこからカリブ海の弧を北上してアメリカ南部へと移動していった奴隷制に基づくポルトガルのプランテーションモデルが着実に改良されていったのと同じような方法の模倣であった。

もちろん、エリザベス二世を賞賛する多くの人々が言うように、エリザベス二世は、この名を冠した最初のイギリス女王とは異なり、国政に関する権力を持たなかったことは事実である。しかし、エリザベス二世は多くの旅を通じて、自国とそのシステムを売り込み、その一方で、過去のいかなる側面についても批判したり、謝罪したりすることはなかった。エリザベス二世の在位中に、世界はほぼ完全に脱植民地化され、多くの旧植民地が民主政治体制国家となり、国民の権利をある程度、真剣に考えるようになったことも事実ではある。

しかし、イギリスの支配が温和であったからとか、ロンドンの帝国臣民の権利(London’s imperial subjects)が「帝国」の本質と大いに関係があったなどと主張すべき時はとうに過ぎ去ってしまっているのだ。

※ハワード・W・フレンチ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、コロンビア大学ジャーナリズム専攻大学院教授。長年にわたり海外特派員を務めた。最新刊は『黒人として生まれて:アフリカ、アフリカ人、近代国家の形成、1471年から第二次世界大戦まで』。ツイッターアカウント:Twitter: @hofrench

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 古村治彦です。

 2022年5月9日はロシアでは対ナチス・ドイツ戦争(大祖国戦争)勝利記念日(ベルリン陥落)だった。ウラジミール・プーティン大統領の演説に注目が集まったが、激しい言葉遣いはなかった。ウクライナ戦争については、西側諸国からの高度な武器供与を批判しながらも、対ナチス・ドイツ戦争、第二次世界大戦で連合諸国だったアメリカ、イギリス、フランス、中国に対する感謝の言葉もあった。抑制的な内容だった。

 ウクライナ戦争によって秋からになったのは、世界における深刻な分断である。この分断は「西側諸国とそれ以外の世界」というものだ。日本は先進諸国(民主政治体制)で構成される西側諸国に含まれている。西側諸国、特にアメリカが世界を主導するという構図が冷戦終結後に続いてきた訳だが、今回のウクライナ戦争によってこの構図が崩れつつあるということが明らかになった。国連の場でこれまで3回にわたりロシアを非難する決議が出されたが、これらに対して反対、棄権する国々も多く出た。それらの国々は「BRICs(ブリックス)」を中心とする、アジア、南米、中東、アフリカ諸地域にある非西側諸国だ。

 これらの国々はロシアと経済的、軍事的に緊密な関係を結んでおり、今回の戦争でそうした関係を崩したくないという意向を持っている。更に言えば、アメリカに対する不信感、アメリカが主導する西側諸国に対する不信感を持っている。

 世界の構造は変化している。昔であれば西側先進諸国の言うことは全てが正しく、これらの国々のようになりたいというのが当たり前だった。日本人である私も戦後の日本に生まれたことは幸運だったなぁと思うことは多かった。特に外国に行けばそう感じた。
 しかし、それが変化しつつあるのだ。私たちはウクライナ戦争を通じて、そのことを目撃している。現在の世界一の富豪であるイーロン・マスクは日本が消滅するという発言を行った。世界の認識はこれである。戦後西側諸国の「優等生」であった日本の衰退・没落から消滅へという流れは世界の流れを象徴している、そのように感じられる。毛沢東の大戦略である「農村が都市を包囲する」という言葉を援用するならば「それ以外の世界が西側を包囲する」ということになり、西側諸国全体の衰退・没落が始まっていくのだろう。世界は大きく変化する。

(貼り付けはじめ)

西側vsそれ以外の世界(The West vs. the Rest
-21世紀版冷戦の時代にようこそ

アンジェラ・スタント筆

2022年5月2日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/05/02/ukraine-russia-war-un-vote-condemn-global-response/

ロシアのウラジミール・プーティン大統領は、ウクライナへの侵攻を開始する前に4つの大きな誤算をしている。ロシアの軍事的な能力と効果を過大評価し、ウクライナ人の抵抗の意志と反撃の決意を過小評価した。また、ロシアの攻撃に直面して混乱した西側諸国が政治的に団結することは不可能であり、ヨーロッパやアメリカのアジアの同盟諸国がロシアに対する広範囲な金融、貿易、エネルギー制裁を支持することは決してないと考えたことも間違いであった。

しかし、プーティンは1つだけ間違っていなかった。それは、私が「それ以外(the Rest)」と呼ぶ非西側世界がロシアを非難したり、制裁を科したりしないだろうということをプーティンは正しく予測していた。戦争が始まった日、ジョー・バイデン米大統領は、西側諸国はプーティンが「国際舞台から排除される人物(pariah on the international state)」とするだろうと言ったが、世界の多くの人々にとって、プーティンは排除される人物とはなっていない。

ロシアはこの10年間、1991年のソ連崩壊後に撤退した中東、アジア、中南米、アフリカの国々との関係を深めてきた。そして、2014年のクリミア併合以降、クレムリンは中国に積極的にアプローチしている。欧米諸国がロシアを孤立させようとすると、北京は「パワー・オブ・シベリア」という大規模なガスパイプラインの契約に署名するなど、モスクワを支援するために歩み寄った。

国連は開戦以来、ロシアの侵攻を非難する決議を2回、人権理事会のメンバーシップ停止決議を1回、計3回行っている。これらの決議は可決された。しかし、棄権や反対票を投じた国々の人口規模を集計すると、世界人口の半分以上にもなる。

簡潔に述べるならば、世界はロシアの侵略を不当とする見解で一致していないし、世界のかなりの国々がロシアの行為を罰することを望んでいないのである。実際、ロシアの現状を利用して利益を得ようとする国々もある。プーティン率いるロシアとの関係を危うくしたくないという意向があり、それによって今だけでなく戦争が終わった後も、同盟諸国などとの関係を管理する欧米諸国の能力を複雑にしていくだろう。

ロシアを非難しないことで非西側諸国を率いているのは中国である。中国が何をするにしてもロシアを支援するという理解がなければ、プーティンはウクライナに侵攻することはなかっただろう。プーティンが冬季オリンピック開催中の北京を訪れた際に署名した2月4日の露中共同声明は、「無制限」のパートナーシップと欧米の覇権主義を押し返すという約束を謳ったものである。駐アメリカ中国大使によると、習近平国家主席は北京での会談でプーティンのウクライナ侵攻計画を知らされていなかったということだ。プーティンが習近平に何を言ったか、それが何らかの示唆であったのか、それとももっと明確なものであったのか、それはおそらく誰にも分からない。

しかし、この主張をどう解釈しようとも、中国がロシアによるウクライナ侵略開始以来、ロシアを支持してきたことは否定できない。国連でのロシア非難決議の際には棄権し、人権理事会のロシアのメンバーシップ停止決議には反対票を投じた。中国メディアは、ウクライナの「非ナチ化(denazifying)」と「非軍事化(demilitarizing)」に関するロシアのプロパガンダを忠実に再現し、戦争の責任をアメリカとNATOに押し付けている。ブチャの虐殺がロシア軍によって行われたかどうかを疑問視し、独立した調査を要求している。

しかし、中国の立場にはいささかの迷いがある。また、敵対行為の停止を求め、ウクライナを含む全ての国家の領土保全と主権を信じると繰り返している。中国はウクライナにとって最大の貿易相手国であり、ウクライナは「一帯一路」プロジェクトの一部であるため、ウクライナが経験する経済的荒廃を歓迎することはできない。

しかし、習近平は同じ独裁者であるプーティンと同盟を結び、アメリカ主導の世界秩序に大きな不満を持ち、自分たちの利益をないがしろにしてきたと考える。彼らはポスト欧米の世界秩序を構築することを決意しているが、その秩序がどのようなものであるべきかについては考えが異なっている。

中国にとって、それはルールに基づく秩序であり、中国が現在よりもはるかに大きな役割を果たすことになるだろう。一方、プーティンが考えているのは、ルールの少ない破壊的な世界秩序であろう。中露両国とも、自国の国内制度や人権記録に対する欧米諸国からの批判にアレルギーがある。中国とロシアは、独裁国家にとって安全な世界を実現するために、互いを必要としている。習近平はプーティンが敗北するのを見たくないのだろう。それゆえ、中国はウクライナにおける暴力と残虐行為の規模や、より大規模な戦争へのエスカレーションの危険性に不快感を抱いているにもかかわらず、ロシアに対して発言することを躊躇している。

しかし、中国の大手金融機関はこれまで欧米諸国による制裁に従順だった。欧米諸国との関係における中国の経済的利害はロシアよりはるかに大きいのである。また、欧米諸国によるロシアへの制裁が広範囲に及んでいることから、仮に台湾に侵攻した場合、欧米諸国がどのような反応を示すか、北京は考えているはずである。中国側はこの制裁を慎重に検討しているに違いない。

もう一つ、世界最大の民主政治体制国家であり、アメリカ、日本、オーストラリアとともに「四極安全保障対話(Quadrilateral Security Dialogue)」のパートナーであるインドが、ロシア批判に消極的だ。インドは3つの国連決議に棄権し、ロシアへの制裁を拒否している。インドのナレンドラ・モディ首相は、ウクライナのブチャで起きた民間人に対する残虐行為の報告を「非常に憂慮する」とし、インドの国連大使は「これらの殺害を明確に非難し、独立調査の要請を支持する」と述べたが、モディも国連大使もロシアを非難していない。

インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相は、ロシアは「様々な分野で非常に重要なパートナー」であり、インドはロシアの武器と石油を購入し続けていると述べた。実際、インドは兵器の3分の2をロシアから調達しており、モスクワの最大の武器取引先である。冷戦時代、非同盟諸国のリーダーであったインドにこれ以上武器を供給したくないという意向がアメリカにあり、そのことはヴィクトリア・ヌーランド米国務次官も認めている。アメリカは現在、インドとの防衛協力の強化を考慮中だ。

モディ首相がロシアを非難しないのには複数の理由がある。中国がカギとなる。インドはロシアを中国に対する重要なバランサーと見ており、ロシアは2020年のインドと中国の国境衝突の後、インドと中国の緊張を和らげるために行動した。さらに、冷戦時代のインドの伝統である中立性とアメリカに対する懐疑心が、インド国内におけるロシアに対するインド国民のかなりの共感を生んでいる。今後、インドはロシアとの伝統的な安全保障関係とクワッドにおける米国との新たな戦略的パートナーシップのバランスを取る必要がある。

プーティンのこの10年間の外交政策の大きな成功の一つは、ロシアが中東に戻り、ソ連崩壊後に撤退した国々と再び関係を結び、それまでソ連と関係のなかった国々と新たな関係を構築したことである。

現在、ロシアは、サウジアラビアなどのイスラム教スンニ派が率いる国々、イランやシリアなどのイスラム教シーア派が率いる国々、イスラエルなど、この地域の全ての国と対話し、あらゆる紛争の全ての側のグループと関係を持っている唯一の大国である。このような中東諸国との関係の構築の成果は、ロシア・ウクライナ戦争が勃発した時から顕著になった。

国連での最初の決議投票では、アラブ諸国のほとんどがロシアの侵攻を非難する票を投じたが、その後、22カ国からなるアラブ連盟は非難を行わなかった。また、人権理事会におけるロシア非難の投票では、多くのアラブ諸国が棄権した。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプト、イスラエルなどアメリカの強固な同盟諸国は、ロシアに制裁を科していない。実際、プーティンとサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子はウクライナ戦争開戦後、2度にわたって会談を持っている。

イスラエルの立場は、ロシアとイランの両軍が存在するシリアで、アサド政権を支持するロシアによって大きく左右される。イスラエルはロシアと軍事衝突回避(deconfliction、デコンフリクション)協定を結び、シリアにいるイラン軍の攻撃目標を攻撃できるようにした。イスラエルは、ロシアと敵対することで、北部の国境を守る能力が損なわれることを恐れている。イスラエルはウクライナに野戦病院やその他の人道支援を送っているが、武器は送っていない。イスラエルのベネット首相は一時、ロシアとウクライナの仲介役を務めたが、失敗に終わった。

多くの中東諸国にとって、アメリカは信頼できないパートナーであり、これらの国々はアメリカに対して懐疑的だ。自分たちの国の人権を批判するアメリカへの苛立ちも対露姿勢を形成に影響を与えている。唯一、真に親露なのはシリアで、ロシアの軍事支援がなければ、アサド大統領はとっくに失脚していただろう。

近年、ロシアがアフリカに戻り、傭兵のワグネル・グループがアフリカで失脚した指導者たちを支援していることから、アフリカ大陸はロシアへの非難や制裁をほとんど拒否してきた。アフリカ諸国のほとんどは、ロシアの侵略を非難する投票に棄権し、人権理事会からロシアのメンバーシップを停止することに反対票を投じた。新興経済国グループであるブリックス(BRICS)の民主政体国家のメンバーである南アフリカは、ロシアを批判していない。

アフリカ諸国の多くにとって、ロシアは、反植民地闘争の際に支援したソ連の後継者とみなされている。ソ連はアパルトヘイト時代のアフリカ民族会議を支援し、現南アフリカ指導部はロシアに感謝の念を抱いている。中東と同様、アメリカに対する敵意もアフリカのロシアによるウクライナ侵略に対する考えに影響を及ぼしている。

アメリカの裏庭においてさえも、ロシアは応援団を抱えている。キューバ、ヴェネズエラ、ニカラグアは予想通りモスクワを支持したが、他の国々もウクライナ侵攻を非難することを拒否した。ブリックス(BRICS)の一員であるブラジルは「公平」な立場を表明し、ジャイル・ボルソナロ大統領は侵攻直前にモスクワを訪問しプーティンと会談を持ち、「ロシアと連帯する」ことを宣言した。ブラジルは依然としてロシアからの肥料の輸入に大きく依存している。

更に問題なのは、メキシコがアメリカ、カナダと北米共同戦線を張り、ウクライナ侵略を非難しようとしないことである。アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領の率いるモレナ党は、2022年3月に下院でメキシコ・ロシア友好議員連盟を発足させ、ロシア大使を招いて演説会を開いたほどである。1970年代の伝統的な左翼の反米主義が、このようなロシアの受け入れの大きな理由であり、ロシアに西側諸国との不和をもたらす新たな機会を与えているのであろう。

非西側諸国は世界人口の半分以上を占めるが、その半分は貧しい国であり、多くが後進国で構成されている。欧米諸国のGDP、経済力、地政学的な力を合わせると、侵略を非難せず、ロシアに制裁を加えることを拒否した国々の影響力をはるかに凌駕している。

それにもかかわらず、戦争終結後の世界秩序を形成するのは、現在の「西側」と「それ以外」の分断である。その鍵を握るのが中国とインドであり、プーティンが紛争終結後も国際的に孤立することがないようにするためである。実際、11月に開催されるG20サミットのホスト国であるインドネシアは、プーティンの出席を歓迎するとしている。しかし、その一方で、ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領も招待している。

この残酷な戦争の後、アメリカはヨーロッパでの軍事的プレゼンスを高め、NATOの東側にある1つ以上の国に軍隊を恒久的に駐留させることになるであろう。プーティンの長年の目標の一つがNATOの弱体化であるとすれば、彼のウクライナとの戦争は目的の正反対を達成した。NATOという同盟を再活性化させただけでなく、アフガニスタン後に新たな目的を与え、スウェーデンやフィンランドが加盟すると見られることから、その拡大も期待できる。NATOは、プーティンが政権を維持している限り、そしておそらくその後も、次のロシアの指導者が誰であるかによって、ロシアに対する封じ込め強化政策に戻るだろう。

しかし、この21世紀版の冷戦では、非西側諸国は、前の冷戦で多くの人々がしたように、どちらかの側につくことを拒否するだろう。冷戦時代の非同盟運動(nonaligned movement)は、新たな形で再登場する。今回は、アメリカと同盟諸国がプーティンを排除しても、非西側諸国はロシアとの関係を維持するだろう。

ロシアは経済的に衰退するだろうが、「主権的インターネット」の構築に成功すれば、脱近代化し、中国への依存度はますます高まっていくだろう。しかし、ロシアは、多くの国家がビジネスに満足し、モスクワと敵対しないように細心の注意を払う国であることに変わりはない。

※アンジェラ・ステント:ブルッキングス研究所非常勤研究員。著書に『プーティンの世界:それ以外の世界と共に西側に対抗するロシア』。ツイッターアカウントは@AngelaStent
(貼り付け終わり)

(終わり)


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