古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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 古村治彦です。

 アメリカ一極支配体制がすでに終焉を迎えつつあるということを私たちは日々目撃している。毎日毎日の報道ではどうした、こうしたという細かい動きが報じられるが、少し長いスパン、数年のスパン、数十年のスパンで見ていけば、アメリカは国力を大幅に低下させ、世界を支配する力を失いつつあることは明らかだ。

 2022年のウクライナ戦争によってはっきりしたのは、「西側諸国(the West、ジ・ウエスト)」対「西側以外の国々(the Rest、ザ・レスト)」の二極構造だ。ロシアに侵攻されたウクライナを西側諸国が支援し、ロシアに対しては結束して経済制裁を加えるという構図になったが、ロシアは戦争を継続できた。これは、ロシアに対して、積極的ではないが、西側以外の諸国が陰ながら支援を行ってきたことが理由の一つに挙げられる。さらに、イラン戦争において、「西側諸国」を率いるアメリカの世界支配の正統性にまで疑義が出ている。

 中国とロシアをはじめとする西側以外の国々は経済成長が進み、これから世界において重要な役割を果たすようになっていく。その中核がBRICS(拡大されたBRICS)であり、G20に入っている菱西側諸国である。一方で、欧米に日本を含む西側諸国は少子高齢化がますます進行し、経済力を失い、世界の中心的な役割を担えなくなっていく。拡大BRICSを見ると、それぞれの地域の中心的な諸国が入っている。これらがそれぞれの地域で大国として主導的な役割を果たすようになる。
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拡大BRICS
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G20諸国

 現在から約15年後の2040年には世界の状況は大きく変化しているだろう。1945年に第二次世界大戦が終結し、2045年で100年、中国が西洋(イギリス)に敗れ、屈辱の苦しい時代に入ったアヘン戦争開戦からは2040年で200年、屈辱的な不平等条約となった天津条約からは2042年で200年ということになる。2040年から2045年となるとまだ先のようであるが、それまでの20年ほどという期間は、世紀単位のスパンで見れば、短い期間とも言える。西側諸国の衰退、西側以外の国々の経済成長と台頭は進んでいるだろう。そうした中で、アメリカ一極支配は終わり、「そんな時代もあったね」と、有名な歌の歌詞にあるセリフを私たちは話していることになるだろう。下記論稿のサブタイトルの通り、「10年後、世界は大きく様変わりしているだろう」。

(貼り付けはじめ)

トランプ後の世界における3つのシナリオ(Three Scenarios for a Post-Trump World

―10年後、世界は大きく様変わりしているだろう。

ハル・ブランズ筆

2026年3月23日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2026/03/23/post-trump-world-order-cold-war-spheres-of-influence/?tpcc=recirc_more_from_fp051524

イタリアの哲学者アントニオ・グラムシは1930年に次のように記した。「旧世界は滅びつつあり、新世界は生まれようとあがいている(The old world is dying, and the new world struggles to be born)」。マルクス主義の信条を持つグラムシだが、トランプ時代にも違和感を覚えるだろう。ここでいう旧世界とは、第二次世界大戦後、アメリカ合衆国が西側諸国に築き上げ、冷戦勝利後にグローバル化を目指した国際秩序(the international order that the United States built in the West after World War II and then sought to globalize after its victory in the Cold War)のことである。この計画は、世界を変えるほどの平和、繁栄、そして自由をもたらした。しかし今日、旧秩序はその役割を終えようとしている。

長年にわたり、修正主義国家、特に中国とロシアは、この秩序を徐々に侵食してきた。そして今、アメリカ合衆国もまた、この秩序と戦っているように見えることがある。10年後、世界は大きく様変わりしているだろう。しかし、この過渡期の先に何が待ち受けているのか、新しい世界がどのような形をとるのかは、まだ誰にも分からない。

一つの可能​​性は、冷戦時代を彷彿とさせる二極世界シナリオ(a two-worlds scenario reminiscent of the Cold War)、すなわち世界がワシントンと北京が率いる二つの陣営に分断されるシナリオだ。二つ目の可能性は、二つの陣営ではなく、複数の帝国が跋扈する時代(an age not of two blocs but of several empires)、すなわち様々な勢力が地域的な勢力圏を掌握していく(an array of potentates capture regional spheres of influence)時代だ。三つ目の可能性は、自力救済の世界(a self-help world)、すなわちアメリカの行動が略奪的になり、システムが無政府状態の深淵へと陥る世界(U.S. behavior turns predatory and plunges the system into an anarchic abyss)だ。

現状がこれほど不安定に感じられるのは、これらのシナリオがどれも現実味を帯びており、しかもそれぞれが、葛藤を抱える超大国の外交政策によって支えられているからだ。多くのことが不確定要素であり、今後のアメリカの決断と選挙サイクルに大きく左右される。しかし、この過渡期(interregnum)の先に何が待ち受けているのかを探ることは、たとえ最良のシナリオであっても、私たちがこれまで経験してきた世界よりもさらに分裂し、激化するだろう未来に備えるための第一歩となるだろう。

現代世界はアメリカが生み出したものだ。第二次世界大戦後、アメリカはユーラシア大陸周辺に世界規模の同盟関係を築き上げた。荒廃した国々を復興させ、世界貿易を再建した。遠洋航路の航行の自由(freedom of navigation)を守り、その他の公共財(public goods)を提供した。世界政府に最も近い存在は、国連ではなくアメリカだった。こうした政策は、繁栄する西側体制の基盤となり、その後ソ連を打倒し、冷戦後には拡大する自由主義的な秩序へと発展した。

あらゆる英雄的偉業と同様に、この偉業にも神話、省略、誇張(myths, elisions, and exaggerations)が存在する。ワシントンは、時に残忍な軍事介入(military interventions)や秘密工作(covert intrigues)といった非自由主義的な手段を用いて自由主義秩序を維持した。同盟諸国の連帯を称える賛歌は、1956年のスエズ危機から2003年のアメリカ主導によるイラク侵攻に至るまで、民主政治体制世界を揺るがした激しい対立を無視している。アメリカは、都合が悪くなると自らのルールを無視したり変更したりしてきた。1971年に国際金融のブレトン・ウッズ体制を離脱したのもその一例だ。偽善と強制(hypocrisy and coercion)なしに秩序は成り立たない。

しかし概して言えば、パクス・アメリカーナ(Pax Americana)は、驚異的な力(power)を用いて、極めて広範な自己利益観を支えてきた。それは、地理的に孤立した大国であっても、弱小国を繁栄させ、安全を確保することによってのみ、自らの力で繁栄できるという認識である。この組み合わせは、歴史を覆すほどの恩恵をもたらした。一世代のうちに二度の世界大戦を経験した後、アメリカが築いた秩序は、数十年にわたる大国間の平和をもたらした。アメリカ主導の経済は、生活水準の飛躍的な向上をもたらした。アメリカの影響力は、民主政治体制の優位性を確立し、「国家の死(state death)」、すなわち独立国家の暴力的な消滅(the violent eradication of independent countries)を、衝撃的で稀なものにした。ワシントン自身も、比較的平和で活気に満ちた時代に生きたことだけでなく、同盟やその他の協力ネットワークによって、比類なき力を増幅させ、世界的な影響力を拡大させたことで、莫大な利益を得た。

しかしながら、何事も永遠ではない。そして、アメリカが築き上げた秩序、特に冷戦後に台頭したグローバル志向の秩序は終焉を迎えつつある。この秩序は外部からの攻撃にさらされている。北京、モスクワ、そしてその同盟諸国は、この秩序を自らの野望を阻む障壁であり、これらの国々の独裁体制への脅威とみなしている。彼らは、ユーラシア大陸全域で、勢力均衡(the balance of power)や、海洋の自由、武力による征服の禁止といった重要な規範を揺るがしている。これらの国々、特に中国は、内部からも秩序を破壊しようとしている。北京は世界経済への参入を利用して、現在アメリカに挑戦するために用いる製造力と軍事力を築き上げてきた。一方、ワシントン自身も、自らが築き上げた秩序に疲弊し、おそらくは致命的な幻滅を感じているのだろう。

こうした複雑な感情は、現実的な問題に根ざしている。アメリカの同盟関係における根強い不均衡とフリーライダー問題、グローバライゼーションに伴う経済的・物理的な不安、中東地域におけるアメリカの戦争がもたらした反動、そして自由主義秩序が中国の台頭を助長した経緯などだ。こうした感情は、少なくともアメリカの関与の条件を積極的に再交渉しようとする政権、そしてしばしばアメリカの国力を回復するには既存の体制を解体する必要があると主張する政権に、今や顕著に表れている。

こうした状況が、今の不安定な雰囲気を生み出している。ワシントンの国力は依然として比類なきものである。アメリカの同盟関係やG7といった、既存の秩序を支える主要な構造は依然として健在だ。しかし、その秩序の将来は暗く、おそらくは終焉を迎えようとしているように見える。断末魔(the death throes)の苦しみが終わった後、一体何が起こるのだろうか?

過去10年間、アメリカ主導の世界は二つの世界に分裂し、統合された世界秩序という夢は、陣営間の争いへと転じるだろうと思われていた。このシナリオでは、中国主導の陣営には、攻撃的なユーラシアの独裁国家に加え、キューバからパキスタン、そしてグローバル・サウス(global south)の広範囲にわたる国々が加わる。一方、アメリカ主導の陣営は、ユーラシア周辺部の民主政体同盟諸国で構成される。インドからサウジアラビア、ブラジルからインドネシアといった様々なスイングステート(swing states)は、これらの陣営に選択的に加わりながら、その間を巧みに動き回るだろう。国際政治の未来は、冷戦時代へと回帰するだろう。

これは完全な再現ではない。世界と繋がった中国は、クレムリンがかつて持っていたよりもはるかに優れた経済的誘引力と強制力を持っている。しかし、このシナリオでは、制裁とサプライチェインが武器化されるにつれ、国際経済は徐々に分断されていくことになるだろう。デカップリング(decoupling)は、起こるかどうかという問題ではなく、いつ、誰の条件で起こるかという問題となるだろう。冷戦時代と同様、二極構造の対立(a bipolar rivalry)があらゆる地域を巻き込むことになる。ウクライナ、台湾、南シナ海といった最も危険な地域は、地政学的な境界線上に位置することになる。

好むと好まざるとにかかわらず、強力な構造的力(strong structural forces)がこの未来を後押ししている。米中間の緊張は、首脳会談や危機によって高まったり低まったりするかもしれない。ドナルド・トランプ米大統領は習近平中国国家主席について畏敬の念をもって言及すべきかもしれない。しかし、中国が基幹技術、世界貿易、西太平洋における覇権を追求する動きが、アメリカの国力と特権に衝突するにつれ、根本的な対立は激化する一方だ。大国間の争い(Great-power fights)は世界政治を分極化させる傾向があり、相互依存(interdependence)は激しい紛争の中で脆弱性(vulnerability)の源泉となる。多くの点で、この未来への勢いは加速している。ロシアによるウクライナ侵攻は、ユーラシア大陸の独裁国家間の経済、技術、軍事面での連携(alignment)を加速させた。習近平国家主席とウラジーミル・プーティン大統領は、民主政体国家を相手に一斉に戦うことでしか勝利できないことを理解している。真の問題は、ワシントンが依然として自由世界を結集できるかどうかである。

トランプ政権の政策における善意の側面は、新たな冷戦においてワシントンとその同盟諸国を成功へと導く可能性を秘めている。しかし、その裏にある悪意は全く異なる様相を呈している。

トランプ政権の功績として、相互に絡み合う脅威に対抗するため軍事費の増額を要求することで、武装した民主政体共同体を構築している点が挙げられる。同盟国からの投資をアメリカの技術革新基盤にもたらす貿易協定は、中国の経済規模に対抗するために必要な資源と生産の統合を促進する可能性がある。重要鉱物資源に関するパートナーシップは、中国の支配から脱却するための道筋を示す(ただし、その道のりは長い)。そして何よりも、トランプはイランとヴェネズエラという弱小国を攻撃することで、独裁国家の枢軸に打撃を与えた。次はキューバかもしれない。歴史が示唆するところでは、西半球における覇権の再確立を目指すトランプの熱意(his drive to reassert hemispheric hegemony)―ドンロー主義(Donroe Doctrine)―は、より広い世界における影響力拡大の前提条件となるだろう。

大国が主導権を握り(call the shots)、小国は運命を受け入れる(accept their lots)というトランプの姿勢は、彼をアメリカの同盟国の大半よりも習近平やプーティンにとって都合の良い相手にしている。彼の強圧的で非対称的な交渉手法は、民主政体共同体の強化よりも、そこから最大限の譲歩(maximum concessions)を引き出すことに重点を置いているという印象を与える。グリーンランドとカナダに対するトランプの要求は、ワシントンを領土拡大を渇望する修正主義者たちと結びつけ、自由世界の核心である大西洋を挟んだ同盟関係を崩壊させる恐れがある。ヨーロッパの同盟諸国は、中国、ロシア、そしてアメリカという三つの強欲な大国に挟まれることをますます恐れている。もしそうなれば、新たな冷戦は起こらないだろう。なぜなら、独裁国家の勢力を弱める民主政体ブロックは存在しないからだ。

それでも、二極世界シナリオを軽視すべきではない。トランプ時代は、破壊(carnage)だけでなく建設(construction)ももたらすだろう。独裁政権の脅威が強まるにつれ、民主政体国家間の取引的な協力さえも促すインセンティヴが高まる。トラ​​ンプの後継者たちが、単なる自己利益追求ではなく、共通の目的を訴える物語を語ることができれば、新たなレヴェルの集団的努力(collective effort)と負担分担(burden-sharing)への新たなアプローチを伴う、自由世界の協定を再構築できるかもしれない。この未来にも危機と紛争はつきまとうだろう。危険は尽きない。しかし、それでもなお、全ての民主政体国家にとって最善のシナリオである。二極世界は、中国が支配する体制、あるいはさらに分裂する体制よりも望ましい。

第二のシナリオは、ポスト・アメリカ世界が二つの巨大ブロックではなく、いくつかのより小さな地域圏に分裂するというものだ。アメリカは、ホノルルからヌーク(グリーンランド)、北極圏、アルゼンチンにまたがる半球帝国(a hemispheric empire)に再び焦点を当てることで、戦略的な孤立(strategic insulation)を図る。ワシントンが大洋を越えた重荷から解放されるにつれ、中国は東南アジアから北東アジアにかけての広大な三日月地帯(the vast crescent)で支配権を握る。ロシアは、旧ソ連圏と東ヨーロッパの一部で、おそらくは血なまぐさい手段を用いて、支配を固めるだろう。

しかし、この勢力圏の分割(this spheres-of-influence partition)は、大国間のゲームにとどまらない。分裂する世界において、インドは南アジアとインド洋での支配を狙う。トルコは、ヨーロッパ、中東地域、アフリカの交差点に、オスマン帝国崩壊後の領域を築こうとする。イスラエル、サウジアラビア、その他の国々は、ペルシャ湾とアフリカの角を結ぶ紅海地域で覇権を争う。パクス・アメリカーナの後には、諸帝国存立の新たな時代(a new age of empires)が到来する。

これらの帝国は、ナチス支配下のヨーロッパのように、完全に閉鎖されたり軍事占領されたりする必要はなく、覇権は多様な形態で表現される。しかし、この未来において、世界秩序は勢力政治の岩礁に打ち砕かれる。

国際法が崩壊し、地域の有力者たち(regional potentates)が許容される行動規範を定め、従わない従属諸国(disobedient clients)に圧力をかけたり、打倒したりする。地域の支配者たちは貿易、投資、資源の流れを再構築し、弱い近隣諸国の他国との関係に厳しい制限を課す。新たな帝国の時代において、ラテンアメリカにヨーロッパやアジアの軍事基地は存在せず、ワシントンの海外同盟は崩壊するか、あるいは崩壊寸前となるだろう(Washington’s overseas alliances are dead or in tatters)。これは、世界の様々な地域におけるモンロー主義の集合体と考えることができる。

歴史的には、勢力圏はギャングの協定によって形成されてきた。その典型的な例は、アドルフ・ヒトラーとヨシフ・スターリンによる東欧分割(the division of Eastern Europe)である。現代のアナリストの中には、習近平、トランプ、プーティンが世界分割を企むような協定を結ぼうとしていると考える者もいる。しかし、勢力圏は非公式に、あるいは段階的に形成されることもある。

もしアメリカがNATO加盟国から領土を奪うことでNATOを崩壊させれば、西半球におけるアメリカの勢力圏の台頭は、東ヨーロッパにおけるロシアの勢力圏の台頭を助長する可能性がある。もし中国の容赦ない軍備増強によって、日本から台湾、フィリピンに至る第一列島線(the first island chain)が防衛不可能になれば、たとえ国防総省が明言しなくても、西太平洋は北京の影に覆われることになるだろう。つまり、ワシントンが半球覇権に全力を注ぎ込み、トランプ大統領自身が述べているように、遠い海を隔てた出来事は他国の問題だと考えるならば、多圏的な世界(a multisphere world)が生まれる可能性がある。

まさにその方向に向かっているように感じられる。ロシアと中国は長年にわたり地域支配(regional mastery)を争ってきた。そして今、トランプ大統領は南北アメリカ大陸においてワシントンの権威を容赦なく押し付けている。敵対的な支配者を強制的に排除し、重要な資源を主張し、公海上で致命的な武力を行使する一方で、ユーラシア大陸の最前線に位置する同盟諸国には自国の防衛を担うよう迫っている。トランプ大統領の国際法に対する軽視は、19世紀にリチャード・オルニー国務長官が「ワシントンはこの大陸において事実上主権者である(practically sovereign on this continent)」と宣言した言葉を21世紀に彷彿とさせる。西半球支配が、グローバルなプレゼンスを可能にするのではなく、いずれ取って代わる可能性が、今まさに見え始めているのだ。

しかし、トランプは決して厳格な半球主義主義者(hemisphericist)ではない。遠く離れた大陸での和平交渉を推進し、中東地域では野心的な戦争を繰り広げながら、ドンロー主義を声高に主張している。おそらくそれは、世界が厳密に勢力圏に分割されることが超大国アメリカにとって大きな痛手となることを彼が理解しているからだろう。

アメリカの保護を必死に求めるユーラシアの同盟諸国との一方的な貿易協定はもはや成り立たなくなり、日本やドイツがドルの支配を支える理由もなくなる。活気ある経済、重要な貿易ルート、そして高付加価値のサプライチェインを擁する東アジアからアメリカが締め出されれば、中国との競争は間違いなく困難になるだろう。台湾とホンジュラスの交換は、決して良い取引とは言えない。グローバルな影響力は、グローバルな関与から生まれる。

そして、勢力圏に基づくシステムがアメリカの国力を弱体化させるならば、その支持者が切望する安定性そのものをも弱体化させる可能性がある。理論上、勢力圏は小国の従属(lesser-power subservience)を通じて大国の平和を維持する。強大な国家は世界を分割し、手に負えない勢力を抑え込む。確かに、ワシントンが西太平洋から撤退すれば、台湾を巡る米中衝突は起こらないだろう。しかし、永続的な平和を期待することはできない。

複雑な相互依存関係は、勢力圏への移行を険悪なものにする。南アメリカにおける中国のデジタル浸透とインフラ整備を後退させるには、アメリカによる相当な圧力が必要となるだろう。逆に、東アジアにおける勢力圏の確立は、中国の野望の終わりではなく、始まりに過ぎないかもしれない。アメリカにとって、西半球における支配は、世界への介入の出発点だったのだ。

より重要なのは、勢力圏は単に与えられるものではないということだ。その起源はしばしば血塗られた歴史に彩られている。野心的な独裁国家は、支配地域において残虐行為、さらには大規模虐殺さえも厭わない傾向がある。そして、中小国家は、自分たちに何が待ち受けているかを認識しているため、支配をただ受け入れる以外の選択肢を持っている。ウクライナはロシア帝国から逃れるために激しく戦ってきた。日本も同様の行動をとるかもしれないし、あるいは単に核兵器を開発して北京に対する服従を避けるかもしれない。この危険性は、衰退していく秩序の後に起こりうる第三のシナリオ、すなわち醜悪で暴力的な混乱(ugly, violent disarray)を示唆している。

今年の世界経済フォーラムで、カナダのマーク・カーニー首相は、旧秩序の崩壊はミドルパワー国家にとって好機をもたらすと宣言した。協力し、能力を強化することで、これらの国々は大国間の道を切り開き、自らにとって許容可能なシステムを維持できると彼は主張した。

これは古くからの夢である。1970年代以来、学者や戦略家たちは、支配者なきルールの世界、つまり小国家が、たとえアメリカの指導力が失われた後でも、アメリカが築いた秩序の最良の部分を何とか維持できる世界が実現できると期待してきた。しかし、それは幻想(an illusion)に過ぎない。秩序は、最も強大な国々の関与なしには、ましてや反対を押し切っては維持できない。したがって、新たな冷戦や新たな帝国主義の時代に対する最も可能性の高い代替案は、無政府状態の混乱(an anarchic mess)である。

このシナリオでは、アメリカは暴走する。トランプのより暗い衝動は、残忍で規範を破る超大国の出現を予兆している。ワシントンは攻撃的な領土拡大に乗り出すだろう。アメリカは、武力や強制によって弱小国家から重要な資源を奪い取り、従属国家にますます大きな貢納(tribute)を要求し、非自由主義的なポピュリストのためにヨーロッパをはじめとする地域の政治に絶えず干渉している。アメリカは、自らのグローバルな役割を放棄するどころか、むしろ武器として利用している。

このような状況が深刻なのは、アメリカの行動によって、三大強国(米中露)全てが強欲で貪欲な歴史修正主義者として振る舞う世界が作り出されているからだ。特にユーラシア大陸の紛争地帯に位置する小国家は、四方八方から圧迫される危険に晒される。自助努力、つまり各国が自国のために戦うことこそが、唯一現実的な対応策と言えるだろう。

領土侵略、ひいては国家の消滅さえも、現状維持(status quo)や弱小国家の主権擁護に尽力する大国が存在しないために、はるかに頻繁に起こるようになる。自助努力の世界では、脆弱な国家が破壊され、従属させられ、あるいは分断されることになるだろう。ウクライナ戦争は、過去の醜い記憶ではなく、未来の予兆となるかもしれない。他の国々は、生き残るための最善策として核兵器を求めるなど、猛烈な勢いで軍備を増強するだろう。

一方、アメリカの力によって長らく抑え込まれてきた対立が再燃する可能性もある。ヨーロッパ連合が(おそらくアメリカとロシアの圧力によって)分裂する中で、ヨーロッパ諸国が再軍備を進めれば、かつてヨーロッパ大陸で頻繁に見られた軍拡競争と安全保障上の競争が再び激化する恐れがある。航行の自由はもはや過去のものとなるだろう。国際社会の安定が崩壊するにつれ、各国、さらには準国家主体(quasi-state actors)までもが、パナマ運河や北極海航路からバブ・エル・マンデブ海峡、ホルムズ海峡に至るまで、重要なチョークポイントの支配権を巡って争奪戦を繰り広げることになる。無法地帯と化した世界(a lawless world)では、貿易、資源、市場の物理的な支配がますます重要視されるようになり、それは征服の動機をさらに強めるだけである。

たとえ世界が最終的に新たな安定モデルを見出したとしても、1945年以降の輝かしい成果が、その間の混乱の中で失われてしまう可能性もある。

これは悪夢のように聞こえるかもしれない。しかし、歴史の視点から見れば、決して荒唐無稽な話(a stretch)ではない。

1900年代初頭のイギリス覇権の終焉は、すぐに新たな世界をもたらしたわけではない。それは数十年にわたる混乱の幕開けとなったのだ。イギリスの覇権が台頭する何世紀も前、当時は国際システムの中心地だった多極化したヨーロッパ(a multipolar Europe)は、専制政治と戦争の温床(a hothouse of tyranny and war)だった。

相対的な安定が常態であり、横行する残虐行為は例外であるという私たちの信念は、何世代にもわたるアメリカの穏やかな覇権が残した知的遺産(the intellectual residue)である。もしその覇権が終焉を迎えるか、あるいは略奪的なものへと変貌すれば、恐ろしい逆戻りに備えなければならない。

実際、無政府状態は私たちが考えているほど完全に抑圧されることはなく、自助努力の世界の兆候は既に現れている。アメリカの信頼性(U.S. reliability)に対する懸念は核への関心を刺激している。韓国と日本が原子力潜水艦の取得に関心を示していること、あるいはスウェーデンやドイツでさえ核兵器に関する議論が激化していることがその証拠だ。最悪の事態を想定した計画が広まりつつある。カナダは、何世代にもわたって初めて、アメリカの侵略から自国を守るための準備を進めていると報じられている。

新たな防衛協力関係が生まれつつあり、しばしば新たな緊張を生み出している。昨年締結されたパキスタンとサウジアラビアの防衛協定は既にインドの不安を煽っており、トルコが加われば、イスラエルとの中東における対立をさらに激化させる可能性がある。主要地域では、対立(rivalry)が激化している。ペルシャ湾岸地域は言うまでもなく紛争の渦中(awash in conflict)にある。しかし、複数の大国が資源と戦略的要地を巡って代理戦争(proxy wars)を繰り広げるリビアやアフリカの角地域における状況は、これから起こる多極化の混乱(multipolar disorder)を予見させるものかもしれない。

この混乱は永遠に続くものではない。いずれは新たなルールに基づく新たな階層構造(a new hierarchy)が確立されるだろう。しかし、パクス・ブリタニカとパクス・アメリカーナの間の空白期間を埋めるには、世界恐慌と二度の世界大戦が必要だった。たとえ世界が最終的に新たな安定モデルを見出したとしても、その間の混乱の中で、1945年以降の輝かしい成果が失われてしまったことに気づくかもしれない。

今この瞬間を、世界の政治がいくつもの道筋を辿る岐路について考えてみよう。それぞれの道が全く異なる目的地へと繋がるため、不確実性(uncertainty)は極めて大きい。すでに分かっているのは、次の時代は前時代よりも分断され、危険な時代になるということだ。

10年前、新たな冷戦は最悪のシナリオのように思われた。しかし今や、それはおそらく私たちにとって最良の希望と言えるだろう。二つの世界が存在するシナリオでは、危険な危機が頻発し、世界経済はさらに分断されるだろう。自信に満ち、好戦的な中国に対抗するには、民主政体陣営からの莫大な資源と卓越した知恵が必要となる。しかし、このシナリオは少なくとも、かつてディーン・アチソン元米国務長官が述べたように、「世界の半分(half a world)」を維持するものだ。それは、許容範囲内の勢力均衡を維持し、北京の最も野心的な衝動を抑えるために、十分な民主主義的協力が必要となることを意味する。他のシナリオ―宣伝されていたほど安定も利益も得られない新たな帝国の時代、あるいは再び混沌へと陥るシナリオ―は、より悲惨なものだ。そうした道は、パクス・アメリカーナ以前の時代がいかに悲惨だったかをほとんど忘れてしまった超大国を誘惑するかもしれないが、その結末は必ず暗黒に終わる。

皮肉なことに、アメリカは自らが築き上げた秩序のその後に何が起こるかについて、依然として大きな発言力を持っている。なぜなら、良くも悪くも、世界最強のアクターの選択が依然として最も重要だからだ。もしアメリカがトランプ政権の最良の政策を踏襲すれば、大きく動揺しながらも改革された民主政体共同体を、独裁的な圧力に抵抗するために必要な集団的努力へと導くことができるかもしれない。しかし、ワシントンが海外の舞台から撤退すれば、勢力圏争奪戦(a spheres-of-influence scramble)を招くことになるだろう。もしアメリカが反逆者(renegade)となれば、旧秩序を破壊しようとする修正主義者たちに加わり、世界を新たな自助努力の時代へと突き落とすことになるだろう。

トランプの折衷的な(eclectic)外交政策には、これら3つの傾向全てが見られる。今後数年間、そしてアメリカの選挙サイクルによって、これらの傾向のうちどれが定着し、覆すことがますます困難になるパターンへと発展していくかが決まるだろう。

グリーンランド併合に対するアメリカ国内の支持の欠如は、トランプの行き過ぎた行動が、いずれ彼の過激な本能を失墜させることを示しているのかもしれない。後継者、民主党であれ共和党であれ、より伝統的な外交政策の理念を、「アメリカ・ファースト(America First)」時代の国内政治の現実と融合させる方法を見出すかもしれない。その大統領は、トランプの混乱を緩和しつつ、彼の有益な遺産を活用して、新たな冷戦(a new cold war)に向けて自由世界を再構築するだろう。

あるいは、トランプの軍事冒険の一つが裏目に出る可能性もある。その結果、MAGA運動のネオアイソレイショニズム派、つまりタッカー・カールソンなどの評論家から影響を受けた派閥が勝利し、超大国が自国の勢力圏に固執することになるかもしれない。あるいは、共和党と大統領職におけるトランプの真の後継者は、彼がアメリカの力を駆使して既存秩序を破壊するには不十分だったと主張する人物かもしれない。革命が最終的に最も過激な勢力に乗っ取られるというのは、決して初めてのことではない。

旧秩序は崩壊しつつある。グローバル志向のリベラルな国際秩序を称賛したところで、それが復活するわけではない。今後10年間で答えを出すべき重要な問いは、ワシントンがその世界を、困難を伴うものの容認できるものに置き換えようとするのか、それとも現在の不確実性をさらに悪化させる方向へと推し進めるのかということだ。

※ハル・ブランズ:ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際関係大学院(School of Advanced International StudiesSAIS)ヘンリー・A・キッシンジャー記念国際問題担当教授。アメリカ・エンタープライズ研究所上級研究員。マクロ・アドヴァイザリー・パートナーズ経営担当部長。Xアカウント:@HalBrands

(貼り付け終わり)

(終わり)

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シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体 
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『トランプの電撃作戦』
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 私たちが中学校や高校で習う歴史の科目で、日本以外の歴史を「世界史」と呼ぶ。これは、「World History」と訳されるが、ここ数十年、歴史学の成果として、「グローバル・ヒストリー(Global History)」が発達している。西洋中心主義(Western-centrism)から脱却するための試みが行われている。是非、グローバル・ヒストリーについて調べてみて欲しい。
 国際関係論は、歴史学を基礎にしている。歴史の類推(analogy、アナロジー)を使う。私たちは、世界の大きな構造転換の中に生きている。この世界の大きな構造転換とは西洋近代支配500年の終わりと非西洋世界の勃興(再興)である。そうした中で、「アメリカが覇権国ではなくなったら自由な体制が崩れる」「安定した平和が続かなくなる」「自由貿易体制の危機だ」といった声が聞かれる。しかし、それは間違いだ。歴史を学べば、西洋近代こそが、世界の平和と自由を阻害してきた、そして、西洋の世界支配が確立されてから、体制を崩さないように、綺麗事の価値観を主張し出したということが分かる。西洋列強は口では自由、人権、博愛、平等を唱えながら、実際には非西洋世界を植民地化し、それらの綺麗な価値観に反する、残虐な行為を数百年にわたって行ってきた。ユーラシア大陸の西の端の蛮族たちが自分たちの貧しさを武力で覆すために、世界を自分たちに奉仕させるために、残虐な支配を数百年にわたって行ってきた。これから逆回転が起きるが、今更、文化や観光地くらいしか取り柄のない西洋諸国を非西洋世界が植民地にすることは起きないだろうが、経済的には支配することは起きるだろう。

 非西洋世界の真の多様化と共生の歴史がこれから復活することになるだろう。「自由で開かれたインド洋」という言葉を馬鹿の一つ覚えのように唱え続けた、麻生太郎元首相のような人物がいるが、彼らのような人物たちは全くの無知なのだ。「自由で開かれたインド洋」とは、西洋列強が進出してくる前の状態のことだった。西洋近代支配が終焉に向かう中、私たちはグローバル・ヒストリーを学び、大きな構造転換に備えなければならない。

(貼り付けはじめ)

ファラオ、マハラジャ、そして多極世界の形成(Pharaohs, Maharajas, and the Making of a Multipolar World

-非西洋の歴史上の事例は、アメリカの覇権の終焉を示す、より有望な前例を提供している。

アミタヴ・アチャラ筆

2025年7月25日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2025/07/25/multipolar-world-pharaohs-maharajas-us-primacy/?tpcc=recirc_latest062921

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1970年9月24日、現存する最古の平和条約として知られるカデシュ平和条約(the Kadesh Peace Treaty)の複製が国連本部でトルコのイフサン・サブリ・チャグラヤンギル外相からウ・タント国連事務総長(左)に贈呈された。この条約は紀元前1259年頃、ヒッタイト王とエジプトのファラオの間で調印された。

アメリカの優越時代(the era of U.S. primacy)が終焉を迎えるにあたり、学者や政策立案者たちは当然のことながら、次に何が起こるのかを議論してきた。多極化した世界(a multipolar world)の出現は、本質的に不安定化(destabilizing)をもたらすのだろうか? 単一の強国(a single power)による支配は、平和と繁栄(peace and prosperity)に不可欠なのだろうか?

西側諸国では、多極化、すなわち覇権の不在(the absence of hegemony)は容易に混乱を招くというコンセンサスがますます高まっているようだ。しかし、この結論はしばしば、アメリカとヨーロッパの近年の歴史に由来する証拠に依拠している。例えば、ケネス・ウォルツは、冷戦開始前後のヨーロッパ大陸における動向を対比させることで、多極システムの不安定性に関する画期的な議論の根拠を示した。同様に、単一の支配的な勢力のみが市場アクセスと安全保障を促進できるという考え方(チャールズ・キンドルバーガーの研究を基にした学者たちが覇権的安定理論[hegemonic stability theory]と呼んでいるもの)は、主に第一次世界大戦前のイギリスと第二次世界大戦後のアメリカの経験に依拠している。

しかし、20世紀の西洋以外の前例を探せば、国際秩序の未来はより明るいものになるかもしれない。より遠い歴史を振り返ると、多極体制がいかにして平和を維持してきたかを示す劇的な事例がいくつか存在する。今日の世界が直面する課題は、古代中東の偉大な王やファラオが直面したものとは異なり、近代以前のインド洋の貿易商やマハラジャが直面した課題とも異なる。しかしながら、これら両方の事例を探求することで、21世紀において多極体制を機能させるための永続的な教訓が得られる可能性がある。

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アッシリア王アッシュール・ウバリットがエジプト王に宛てたこの王室書簡(紀元前1353年から1336年頃)は、1880年代後半、アケナテン治世下のエジプトの宗教首都アマルナの遺跡で発見された。

紀元前2千年紀の中頃、中東の中心はエジプト、ハッティ、ミタンニ、アッシリア、バビロンといった複数の帝国によって支配されていた。エジプトは最古かつ最も豊かで、最も中央集権的な政体(most centralized polity)として最高の地位を占めていたが、決して覇権国家(a hegemon)ではなかった。北方には、アナトリア半島に勢力を広げたハッティ(ヒッタイト帝国)があった。次に、南東のティグリス川とユーフラテス川沿いには、分権化されたミタンニ帝国、そしてアッシリア、そしてカッシート朝バビロニアが続いた。これら5つの勢力は、本質的に多極的な体制を構成していたが、平等と相互扶助の規範に基づく安定した関係性を築き上げていた。

この体制がどのように機能したかを示す主要な証拠は、1887年にエジプトのテル・エル・アマルナで発見された350通の書簡だ。これらの手紙が示すシステムはより古くから始まっていたものの、その起源は紀元前1360年から1332年の間に遡る。古代メソポタミアの共通語であったアッカド楔形文字(Akkadian cuneiform)で書かれ、ファラオ・アケナテン(アメンホテプ4世としても知られる)の宮殿に保存されていた。

これらの文書を研究した政治学者たちは、それらが「私たちが知る最初の国際システム(the first international system known to us)」を垣間見ることができると主張している。レイモンド・コーエンとレイモンド・ウェストブルックによれば、これらの文書は「地中海からペルシャ湾に至る近東全域の列強が相互に交流し、王朝、商業、そして戦略的な関係を定期的に築いていた(the Great Powers of the entire Near East, from the Mediterranean to the Persian Gulf, interacting among themselves, engaged in regular dynastic, commercial, and strategic relations)」ことを示している。コーエンとウェストブルックは、これらの交流によって「偉大な王たちの代表、そして偉大な王たちの間の意思疎通と交渉を規定する規則、慣習、手続き、そして制度からなる外交体制(a diplomatic regime consisting of rules, conventions, procedures, and institutions governing the representation of and the communication and negotiation between Great Kings)」が生まれたと主張する。

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紀元前2千年紀中頃、中東の中心部はいくつかの帝国によって支配されていた。アミタヴ・アチャラの地図。

外交上のやり取りは、この体制が説得と圧力(persuasion and pressure)を巧みに組み合わせていたことを示している。例えば、同僚である王たちを兄弟のように称えるといった、非常に象徴的な言葉遣いは、より現実的な政治的計算を隠蔽していた。訪問(visits)、贈り物(gift-giving)、そして文化的な敬意(cultural deference)は全て、安定したコミュニケーションを維持し、情報収集を行い、それぞれの王が自らの主権への関与を伝えるために役立った。

この書簡には、後の国際秩序に関連するあらゆる要素が見受けられる。偉大な王たちは、交流を通して常に対等な地位(equal status)を目指していた。現在ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されているある書簡は、アッシリアが新興勢力として既存の勢力の兄弟関係に加わろうとしている様子を示している。アッシリアの王アッシュール・ウバリットは、おそらくアクエンアテンであろうエジプトのファラオに書簡を送り、贈り物を与えると同時に、迅速な返答を求め、エジプトとその支配者に関する情報を求めていた。バビロンのブルナ・ブリヤシュ王がエジプトのファラオに宛てた別の手紙は、互恵関係の重要性(the importance of reciprocity)を示している。ファラオが贈り物を送らなかったため、バビロン王も贈り物を送るつもりはなかった。書簡には次のように書かれている。「さて、あなたと私は友人だが、あなたの使者が三度もここへ来たが、あなたは私に美しい贈り物を一つも送ってくださらなかったため、私もあなたに美しい贈り物を一つも送っていない」。

この書簡は、外交特権(diplomatic immunity)と継続的な接触を保障する制度に組み込まれており、公式の印章と「神の証人(the presence of divine witnesses)」の前で行動する統治者による正式な批准(formal ratification)が用いられていた。また、主権平等(sovereign equality)という概念もあった。エジプトのファラオは、名目上は多少高い地位を享受していたが、他の全ての大王を平等に扱い、それぞれに同等の価値の贈り物を与えることが求められていた。そのため、アッシリアのアッシュール・ウバリトがエジプトから受け取った金の量がミタンニの王よりも少なかったとき、彼は不満を述べ、受け取った金は「使者たちの往復の旅費にも足りない(not enough for the pay of my messengers on the journey to and back)」と付け加えた。

中東の大王間の外交関係の成果の1つは、エジプトとハッティの間で締結された世界初の和平条約だった。この条約は紀元前1259年に締結された。エジプトのファラオであるラムセス2世とヒッタイト王ハットゥシリ3世の間で締結されたこの条約は、エジプト語とアッカド語の両方で書かれており、両大国間の紛争を管理するための多くの条項が含まれていた。

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エジプトとヒッタイトの間で締結されたカデシュ平和条約を記した粘土板。イスタンブール考古学博物館に展示されている。

ある条項は相互不侵略の諸原則(the principle of mutual non-aggression)を定めていた:「ハッティの大君主は、永遠にエジプトの地に侵入し、そこから何かを奪ってはならない。そして…エジプトの大支配者も、永遠にハッティの地に侵入し、そこから奪ってはならない。」 別の条項は集団安全保障原理(the principle of collective security)を明文化した:「もし他の敵が……エジプトの地に攻め入り、ハッティの大君主に『彼に対する援軍として我と共に来よ』と使者を送った場合、ハッティの大君は彼のもとへ赴き……その敵を討つ」。同様に、「もし他の敵がハッティの大君に攻め入った場合、……エジプトの大君主は援軍として彼のもとへ赴き、その敵を討つ」。引渡に関する規定さえ存在する:「もし偉大な人物がエジプトの地から逃れ、…ハッティへ来た場合…ハッティの大君は彼らを受け入れてはならず…エジプトの大君主のもとに引き渡さねばならない」。

これらの文書を総合すると、大国間の対立が破滅的な戦争を招くという有力な見解に異議を唱えることになる。確かに古代中東にも緊張は存在し、各大国は依然として小国に対して軍事行動を起こしていた。しかし諸大国は互いに戦うことは避けた。コーエンとウェストブルックによれば、5つの帝国は「戦うよりも交渉し(negotiated rather than fought)」、また「稀な例外を除いて(with rare exceptions)」、互いの必要性と野心を「うまく調整することに成功した(succeeded in accommodating each other’s needs and ambitions)」。

もちろん、多極システムも本質的に安定している訳ではない。アマルナ文書は、そのようなシステムが平和的に機能するための条件も示している。定期的なコミュニケーションを維持し、互恵関係の規範を尊重することは、効果的な外交にとって不可欠だ。

その重要性にもかかわらず、古代中東秩序と、2300年後、ナポレオンの敗北後に出現した類似の体制であるヨーロッパ列強協調体制(the European concert of powers)についてはあまり聞かれない。ヘンリー・キッシンジャーたちが称賛したヨーロッパ列強協調体制は、中断を挟みつつも1世紀近く続いた。その前身である中東の協調体制は、相互尊重と互恵関係(mutual respect and reciprocity)がより重視され、少なくとも2倍の期間存続し、おそらく約200年間安定を維持したと言えるだろう。

多極化への懸念と密接に関連しているのは、安定と繁栄には単一の支配的勢力が必要だという、広く信じられている思い込み(assumption)だ。しかし、歴史は多極システムにおいて自由貿易(free trade)を維持するための代替モデルも提供している。その最たる例はインド洋だ。ヨーロッパの植民地勢力が到来する何世紀も前、インド洋は世界最大の開放型海洋貿易システム(the world’s largest open oceanic trading system)だった。インド洋の貿易は、東アフリカのマリンディやモンバサから西アジアのホルムズやアデン、そして今日の南アジアと東南アジアのカリカット、マラッカ、マカッサルに至るまで、一連の都市国家(city states)によって管理されていた。

マラッカ海事法(Undang-Undang Laut Melaka)と呼ばれる法典のおかげで、この交易ネットワークの運営方法についてかなりのことが分かっている。15世紀に船長たちによって起草されたこの法典は、数多くの一般的な海事問題に対する規則を定めていた。この法規は、商船船長の権限や乗組員の責任、海上での契約義務や債務の解決方法を規定した。さらに、利益分配、衝突損害の補償、港湾税の不正行為に対する罰則に関する規則も定めていた。

マラッカ自体は大国ではなかった。しかし港湾都市(a port city)として、自由で公平かつ透明な貿易体制を確立した。15世紀のマラッカの人口は約10万人で、その大半は外国商人であり、80以上の言語が話されていた。貿易はあらゆる国家に属する人々(nationalities)に開放され、確立された関税(4~6%)が課されていた。貿易は決して無秩序ではなかった。むしろ「よく規制された(well regulated)」、あるいは現代的な表現で言えば「ルールに基づく(rules-bases)」ものであった。現地の支配者たちは外国商人に干渉せず、価格設定や紛争解決は外国商人コミュニティ(アラブ人、インド人、中国人、ジャワ人)の代表者たちによって行われた。マラッカには、船長または船主が到着時に貨物を10~20人の地元商人グループに一括価格で売却し、彼らが貨物を分配する制度があった。この制度により、船は個々の買い手を探す必要なく迅速に貨物を積み下ろせた。これは特に、モンスーンの風に合わせて正確な航海時期を守らねばならない場合に重要であった。また、外国製品がマラッカで得られる価格帯が予測可能であることを意味していた。

重要なのは、この交易システムが特定の地域大国の覇権に依存していなかったことだ。一部の近代史家が異論を唱えているが、インド洋は中国の勢力圏ではなかった。シュリーヴィジャヤ王国、マラッカ、シャムなど、多くの東南アジア諸国が中国と朝貢関係(tributary relations with China)にあったものの、貿易は中国によって支配・管理されていた訳ではない。また、中国は15世紀初頭に鄭和提督(Adm. Zheng He)が率いる大艦隊を7回派遣したが、その目的はインド洋に帝国を築くことではなかった。
同様に、インドはインド洋において文化的・経済的に重要な役割を果たしたが、これは戦略的な優位性を意味するものではなかった。インドからの海軍遠征(naval expeditions)は記録に残るだけで、どちらも南インドのチョーラ王国によるもので、どちらも11世紀のものだ。これらの遠征は破壊をもたらしましたが、インド洋の覇権を握るチョーラ朝帝国を築くことはなかった。強大なムガール帝国でさえ、海洋支配には手を出さなかった。ヴェネツィアのような列強が海域における領土拡大を試みていた一方で、ムガール帝国はそれを禁じる地域的伝統(a regional tradition)に従った。海域が分割されていた地中海や、自由貿易の権利が同盟加盟国にのみ開かれていたヨーロッパのハンザ同盟(the Hanseatic League of Europe)とは異なり、インド洋貿易はあらゆる国籍に開かれていました。

マラッカのような都市がこの開放的でルールに基づくシステムを開拓した一方で、西洋の著述家たちはしばしば、海洋の自由(the freedom of the seas)という概念をオランダの法学者ヒューゴ・グロティウスに帰する。しかし、グロティウスは、その画期的な著作『自由海論(Mare Liberum)』をオランダ東インド会社の給与を得て執筆した。これは、東インドから帰還中のポルトガル船をオランダが拿捕したことを擁護するための委託法律論文の一部であった。偶然にも、この拿捕を実行したのはグロティウスの従兄弟であった。インド洋に最初に到達したヨーロッパ勢力として、ポルトガルはインド洋における独占(a monopoly)を確立し、アジア諸国だけでなく、ライヴァルのヨーロッパ諸国にも平等な貿易アクセスを認めなかった。グロティウスは、従兄弟の行為がポルトガル独占体制への打撃であり、オランダの自由貿易権を支持するものだと主張した。しかし当然ながら、ポルトガルを打ち破った後、オランダ東インド会社は自らも、現在インドネシアとして知られる広大な群島における独占体制を確立していった。やがてグロティウスの雇用主は、この地域のルールに基づく体制を破壊し、現地の支配者たちに相互貿易を停止させ、オランダ経由でのみ取引するよう強制することになる。

17世紀初頭、オランダはゴワ王国のマカッサル(南スラウェシ)の商人に対し、マルク諸島でのクローブ、ナツメグ、メースの購入を禁止した。この自由貿易への侵害に直面し、ゴワの統治者であるアラウディン・スルタンは宣言した。「神は陸と海を創り、陸は人間に分け与え、海は共有のものとした。誰に対しても海の航行を禁じるなど聞いたことがない(God made the land and the sea; the land he divided among men and the sea he gave in common. It has never been heard that anyone should be forbidden to sails the seas)」。この原則的主張に対し、オランダは圧力を強め、ついにマカッサルの主要な軍事拠点である要塞を占領・破壊し、ロッテルダム要塞として再建した。

ここで論じた2つの例、すなわち古代中東の多国間システムと、インド洋における小国による管理貿易ネットワークは、より広い歴史的視点から見ると、多極化がどのように異なる様相を呈しているかを示している。単一国家の支配は、必ずしも平和や自由貿易の前提条件ではなかった。政策立案者や分析家たちは、数世紀や数カ国に焦点を絞った普遍的な主張を展開する歴史を受け入れる必要はない。第二次世界大戦前のヨーロッパの経験が、必ずしも21世紀に再現されるとは限らない。

※アミタヴ・アチャラ:アメリカン大学国際関係学大学院特別教授。最新刊に『かつての世界秩序と未来の世界秩序:何故世界文明は西洋の衰退を生き残るのか(The Once and Future World Order: Why Global Civilization Will Survive the Decline of the West)』(2025年)がある。

(貼り付け終わり)

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※2025年11月に新刊発売予定です。新刊の仮タイトルは、『「新・軍産複合体」が導く米中友好の衝撃!(仮)』となっています。よろしくお願いいたします。
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『トランプの電撃作戦』
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世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 私は、「西側諸国(the West、ジ・ウエスト)」対「それ以外の国々(the Rest、ザ・レスト)」の対立構造が世界を変化させると主張している。グローバルノースとグローバルサウスという分裂もこれに似ているが、地理に関する言葉が入っているため、ロシアや中国といった北半球に位置する国々がグローバルサウスに入っていることに違和感を持つ人がいるだろうと考え、これらの言葉を使う際には気を付けている。しかし、マスメディアでは、グローバルノース対グローバルサウスという言葉が良く使われている。

西潟諸国対それ以外に国々という分裂が明らかになったのがウクライナ戦争だった。ウクライナ戦争が発生し、ロシア非難決議について、強制力を持つ国連安保理決議はロシアが拒否権を持っているので、そもそも可決成立しないことは分かっていた。強制力を持たない国連総会決議では、反対5カ国、棄権35カ国、意思を示さずが12カ国となった。人口比で言えば「賛成15対反対85」ということで、世界の大きな分断が明らかになった。以前であれば、西側・欧米諸国の意向に唯々諾々と従っていた国々が、ある程度自分たちの意向で動けるようになっている。それだけ欧米諸国の力が落ちているということが明らかになっている。

その代表格がBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)であり、G20のうちの、西側諸国のG7加盟諸国以外の13カ国である。この13カ国は、BRICS以外では、アルゼンチン、オーストラリア、インドネシア、メキシコ、韓国、サウジアラビア、トルコである。これらの地域大国・二番手国がこれから重要になってくる。以下の論稿では、

ブラジル、インド、インドネシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコを重要な「どちらにも肩入れしない国々(swing states)」「中規模大国(middle powers)」と規定している。これらの国々は、地域のリーダーとしての役割を果たし、国際政治においても重要な役割を果たしている。トルコとサウジアラビアは中東地域の大国であり、地域の安定において重要な存在である。トルコは東西をつなぐ地理的な位置、ロシアとの関係もあり、ウクライナ戦争において和平の仲介を行おうとしている。ブラジルやインドネシア、南アフリカは資源大国としての存在感を示しているが、工業化を目指している。
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 西側諸国の衰退とそれ以外の国々の台頭は大きな世界の流れである。私たちは、そのことをしっかりと理解して、世界の変動に備えねばならない。日本にとって、最も馬鹿らしいのは、アメリカと心中する覚悟で、中国に突っかかり、戦争をしてしまうことだ。

(貼り付けはじめ)

6つのどちらにも肩入れしない国々が地政学の将来を決定する(6 Swing States Will Decide the Future of Geopolitics

-これらのグローバルサウスの中規模大国がアメリカの政策の焦点となるべきだ。

クリフ・カプチャン筆

2023年6月6日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/06/06/geopolitics-global-south-middle-powers-swing-states-india-brazil-turkey-indonesia-saudi-arabia-south-africa/

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2018年7月27日、南アフリカのヨハネスブルグで開催されたBRICS首脳会議で挨拶するロシアのウラジーミル・プーティン大統領、インドのナレンドラ・モディ首相、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領

先月、ウクライナのウォロディミール・ゼレンスキー大統領は異例の形でウクライナを飛び出し、サウジアラビアのジッダと日本の広島でほぼ1週間を過ごした。彼の目標は、ロシアのウクライナ戦争を擁護する4大国であるブラジル、インド、インドネシア、サウジアラビアの支持を獲得することだった。これらおよびその他のグローバルサウス(global south)の主要諸国は今日、かつてないほど大きな力を持っている。彼らが新たに発見した地政学的影響力(geopolitical heft)の理由は、彼らがより多くの主体性(agency)を持ち、地域化(regionalization)の恩恵を受け、そして米中間の緊張を利用できることだ。

今日の中規模大国(middle powers)は、第二次世界大戦後、これまで以上に多くの主体性を持っている。これらの国々は、地政学(geopolitics)において大きな影響力を持っているが、世界の2つの超大国であるアメリカと中国ほど強力ではない。グローバルノースには、フランス、ドイツ、日本、ロシア、韓国などが含まれる。ロシアを除いて、これらの国々は米国と幅広く連携しているため、権力と影響力の変化についてはあまり語られていない。

もっと興味深いのは、ブラジル、インド、インドネシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコというグローバルサウスの主要な中規模大国6カ国だ。グローバルサウスのこれらどちらにも肩入れしない国々(swing states)は、米中どちらの超大国とも完全に連携していないため、自由に新たな権力関係を生み出すことができる。これら6カ国は、G―20のメンバーであり、地政学と地経学(geoeconomics)の両方の面で活発に活動している。これら6つの国は、グローバルサウスにおけるより広範な地政学的傾向を示す、良いバロメーターとしても機能している。

これら6つの国の重要性が高まっている理由は多くあるが、長期的な歴史的発展と、より最近の世界的な傾向という2つの要素に分類できる。最初のバケツに関しては、冷戦(Cold War)以来の発展により、これらの中規模大国は、国際関係においてより多くの主体性を得ることができるようになった。冷戦により、対立するブロックへのより厳格な分離が必要となり、今日のどちらにも肩入れしない国々の一部が取り込まれた。その後のアメリカの一極支配(unipolarity)の時代では、ほぼ全ての国がワシントンに対して一定の忠義(fealty)を示す必要があった。今日の中国とアメリカの二極性(bipolarity)は弱まり、全ての中規模大国はより自由に行動できるようになった。

歴史のバケツの2つ目は次の通りだ。過去20年間、世界は重要な形で脱グローバル化(deglobalizing)し、その結果、地域レヴェルで新たな地政学的・地経済的関係が形成されつつある。その結果、地域レヴェルで新たな地政学的・地理経済的関係が形成されつつある。どちらにも肩入れしない中規模大国は全て、地域のリーダーであり、力が地域に委譲されるにつれて、その重要性は増していく。ニア・ショアリング [near-shoring](サプライチェインを自国の近くに移動させること)やフレンド・ショアリング [friend-shoring](敵対国から志を同じくする国へと移動させること)の過程で、一部の企業や貿易関係は中国から他の地域(主にグローバルサウス)へと徐々に移動している。グローバルサウスの、どちらにも肩入れしない中規模大国のいくつかは、地域貿易のハブとして、更に忙しくようになるだろう。インドがその最たる例で、アメリカ企業の一部は、インドに生産拠点を置き、新たなサプライチェインを構築している。エネルギー市場はより地域的なものになりつつあり、サウジアラビアに利益をもたらしている。同様に、サウジの首都リヤドは地域金融のハブとして台頭しつつある。また、国際通貨基金(International Monetary FundIMF)は、世界は分断化(fragmenting)しつつあり、分断化した世界では地域の中規模大国が論理的により重要な役割を果たすと強調している。

第三に、冷戦時代、インドとインドネシアは植民地支配から脱したばかりだった。そのため、米ソ冷戦二極時代の世界的な役割は限られていた。今日、どちらにも肩入れしない中規模大国6カ国は完全に自立したアクターである。しかし、彼らは、非同盟運動(Non-Aligned Movement)や、G―77やBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)のようなグローバルサウスが支配する他のグループの新しい姿ではない。これらのグループは全て、イデオロギー的な親和性(ideological affinity)を持っているか、あるいは持っている。イデオロギー的な親和性がないため、これらの国家は外交政策において強硬な取引主義的アプローチ(hard-core transactional approach)をとることができ、その結果、国際情勢への影響力を高めている。

どちらにも肩入れしない中規模大国の力を高めるその他の要因は、最近の世界的な傾向から生じている。どちらにも肩入れしない中規模大国の力は、米中関係を明確に特徴づける競争と対立(competition and confrontation)から得られる影響力によって強化される。それぞれの超大国は、どちらにも肩入れしない中規模大国が自国に同調することを望んでおり、どちらにも肩入れしない中規模大国が他方を翻弄する機会を作り出している。例えば、中国のバランスをとるための、アメリカ主導の最も重要な取り組みである日米豪印四極安全保障対話(Quadrilateral Security DialogueQuad)に参加して以来、インドの力と影響力は劇的に増大した。ブラジルとインドネシアは、特にリチウム、ニッケル、アルミニウムといった重要な鉱物資源に関する取引を封じ込めようとする中国の熱意から利益を得ている。最近の調査によると、6カ国は、それぞれ特定の問題で、アメリカや中国に傾斜することはあっても、そのほとんどは比較的バランスの取れた忠誠を保っている。今のところ、6カ国は多くの分野で大国を翻弄する自由を手にしている。半導体(semiconductors)、人工知能(artificial intelligence)、量子技術(quantum technology)、5G通信(5G telecommunications)、バイオテクノロジー(biotechnology)などの基盤技術は唯一の例外である。

同様に、グローバルサウスのどちらにも肩入れしない中規模大国は、経済規模が大きく成長しており、国際的な気候政策の影響力を持っている。これらの国々の参加なしに、汚染や気候への影響による課題を解決することはできない。炭素市場(carbon markets)は、排出量への実際の影響に関係なく、これらの中規模大国に更に資源をもたらすことになるだろう。なぜなら、西側企業はネットゼロの地位を追求する際にオフセットを購入する必要があるからである。より広範に、森林破壊と脱炭素化に関する政策には、森林破壊に関してはブラジルとインドネシア、脱炭素化、特に石炭の利用に関する脱炭素化に関しては主にインドとインドネシアといった激戦州の建設的な参加が必要である。最後に、「ジャスト・エネルギー・トラン十ション・パートナシップス」は、気候変動目標に資金を提供するための創造的な解決策を見つけることに重点を置いており、南アフリカとインドネシアが最初の資金提供先となる。このプログラムの結果は今のところまちまちだが、これは2つの中規模大国が気候政策において指導的役割を担う例である。

どちらにも肩入れしない中規模大国6カ国は、制裁(sanctions)とウクライナ戦争の構図作りにおいて重要な役割を果たしてきた。彼らは当初から、西側諸国によるウクライナへの軍事援助や対ロシア制裁に同調することを拒否してきた。彼らは、この戦争は、ヨーロッパのみに影響を及ぼし、世界の安全保障には影響を与えず、開発(development)、債務削減(debt reduction)、食料安全保障(food security)、エネルギー安全保障(energy security)などの分野における国益を促進するものではないと主張している。

しかし、これらの国々が戦争に与えた最も重要な影響は、西側諸国の対ロシア制裁に反対し、場合によってはそれを弱体化させるというリーダーシップの役割を果たしたことである。トルコは、大量の軍需品のロシアへの輸出に関与しており、西側諸国の制裁の精神に違反し、おそらくはその規定にも違反している国の一つである。こうした活動に対し、アメリカは既にトルコ企業4社に制裁をしている。南アフリカはロシアに傾いているものの、他の中規模大国のほとんどは断固として中立を保っている。6カ国はいずれも、戦争開始以来、ロシアとの貿易その他の関係を維持または強化してきた。

国際通貨基金の予測によれば、ロシア経済の今年の成長率は0.7%で、西側諸国が期待していたような、経済を完全に麻痺させる影響はほとんどない。どちらにも肩入れしない中規模大国が、ロシアが経済制裁の影響を弱め、それを続けるために支援をしている。この数字は、クレムリンが、貿易を南と東に向けることで生計を立てられると信じている理由の一つでもある。

グローバルサウスの中規模大国の影響力が大幅に増していることは、彼らの調停イニシアティヴにも表れている。トルコは、ウクライナ戦争に関して最も影響力のある唯一の対外勢力である。トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は、穀物取引の主要な交渉者であり、戦争開始時の和平交渉にも関与した。ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ大統領は、自らのイニシティヴで名乗りを上げた。一方、インドはより静かに、将来の和平を仲介する立場にある。これらの国家は現在、他の紛争も調停できる立場にある。この点でのインドの地位は特に高く、2月の時点ですでに国連平和維持活動(U.N. peacekeepers)の8%を担っているからだ。インドネシアや南アフリカも調停役や平和維持要員として活躍している。

最後に、これらの国々に見られる科学や工学の専門知識は、将来の核拡散リスクを高めている。仮に次に核兵器が拡散するとすれば、それはグローバルサウスの国々である可能性が高い。近い将来、特にサウジアラビアとの和解が実現した後は、その可能性は低いものの、イランは依然として世界で最も危険な核拡散リスクである。イランが潜在的な核保有国になるには、技術的にあと数歩のところまで来ている。リヤドとの関係が急激に崩壊し、テヘランがダッシュで爆弾製造に乗り出すというシナリオでは、サウジやおそらくトルコも爆弾(核兵器)を求める可能性がある。サウジアラビアがイスラエルとの国交樹立と引き換えに、アメリカに核保証を要求したとされるのはそのためである。

西側支配に対抗する主役として、BRICS諸国が注目されることは、グローバルサウスの興味深い点の多くを見えにくくしている。なぜなら、BRICSに中国とロシアが加わることで、どちらにも肩入れしない中規模大国の重要な台頭が覆い隠されてしまうからだ。

中国とロシアが拡大したBRICSを、そしてBRICSを通じてグローバルサウスを共同支配することは、対処すべき真の脅威である。

中国は今日、二極化した世界における2つの大国のうちの1つである。中国をグローバルサウスの一員と考えるのは大げさだが、それは中国の経済力と広範な地政学的野心が、中国を異なるタイプの国家にしているからである。ロシアは中規模大国だが、衰退しつつある。ロシアはまた、世界へのアプローチにおいて高度修正主義的(hyper-revisionist)であり、これは、グローバルサウスのどちらにも肩入れしない中規模大国にはない見方である。そのため、地政学的に最も活発なBRICSの2カ国の政策は、どちらにも肩入れしない中規模大国とは異なる論理で説明する必要がある。

しかしながら、BRICS諸国が中国の指導の下、グローバルサウスを代表すると主張する、より正式な機関になるのかどうかという疑問は残る。特に、他の19カ国がすでにBRICSへの加盟に関心を示していることを考えれば、この見通しは西側諸国に対する明確な挑戦ということになる。しかし、その脅威が現実のものとなる可能性は低い。インドはBRICSの有力国であり、BRICSを共同支配しようとする中国の動きに断固として反対するだろう。サウジアラビア、ブラジル、トルコ(NATO加盟国)、インド、そして南アフリカでさえも、安全保障や貿易の面で、アメリカやその他の主要な西側諸国と重要な関係を保っている。これらの国々は、アメリカから離れているかもしれないが、それは中国が主導し、ロシアが支援する、アメリカに積極的に反対する組織に参加することとは異なる。現在のところ、BRICSは共通のアジェンダを策定し、実施する能力を示していないため、中国が共闘するための組織的な力はほとんどない。最後に、BRICSはコンセンサスに基づいて運営されている。独自の利害を持つ新メンバーが加わる可能性が高いため、コンセンサスを得るのはさらに難しくなるだろう。

これら6つのどちらにも肩入れしない中規模が注目すべき大国であるという考えに同意しない人もいるかもしれない。これらはいずれもまだ新興市場(emerging markets)であり、近年は世界経済のその部分にとっては好ましい状況ではない。インドを除いて、どちらにも肩入れしない中規模大国の成長率は予想を下回っている。このグループは法の支配(rule of law)を支える制度の発展が遅れている。AIを含む技術革命は、先進工業民主政体諸国(advanced industrialized democracies)よりもグローバルサウスに大きな打撃を与えるだろう。前者は生成型AIの政治的に危険な影響に対抗するためのリソースが少ないからだ。そして、気候目標によって激戦州に影響力が与えられるとしても、気候関連の影響はこれらの国々の一部に重大な損害と苦痛を与えることになる。

しかし全体として、これらの勢力は地政学的にますます強力になっており、今後もさらに強力になるだろうという主張は依然として強い。彼らは最も強力な世界的トレンドの一部から影響力を引き出すことができ、彼らの新たな力はすでに明確に現れている。

最も重要な政策的意味は、世界の力の均衡における、アメリカの地位の大幅な弱体化を防ぐために、ワシントンは、6つのどちらにも肩入れしない中規模大国に対するゲームをアップする必要があるということである。ロシア・ウクライナ戦争や中国との競争において、どちらにも肩入れしない中規模大国がアメリカの後ろ盾になることを拒否しているため、これらの主要国の多くは既に離れつつある。拡大したBRICS、そしてそれを通じたグローバルサウスと中露両国が共闘するという脅威は現実であり、それに対処する必要がある。

ワシントンは、主要6カ国それぞれに対してだけでなく、より広くグローバルサウスに対して、練り上げられた外交戦略を持つ必要がある。先日のG7にどちらにも肩入れしない中規模大国の大半を招待したことは有益なスタートであったが、もっと多くのことが必要となる。より良い戦略は、アメリカの主要外交官によるハイレヴェルの訪問を増やすことから始まるだろう。政策の改善には、アメリカ市場へのアクセスという難題を解決する、より機敏な貿易戦略も含まれる。より広く言えば、アメリカは、アメリカの重要な政策決定に対する、6つのどちらにも肩入れしない中規模大国とグローバルサウスの反応をよりよく予測できるようになる必要がある。例えば、ロシアの戦争に対する西側の政策がグローバルサウスに疎外感(alienation)をもたらした度合いは、ワシントンを驚かせた。2022年2月の侵攻開始以来、アメリカは、追いつ追われつを繰り返している。このような予測能力を持つには、グローバルサウスの多くの国々における感情やエリートの信条をよりよく理解する必要がある。

第二に、米中間の緊張が劇的に高まり、冷戦型の対立に発展した場合、どちらにも肩入れしない中規模大国、更には全ての中堅国の力と影響力は打撃を受けるだろう。デカップリング(decoupling)は拡大し、どちらにも肩入れしない中規模大国はどちらか一方により接近せざるを得なくなるだろう。

最後に、どちらにも肩入れしない中規模大国の台頭により、地政学的な結果に対して影響力を持つ国が世界に増えた。こうした国々の間では、自国の国益を集中的に追求する以上の明確な行動パターンは見られない。地政学上のあらゆる問題で、より多くのドライヴァーが存在するようになった。そのため、ただでさえ困難な地政学的結果の予測がさらに難しくなっている。

※クリフ・カプチャン:ユーラシア・グループ会長。

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(終わり)

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 ウクライナ戦争が始まり、2年以上経過している。アメリカ連邦議会が最近、ウクライナ支援のための9兆円の予算を承認可決し、ジョー・バイデン大統領が署名して法律となった。ここまで、ウクライナは西側諸国の支援を受けながら戦争を継続しているが、苦戦を続けている。ロシアは最近になって、ウクライナ東部での攻勢を強めている。ウクライナへの支援が強化される前に、要衝を押さえておくという考えであろう。

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ウクライナ戦争の戦況

 国際社会の動きで言えば、西側諸国(the West、ザ・ウエスト)がウクライナを支援する一方で、西側以外の国々(the Rest、ザ・レスト)はウクライナへの支援に消極的である。国連の場でも、国連総会におけるロシアに対する非難決議でも、西側以外の国々から反対、棄権が多く出た。西側諸国としては、西側以外の国々にウクライナ支援に賛成、積極的に参加してもらいたいところだ。しかし、グローバル・サウス諸国は、「自分たちには自分たちの問題があって、そちらの方の優先順位が高いのは当然だ」ということになる。インドを例に取ると、インドは経済成長著しい状態にあるが、そこで問題になるのは、資源高、特に石油価格の高騰である。インドは、アメリカとも同盟関係にあるが、ロシアからの安い石油を輸入している。インドにしてみれば、「他人の不幸を喜ぶ」ということになるが、これは、国際関係においては当然のことだ。

 西側諸国が西側以外の国々からの支援を受けようと思えば、手厚く支援をしなければならない。日本のODA外交はその一環である。西側以外の国々は、自分たちの有利な立場を利用して、より多くの支援を引き出そうとする。そのような動きをする。「狡猾、ズルい」という感覚を持つかもしれないが、繰り返すが、これは国際関係の実態である。そのような中を私たちは生きていかねばならないが、何よりも重要なのは、最悪の事態、戦争にならないようにすることだ。

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グローバル・サウスにとってウクライナが優先課題ではない理由(Why Ukraine Is Not a Priority for the Global South

-貧困諸国は徐々に、「私たちの優先事項があなた方にとってより大きな意味を持つようになるまで、あなた方の優先事項が私たちにとってより大きな意味を持つことはないだろう」と言い続けている。

ハワード・W・フレンチ筆

2023年9月19日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/09/19/unga-ukraine-zelensky-speech-russia-global-south-support/

 

ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領がニューヨークでの国連総会で演説を行うために国連ビルに到着(2023年9月19日)

今週、世界の指導者たちが年次国連総会のためにニューヨークに集まる中、彼らの演説のテーマの多くは非常に予測可能なものであるため、儀式化された国際的な議論の一部として理解される可能性がある。

気候変動と地球温暖化を防止する必要性についての議論が交わされ、その中には、海面上昇によって近い将来消滅する危険性のある小規模な島嶼諸国の指導者たちの感情的な訴えも含まれる。前時代のグローバリゼーションが後退しているように見える今、国際貿易に対する開放性を維持することが求められるだろう。権威主義的国家は、不干渉と強者による弱者の主権の尊重を求める常套句を繰り返すだろう。そしてもちろん、特定の地域であれ世界規模のものであれ、平和の促進を求める、真剣な声も上がるだろう。

一方、豊かな西側諸国からすれば、ロシアのウクライナ戦争ほど重要で大きな話題はないだろう。今年、ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領は、ウクライナの領土を吸収しようとする2年来のロシアの動きを食い止めようとする自国の努力に対する、アメリカや国際的な支援を強化する目的で、アメリカを訪問した

ウクライナの指導者ゼレンスキーの、国連への出席、そして今週後半にはワシントンでジョー・バイデン米大統領と会談する予定であることは、キエフとロシアの対立の国際的側面をまれなほど明確に浮き彫りにしている。それは、しばしばグローバル・サウスと呼ばれる地域の指導者多数が国連に到着した時期と一致するからである。

これまでの数カ月間、アメリカとヨーロッパの政治家や外交官たちは、グローバル・サウス諸国の政治家や外交官たちに対し、ロシアの侵略を非難する上で、原則として西側に肩を並べるよう懇請してきた。そしてほぼ同じ期間、西側諸国の当局者たちは、彼らの訴えに対する反応が弱かったことに困惑、落胆、悔しさを表明してきた。

このため、世界の貧困国や中所得国がなぜ明らかな大国の侵略事件にこれほど無関心なのかという問題は、魅力的かつ重要な問題であるにもかかわらず、これまで貴重なほとんど明確な思考の対象になってこなかった問題となっている。

一般的な見方では、グローバル・サウスの国々がロシアを批判することに消極的であるのは、弱者が長年採用してきた古くて論理的な戦略によるものだと思われている。つまり、いくつかの国々、例えば西側諸国に支配されているのであれば、より自由に動ける場所を手に入れるため、支配されている国々のライヴァル諸国を応援するというものだ。これは典型的なバランシング(balancing)であり、貧しい国々はロシアに対してだけでなく、過去数十年間の目覚ましい台頭の中で、中国に対しても同様のことを行ってきた。自分が弱ければ、パートナーを望むものだ。一般的に言えば、パートナーは多ければ多いほど喜ばしい。彼らがあなたの好意と支持を求めて競い合えば、猶更のことだ。彼らがいなかったら、何十年にもわたって国際システム、つまり、アメリカと西ヨーロッパを支配してきた勢力と手を組むことになるだろう。

この説明には真実が存在しているが、十分とは言えない。問題の核心に近づくためには、国際関係をめぐる標準的な言葉のいくつかを探らなければならない。グローバル・サウス(global south)はその1つであり、少しの精査にも耐えられない。他の人々が指摘しているように、このレッテルの下に日常的にまとめられている国々の多くは、特に南というわけではなく、イデオロギー的、経済的、民族的、言語的、あるいは人種的なものであれ、他の一貫した特質をほとんど共有していない。私は毎年春に大学でグローバル・サウスをテーマにした授業を担当しているが、毎年この命名法の問題に悩まされている。

ところで、西側諸国(the West)も、それ自体、あいまいで不正確な造語であり、注意深い思考にはあまり耐えられない。報道では、西側とはアメリカと東に拡大しつつある西ヨーロッパだけでなく、オーストラリア、ニュージーランド、そしてしばしば日本、イスラエル、韓国、アパルトヘイトの時代には白人支配の南アフリカも含むと日常的に理解されてきた。

しかし、西側として知られるこの便宜的な用語の下にひとまとめにされている国々の苦境と同様に、広く使われているもう一つの用語がある。それは「発展途上世界(developing world)」です。ここでの問題は、不正確さ(imprecision)と言うよりも、婉曲表現(euphemism)だ。私たちが発展途上国に属する国について話すとき、それは実際に発展していることを前提としているが、多くの人にとっては実際にはまったくそうではない。西側諸国はロシアのウクライナ侵攻に反対する支持を集めようとする一方で、発展途上諸国の無理解や西側諸国に対する信頼の欠如を嘆くこともある。

しかし、その理由の1つ、そしておそらく最も重要な理由は、チラチラと見えている。この軽率な言葉の使用は、「発展途上(developing)」諸国の多くが経済的静止状態、もっとひどい場合は停滞と経済後退に陥っているという現実を見えなくしている。ここで、作為的な国の集まりとは対照的な、ある真の地理的地域が明らかに際立っている。それはアフリカである。

世界の多くの国が、一人当たり GDP だけでなく、人間開発、長寿、環境福祉、社会福祉などの指標を含む他の多くの点でも、「先進(developed)」諸国にますます後れをとっているのは事実だ。しかし、アフリカは明らかに人間の緊急事態(human emergency)であるにもかかわらず、それ以外のものとして扱われてきた。ブルームバーグ・ニューズによる最近の報道では、アフリカ大陸の相対的な窮状が印象的に記録されており、この報道ではアフリカが過去10年間にどのように地位を失ったかが数多く記録されている。

西側諸国は、主に短期的な、利己的な目的のために、アフリカに対して選択的ではあるが弱めの注意を払っている。その中で最も明白なのは、人口の点で、世界で最も急速に成長している大陸からの大規模な移民のスピードの減速と、イスラム過激派との戦いである。これらの目的はどちらも、西アフリカにおけるフランスの崩壊しつつある立場の中心となっている。西アフリカではつい最近まで、フランスはサヘル地域の旧植民地に対して並外れた影響力を保っていたが、元植民地で属国であった国々が、怒りをもって、古い形のパートナーシップを放棄するのを目にするだけのこととなった。

これは長い間、フランスが「協力(cooperation)」と呼んでいたもので、実際にはアフリカ諸国政府への財政、外交、安全保障上の支援を意味し、移民を食い止め、宗教的反乱勢力と戦うことを優先していた。もちろん、世界基準で極端に貧しい人々の生活水準も含め、これらの国々の経済を向上させるための持続的で公的な説明責任を果たす努力は、ほとんど道端に置き去りにされてきた。

これは本末転倒の措置ではなかったか、と問われる時期が来ている。移民と原理主義者のテロと反乱を引き起こし続けているのは、貧困(poverty)と持続的な低開発(persistent underdevelopment)が原因ではないか? これがフランスとアフリカの旧植民地だけに関係する状況だと考えるのは怠慢ということになるだろう。以前にも書いたように、ガーナは西アフリカ「協力」の成功例として何度も取り上げられてきたが、同様に繰り返し壊滅的な債務危機(crushing debt)に見舞われてきた。ガーナが、安定の防波堤(bulwark of stability)であり、しばしば西洋型の民主政治体制(Western-style democracy)として想像されているものの模範とされてきた、この地域において、現在、状況が再び悪化しているのだ。

ガーナの問題(低・低中所得国の他の経済不振諸国の問題と同様)の責任の一部は、間違いなく自国の政府と、公務員の汚職や肥大化した国家(bloated state)に関連した問題にある。しかし、同様に、私たちの国際システムには、貧しい人々や弱い人々の足を引っ張り、軽視し、彼らの発展の努力を妨げる長年の構造的な問題が存在するのは間違いない。しかし、世界の富裕層はむしろ他のことについて話したがるだけだ。

この現実に正面から向き合う代わりに、ヨーロッパ諸国とアメリカ(西側諸国)は最近、世界の貧しい人々の同情と協力を求める外交政策の優先事項をもう1つ付け加えた。それは、ロシアに奪われた領土を取り戻すためのウクライナの戦いである。ウクライナがロシアに奪われた領土の支配権を取り戻す戦いである。しかし今、アフリカだけでなく、グローバル・サウス(成長していない国々を意味する)でも、私たちは曲がり角に来ているようだ。貧困層が富裕層に対して、「私たちの優先事項があなた方にとってより大きな意味を持つまで、あなた方の優先事項が私たちにとってより大きな意味を持つことはない」と言うケースが増えているのだ。

※ハワード・W・フレンチ:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授。長年にわたり海外特派員を務めた。最新作に黒人として生まれて:アフリカ、アフリカの人々、そして近代世界の形成、1471年から第二次世界大戦まで(Born in Blackness: Africa, Africans and the Making of the Modern World, 1471 to the Second World War.)』がある。ツイッターアカウント:@hofrench

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。『週刊現代』2024年4月20日号「名著、再び」(佐藤優先生書評コーナー)に拙著が紹介されました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 世界の構造は大きく変化しつつある。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカのBRICSの枠組みが拡大し、非西側諸国、西側ではない国々(the Rest)の力が増している。戦後世界では、冷戦下の東西対決(アメリカ主導の西側・第一世界対ソヴィエト連邦主導の東側・第二世界)に与しない第三世界の団結といった動きや、南北問題の緩和に向けた動きというものがあった。しかし、非同盟運動などは、あまり効果を発揮することはなかった。これらの問題提起は重要であったが、何よりも、世界の舞台での発言権があまりにも小さかった。また、第二次世界大戦後の世界で、多くの植民地が西洋諸国の植民地から独立を果たしたが、経済的な搾取構造は変わらなかった。

モノカルチャー経済(monoculture economy)と呼ばれる、主要な農産物1種類の輸出に頼る経済で、西側諸国の搾取から逃れることはできなかった。アメリカでは、「近代化論(modernization theory)」と呼ばれる学説が主流となり、「西洋諸国の発展段階を踏んでいけば、新たに独立した国々も豊かになれる」ということになった。その最高の例が日本とされた。この近代化論は、マルクス主義に対抗するために生み出された面もある。しかし、それは欺瞞に過ぎなかった。マルクス主義経済学でも給食道の国々は豊かになれなかった。世界の経済格差は拡大するばかりだった。

 しかし、最近になって、BRICSを核とし、重層的な非西洋諸国のネットワークにおいて、大きな経済発展が各国で起きている。その中心は日本を除く、東アジア・東南アジア地域であり、アフリカ地域、南米地域でも同様のことが起きている。相対的に、西側諸国の力を低下し、格差は縮小しつつある。現在、そうした状況は、グローバル・サウスの台頭という言葉として表現されている。グローバル・サウスの台頭の影響を、グローバル・ノースは対立ではなく、協調・協力で良い方向に進めていくべきだ。そのためには、現在の対立構造を乗り越える必要があるのかもしれない。

 私は、これまで「西側諸国対西側以外の国々」という二項対立で世界情勢を見てきた。短期的にはこの見方で間違っていないと思う。しかし、中期的(20年から30年)、長期的(30年以上)でどうなるかということも考えるようになった。「覇権(hegemony)」という考え方、世界を支配する、管理する超大国が力を持つと考え方がどうなるのか、について考えていきたい。結論は出ていないし、私に結論が出せるのだろうかということも考えるが、「次の覇権国は中国である」ということまでは間違わないだろうが、それから先の世界はどうなるのだろうか、ということを考える。一極、二極、多極、無極という主張がこれまで出ているが、そもそも「覇権」という考え方自体が西洋中心的であり、それを乗り越えるものが出てくるのではないかと考えている。

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グローバル・サウスを恐れているのは誰か?(Who’s Afraid of the Global South?

-50年前の2つの国連決議(50-year-old U.N. resolutions)を見直すことは、経済的な世界秩序の変化に対する懸念を払拭するのに役立つはずだ。

マイケル・ギャラン、アウデ・ダーナル筆

2024年4月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/04/14/global-south-united-nations-new-international-economic-order/

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1974年5月1日、第6回国連特別総会の臨時委員会で、新しい国際経済秩序の確立に関する宣言案が採択された

グローバル・サウス(global south)は台頭している。中国が、世界最大の経済大国、120カ国以上の句にとっての最大の貿易相手国、そして単一国家として最大の開発金融国として台頭している。 BRICS+ブロック(BRICS+ bloc)の形成とその後の拡大。そして、この地域におけるアメリカの影響力に対抗しようとするラテンアメリカの「ピンク潮流(pink tide、訳者註:ラテンアメリカ各国の左翼的な政治動向)」の復活だ。数十年にわたるアメリカの支配を経て、たとえその正確な輪郭がまだ定義されていないとしても、新たな多極世界秩序(multipolar world order)が出現しつつある。

ワシントンでは、西側の優越的なパワーに対するこの挑戦は、困惑と対立をもって受け止められてきた。グローバル・サウスを理解しようとするよりも、その存在そのものを疑問視する人々もいる。確かに、グローバル・サウスは一枚岩ではない。南の団結を支持する人々は、自分たちの運動が文化的、政治的、経済的に大きな多様性を持ち、矛盾さえ含んでいることを長い間認識してきた。しかし、明確な一致点もあり、首尾一貫した一連の不満や要求もあるが、それが聞き入れられないことがあまりにも多い。

50年前、当時第三世界と呼ばれていた国々は、世界経済を変革するための急進的な計画、すなわち新国際経済秩序(new international economic orderNIEO)を打ち出した。この提案を理解することは、今日の地政学的な潮流を解明し、そこにチャンスを見出すことにつながる。

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左の写真。1955年4月にインドネシアで開催されたバンドン会議に出席するインドのジャワハルラール・ネルー首相

右の写真。1955年4月のバンドン会議での休憩中に会談するエジプトのガマル・アブデル・ナセル首相(右)とイエメンのハッサン・イブン・ヤヒヤ首相

第二次世界大戦後の数十年間、植民地支配から、何十もの新しい国々が誕生した。しかし、独立後に期待された繁栄は訪れなかった。政治的主権が自動的に経済的主権につながるのではないと、新たに独立した国々の指導者たちは考えるようになった。「世界経済の構造そのものが歪んでおり、公式的な植民地主義(colonialism)が終わった後も、富める者の利益のために貧しい国々の労働力と資源がより搾取されるように設計されている」と新たに独利した国々の指導者たちは声高に主張した。

1955年にインドネシアのバンドンで開催された会議に、植民地支配を受けて後に独立した数十カ国が集まり、集団としてのアイデンティティを確立し、自分たちにとって不利な状況になる、傾いたフィールドの上で共通の利益を主張するプロセスを開始した。アメリカと同盟を結ぶ西側諸国「the U.S.-aligned West」(第一世界、the First World)やソ連と同盟を結ぶ東ヨーロッパ諸国[the Soviet-aligned Eastern Bloc](第二世界)とは対照的な、誇り高き第三世界運動(The Third World movement)が誕生したのである。その後数十年間、アフリカ、アジア、ラテンアメリカ、カリブ海諸国からなる、この異質なグループは、非同盟運動(the Non-Aligned Movement)や77カ国グループ(the Group of 77)といった旗印のもとに組織され、残存する植民地体制と、それを引き継いだ「新植民地」体制(the “neocolonial” system)の両方に対して、集団的な闘争を展開した。バンドン会議から約20年後、この運動はおそらく最大の戦いに勝利した。

1974年5月1日、第三世界の国々は、第二世界の同盟諸国や石油輸出諸国の新たなパワーに支えられ、裕福な第一世界の抗議を押し切って、2つの画期的な文書を可決した。それらは、国連総会を通じて可決されたもので、それが「国際経済新秩序確立宣言及び行動プログラム(the Declaration and the Programme of Action on the Establishment of a New International Economic Order)」である。

この構想の背景にある理論は次のように簡潔なものだった。「世界経済システムの根幹をなすルールは不公平であり、それを変えるために貧しい国々が団結することが発展の鍵である」。第三世界全体の支持者にとっては直感的なものであったが、この視点はワシントンにおける一般的な正統性とは相容れないものであった。この視点を理解することが、今日の世界を理解する鍵である。

この宣言では、既存の経済秩序は、「外国人による植民地支配、外国による占領、人種差別、アパルトヘイト、新植民地主義(alien and colonial domination, foreign occupation, racial discrimination, apartheid and neo-colonialism)」によって定義されていると主張している。既存の経済秩序は「開発途上国の完全な解放と進歩に対する最大の障害(the greatest obstacles to the full emancipation and progress of the developing countries)」である。よって、発展(development)には、主権、公平性、国際協力に基づく新しい秩序の構築(the construction of a new order, founded on sovereignty, equity, and international cooperation)が必要である。

これを達成するために、国際経済新秩序決議(the NIEO resolutions)は、世界経済のルールを包括的に書き換えることを要約的に網羅している。具体的には、国家が自国の天然資源を管理する権利を明記すること、主要テクノロジーへのアクセスの集中を終わらせること、多国籍企業の規制を強化すること、適切な世界的流動性を確保すること、増大する公的債務(sovereign debt)の負担を軽減すること、国際通貨基金(International Monetary FundIMF)などの諸機関の民主化、貿易と金融に関して貧しい国に優遇措置を与えることである。これらは、グローバルガバナンス(global governance)の最高民主機関である国連総会で可決された、国際経済新秩序決議で承認された要求のほんの一部にすぎない。

このような野心的な改革が政治的な文書で実現されるなどとは誰も思っていなかった。実際、当時のアルゼンチン国連代表は次のように述べている。「国際経済新秩序は、宣言だけで構築されるものではなく、行動によって実現されるべきである。しかし、国際経済新秩序(NIEO)決議は、より平等な世界経済に対する第三世界の共同ヴィジョンと、それを達成するための計画を宣言するという、青写真を提示したものである」。

しかし、明るい未来への道筋を示すはずだったものは、落下の前の最後の最高頂点だったことが明らかになった。

国際経済新秩序決議から数年後、第三世界運動の力は弱まった。冷戦の波にのまれ、運動の最強の擁護者たちは没落していった。インドネシアからチリ、グレナダに至るまで、彼らはしばしば暴力的に、そしてアメリカの後ろ盾によって、政権から排除された。ヴォルカー・ショックによって火薬庫に点火され、国際経済新秩序が救済を求めた債務の増大は、危機的状況に達した。絶望的な債務諸国は、「構造調整(structural adjustment)」を条件とするIMF融資を受け入れざるを得なくなった。やがてソヴィエト連邦が崩壊し、第三世界運動の盟友であり、アメリカに対する世界的な対抗軸であったソヴィエト連邦が失われた。

前例のない一極支配(unparalleled unipolar dominance)のこの瞬間、世界経済に確かに変革が起きたが、それは 国際経済新秩序(NIEO)のヴィジョンに似た形ではなかった。多国籍企業がますます強力になる一方で、多国籍企業を保護するために貿易協定や新たな企業裁判所が設立された。持続不可能な債務負担は世界経済の恒常的な特徴となり、それが、多国間金融機関とそれを支配する西側諸国が債務諸国の主権政策を支配するための手段となった。テクノロジーの独占が法律に明文化された。富裕国とその企業の狭い利益が、これまで以上に世界経済のルールに深く組み込まれるようになった。

こうした変化は、繁栄を共有する新たな時代というよりも、「失われた数十年(lost decades)」の複数回の深化、世界的な不平等の拡大、そして(ワシントン・コンセンサス改革を回避した中国を特筆すべき例外として)世界的な貧困問題解決の進展の相対的な停滞をもたらした。

国際経済新秩序は、多くの人々にとってはより希望に満ちた時代の遺物であったが、他の人々にとっては完全に忘れ去られた過去のものとなった。

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2024年1月19日、ウガンダのカンパラで開催中の非同盟運動サミットで、本会議場への立ち入りを監視するウガンダ軍メンバー

西側諸国(the West)では、この具体的な提案の歴史が記憶から消し去られているだけでなく、その動機となった課題、視点、政治に対するより広い理解も消し去られている。発展を技術主義的な政策決定の問題と見なしたり、国際関係を民主政治体制と権威主義政治体制のゼロサムの戦いと見なしたりすることに慣れている人々には、1974年当時と同様、今日でも世界の多くの国々にとって、地政学の中心的な要点(fulcrum)が、現在一般的にグローバル・ノース(global north)とグローバル・サウス(global south)と呼ばれる国々の間の力の不均衡(the disparity of power)と、制度的不公平(systemic inequities)を是正するための闘いであることを想像するのは難しいかもしれない。

国際経済新秩序が発展に対する構造的障害を指摘して以来半世紀、世界の強国はこれらの障害を取り除くことに失敗しただけでなく、その強大な力を利用して障害を根付かせてきた。南半球の多くの人々にとって、アメリカを頂点とする北半球は、自分たちの期待を裏切った政治・経済秩序の守護者である。取り残された人々が、代替案を求めて、そして私たち全員が望んでいること、つまり「よりよく生きる(to live well)」ことを実現するために、共に戦おうとするのは当然のことである。

世界貿易機関(World Trade OrganizationWTO)では、インドと南アフリカが先陣を切って知的財産権(intellectual property)の制限を緩和し、新型コロナウイルスワクチンのような必要不可欠な医薬品への世界的なアクセスを促進する努力を行った。国連では、アフリカ諸国が世界の租税政策を富裕国クラブ(rich countries club)から引き離し、自国経済から何十億ドルも流出している組織的な租税回避行為を止めさせるキャンペーンの先頭に立っている。世界銀行(World Bank)とIMFでは、南半球諸国が債務帳消し(debt cancellation)、譲許的融資(concessional financing)、ガバナンスの民主化、逆進的な融資条件の廃止を求めて闘っている。非同盟運動とG-77は定期的に会合を開き、より公平な世界経済を構築するための公約を更新し続けている。

グローバル・サウスの再興は、実際、アメリカ主導の既存の国際秩序にとっては脅威かもしれない。しかし、それは我々全員にとって良いこととなるだろう。

国際経済新秩序(NIEO)の主な関心事は、当然のことながら、世界の何十億もの貧しい人々の幸福だったが、その擁護者たちは、第三世界の発展を第一世界の人々にとっての損失とは位置づけなかった。実際、国際経済新秩序宣言自体は、「先進国の繁栄と途上国の成長と発展の間には密接な相互関係があり、国際社会全体の繁栄はその構成要素の繁栄に依存している」と宣言している。

国際経済新秩序が敗北した後の時代に、賃金の停滞(stagnating wages)、格差の拡大(widening inequality)、社会的保護の溶解(the erosion of social protections)、そしてその結果としての反民主的反発(resulting anti-democratic backlash)がグローバル・ノースで見られたのは偶然ではない。新たな経済秩序は、安価で搾取可能な資源と労働力の安定的な流入に依存するグローバル・サウスの利益を犠牲にする一方で、労働者であるアメリカ人は、世界的な底辺への競争に終止符を打つことによってのみ利益を得ることができる。繁栄の共有(shared prosperity)、気候変動などのグローバルな課題に立ち向かうための多国間協力(multilateral cooperation to confront global challenges such as climate change)、その名にふさわしいルールに基づく秩序の確立(the establishment of a rules-based order worthy of the name)、これらは全ての人が恩恵を受けることができるグローバルな公共財(public goods)なのである。

グローバル・サウスの要求の正当性と、その力の増大がもたらす機会を認めることは、南半球の全ての主体の行動を盲目的に支持することではない。確かに、グローバル・サウスにも、グローバル・ノースと同様に、発展、平和、民主政治体制、人権とは相反する国内政策や外交政策を追求する政府もある。しかし、これらの本質的な目標は、発展への真のチャンスを提供する国際秩序のもとでは、より繁栄する可能性が高いのであって、決して低いものではない。一部の濫用を恐れて、より公平な国際経済システムへの正当な要求を退けるのは間違いである。

南半球諸国の力が新たに台頭する時代には、独自の課題が伴うかもしれないが、それらを恐れる必要はない。それは、まったくもって逆のことであり、あまりにも長い間先延ばしにされてきた夢、つまり半世紀後に新しい国際経済秩序を構築し、全ての人にとってより公正で豊かで平和な世界を構築するチャンスを実現する機会を提供するものとなる。

※マイケル・ギャラン:経済政策研究センターの上級研究員・アウトリーチ担当アソシエイト、「プログレッシブ・インターナショナル」のNIEOプログラムの調整に貢献している。

※アウデ・ダーネル:スティムソン・センター米大戦略再構築プログラム研究員。「世界秩序におけるグローバル・サウス・プロジェクト」の責任者を務め、グローバル・サウス諸国に関する一般的な先入観を検証し、彼らの視点から国際関係に取り組み、彼らと西側諸大国とのパートナーシップを促進している。ツイッターアカウント:@AudeDarnal
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 アメリカには、プリンストン大学公共・国際問題大学院、ハーヴァード大学ケネディ・スクール、タフツ大学フレッチャー法律・外交大学院といった、将来、政府に入って仕事をすることを目指す学生向けの政策大学院(Policy Schools)と呼ばれる大学院がある。これらのアイヴィー・リーグなどの一流有名大学の政策大学院を出た人々が米国務省や米国防総省に入って仕事をすることになる。こうした政策大学院の教育の特徴は、学術研究に重点を置くのではなく、学術研究で得られた成果を実際に応用する、現実的、実践的なプログラムである。

 実践的なプログラムにはもちろん、日本でも流行っているインターンシップも入っているが、多くの場合に行われるのは、ケーススタディ(Case Study、事例研究)である。国内政治や国際政治で起きた出来事について、その当時の政府関係者たちがどのように対処したか、どのようにうまく対処したか、どのように失敗したか、ということを分析的に、かつ批判的に学んでいく。どうしてそのような方策を選んだのか、ということも学び、それに理論を応用するということも行う。理論と実践の2つの方面から学んでいくことになる。

 下記の記事で、スティーヴン・ウォルト教授は、自分たちが教えていることは時代遅れになっておいて、学生たちが卒業後に政府機関などで働く際に役に立たないことが多いのではないか、という疑問を持っていると書いている。これは正直な書き方である。自分のやっていることに対する懐疑を持つということはなかなかできることではない。

 2020年代、世界は大きく変動している。新型コロナウイルス感染拡大騒動とウクライナ戦争は大変動の兆候である。更に、ウクライナ戦争で明らかになった、「西側諸国(the West)」対「それ以外の国々(the Rest)」の分断ということも起きている。小さな事件であれば、これまでの学術成果で分析も可能だろうが、問題は、もっと大きな、より俯瞰的な視点が必要な大変化、大変動が起きているということだ。それに、これまでの国際関係論や政治学の学術研究の成果が追い付いていないというのが、それらに携わる専門家たちの偽らざる考えなのだろう。ウォルトがそれをはっきりと書いたところに意味がある。考えてみると、学問の世界は西洋中心主義(Ethnocentrism)で進んできており、学術研究の対象は西洋諸国であり続けた。そこで見られたパターンや循環などとは違うことが起きつつある。

学術界から飛び出して、より一般的なところから考えてみたい。人々の間には、世界的な大変動の兆候を感じ、不安感が広がっている。自分たちがこれまで生活してきた世界の秩序や構造が変化すると、自分たちの生活はどうなるのかという不安を持つようになる。はっきりと書けば、西洋諸国の人々は自分たちに有利だった世界の終焉が近づいていることに怯えている。一方で、それ以外の国々の人々は、元気で、これからもっと生活を良くするぞ、世界は自分たちのものになるぞ、という気合が入っている。世界は大きな転換点を迎えている。

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核政策大学院はまだ意味を持っているのか?(Do Policy Schools Still Have a Point?

-世界規模の激動の時代に公共政策学の教授として長いキャリアを積んだある学者の回想。スティーヴン・M・ウォルト筆

2023年9月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/09/08/do-policy-schools-still-have-a-point/

数週間前に授業が始まったが、年度が始まるにあたり、私は奇妙なことを考えた。私はキャリアのほとんどをいくつかの公共政策大学院(schools of public policy)で教えてきた(最初はプリンストン大学でキャリアをスタートさせ、その後、現在はここハーヴァード大学で教えている)。これらの大学は、学生を公共部門(public sector)に就職させるために存在するが、卒業生の多くはキャリアのある時点で他の仕事に就くことになる。私は、同僚や私が、加速度的に変化する時代の中で、関連性が急速に薄れていくような知識やスキルを教えている可能性はないのだろうか、と考えた。明日の分からない新世界で価値が高まるかもしれない別の能力を、学生たちが身につけるのを助ける機会を、私たちは見逃していないだろうか? 従来の公共政策教育学へのアプローチを見直すべきか、少なくとも深刻な調整を加えるべきか? 過去に何度か「カリキュラム改革(curriculum reforms)」を経験してきた私は、私たちの取り組みが十分に進んでいるのか疑問に思った。

少し背景を見てみよう。公共政策大学院は、数十年前から高等教育の成長産業(growth industry)となっている。こうしたプログラムの起源は第二次世界大戦前にまで遡ることができるが、元々の数は少なかった。近年は人気が高まり、多くの大学にプログラムが設置されるようになっている。プリンストン大学公共・国際問題大学院、ハーヴァード大学ケネディ・スクール、タフツ大学フレッチャー法律・外交大学院、シラキュース大学マックスウェル市民・公共問題大学院、フランス国立行政学院、その他数校は何十年も前から存在するが、シカゴ大学ハリス公共政策大学院、オックスフォード大学ブラヴァトニク行政大学院、ベルリンのヘルティー・スクール、テキサスA&M大学ブッシュ政府・公共サービス大学院、その他多くの大学院は最近創設されたものだ。

これらの学校にはそれぞれ独自の特徴を持つが、同時にいくつかの類似点も存在する。それらのほとんどは、公共政策の効果的な実施に必要と思われる特定の基本的な分析スキル、通常の経済学、統計、政治分析、倫理、リーダーシップトレーニング、管理の組み合わせを伝えようとしている。また、特定の政策分野(国家安全保障政策、地方自治体、人権、財政、環境など)に関する実質的な専門知識を学生に習得する機会も与え、同時にチームビルディング、ライティング、スピーキングのスキルを鍛え、どのように政策を推進するかを研究する。また自身の専攻分野が様々な政治制度で作られていることも学ぶ。

地域によって違いはあるものの、これらのプログラムはすべて、公的部門や政治の世界で指導者になるべき人々が、自分たちが活動している世界を理解し、現在および将来の公共問題に対する効果的な解決策を考案するのに役立つ学術的知識があることを前提としている。そしてその前提には、過去の人類の経験から導き出された知識は、今後も正確であり続け、これから起こるであろう新たな問題に対しても適切であり続けるという、更なる確信が暗黙のうちに含まれている。言い換えるならば、このようなプログラムを構築する教授陣は、通常、人間の行動に関する永続的な法則「enduring laws of human behavior」(「需要と供給(supply and demand)」、「力の均衡(the balance of power)」、「集合財理論(collective goods theory)」など)を発見したと考えている。また、指導者が複雑な問題に取り組まなければならなかった過去の事例を学生たちに示すことで、生徒の将来のキャリアに役立つ教訓になると考えている。これらのツールを学び、これらのケースを吸収すれば、どんなことにも対応できるようになる、ということである。

そう思いがちだが、どうだろうかと疑問を持っている。もし私たちが、今日の知識が役に立たなくなったり、適切でなくなったりするような形で変容しつつある世界に足を踏み入れているとしたらどうだろうか?

正直なところ、このようなことを考えている(疑問を持っている)自分に私自身が驚いた。私は一般的に、最新の新展開(原子爆弾、多国籍企業、ビッグテック、イスラム過激派、グローバリゼーション、人権革命など)が政治や社会の本質を変容させ、過去の経験を陳腐化させるという主張には懐疑的だ。結局のところ、政治的リアリズム(political realism)は、人間の本質の不変の特徴(unchanging features of human nature)と歴史的経験の連続性(continuities of historical experience)を強調する。リアリストにとって、政治生活の最も重要な特徴(権力闘争、戦争、同盟、国家の興亡、誤った認識など)は、それを最小化しようとする私たちの努力にもかかわらず、時空を超えて繰り返され続けるのである。言っておくが、私はこれらの不朽の名言のほとんどは、少なくともしばらくの間は有用であり続けると考えている。

しかし、私たちの目の前で起きていることについて考えてみよう。

第一に、気候変動が急速に加速していることを示す証拠は、私たちの周囲に溢れている。化石燃料(fossil fuels)やその他の温室効果ガス(greenhouse gases)の燃焼を遅らせ、最終的には元に戻そうとする努力は、期待外れに終わっている。地球の平均気温が上昇するという最悪のケースを予測すると、その可能性はますます高くなり、この事態は政治、移住、食糧生産、水不足、生物多様性、洪水や干ばつなどの自然災害の頻度や強度に深刻な影響を及ぼしそうだ。人類はこれまでも地球の気候変動に適応してきたが、ごく近い将来、これほど急速かつ広範囲に適応を迫られることはなかった。

第二に、更に強力になっていく人工知能の発達は、人間の様々な活動を混乱させ、既存の政治制度に多くの不愉快な問題を提起している。このような能力がどこまで拡大するのか、私には見当もつかないが、現段階では誰にも分からない。しかし、全てではないにせよ、人間の生き方を良くも悪くも変えてしまう可能性は非常に大きく、その変化のスピードは、産業革命(Industrial Revolution)がそれに比べればむしろ退屈なものに思えるかもしれない。

第三に、過去数十年にわたって見てきたように、スマートフォンの出現とソーシャルメディアの普及は政治の世界を一変させ、既存の政治制度に新たな予期せぬ負担を強いている。この有害な新テクノロジーのミックスに、人工知能(AI)の登場とディープフェイクの可能性などが加わると、民主的説明責任(democratic accountability)と国民間のコンセンサス(public consensus)という慣れ親しんだ概念が足場を失い始める。私は、既存の政治システムはいずれこれらのテクノロジーを抑制し、真実と虚偽を区別する私たちの集団的能力を維持する方法を見つけるだろうと考える傾向があるが、私はそれに私の年金資金を賭けない。

最後に、現在進行中の生物学、健康、長寿研究における目覚ましい革命を忘れてはならない。この傾向は、新しいAIツールによって加速される可能性が高い。老化や病気のメカニズムが解明され、それを遅らせたり、逆行させたり、あるいは対抗したりする方法が考案され始めると、現在よりもはるかに長生きする人類が何人か、もしかしたら何百万人も出てくるかもしれない。遺伝子編集やその他の技術は、将来の世代をカスタマイズする可能性を生み出し、あらゆる種類の不快な道徳的・政治的問題を引き起こすだろう。人類は過去にも様々な方法で惑星の生物学を改変してきたが、意図的にそれを行う能力は急速に高まっている。

このような傾向(およびその他の傾向)を全て合わせると、非線形的な変化(nonlinear changes)の可能性が出てくる。そして、その最終的な影響を、確信を持って予測することは不可能だ。そして、これらの重大な進展は全て、急速に、同時に起こっている。それは、現実の世界における「同時に至るところで全て(Everything Everywhere All at Once)」のように見え始めている。もしそうだとすれば、今日の公共政策を学ぶ学生たちは、数年後に彼らが直面するであろう問題には不向きなツールキットを身に付けていることになるかもしれない。

私が言っていることをまとめよう。AIやその他の技術開発が、多かれ少なかれ絶え間なく、しかしこれまでに見たことのない規模で、遠大な市場破壊を引き起こす世界に向かっているとしたらどうだろう? いくつかの新しいダイエット薬(例えば、オゼンピック)がダイエット業界全体に何をもたらしているかを見てみたら分かる。気候の変化によって、ジェット機での移動が法外に高価になったり、環境的に持続不可能になったり、あるいは大気の乱気流の増大によって危険すぎるものになったりしたらどうだろう? 現在何千万人もの人々が住んでいる地球の広大な地域が、居住不可能になったらどうだろう? 宇宙ゴミの連鎖的な衝突、悪意あるハッカー、敵対国の意図的な行動によって、世界的な通信を担う衛星が破壊される日への備えはできているだろうか? デジタル化以前の時代にどのように物事を進めていたか、覚えているだろうか? そして、これら全ての進展がもたらす政治的影響が、慣れ親しんだ統治様式、長年にわたる同盟関係、経済依存のパターン、そして過去75年以上にわたって世界政治をほぼ決定してきた制度的特徴を破壊するとしたらどうだろうか?

私が言いたいのは、急速に相互接続が進む世界では、私たちが当たり前だと思ってきた(そして自信を持って学生たちに教えてきた)慣れ親しんだ真実、原則、慣行のいくつかは、それほど役に立たないかもしれないということだ。このような状況下で重要になるのは、適応する能力、古い考えを捨てる能力、健全な科学と蛇の油を見分ける能力、そして公共のニーズを満たす新しい方法を考案する能力である。過去にどのように物事が動いたかを生徒に教え、それ以前の時代に由来する時代を超えた真理を植え付けることは、それほど役に立たないかもしれない。

私は、現在のカリキュラムを投げ捨て、ミクロ経済学、民主政治体制理論、公会計、計量経済学、外交政策、応用倫理学、歴史学など、今日の公共政策カリキュラムの構成要素を教えるのを止めようと提案しているのだろうか? そうではない。しかし、私たちがこれまで知っていた世界とは根本的に異なる世界、しかも彼らが考えているよりも早く訪れるであろう世界に対して、子どもたちが準備できるよう、より多くの時間と労力を割くべきである。

私は小さな提案を3つ提示したい。

第一に、いささか逆説的ではあるが、激変の見通しは基本理論(basic theories)の重要性を浮き上がらせる。過去の経験から導き出された経験的パターン(例えば、「民主政体国家は互いに争わない(democracies don’t fight each other)」など)は、その法則が発見された政治的・社会的条件がもはや存在しないのであれば、ほとんど意味をなさないかもしれない。根本的に新しい状況を理解するためには、何が起こりそうかを予見し、異なる政策選択の結果を予測するのに役立つ因果関係の説明[causal explanations](すなわち理論)に頼らざるを得なくなる。単純化された仮説検証や単純な歴史的類推から導かれる知識は、何が何を引き起こしているのかを伝え、様々な行動の影響を理解するのに役立つ厳密で洗練された理論に比べると、あまり役に立たないだろう。「応用歴史学(applied history)」を教えるためのより洗練された努力も、過去の出来事が適切に解釈されなければ失敗に終わるだろう。過去は決して私たちに直接語りかけることはない。全ての歴史的解釈は、ある意味で、私たちがこれらの出来事に持ち込む理論や枠組みに依存している。私たちは、過去のある瞬間に何が起こったかを知るだけでなく、なぜそのようなことが起こったのか、現在も同様の因果関係が働いているのかどうかを理解する必要がある。因果関係の説明を提示するには理論が必要である(Providing a causal explanation requires theory)。

同時に、既存の理論のいくつかを修正する(あるいは放棄する)必要があるだろうし、新しい理論を発明する必要があるかもしれない。私たちは何らかの理論に依存することから逃れることはできないが、特定の世界観に厳格かつ無批判に固執することは、自分の本能(instincts)だけで行動しようとするのと同じくらい危険なことである。そのため、公共政策大学院では、学生に現在よりも幅広い理論的アプローチに触れさせ、それらについて批判的に考え、長所とともにその限界を見極める方法を教えるべきである。

急速に変化する世界に向けて学生を準備させるためには、一般的な理論が誤った政策選択につながった歴史的事例や、全く新しい状況に対処するために新たな理論を考案しなければならなかった事例を教えるべきである。1930年代におけるケインズ経済学の発展や、冷戦期における抑止理論(deterrence theory)の洗練は、この点で有益な例となるだろう。また、政策立案者がもはや通用しないアイデアや政策に固執したために失敗したケースを探し、他の指導者が即興的に革新し、迅速に成功したケースと対比させるべきだ。

最後に、私たち(というより私自身)は、学生たちが当然と思いがちな基準や労働条件の枠にとらわれず、適応し、即興的に行動することを求めるような演習や課題を考案することで、より創造的になるべきである。例えば、学生をいくつかのティームに分け、全員に共通の課題を与える。ノートパソコン、タブレット、スマートフォン、グーグル検索などはもちろん、大学図書館のオンラインカードカタログさえも使えない。現代のエリート大学の学生が、手動のタイプライターとペンと鉛筆と紙しか頼るものがなかったら、どうやって仕事をするだろうか? そのような訓練は、その場その場に適応して問題を解決する能力の重要性を浮き彫りにするだろう。

あるいは、学生たちに、もっともらしいが根本的に異なる世界を想像し、その主な特徴は何か、その新しい状況にどう対処すべきかを考えさせることもできる。NATOが解体し、国連が崩壊したら、アメリカ、ロシア、ドイツ、エストニア、中国、サウジアラビアなどはどのように対応するだろうか、あるいはどう対応すべきだろうか? 科学界が完全に立場を逆転させ、今日の気候変動は完全に自然なものであり、人間の活動はほとんど影響を与えていないと結論づけたとしたら、彼らはどのような政策選択を勧めるだろうか?(はっきり言っておくが、これが現実的な可能性だと言っているのではない) 学生たちの考えを変えるためではなく、自分の信念に対する健全な懐疑心や、一見説得力があるように見える議論を評価する能力を高めるために思考力を高めることが必要だ。

読者の皆さんにはお分かりだと思うが、私はまだこれらの問題について考え中であり、私の提案は暫定的なものである。しかし、私はこれらの問題について考え続けるつもりだ。私の同僚たち(そして私の学生たち)がそれらについてどのような意見を述べるのかに興味を抱いている。公共政策大学院が人気を博しているのにはいくつかの理由がある。しかし、だからと言って、私たちが学生たちに提供しているものを改善できないということではない。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

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